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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
隠遁の切札
29/85

かくれんぼ



 五人で一つの四角形のテーブルを囲むことになった。おれと白本さんは壁際の席。藤堂と萩原さんは向かいの席。剣也は誰とも隣り合わず向かい合わない寂しい席に座った。

 剣也はシャーペンでノートをとんとん叩きつつ、


「とりあえず確認しときてえんだけど、藤堂の家ってどんな家具があったっけか?」

「えっとだな。一階は――」

「いや、悪いけどお前が書いてくれ」


 剣也がノートとシャーペンを藤堂の前に差し出した。藤堂はラーメンを一啜りすると、トレイを端に寄せ、シャーペンを取った。


「詳しい間取りは憶えてないから、あったものを箇条書きにしてくぞ」

「いまはあの家に住んでるわけじゃないのか?」

「ああ。あの家は色々と古かったからもう引き払ってるよ。いまどうなってるかは知らん」


 藤堂はたまにシャーペンをとめては記憶を探るように思案したり、ラーメンを啜ったりして、かつての家にあった家具などをノートに書き記していった。その最中に白本さんと萩原さんのベルが鳴り、二人はカウンターへラーメンを受け取りに向かったりした。


 かくして、先ほどの剣也と合わせて四人の人間にラーメンを食べるところを見せつけられることとなったわけである。腹に潜む魔獣よ、お願いだから黙っていてくれよ。


「こんなもんだったかな……」


 藤堂が一仕事終えたかのように言ってシャーペンを置いた。四人で書き起こされた文字列を覗き込んだ。そこには、一階の各部屋、二階の各部屋に設置されていた家具が書かれていた。



一階


玄関:ジューズインクローゼット、傘立て


ダイニング:ダイニングテーブル


キッチン:システムキッチン、冷蔵庫、食器棚


リビング:ソファ、座卓、本棚、テレビ


トイレ:便器、トレイレットペーパー


脱衣所:洗濯機、タオル類


バスルーム:湯船(残り湯がかなり溜まったまま)


和室(祖母部屋):座布団、卓袱台、押入(中は布団など)


物置:屏風、骨董品(多数)、掛け軸、ダンボール箱(大量)



二階


俺の部屋:ベッド、勉強机、本棚、タンス、テレビ、大きめの籠(ゲーム機とゲームソフト入り)、ベランダ


兄の部屋:ベッド、勉強机、本棚、タンス×2、ダンボール箱


両親の部屋:ダブルベッド、化粧台、クローゼット×4


書斎:デスク、本(多数)、本棚(多数)



「いま思うと、家の広さに比べて物は少なかったんだな。必要最低限のものしかない」


 おれが垂直な感想を言うと、藤堂は「そうだな」と頷いた。


「俺の家族はみんなきちっとしてるからな。無駄な物は置かないし、買わなかった」

「どのくらいの広さだったの?」


 藤堂の家を知らない萩原さんが尋ねてきた。男三人は腕を組んで考え込んでまう。


「どうしたの?」

「いや、何て答えたらいいのかなって……」


 白本さんの質問に答えつつ、表現方法を模索する。よく東京ドーム何個分、とかっていうのがあるけれど、いくらなんでもそこまで大きくはない。そもそもおれは東京ドームに行ったことがないから、どれだけ大きいのか知らないのだが。


「まあ、あれだよ。家の大きさは俺の隠れていた場所と関係ないから、気にしなくてもいいよ」


 藤堂が匙を投げた。流石に小二までしか住んでいない家の面積はわからないか。


「とりあえず、検証を開始しようぜ。白本ちゃんと萩原さんは情報が特に少ないだろうから、何か訊いておきたいこととか、あるか?」

「じゃあまず、浅倉くんたちはどこに隠れたのか教えてくれる?」


 この質問には、鬼であるおれが答えるとしよう。


「錦は藤堂の両親の部屋のクローゼットに隠れてた。もっと正確に言えば、掛けてある服の裏だね。橋本は書斎で、床に置いてあった本を積み上げてバリケードを作ってその裏に。剣也は洗濯機の中に隠れてたよ」

