蓮雄と小波の間に…【解決編】
ということで放課後、早速白本さんに相談してみた。やはりというか、白本さんは二つ返事で引き受けてくれた。丈二曰わく「学生最大のプライベート」である本件を他人に漏らすのは避けたかったが、白本さん相手ならば問題ないと判断した。
おれたち三人以外誰もいない教室で白本さんに蓮雄さんの件、それから伶門さんの件を非常に細かいところまで逐一説明した。白本さんの夢の中での推理は超能力ではないので、情報を多めに伝えようと考えたのだ。本当は要点だけ教えられればいいのだが、おれたちにはどこからどこまでが解決への手がかりなのかがわからないので、結構な時間を使うことになってしまった。
そのため、話し終わる頃には白本さんはもう殆ど眠りかけていた。
「と、いうわけで、二人が喧嘩した事情が知りたいんだ。……お願いできる?」
瞼が重く沈み込み、机に身体が突っ伏すのを気力で堪えているような状態の白本さんに一抹の申し訳なさを感じつつ尋ねた。
「うん、やってみるよ……。わたしも伶門さんのことは気になってたから……。十分くらい経ったら起こして……」
ばたりと白本さんの額が机にくっついた。どうやら眠りについたらしい。というかいまさらながら、白本さんのこの無防備さはどうなんだろう。校内とはいえ男二人しかいないところでこんな可愛い子が一人、警戒心皆無で寝るというのは……。それだけ信用されているんだろうが、やはり少し心配になる。まあ普段は萩原さんが付いているみたいだし大丈夫なのだろうが。
さて、蓮雄さんは一体何にキレ、一体伶門さんは何をしたのか……。それがもうすぐ明らかとなる――ことはなかった。
十分後、おれたちは白本さんを起こし、推理の結果を尋ねた。すると、まさかの答えが返ってきた。
「ごめん。二人がどうして喧嘩したのか、わからなかった。……というより、伶門さんと蓬田先輩……二人は無関係だよ」
それが、白本さんが夢の中で到達した答えだった。
◇◆◇
「え、二人、関係ないの?」
もう完全に神様の悪戯か何かで知り合い二人がてんてこ舞いになっているものと信じ切っていたおれと剣也は愕然としてしまう。
そんなはずはないだろう。二人から入手した言質が完全に『彼』=蓮雄さん、『レイさん』=伶門さんだと物語っている。むしろ無関係だと考える方が不自然ではないか。しかし白本さんがそう言うからには、そうなのだろう。
「どうして白本ちゃんは二人が無関係ってわかったんだ? 俺には繋がりしかないように思えるんだが……」
剣也が頭を掻きつつ困惑したように言った。
白本さんは起きたばかりでまだ眠気が抜けきってないからか目を擦りながら、
「わたしも伶門さんのある言葉がなかったら二人が繋がってるって考えたと思う」
「ある言葉?」
おれは白本さんの言葉を反芻する。
「伶門さんは『彼』に対してこういう話をしたんだよね」
『これ天然の茶髪なんだ』
「これが『彼』が蓬田先輩ではないという証明なの」
「どうして?」
「だって、伶門さんが初対面の年長者相手にタメ口で話をするなんて、おかしいでしょ?」
おれと剣也は思わず顔を見合わせた。言われてみればその通りだ。あの真面目な伶門さんが年上相手にタメ口をきくとは到底思えない。
「いやでもよ、伶門さんが蓮雄さんの年齢を知らなかった……わきゃねえか。合コンなら最初に歳くらい言うわな」
反論しようとした剣也もすぐに納得したようだ。
「……つーことはよ、この話題終了ってことか?」
剣也が首を捻りながら訊いてきた。おれは曖昧に頷く。
「そう、なるな……。伶門さんと『彼』との間で起こったことも、蓮雄さんと『レイさん』との間で起こったこともわからずじまい……か」
「それに『彼』と『レイさん』の正体も不明のままだな」
何とももやんとした結末である。まあ二人の間に最初から関係性がなかったのだからしょうがないことなのだが。しかし、そこは我らが白本さん。肩をすくめていたおれたちに一石投じてくれた。
「二人の事情や伶門さんの言う『彼』のことは誰かわからないけど、『レイさん』の正体だけなら想像がつくよ」
「え!? ほんと!?」
「マジかよ!? 流石白本ちゃん!」
白本さんの言葉におれが驚愕し、剣也が歓喜した。二人ともかなりの大声になってしまったため、白本さんはびっくりした顔で数秒固まってしまった。だがすぐに気を取り直したのか僅かに苦笑した。
「う、うん、本当だよ。だけど決定的な証拠はないの。そう考えるに足る証拠はいくつかあるけど」
「それでもいいよ」
「じゃあ……まず、結論から先に言うね。蓬田先輩の言う『レイさん』の正体はSNS上で知り会った人物だよ」
「SNS上?」
図らずもおれと剣也の声が重なった。
「生野くんたちが教えてくれた蓬田先輩との会話が正確だったなら、不自然な点があるんだよね」
「不自然な点?」
「うん。比較対象として伶門さんの件を例として挙げてみるね。伶門さんは喧嘩しちゃった男子に対して彼という二人称を使っていたんだよね? だけど蓬田先輩は『レイさん』という呼称を使うまでは『彼』でも『彼女』でもなく、あの人やその人という二人称を使っていたんだよ。それってどうしてだと思う?」
