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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
描きたい願い
39/85

漫研はカオス



 漫画研究会の部室は東棟の三階にあるようだった。カミハラがいるから存在は知っていたけれど、お邪魔するのは初めてである。

 活動内容としては、実際に漫画を描いたり、読んだ漫画のレビューを学内新聞に載せたりするとのことらしい。漫画のレビューは生徒から人気で、異常にマイナーな作品やすぐに打ち切られてしまった作品などの良点や欠点、ネタポイントなどを紹介しておりけっこう笑える。


 どんな部室なんだろうか、と思いを馳せていると、扉に漫研という貼り紙がなされた窓のない部屋の前に見知った顔を発見した。まず反応したのは白本さんだった。


「あっ」


 扉の前にいたカチューシャをつけた小柄な女子生徒が白本さんの声に応じるかのようにこちらを向いた。彼女は美術部の二年生の日高エリさんだ。そういえば、漫画は至高の芸術だと思っているから美術部に入っているけれど、漫研にもよく出入りしていると言ってたっけか。日高さんは意外そうな表情を浮かべる。


「おや、白本さん。どうしてこんなところへ?」

「俺が呼んだんですよ」


 カミハラが言うと、日高さんの視線がそちらに動いた。


「ああ、なるほど。この前各務原さんが、漫画の謎を解く宛はある、と言っていましたが、それは白本さんのことだったんですね」

「はい。……というか白本さんのこと知ってるんですね」

「同じ美術部員ですからね。……そちらは生野さん、でしたっけ?」


 首をおれに傾けてきたので頷いておく。


「先日はどうも」

「そしてお隣が……そう、確か証拠の雑巾を持ってきた方ですね」


 おれと白本さんが同時に吹き出した。そういえば剣也が美術部員たちの前でやったことといえばそれくらいだ。剣也はがくっと肩を落とし、


「浅倉剣也です。ええと……犯人さんの土下座が見たいとか言ってた人ですよね?」


 お前も大分曖昧じゃねえか。確かに日高さん、そんなことを言っていたけども。


「日高エリです。……それにしても、白本さんに頼むということは、ようやく本腰を入れてあの漫画の謎を解く気になったのですね、各務原さん」

「ええ。実は今朝、四枚目が下駄箱に入ってましてね。流石に気になり出しました」

「四枚目、ですか。どんなものなんですか?」

「後で見せますよ。とりあえず、中へ入りましょう」


 カミハラが部室の引き戸を開けた。おれは室内を覗いてみた。面積の通常の教室の半分くらいの部屋に二人の男女を確認した。中央にいくつか並べられた机と椅子。そこに、扉から見て最奥の椅子に綺麗な長い黒髪の清楚な雰囲気を持つ大人っぽい美少女が、彼女のちょうど右斜め手前の位置にある椅子にロン毛の男子がそれぞれ座っていた。美少女さんは優雅にブックカバーのついたコミックらしきものを読んでおり、ロン毛さんは紙に鉛筆で絵を描いている。


 机に目を移す。漫画を描くのに使うのだと思われる定規やペンが入っていると思われるケース、それから乱雑に積まれたコミックなどが置かれている。


 室内全体を見回してみる。西側の壁には細身の本棚が三架、東側の壁には同種の本棚が一架並んでいた。西側の本棚は全段埋まっているのに対して、東側の方は一段しか埋まっていないことから察するに、東側の方は新しく買ったのだろう。


 なるほど。確かに漫画研究会という名称に恥じない部活のようだ。

 美少女さんが漫画に向けていた視線を上げた。ほっこりとした笑顔を浮かべ、


「あら、各務原君と日高さん、こんにちは。……そちらの人たちは入部希望者かしら?」

「違います。中学からの友人二人と、こいつらのクラスメイトにして例の漫画の謎を解き明かしてくれる予定の子です」


 おれたち三人は口々に名前を名乗った。美少女さんも笑顔を崩さずぺこりとお辞儀をしてくれる。


「わたし、漫画研究会部長の中原なかはら美奈恵みなえです。ちなみに三年生ね」


 育ちのよさそうな上品な声と喋り方である。

 中原さんの自己紹介を受けた剣也がカミハラと日高さんを押しのけて前に出た。


「へぇ、中原美奈恵さんと言うんですか。良いお名前ですね。清楚な先輩にぴったりですよ。ところで、一体何の漫画を読んでいたのですか? いやあ、ちょうど誰かと漫画の話をしたいと思っていたところでして」


