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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
隠遁の切札
26/85

旧友との再会



「サザエさんファミリーの関係性が未だによくわかんねえんだよなあ。かなり複雑だと思うんだ。亨、お前、わかるか?」


 真向かいに座ってラーメンを啜っていた剣也が言った。

 いきなりなんだその質問は……。


「どうして急にそんなことを思い至ったんだ?」


 おれにはサザエさんファミリーよりそちらの方が謎である。

 剣也は箸でラーメンを指し示した。


「いや、このスープがカツオ出汁だったからよ。カツオといえば『サザエさん』だろ?」

「そういうことか……」


 おれたちはいま、大型スーパーの二階にあるフードコート(三店舗しか入ってない)に入っている東海地方ではお馴染みのラーメン屋のチェーン店にきている。休日は異様なほどに込むけれど、現在は平日の夕方のため客はおれと剣也くらいしかいなかった。


 そんな唯一――いや唯二か――の客であるおれたちも目立たない壁際の席にいるため、端から見たら客数はゼロに見えるだろう。


 おれはコップから水を補給し、


「まず、サザエ、カツオ、ワカメの三人が兄弟だ」

「え? サザエさんが二人の親じゃないのか?」

「ああ。最初はみんなそう思うけど、兄弟なんだよ。歳の離れたな」

「サザエさん姉キャラなのかよ……。萌えるじゃねえか」


 サザエさんに萌える人は初めて見たな……。


「で、波平とフネが、三人の親というわけだ」


 剣也が元気よく手を挙げた。


「生野先生。質問があります」

「何かね浅倉君」

「フネって誰ですか?」

「割烹着を着ている人だ」

「ああ……。あの人フネって名前なのか」

「続けるぞ。そしてマスオはサザエの夫で、その子供がタラオ……所謂タラちゃんだな」

「タラちゃんってタラオって名前だったのか」

「ちなみに、サザエはマスオの家に嫁いだことになってるから、この三人は苗字が磯野じゃなくてフグ田なんだ」


 剣也は目を見開いた。


「するってえとあれか? マスオさんは嫁いできた嫁の家に住んでるってことか?」

「そういうことだ」

「とんでもねえな……」


 そうか?


「じゃあ、ノリスケは何者なんだ? 彼はどうしてあんなに馴れ馴れしい?」

「ノリスケは確か波平の甥だったかな」

「なるほどなあ。お前、詳しいな」

「だいたいの人は知ってると思うぞ」


 いつも通りの軽口である。はてさて。少し現状を整理してみよう。もう六月で、中間テストも迫っているというこの時期にラーメン屋で『サザエさん』について語らっている学生二人、という状況なのだが、これいかに。


 ただ、おれも剣也もちゃんとテストが近いということは自覚している。自覚しているけれどこういう状況が誕生してしまうのだ。無論、これは「常に勉強しているからテスト前だからって焦る必要はない」というのではなく、単に暢気なだけである。


 それを体現するかのように、剣也が無関係なことを言った。


「つーかお前、本当にラーメン頼まなくてよかったのか?」

「ああ。妹がカレーを作っておいてくれてるからな」

「ははあ、カレーねえ。ひびきちゃんが作るんなら、きっと手が込んでんだろうな」

「フィッシュヘッドカレーだと」

「手が込んでそうな名前だな。もしかして、ルーとかって市販のものじゃない?」


 おれは頷く。


「ちゃんとスパイスを混ぜ合わせて作ってる」


 剣也は驚き半分呆れ半分のため息を吐いた。


「凄えな……。俺も食ってみてえよ。妹共が羨ましいぜ」


 なぜ剣也の妹たちが関係してくるのかというと、おれの妹――響が剣也の家で剣也の妹たちに晩ご飯を振る舞っているからだ。今日明日と剣也の母親が友達と旅行にいっているため、いま浅倉家に料理ができる人間がいないのである。だから浅倉家の長女――名を刀子とうこちゃんという――と仲がいい響が出向いていっているのだ。剣也は自身の妹たちに省かれたので、仕方なくラーメンを啜っているというわけだ。