「せ、洗濯機?」


 おれと剣也を除く三人が同時に驚愕した声を上げた。剣也が恥ずかしそうに顔を伏せる。


「浅倉。お前、あのときそんなところに隠れてたのか……」

「ひ、引くなよ藤堂! しょうがないだろ。亨の目を欺くためには、『流石にここには隠れないだろ』的なところに潜り込むしかないと思ったんだよ」

「まあ、おれは一番最初に剣也を見つけたんだけどな。『剣也ならここに隠れかねない』って思って、蓋開けたらいたんだ」


 女性陣の反応を伺う。白本さんは困惑気味に苦笑し、萩原さんは男子のアホっぷりに呆れたのかため息を吐いた。


「重ね重ね初対面で申し訳ないけど、浅倉君。いくら小学二年生だからって人の家なんだから、入っていい場所と悪い場所があるわよ?」

「はい……誠にその通りです」


 剣也は肩を落として悄げた。こんな剣也はなかなか珍しい。


「そんなところに隠れたくらいだから、当時藤堂くんの家族はお留守だったの?」


 気を取り直して白本さんが訊いてきた。三人で頷く。あのかくれんぼの間中、藤堂の家にはおれたち五人だけだった。だからみんな気兼ねなく色んな場所に隠れられたのだ。


「藤堂くんに質問。藤堂くんはかくれんぼの間、ずっと同じ場所に隠れていたの? それとも隠れる場所を何回か変えたりはしたの?」

「してない。最初から自分で姿を見せるまでずっと一つの場所に隠れていたよ」

「生野くんたちは藤堂くんを捜すとき、どこをどう捜したの?」

「隠れられそうなところは全部捜したよ。クローゼットやタンスの中、戸棚とかはもちろんだし、ベッドの下、掛け布団の裏、テーブルの下、あらゆる物影、これら全てを引っ剥がさんばかりの勢いで調べたんだ」

「けど、いなかったんだよなあ……」


 剣也が不思議そうに声をもらした。


「かくれんぼはどの部屋から始めたの?」

「玄関だよ。そこでおれはイヤホンをして音楽を大音量で流しながら三十秒数えたんだ」


 白本さんと萩原さんはノートをじっと見つめる。程なくして萩原さんがノートの一点を指さした。


「和室の押し入れは調べたのよね?」

「調べたよ」

「中の布団も?」

「もちろん」

「じゃあ物置の屏風の裏とかは?」

「いなかったよ」

「骨董品の中は?」

「そもそも人が入れるほど大きな物はなかった」


 萩原さんはクールな顔をしかめた。彼女に続いて白本さんが手を挙げる。


「同じ物置にあるダンボール箱はどんなものなの?」

「ええっと全部ガムテープで閉じられてて、どれも同じ大きさのダンボール箱だったね。縦、横、高さの長さが五、六十センチくらいの立方体だったから、いくら小二で小柄だった藤堂といえども中に隠れることはできなかったはずだよ。ちなみに物置は、扉から見て左側に大量のダンボール箱が隙間なく並べられてて、右側にそれ以外の物がまとめられてるんだ」