 どうやら中原さんは剣也のお眼鏡にかなったらしい。けどいくらなんでも積極的すぎんだろ。

 これにはカミハラも呆れたようでため息を吐いた。


「お前はポケモンのタケシか。苗字と合わせて浅倉タケシか」

「何でポケモンのタケシが凶悪殺人犯の脱獄者なるんだよ!」


 振り返った剣也が鋭くつっこみを入れた。その様子を見ていた中原さんがくすくすと笑う。


「浅倉君、各務原君のネタが通じるのね」

「は、はい。まあ、いまのは割とメジャー所だったので」


 照れながら答える剣也。


「浅倉、良いキャラよね」

「その浅倉は俺じゃなくて王蛇おうじゃの方っすよね? そうですね、インパクトはすごいですね」

「そうなのよねぇ、わたし、焼きトカゲ食べてるの見てびっくりしちゃったもの。でも小説版の彼はもっとすごいのよ」

「そ、そうなんですね」

「人殺しまくって、死体の臓物をぶちまけたりするのよ」


 おれと白本さん、それから剣也の顔が一瞬にして引きつった。そんな清楚な雰囲気と上品な口調で何を口走っているんだこの人は。


「あっ、そうそう。いま読んでる漫画が気になってるのよね」


 中原さんは開いているページをおれたちに見せてきた。それを見た瞬間、白本さんが顔を背けた。


「『テラフォーマーズ』を読み返しているのよ」


 黒い怪人が人の背骨を剣代わりにして人々を惨殺しているシーンをおれたちに見せつけながら、中原さんがにこやかに言った。

 おれはカミハラに助けを求める視線を送った。


「部長は見た目によらずグロテスクな漫画を好んでいる。自分でもグロい漫画を描いているくらいだからな。スプラッタ映画も大好きらしい。それから、アニメのグロシーンで黒い線が入るのをとても嘆いている」


 それはまた、とんでもない女性である。流石の剣也も引いたのか、引きつった顔のまま二歩ほど下がった。


 中原さんはきょとんと首を傾げていたが、思い出したように手を叩いた。


「そうだった。小野坂おのさか君の紹介がまだだったわね」


 もう一人の部員。先ほどから一心不乱に紙に絵を描いている男子生徒に視線を向けた。しかし、集中力が凄まじいのか、大人数に見られているのに気がついていないようだ。

 カミハラが小野坂というらしい彼に近づき、肩に手を乗せた。小野坂君の腕がぴたりととまる。


「お、各務原。どした?」

「どした、じゃない。例の漫画の謎を解くために友人たちを呼んだんだ。集中していたのはわかるが挨拶くらいはしてくれ」


 小野坂君の顔がこちらに向いた。本当にいま気づいたようで、申し訳なさそうな顔になった。


「いやー、悪い悪い。ゾーンに入っちまってたみたいだわ。俺、小野坂大也(ひろや)。一年C組だからみんなと同級生だと思うぜ。というか一年だよな? 各務原の友達なら。先輩だったらすいません」

「いや、一年生だよ」


 とりあえず安心させておき、再び全員で名を名乗った。 


「小野坂くんは何を描いていたの?」


 白本さんが尋ねた。おれも気になっていたことだ。あの集中力から鑑みるに余程大切なことなのだろうが。


「それはあまり訊かない方が――」

「よくぞ訊いてくれた、白本さんとやら!」


 苦々しい顔つきで何かを言おうとした日高さんの声に小野坂君の嬉しそうな声が被さった。彼はにやりとした笑みを浮かべ、手元にあった紙をおれたちに見せてきた。


 描かれていたのは長い髪をなびかせた裸の美少女の上半身であった。下半身は描きかけなのか筆が入っていない。案の定というか、白本さんは頬を赤らめて俯いた。


 だからとめたんですが、と日高さんが小声で呟く。

 カミハラが小野坂君の頭をひっぱたいた。


「お前は少し自重しろ」

「いや、だって何描いてるか訊かれたから、見せた方が早いかなって」

「それを自重しろと言ってるんだよ」


 カミハラはおれたちに向き直った。


「すまない白本さん。こいつは変態でな。自分好みのエロ漫画を描くために絵の練習をしているあれな奴なんだ」

「自分好みのエロ漫画を描こうとして何が悪い。同人誌なんてだいたいどれも作者の願望だろ!」


 うわあ、この部活はやばいぞ。演劇部のカオスっぷりを超える混沌を孕んでいる。早いとこ退散した方がいいのでは、という考えがよぎるも、こんなところに白本さんを置いていけないなと思い直した。しかしこれ以上変な人が現れたらかなわないぞ。


