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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
描きたい願い
37/85

中学からの友人



「なあ亨、バンドやらねえ?」

「やらねえ」


 入学から早くも三ヶ月が経過し、七月に差し掛かった今日の昼休み。食堂の片隅で向かい合っていた剣也が放ったバカな発言を素早くいなした。


「何でだよ? 一緒にやろうぜバンド」

「いやこっちこそ何でだよ、だよ。どうして突然そんなこと言い出したんだ? 一向にモテない高校生活に嫌気がさしたからバンドでも初めて輝いてやるぜ、とかそんなこと思ったのか?」


 剣也はにやりと笑った。


「わかってんじゃん。一緒にやろうぜ?」

「図星なのかよ。やらねえよ」


 鬱陶しく思いながら返答する。しかしこういうことに関しては諦めが悪い剣也は身を乗り出し尚も言う。


「いやいや絶対いけるって。俺がベースでお前がギターな。ベースとギターの違いわからねえけど」

「そんなんでよくバンドやろうと思ったな。真面目にやってる人たちに失礼だぞ」

「で、丈二がキーボードな。ピアノ弾けるし」


 勝手に話を進めるな。そして丈二も巻き込むな。


「で、ドラムは……誰がいいと思う?」

「さあ。誰でもいいだろ」

「んー……じゃあ丈二だな」

「キーボードやらせながらか? 不可能だろ」

「いや、あいつならきっとやってくれる」


 信頼厚いなおい。


「一応聞いておくけど、ボーカルは?」

「当然俺だ。なぜなら一番モテそうだから」

「ベース弾きながら歌うって相当難しいと思うぞ。右手と左手を別々に動かしながら口も使うんだから」

「なあに言ってんだ亨さん。左手はネックを持つだけだろ?」


 呆れのため息が漏れた。

 

「コードを押さえなきゃならないんだよ。ほら、弦ってネックの部分まで伸びてるよな。あの弦の特定の位置を押さえながら弾くんだ」


 なぜおれはこいつにギター、ベースの弾き方を教えているのだろうか。


「ほお、詳しいな亨」


 剣也は関心したように呟いた後、人の悪い笑みを浮かべ、


「ははーん。さてはお前もモテたくてバンドを組もうと思ったことがあるんだな? そのときに調べたんだろう!」

「違えよ。母親が趣味でアコースティックギターやってたから知ってるだけだ」

「アコースティックギターって何だ? バンドで使うギターと違うのか?」

「自分で調べろ」


 冷たく言い捨てる。剣也は、ケチ、とばかりに憮然とした表情を浮かべるが、弾き語りの難しさを理解してくれたようだった。


「まあ、亨がそこまで言うならベースは諦めてボーカルだけにしとこう。ベースは丈二にでも任せるか」

「丈二の負担でかいだろ! キーボードとドラムとベースなんて同時にできるかよ!」

「いや、丈二ならやってくれる。あいつはそういう男だ」

「丈二に対するその謎の信頼感なんだよ!? というか本人がいないところで話を進めるなよ」

「仕方ねえだろ。丈二休みなんだから」

「え、そうなのか?」

「部活の先輩から風邪を移されたっぽいとさ。学級閉鎖になったとこの」


 そういえばちょうど先週、月火と二年E組が学級閉鎖になっていた。誰かが持ち込んだらしい強力な風邪が一斉に発症したらしい。その名残か。


「丈二には作詞、作曲もやらせようと思ってるんだ。恋愛系の曲の一つや二つ、あいつなら作れるだろ」


 お前が言ってることがそっくりそのまま実現したら、ボーカルのお前より確実に丈二の方が目立つぞ?


 つっこみ疲れてきたのでもうこの話をやめたいと思っていたところ、ポケットの中でスマホが震えた。バイブの長さからして電話のようだ。しめたとばかりに取り出し、ディスプレイを確認する。中学からの友人の各務原かかみがはら雅士まさしからであった。


「カミハラからだ」


 苗字が長いので略しているのである。

 あいつから連絡があるのは別段珍しいわけではないが、この昼休みという時間帯が気になった。

 とりあえず出てみる。


「もしもし」


 間髪入れずにクールな低音ボイスが返ってきた。


『生野、いまどこにいる。お前のクラスにいったけどいなかったんだが?』

「あーっと、学食の片隅で剣也と飯食ってるよ」

『そうか。俺もいくから、そこを動くなよ』


 ここで会話を聞いていたらしい剣也が咀嚼していたおにぎりを急いで飲み込み、


「昨日のジャンプがあるなら持ってくるように言え」

「剣也が昨日のジャンプをご所望だ」


 剣也は毎週、カミハラが買ったジャンプを借りているのである。


『そう言われると思って既に用意してある。むしろいままさに『HUNTER×HUNTER』を読み返しているところだ。きっとすぐに休載するぜ』

「そうかい。それで、何か用なのか?」

『会ってから話す』


 そう言ってカミハラは電話を切った。

 それから二分後、学食の出入り口から長身で眼鏡をかけたクールな雰囲気をまとったイケメンが女子たちの熱い視線を一心に受けながら現れた。そのイケメンはすぐに立ち止まって辺りをきょろきょろと見回す。