「そのダンボール箱の中身はなに?」


 おれは知らないので会話を藤堂に譲る。


「いらないガラクタが大量に入ってたはずだ」

「じゃあお兄さんの部屋のダンボール箱はどんなもの?」

「いらなくなった服を入れていたものだよ」


 補足しておく。


「サイズ的に藤堂なら入れたと思うけど、物置のと同じようにガムテープで口が塞がってたんだ」


 女子二人はうーんと唸り声を上げた。


「やっぱり、実際に部屋に入ったことがある二人とくらべて、私たちにはかなりのハンデがあるわね。せめて間取り図がないと」


 萩原さんは両手を挙げて降参の恰好を取った。そこで無関係なことに気づいた。どうやらみんなラーメンを食べ終えたようだ。

 剣也が両手を頭の後ろに回す。


「まあ、萩原さんの言う通りではある。けど間取りに関しては俺もうろ覚えだしなあ」

「俺が隠れていた場所に、間取りはそこまで関係ないぞ」


 このゲームの発案者の愚痴を聞いた藤堂が言った。


「そうなのか?」

「ああ。物と物の間にできる死角とかに隠れてたわけじゃないからな」


 ここで新たな情報が出てきた。つい見逃してしまうようなポイントに隠れたわけではないということか。

 おれはノートに視線を落とす。そういう場所ではないとなると、ここに書いてある家具類の中に答えがあるということか。これを書いたのは藤堂なのだから、正解を混ぜているだろう。


 ――そういえば。


 ゲームが提案される前に藤堂が口走った言葉を思い出した。


「白本さんたちが来る前、藤堂言ってたよな。随分と馬鹿な方法で隠れたもんだ、って」

「言ったな」

「つまり、お前は特殊な場所に隠れたんじゃなくて、特殊なで隠れたってことなのか?」

「なかなか鋭いじゃないか、生野。その通りだよ」


 腕を組んで考えてみる。特殊な方法、か……。なんだろうか。おれはちらりと白本さんを見る。さっきまでと比べて心なしか瞼が重そうである。


「生野くんたちが家を捜し回ってリビングに戻ったとき、藤堂くんがいたんだよね? そのとき、藤堂くんに変わったところはなかった?」


 白本さんがやや眠たそうな声で訊いてきた。


「うーん……特に変わったところはなかったはずだよ。あったら憶えてるし」

「そうだな……。強いて言えば、若干汗をかいていたことくらいかね」


 萩原さんが顎に手を添え、


「空気がこもる場所に隠れていたのかしら……」

「そうだよ。こもりまくりだった」


 藤堂が認めた。けっこうヒントを出してくれる。


「空気がこもる場所……特殊な方法……」


 白本さんの睡魔を感じ取ったのか、剣也が真剣な表情でぶつぶつと呟き始めた。おそらく当時の記憶を脳をフル回転して掘り出しているのだろう。やがてノートに固定されていた視線が動き、藤堂に注がれた。その口には会心の笑みが浮かんでいた。


「わかったぜ藤堂。お前がどこに隠れていたのかな」

「まじか?」

「ああ。お前が隠れていた場所はベッドの中だろ? どの部屋のかはわからねえが、たぶん自室のだろ」

「ち、ちょっと待てよ剣也。ベッドなんて全部調べただろ」

「俺たちが調べたのはベッドの下と掛け布団の裏だろ? 俺が言ってんのは正真正銘ベッドの中のことだ。つまり、ベッドをくり抜いて、その中に隠れてたんだよ。上にシーツを被せればその痕跡を消すことが可能だ。俺の記憶ではかくれんぼの言い出しっぺはお前だった。下準備はできたはず。どうだ、藤堂!」


 いくらなんでも、それは馬鹿すぎないか。

 やはりというか藤堂はため息を吐いた。


「たかがかくれんぼにベッド一つを駄目にするかよ」

「あらかじめ、ベッドを買い換えることが決まってたからそういうことができたんだろ?」

「けど剣也。あのかくれんぼの後にも藤堂の家で何度かかくれんぼしてるけど、どのベッドも変わってなかったろ」

「あっ、そっか……」


 おれの言葉に納得したようだ。そしてまた真剣な表情で考え出した。


「私も一つ思いついたわ。絶対間違ってると思うけれど」


 剣也に触発されたのか萩原さんが自信なさげな顔で言った。思考を巡らしていた剣也を含め、全員で聞く体制を取る。そんなおれたちに萩原さんは苦笑した。


「そこまで真剣になるほどのことじゃないわよ。……藤堂君が隠れていたのは湯船の中と推理してみたわ。残り湯がかなりあったらしいから、人が来るタイミングを見計らってはその中に隠れてたんじゃない? 服は脱いでどこかに隠しておいたんでしょう」

