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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
隠遁の切札
27/85

懐かしい話



「藤堂、お前一宮(いちのみや)に引っ越したんだよな? 何でこっちにいるんだ?」


 剣也が訊いた。


「今年の春こっちに戻ってきたんだよ。いまは工業に通ってるよ。制服でわかるだろうがな。お前らは谷津川やつがわか?」

「ああ。……にしても、マジで久しぶりだな。中学何してた?」


 久々の再会故、質問をせずにはいられない。それは剣也も同じようで、好奇心に満ちた目を向けていた。


「中学の頃はバレー部だったよ。割と強い中学で東海大会まではいけた」

「レギュラーだったわけか?」

「まあな。といっても、背が高けりゃ中学では簡単にレギュラーになれるから、自慢にはならんがな」

「いつからそんなに背が伸びたんだ?」


 剣也が質問を変えた。


「小五くらいのときだったかな」

「割と早い成長期だったんだな」

「そうだな。まあ、いまでも伸びてるけど」

「すげえな」

「けど、今は部活とかはしてない。バイトに精を出してる」

「そんだけ背が高いのに、もったいなくないか?」


 おれは言った。藤堂は自嘲気味に笑い、


「勧誘はされたんだよ。俺はそこまでバレーが上手いわけじゃないんだ。高校になったら、でかいだけじゃ勝てないってことがきっとあると思ってね。……要は、根が体育会系じゃないってことだな」

「ふぅん」

「お前らは中学……といまは何やってんだ?」


 剣也は苦笑いを浮かべた。


「俺も亨も何もやってなかったし、何もやってねえ」


 うんうんと頷く。本当に何もやってねえんだよなあ。

 いやあ、にしても懐かしい。まさかこんな形で藤堂と再会するとは。おれたちは小学生のころよく学内学外問わず遊んでいた。基本的におれと剣也に何人かが混ざる形だったが、藤堂は比較的よく混ざっていた。藤堂の家は大きかったから、大勢の男子と共に何度も遊びにいった記憶がある。歳の離れたお兄さんがいて、ゲームを大量に持っていたから、男子たちからしたら家の大きさと相まって宝島のようだったのだろう。