「カミハラ」


 おれがやや大きな声を出して呼ぶと、そのイケメンはおれたちの方に歩いてきた。そう、あの一見剣也の嫌いな人種っぽい男こそが各務原雅士である。容姿の良さや雰囲気から『男版萩原さん』みたいな感じだ。いや、萩原さんよりカミハラとの付き合いの方が長いのだし、萩原さんが『女版カミハラ』と言った方が正しいか。


 やってきたカミハラはおれの隣の椅子にどかっと座るなり、


「ほらよ浅倉」


 早速剣也にジャンプを手渡した。


「サンキュー。カミハラ、バンドやらね?」

「急に何だ?」


 カミハラがクールなポーカーフェイスを微妙に崩した。おれからため息が漏れる。


「さっきまで剣也にバンド組まないかって誘われてたんだよ。もちろん断ったけど」

「カミハラなら女子の集客力がありそうだから、もともと誘うつもりだったんだよ。担当はドラムとベースが空いてるぜ」


 丈二の負担が軽く――


「やらないよ、そんな大変なこと」


 なることはなかった。カミハラはポケットから焼きそばパンを取り出し封を開けた。


「それに俺にはバンドにかまけている暇はない」


 割とあるだろ、とつっこみたかったがまあいい。

 剣也はがっくりと肩を落とすも、仮にカミハラが了承していたら、カミハラばかりがモテることになるとわかっていたのだろうか。


「それにしても、どうしてバンドを始めようと思ったんだ? 『けいおん!』でも観たのか?」

「違えよ」


 カミハラの問いに首を振る剣也。


「じゃあ『けいおん!!』を観たのか?」

「一期が二期になっただけだろそれ。何回も言ってるけどよ、俺はいわゆる日常系アニメとか漫画は好きじゃねえんだよ。ただ女の子がキャッキャッしてるだけの話のどこが面白いんだ」


 これには流石にカミハラの雰囲気が変わった。もともとあったクールなオーラに熱い怒気が宿る。

 カミハラは眼鏡を中指で押し上げ、


「相変わらずわかってないな浅倉よ。面白いというのは人それぞれだし、それに日常系作品は面白さではなく癒やしを求めて観る人が多いんだ。可愛い女の子たちの平和でちょっぴり騒々しい日常、素敵じゃないか!」


 熱く語るカミハラに対し、剣也も身を乗り出し言い返す。


「俺は創作物には面白さを求めてるんだよ。それに俺は日常系作品の女子キャラクターはあんま好きになれねえんだ。なぜならあいつら、どいつもこいつもロリロリしい見た目と絵柄をしていやがる。一目して年上とわかるキャラクターが少ねえんだよ! こちとら年下の女はお呼びじゃねえんだ! 俺はお姉さんが好きなんだよ!」


 まさに魂の叫び。剣也はペットボトルのお茶を飲み落ち着くように息を吐く。


「俺が認める日常系作品は『男子高校生の日常』だけだ」

「俺もあの漫画は好きだけど、あれは公式が日常系を謳ってるだけで実際は普通のギャグ漫画だろう」

「公式が日常系って言えば日常系なんだよ」


 カミハラはしばらく釈然としない表情になっていたが、すぐに諦めたようにため息を漏らした。


「まあ人の好みなんて十人十色か……。それに日常系作品に内容がないのは事実だしな。だから頭空っぽの状態で安心して観れるわけだが」


 ここまでの会話で大体の人が察せると思うが、各務原雅士はオタクだ。アニメ、漫画、ゲーム、ラノベ、特撮が大好きで日常会話にもそれらのネタをぶっこんでくるのである。先ほどこいつがバンドに誘われたとき、そんな暇はない、と断ったが、アニメや漫画を観るのに忙しいというだけの話だ。いわゆる残念なイケメン。剣也がカミハラを嫌っていないのはそういう事情である。


 二人の討論が一応の終わりを迎えたのを確認し、おれはカミハラに言った。


「剣也がバンドを始めようと思ったのはただの気まぐれだよ。……それで、おれたちに何か用なのか?」


 カミハラは口の中にあった焼きそばパンを飲み込む。


「ああ。実はお前らに相談があってな」

「俺らに?」


 剣也が首を捻った。


「まあ正確にはお前らに、ではないな」

「じゃあ誰だよ」

「ほら、最近よく話してくれるクラスメイトの女子がいるじゃないか。眠りの小五郎みたいな子だよ」


 眠りの小五郎みたいな子ってまさか……。


「それって白本さんのことか?」

「そうだそうだ、その子だよ。眠りの小五郎みたいなんだろ?」


 眠りの小五郎……か? ちょっと違うような気がするけど、まあいいや。


「白本さんに用ってことは何か事件というか、不可思議なことに遭遇したのか?」

「ああ。別に緊急を要することではないと思うんだが、少しもやもやしててな。白本さんが協力してくれるようなら放課後、俺の教室に連れてきてくれないか?」

「構わないけど……どういう事情なんだ?」


 重要なことなので訊いておく。しかし焼きそばパンをすべて食べ終えたカミハラは立ち上がってしまう。


「事情は白本さんと会ってから話す。……と、言いたいところだが、どんな事件かも教えずに連れてきてくれというのは流石に身勝手だよな。だからかるーく説明しておこう。全部話すのは時間がかかるからな」


 カミハラはわざとらしく、もったいぶるように眼鏡を中指で押し上げた。


「一言で言うと、毎週謎の漫画が送られてくるんだ」

「謎の……」

「漫画……?」


 おれと剣也は顔を見合わせた。

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