 おれは一抹の不安を感じつつ隣の日高さんに訊く。


「あの、部員ってここにいる三人だけなんですか?」

「いいえ。あと二年生が三人います。けど、心配しなくていいですよ。この二人ほど濃い人はいませんから」

「そうですか……。少し安心しました」

「テンション高い女子と漫画の趣向以外まともな男子と大人しくてとてもいい子の三人です」


 早く大人しくてとってもいい子、という先輩に会いたい。セーフティゾーンがほしい。

 切に願っていると、廊下から話声と共に足音が近づいてきた。


「噂をすればきたみたいですよ」


 日高さんが呟いた直後に扉が開き、三人の生徒が入ってきた。


「こんにちはー!」

「どうも」

「こんにちは……」


 三者三様の挨拶であった。はきはきとした陽性のオーラを持ったポニーテールの女子。落ち着いた雰囲気の背の高い男子。それから小柄でおさげの大人しそうな女子。この人たちが残りの漫研部員だろう。


 ポニーテールさんがおれたちに目をとめた。


「おやおやおやー! 知らない人が三人も! これはまさか新入部員ですか部長!?」

「いいえ、違うわよ沢城さわしろさん。彼らは各務原君のお友達の生野君、浅倉君、白本さん。各務原君に送られてくる例の漫画の謎を解き明かしにきてくれたのよ」


 まあ、解き明かすのは白本さんで、おれと剣也はただの付き添いなのだが。

 中原さんの説明によって、三人の顔色が変わった。沢城さんというらしいポニーテールさんは「おおー」と口を開け、長身さんは期待を込めた目をおれたちに向け、おさげさんは驚いたのか目を見開いた。


「ついにか、各務原」


 長身さんの言葉にカミハラは頷いた。


「ええ。今日四枚目がきたんですよ。だから流石に、ね……」

「どんな漫画だったの!?」


 沢城さんが訊いた。


「一枚絵でした。後で見せます。その前に自己紹介をしてください。みんなはさっき部長が名前を出したからしなくていいぞ。もう面倒だろうからな」


 別にいいんだけれど、やらなくてもいいというのならその言葉に甘えよう。

 自己紹介はまず沢城さんから始まった。


「私は沢城辰美(たつみ)! 二年E組のドラゴンと呼ばれていたり呼ばれていなかったりするよ! 好きな漫画は沢山あるけど、熱い少年漫画を見るとテンションが上がるね! 特に、先のこと全然考えてないんだろうなっていう引き延ばし展開とか、とりあえず仲間を駆けつけさせておきましたみたいなライブ感ばりばりの展開を見ると猛烈に燃えるよ!」


 それ普通は苛立つところじゃ……。


「本当はエリとも一緒に部室にくる予定だったんだけど置いてかれちゃったの! 酷いじゃないエリ! クラスメイト兼ソウルメイト兼ベストフレンズとの約束を破るなんて!」

「あなたがトイレにいったからでしょう。それから、あなたとはソウルメイトでもベストフレンズでもないです」


 沢城さんはがっくりと肩を落とし、隣の長身さんに譲った。


杉田すぎた稔彦としひこ。二年生だ。よろしく」


 普通だ。


坂本さかもと鈴乃すずの、です。二年E組です。よろしくお願いします……」


 あ、こっちも普通。おそらく彼女が日高さんの言う「大人しくてとてもいい子」だろう。というか沢城さんだったら日高さんの人物評はイかれているとしか言えない。


 視界の端で白本さんがふらつくのが見えた。


「大丈夫、白本さん?」

「うん……。ちょっと眠くなってきただけだよ」

「そっか。カミハラ、早くその漫画を見せてくれ」

「ああ。わかった」


 さて、随分と時間がかかったが、ようやく謎の漫画とご対面である。

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