「それじゃあ、橋本はしもと康太こうたは何をやってる?」


 藤堂が思い出したように言った。橋本とは、小学生のころ一緒に遊んでいた奴の一人だ。

 剣也が頭の後ろで腕を組み、


「あー、あいつなあ。橋本とは中学が別になったからよく知らねえんだよなあ」

「噂じゃ女子更衣室を盗撮して高校退学になったらしいけどな」

「は!? マジかよ!?」


 おれの情報に剣也が大きな声を発した。そうとう驚いているようで、口があんぐりと開いている。藤堂は呆れたような顔になった。


「あいつ無邪気な奴だったけど、人は変わるもんなんだな。そう思うと、お前ら二人は特殊なのかもな」

「つーか何で亨はそのこと知ってんだよ」

「妹の友だちに橋本の家の近所に住んでる子がいるみたいで、その子に聞いたって。四月に一回して、そのときは停学で済んだけど、五月に二回目をやっちまったんだと」


 この衝撃情報になぜか剣也は不服そうに頭を掻いた。


「響ちゃんの友だちってことは、刀子の友だちの可能性も高いな……。そんな話、まったく聞いてねえぞ」

「そりゃ、お前と刀子ちゃんの仲だからな」


 苦笑してつっこむ。その会話に藤堂が意外そうに片眉を上げた。


「刀子って確か浅倉の妹さんだよな。仲悪くなったのか? 昔はすげえ仲よかったじゃないか。手繋いで俺の家に遊びに――」

「やめろマジで! それは黒歴史だ! 思い出したくもない記憶だ! パンドラの箱だ! バブリウス『寓話』なんだあああ!」


 他に客がいないのをいいことに、大声と共に頭を抱えて悶絶し出した。藤堂がおれに説明を求めるかのような困惑した視線を向けてきた。


「昔と違って、剣也と妹たちの関係性は冷え切ってるんだ。冷え切りすぎて凍結している状態だ」


 昔は剣也も妹たちと仲がよかったのだ。いつからこうなってしまったのか……。


「凍結している状態というのがよくわからんが、やっぱり浅倉も変わってたのか」

「はっ。高一の兄と中二の妹だぞ? 亨じゃねえんだから仲良しこよしってわけにゃいかねえよバーカ」


 青い顔をした剣也が藤堂を嘲るように言った。お前は小六と小五の妹とも上手くいってないだろうが。


「こりゃよっぽどだな」


 藤堂が憐れみを込めた目で剣也を見た。しかしすぐにおれに向き直り、


「けど生野は相変わらず兄弟仲がいいんだな」

「ああ、まあな」


 さっき剣也としていた話に戻ってきた。おれも質問する。


「藤堂もお兄さんとはどうなんだ?」

「最近は会ってない。社会人で東京にいるからな」


 おれらと歳が十は離れてたはずだから当然か。


「うーん……そうだ。にしき壮介そうすけはどうしてる?」


 藤堂が質問を切り返してきた。錦もおれらが小学生のころよく遊んだ奴だ。話題が変わったからか、気分が悪そうだった剣也はいつもの軽い雰囲気に戻った。


「高校別だからいま何やってんのかは知らんけど、中学では野球やってたぞ。それだけだな」

「それだけか?」

「そんだけだ。別段変わったことはしてなかった」

「ふぅん」


 藤堂は少し唸り、


「まあ、もともと何の特徴もない奴だったからな。無難っちゃあ無難か」

「野球やってただけおれと剣也よりましだけどな」


 剣也を巻き込んだ自虐を挟む。しかし剣也は聞き捨てならなかったようで、


「俺は中学サッカー部だったろ」

「すぐ幽霊部員と化したじゃねえか。それを言ったらおれも陸上部だったよ」


 無論幽霊部員だ。ただし入部直後は練習に参加していた剣也と違い、おれは終始幽霊部員だった。もともと陸上部自体活発ではなかったのだ。だから入部したのだが。


「確かに中学はそうだけど、いまは違うぞ。日本歴史研究会に入ってんだろ」

「日本歴史? 浅倉、お前歴史が好きなのか?」


 やや関心気味に藤堂が言った。おれはそれを素早く否定する。


「見た目がタイプの先輩がいたっていう、邪な理由で入部したんだよ。しかもその先輩は――」

「それは別にどうでもいいだろ」


 じと目で剣也につっこまれた。おれも一瞬はっとしたが、藤堂は学外の人間なんだから別にいいだろう。おそらく、ただ長くなるからとめたのだ。

 きょとんとしている藤堂に剣也は言う。


「亨はこういうこと言ってるけど、こいつなんてアナログゲーム部とかいうわけわかんない部活の幽霊部員だからな」

「アナログゲーム部? そんなのがあるのか?」


 藤堂が呆れたような困惑したような声音で驚いた。おれが答える。


「いまはそこまでだけど、一昔前はかなり自由な校風だったみたいでさ、その名残で変な部活がちょくちょくあるんだよ」


 恋愛相談室とか。


「何で生野はそんな部活に入ったんだ? しかも幽霊部員なんて」

「一年生は部活に入部しなきゃいけない校則なんだよ。アナログゲーム部は幽霊部員だらけで、通称幽霊部とまで言われてるから気が楽だったんだ」

「幽霊部員になること前提で部活を選ぶなよ……」


 藤堂は呆れたようにため息をつく。


「どうやら生野のやる気のなさっぷりは顕在みたいだな。何で遊ぶか決めるときも、生野だけ何の提案もしなかったからな。勝手に決めてくださいを地でいくような奴だった。あっ、でも浅倉が提案した女子のスカート捲りには反対してたっけか」


 そんなようなこともあった。昔のおれは――いまも割とそういうところはあるが――流れに身を任せて辺りを漂う凧のような子供だったのだ。


「ははは。スカート捲りな。そんなこともあったな。結局俺だけで敢行して、クラスの女子全員に嫌われたっけ……」


 剣也は笑うと(少しは落ち込めと思う)おれを指差し、


「ただよ藤堂。亨はやる気がないわけじゃないんだよ。一応、何かをやるときは割と本気っぽいからな。こいつはやる気なし男なんじゃなくて、無欲なんだよ」

「なるほど、無欲か。そういえば、こいつが余った給食を賭けてジャンケンに参戦しているのを見たことがなかったかもしれん」

「だろ? いまでも、もらった小遣い四千円のうち三千円を響ちゃん――妹にあげてるからな」

「まじかよ。何でそんなことを?」

「どうせ持ってても使わないんだから、妹の手で美味しい料理に代えてもらった方がいいらしい。亨の母さん、いま単身赴任で東京にいってっから、家事全般を妹さんがやってるんだ」