「じゃあよ。亨さんはなぜに俺の晩飯に付き合ってんだ?」


 実は剣也とはこの店で一旦別れた。しかしその後すぐに戻ってきたので、それを訝しがっているのだろう。

 おれは肩をすくめた。


「家の鍵忘れちまったんだ。響が帰ってこないと家に入れない」

「なるほどな。つまりは暇潰しか」

「まあ、そういうことだ」

「響ちゃんが帰ってこないと晩飯食えないんだから、いま食っときゃいいだろ」


 おれは力強くかぶりを振った。


「せっかく響が用意してくれた料理があるのに、それを無視して他の料理を食べることなんてできない」

「はあ。兄バカというかなんというか……。生野家の子供たちは仲が良くて羨ましいこったぜ」


 向かいから呆れた声が帰ってきた。おれはややじと目になって言う。


「お前が自分の妹のことを嫌い過ぎてるだけだろ」

「いやいや。向こうが嫌ってるからこっちも嫌いになるんだよ。だから妹共が悪い」

「そんな卵が先か鶏が先かみたいな関係なのかよ」

「世の思春期真っ盛りの兄妹はみんな俺らみたいなもんだよ。お前の家が特殊なんだよ。……ってか、亨んちはそうなって当然だろ」

「そう、なのか……?」


 確かにうちの家庭には三人兄弟が仲良くなるに足る理由は存在していると言える。

 

「ま、兄妹論はどうでもいいか」


 剣也はラーメンを完食したらしく、トレイを返却口へ持って行った。戻って来るなりため息を吐いた。


「さて、俺はいまラーメンを食い終えたわけだが、俺も妹共の晩飯が終わらないと帰れない――というか何言われるかわかんねえから帰りたくない。これからどうするよ?」

「暇だよな」


 おれは頬杖をついて呟く。剣也は腕を組み、


「まったくだぜ。普通の学生ならテスト勉強とかするんだろうけど、そんな気になれねえしな」

「まったくだよな。……どうする? 隣にあるゲーセンで何かするか?」


 先ほどからゲーセン特有の騒々しい音が聞こえてきているのだ。たぶん客は殆どいない。


「ゲーセンねぇ。俺、そこまでゲーセン好きじゃねえんだよなあ。クレーンゲームとかも欲しい景品ないし。まあ、もし彼女がいて、『これ取って』って言われたら取るけどさ」

「最後の方はどうでもいいよ」

「つうかそもそも、俺ら殆どゲームしないだろ」

「そうだな。各務原の家でしかやらない」

「俺はたまにスマホでするけど、亨はスマホでもしねえもんな。何でだ?」

「理由は特にないよ。強いて上げるなら、一人でするより三、四人でわいわいやった方が楽しいからかな。昔やった『カービィのエアライド』とか超面白かったし」

「『エアライド』なあ! あれは神ゲーだわ」


 結局、剣也とこうしてだべっているのが一番の暇潰しになるようだ。


「ん? ってか、俺ら『エアライド』をどこでやったんだっけか? 俺もお前も持ってないよな?」


 剣也が疑問を呈してきた。

 言われて気づいた。そういえば、あのゲームは誰の家でやったんだったか。各務原の家か? いや、おれの記憶では『カービィのエアライド』をプレイしたのは小学校低学年のころだ。各務原とは中学で知り合ったから違う。


 果たして、誰だったか……。

 そのときだった。


「お前ら、もしかして生野と浅倉か?」


 左から野太い声が飛んできて、おれと剣也は同時に振り向いた。目に飛び込んできたのはがっしりした体躯と長身が特徴的な男であった。一度会ったら忘れないほど強い印象を持つが、しかしその男の顔に見覚えはない。市内の工業高校の制服を着ているから同年代なのだろうが……。


 ちらりと剣也を見てみた。ぽかんとしている。おれ同様、思い当たる人物がいないのだろう。

 大男はそんなおれたちの心境を見て取ったのか、苦笑して頭を掻いた。


「悪い。声をかけるのがいきなりすぎた。俺のことなんて、わかるわけないよな。随分変わっちまったから」

「えっと……知り合い、なん、ですか?」


 一応敬語で尋ねる。男は頷き、


「ああ。俺は藤堂とうどうだ。藤堂海翔(かいと)。小学二年までお前らと同じ学校だった」


 藤堂、海翔……。その名を聞いた瞬間、記憶がもの凄い勢いで逆流した。あっという間に十年前のことを思い出した。そうだ。いたよ藤堂海翔。よく一緒に遊んでいた。『カービィのエアライド』だって、あいつの家でやったんだ。


「え、お前、藤堂なのか?」


 剣也が唖然とした声を漏らした。


「ああ。久しぶりだな」

「いや、久しぶりだけどよ……。お前変わりすぎだろ!」


 大声でつっこむ剣也におれも加勢する。


「そうだそうだ。前はクラスで一番背が低かっただろ! いま何センチだ?」

「百八十五」

「でけえよ!」


 剣也と共につっこんだ。あのチビの藤堂がこんな巨漢になっているんじゃ、気づきようがない。

 藤堂は笑みを浮かべた。


「そう言うお前らはまったく変わらねえな。顔も掛け合いも。すぐに二人だってわかったよ」

「そうかもな。とりあえず座れよ」


 おれは藤堂を隣の椅子へ促した。

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