「何となくっていうこともあるだろうけど……」
おれの言葉を剣也が引き継いだ。
「蓮雄さんがレイさんの性別を知らなかったっつう可能性も出てくるわけだ」
「そう。どうして親しいのに性別を知らないのかって考えると、文字でしか会話をしたことがなかった……つまりレイさんはSNS上の友達だと仮説が立つの」
「ということはレイさんって呼び名はハンドルネームってことか……。そういえば蓮雄さん、渾名みたいなもんって言ってたっけ」
おれは納得して呟いた。
「けどよ、白本ちゃん。それだけで決めつけるのは早計なんじゃねえか? ま、白本ちゃんのことだ。他にも根拠があるんだろうけどな」
剣也の言葉に白本さんは苦笑いを浮かべ、
「あはは。確かに他にもあるよ。生野くんがレイさんに直接会って謝ればいい、という提案をしたとき、蓬田先輩は親しくはしていたがレイさんとはそういう関係じゃない、って断ったんだよね。生野くんはその言葉をどう受け取ったの?」
「うーんと、恋人同士というわけじゃない、って受け取ったかな。照れ隠ししていると思ったよ」
「やっぱりそうだったんだね。じゃあさ、言葉通りに受け止めたらどうなるかな?」
「……言葉通りに?」
「うん。生野くんは親しかったんなら会えるでしょうと尋ねた。それに対しての返答がさっき言葉。つまり親しいけど会えない関係ってことになるよね。それってどんな関係かな?」
「なるほど……。確かにSNS上の関係と考えると、見事にそれに当てはまるね」
そういえば、おれは蓮雄さんにレイさんと知り合った経緯を訊いたときこう付け加えた。
『蓮雄さん普段忙しいのに、誰かと会って親交を深める暇なんてあったんですか?』
それに対して蓮雄さんは、
『いや、だから僕とレイさんはそういうんじゃ……まあいいや』
と、自分とレイさんの関係を再度伝えようとして諦めていた。これは自分とレイさんは会うような関係ではない、ということを言いたかったのか。
白本さんはまだ続ける。
「それに蓬田先輩はレイさんのことを親しくしていた人とは称していたけど、知り合いとは一度も称していないんだよね。それって知り会ってはないからだと思うの」
そんなところによく気がつくな……。白本さんに話をしたおれでさえまったく気づいていなかったのに。
「まだあるよ。蓬田先輩は、レイさんは自分と話したがっていない、と確信しているようだったんだよね。これはおそらく蓬田先輩とレイさんが交流していたのがソーシャルゲームのチャットか何かだったからだと思う。ゲームのチャットはチャットルームに入らないと基本的に見れないから。きっと蓬田先輩は何度もチャット内で謝ったんだけど、一向にレイさんから返信が来ないからチャットルームを見ていない=自分と話したくないと考えちゃったんだと思う。第三者ではなく当事者にしかわからないっていうのはそういうことだね。二人にはレイさんとの詳しい関係を話していなかったら」
蓮雄さんはスマホゲームのことを心のオアシスだと言っていたっけか。それと、そのオアシスが虚しい気持ちに侵食されつつあるとも。それはレイさんと仲違いを起こしてしまったからなのかもしれない。
「ソシャゲのチャットかあ。普段あんだけ忙しい忙しいほざいてる蓮雄さんが休日に誰かと会うことができるのか、って正直疑問だったんだよな。けど白本ちゃんの推理通りなら合点がいくぜ。チャットなら誰かと親しくなるのに十分な時間を得られる」
おれは蓮雄さんに「忙しいのに誰かと親交を深める暇があったんですか?」という主旨の質問をした。そのとき蓮雄さんは、分刻みでスケジュールが組まれているわけではないし、と答えた。どうやら剣也はここに少なからず違和感を覚えていたようだ。この点はおれも少し気になっていたが、実際の蓮雄さんの生活スタイルを知らないので追及はしなかった。
「蓮雄さん奴、見ず知らずの人に何キレてんだよ……」
剣也が呆れたように呟いた。
「まあ蓮雄さんだからしょうがないだろ」
おれは苦笑しつつ言う。
それにしても、今回は中々に珍しい事案だった。白本さんに相談したのに何一つ解決していないのだから。もちろん彼女を責めているわけではない。元々の前提条件が間違っていたのに解決しろだなんて無茶な話である。
不意に剣也のスマホから『ELEMENTS』が流れてきた。
「んお、メールだ。母ちゃんからか……」
「どうしたって?」
「ただのおつかいだ。タマネギ買ってこいとさ」
剣也はバッグを手に立ち上がった。
「俺はもう帰るけど、二人はどうすんだ?」
「わたしはなっちゃんの部活が終わるまで保健室にいるつもりだよ」
おれはどうしようか。特に用事はないからこのまま帰ってもいいけど……あ、思い出した、用事。
「おれは部室に顔を出すよ。一週間は顔を出してないから、そろそろ的場さんが面倒くさくなりそうだからな」
おれたち三人、教室にて別れることになった。