「ほぉ、それは凄いな」


 剣也と藤堂の会話を聞きながら、おれは胸にざっくりと何かが刺さる感触を覚えていた。無欲、か。流石は剣也。長い付き合いだけあってよくわかっているようだ。最初から何の目的もなく何もするつもりもなくアナログゲーム部に入部したおれよりも、例え邪な理由で入部したとしても、割と真面目に部活に専念している剣也の方が……何というか、『高校生』という感じがする。それに、最近はお姉様方に会うために演劇部にも出入りしているし……。かなり高校生活をエキサイティングしているようだ。別に、おれも日々がつまらないとは微塵も思っていないけれど。


 はぁ。……この感覚はたまに発生するものだ。たぶん一時間後にはすっかり忘れてしまっているだろう。それがまた虚しく思える。


「あっ! 一つ思い出した!」


 唐突に剣也が大きな声を発した。物思いふけっていたおれはびくりと肩をふるわせる。


「ど、どうした?」

「いや、思い出したんだ。藤堂に訊きたいことがあったんだよ。小二のとき、俺ら三人プラスさっき話題に出た橋本と錦でやったかくれんぼのことをよ。藤堂んちでやったやつだ」

「藤堂の家でかくれんぼなんて、何回もやっただろ」


 藤堂の家は大きいから、隠れる場所がたくさんあったからかくれんぼが捗っていたのだ。そう指摘すると、剣也はちっちっちと人差し指を振った。


「おいおいおいおい。小学生のころかくれんぼの鬼がめっちゃ強くて、『千里眼の生野』とまで呼ばれていた奴の台詞たぁ思えないぜ」

「懐かしいなその呼び名」


 藤堂がしみじみと呟いた。確かに懐かしい。そんな異名で呼ばれていたこともあった。自分も名乗ったりもした。いま思うと安直な呼称で大してかっこよくもない。恥ずかしい。


「亨、お前はあの雪辱を忘れちまったのかよ!」

「雪辱って……あのときか」


 ピンときた。


「おれが最後まで藤堂を見つけられなかったときか?」

「そう。ちなみにお前だけじゃなくて、俺ら全員で探しても見つけられなかった」

「あっ、あれか」


 隠れていた張本人もいま思い出したようだ。しかしながら、なぜかニヤついた笑みを浮かべている。


「あれは、まあ随分と馬鹿な方法で隠れたもんだよなあ」


 藤堂がおれたちに同意を求めるかのように呟いた。そう言われても困るのだが……。


「いや藤堂。おれたちはお前がどこに隠れてたのか知らないから」

「む? そうだったか?」

「ああ。あんまりにも見つからないから、全員を巻き込んで最初に藤堂を見つけた奴が優勝ってことにして、捜し回ったんだけどそれでも見つからず、とりあえず全員集まってリビングに戻ってみたらお前がソファで優雅に麦茶を飲んでたんだよ」

「俺たちがどこに隠れてたのか訊いても、全然教えてくれなかったんだ」

「そういえば、教えてなかったかもな」


 藤堂はやはりニヤリと笑い、


「あれはだな――」


 ついさっきまで忘れていたとはいえ、かなり克明に思い出してしまったので非常に気になっていた。ここに約八年越しの真実が明かされる……はずだったのだが。


「ちょいタンマだ藤堂」


 剣也が余計な口を挟んだ。


「どうした?」

「言わなくてもいい。俺らがいまから、自力で考えるからよ」

「は?」

「俺らがお前がどこに隠れていたのか推理するっつってんだよ」


 また変なことを……。楽しそうだけど。


「いや、それはいいが……何でそんなことをするんだ?」

「最近よお、俺と亨はこういう奇妙な状況に巻き込まれて、物事を推理する機会が多くてね」

「ふぅん。つまり推理小説で言うところの、日常の謎によく遭遇するということか?」

「たぶんそういうことだな」

「ほお、興味深いな。自分で解決してきたのか?」


 ここはおれが答える。


「いいや。解決してくれるのはおれたちのクラスメイトだ」

「そうなんだよ。だから俺も、そろそろ華麗な解決シーンを見せつけたいってわけだよ」


 しょうもねえ。


「そ、そうか。じゃあいまは言わないでおくよ」

「そうしてくれ。ただ、質問とかにゃ答えてくれよ」

「わかった」


 どうやら推理大会が始まるようだ。まだ響が帰ってくるまで時間があるから、おれも参戦しようではないか。


「ただ、ちょっと待ってくれ」


 隣に座っていた藤堂が立ち上がった。


「そろそろ腹減ったから、ラーメンを注文させてくれ」

「お前ラーメン食いにきたのか?」

「当たり前だろ。他に何の用があるってんだよ」


 剣也の当たり前の質問に苦笑しつつ藤堂はカウンターへ向かっていった。

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