「いや、ちゃんと湯船は確認したけど、いなかったよ?」

「鏡が何かを上手い具合に配置して、外から見えないようにしたのよ。リビングにいた藤堂君の汗は、実は残り湯の拭き忘れだった……。どう、って訊きたいけど、絶対違うわよね?」


 全員頷いた。その中に藤堂も混じっていたため、萩原さんの推理は完全に否定されたことになる。けれど、一応言っておこう。


「その推理が正しければ藤堂の髪が濡れていたはずだから、流石に気づいたと思うよ」

「さっき藤堂は空気がこもる場所って言ったしな。水中じゃそもそも空気がない」

「それに、藤堂くんがいたのが湯船だったら、脱衣所にいた浅倉くんがそれを知ってるはずだしね」


 おれと剣也と白本さんの反論に対し萩原さんは「最初から違うってわかってたわ」と投げやりに呟いた。

 しかしいまの萩原さんの推理のおかげで……いや、正確には白本さんのおかげで新たな情報を入手できた。藤堂が湯船に隠れていたのなら、脱衣所にいた剣也がそれを知らないはずがない。これは納得できる推理だ。つまりこれに照らし合わせると、錦が隠れていた藤堂の両親の部屋と橋本が隠れていた書斎は、藤堂が隠れていた場所ではないというのがわかる。


 これで藤堂が隠れていたのは書斎、両親の部屋、脱衣所、湯船の四カ所ではないというのがわかった。いや、錦か橋本が藤堂が隠れるのに協力していた可能性も……それはないか。あのかくれんぼは最終的に「誰が藤堂を見つけるか?」というゲームになっていた。藤堂の居場所を知っていたらおそらく彼を裏切るだろう。


 色々と考えてみるけれど、謎の難易度が高いうえに空腹という怪物と奮戦しているおれには正解を導き出せそうにない。


「それにしても、高校生四人が知恵を絞っても見つからないとはな。小学二年生の俺に脱帽だよ」


 藤堂が愉快そうに笑う。確かに当時の藤堂には賞賛を送りたい。高校生のおれたちでもわからないことが、小学生だったあのころのおれたちにわかるはずがないのだ。


「ねぇ、生野くん」

「ん? 何、白本さん」


 突然だったので少し驚いた。


「みんなで藤堂くんを捜してるとき、錦くんと橋本くんはどんなところを捜してた?」


 白本さんはいまにも眠りそうである。急いで記憶をほじくり返す。


「確かキッチンの戸棚とか、冷蔵庫の中とか見てた気がする。割と一階を重点的に捜してたみたいだね。冷蔵庫はともかくとして、他はおれがとっくに捜したところだったよ」

「そうなんだね。やっぱり……」


 やっぱりということは、あらかじめ見当はついていたということか。

 白本さんは眠そうに目をしばたたかせながら剣也に尋ねる。


「浅倉くんが洗濯機に隠れたのは、どういうタイミング?」

「亨が数えだしてからすぐだよ。真っ先に脱衣所へ飛び込んで、洗濯機に入り込んだんだ。だから誰がどこに隠れたのかは知らなかった」

「そう、なんだね……」


 白本さんの額がテーブルにこつんと合わさった。


「由姫?」

「ごめん、なっちゃん……十分経ったら起こして……」


 落ちた。これで自動的に十分という制限時間が設定されたわけだ。剣也は慌ててノートに向き合い悩み始め、萩原さんは諦めたのか白本さんの寝顔をじっと見つめ、藤堂は目の前で気絶するかのように眠りについた白本さんに目を剥いた。


「か、彼女はどうした? 大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。由姫が起きたら、ゲームは終わりよ」


 言いながら萩原さんはスマホを取り出し、カメラのレンズを白本さんに向けた。


「萩原さん、何やってるの?」

「見てわからない? 由姫の寝顔を撮っているのよ」

「……どうして?」

「可愛いから」

「…………」


 唖然とするおれたちに、彼女はこれ以上ないくらいきょとんとした顔を向けてきた。


「え、可愛くない?」

「いや、可愛いけど……」


 萩原さんはけっこう変人みたいだ。

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