王様、怒る
今日は公務を休んで、ゆっくりしている。
最近はクレオがこざこざした仕事を引き受けてくれているおかげで、ゆとりが持てる。
早速、鏡の前にスタンばって作っておいたフルーツ盛りだくさんのプリンアラモードをつつきながらイプをうっとりと眺めた。
鏡に映ったイプは肩よりも長く伸びた銀髪をポニーテールに結び、港で荷物の積み下ろしをしている。
この5年間で背が伸び、すっかり子供っぽさはなくなった。
日に当たっているのに何故か真っ白な雪のような肌、長い睫毛、きらめく海のような瞳、人とは思えない美しさだ。
(ああ、僕のイプ---。
肉体労働している姿もなんて綺麗なんだ!)
5年の間にイプは色々な冒険をした。
見たこともないような魚の怪物と戦ったり、
初めて見るような森の民と出会い、
珍しい物を発見したりした。
どこの国に行っても、最強のゴオウ将軍を倒したイプの評判は知れ渡っていて、
その美しさと剣の腕前から、王族や大富豪がイプを手に入れようと躍起になった。
高貴な女性も港町の娼婦もイプに恋して、いつも周りに人だかりができていた。
イプの絵姿が色々なバージョンで売り出され、飛ぶように売れた。
さらにはイプの姿が刻印された焼き菓子や、刺繍がされたハンカチも売られたり
イプが座ったベンチが観光スポットになったり、イプがよく食べるメニューをイプシロンライスなんて名前に変えたりもした。
イプが寄港する事による経済効果はなかなかのものだ。
しかし危険もあった。
力のあるものの中には強引に拉致しようとする者もいたが、ことごとくイプに返り討ちにあっていた。
いつしかイプは海の剣聖というあだ名で呼ばれ、海賊からも恐れられた。
魔導の国イミダゾールに寄港した時は、メトプレンが大喜びして今まで以上にイプにベタベタしたため、
アランを大いにイラつかせた。
アランは5年前のことを夢だったのではないかと感じる。
あまりにイプを愛しすぎたため幻覚を見てしまったのではないのかと。
(イプが僕を好きだと言って、僕はイプにキスをしたなんて、そんな幸せなことがあるだろうか?)
アランはため息をついた。
イプの船は今朝、プロメタジン王国に寄港してイミダゾールの交易品を売りつけているところだ。
その時、イプの周りを王宮の兵士が取り囲んだ。
アランは嫌な予感がした。
つい先日、プロメタジンの王子が見つかったと情報が入ったからだ。
近日中に即位し、王になるという話だった。
すでにエルヴィアにも戴冠式の招待状が来ていた。
プロメタジンの王子といえば、イプとラビリントスに入り、ラビリントスの岩の割れ目に落ちてしまったマレイン王子だ。
イプは王子が死んでしまったと思って、とても悲しんでいた。
自分のせいだと思っているようだった。
イプはそのまま馬車に乗せられ、
プロメタジンの王宮に連れて行かれた。
王宮では若い王子が出迎えて、イプと抱き合った。
イプも大泣きしている。
マレイン王子はイプよりも年下であるにも関わらず、身長はイプより高く、強靭な身体をしている。
顔には大きな傷もある。
いったい何が、あの幼い王子を変えたのだろうか。
また、ものすごく嫌な予感がした。
数日後、イプはロクジョウ達に別れを告げた。
豪華なプロメタジンの兵士の服を着て、マレイン王子に付き従っている姿が鏡に映る。
(優しいイプ。
マレイン王子に負い目を感じて、つかえることにしたんだろう。だが----。)
(だが、あの憂いに満ちたイプの目はどうだ。
笑う事のないイプの表情は!)
アランは辛くて見ていられない。
ひと月ほど経った夜、
アランが仕事を終えて部屋に戻ると
イプの部屋でマレイン王子とイプは酒を飲みながら、何やら話をしていた。
イプの話を聞いていた王子が怒ったように立ち上がった。
そして、イプの胸ぐらを掴んで壁に押さえつけた。
何か大声で怒鳴っている。
イプは背中を打ち付けられて、苦しそうだ。
王子はイプの両手を掴んで、壁に押さえつけ、強引にキスをした。
アランは絶叫した。
王子はそのままイプの白いシャツを引き裂いて、
イプの白い肌に唇を這わせた。
イプは悲痛な表情で涙を浮かべて、身体を任せている。
アラン
「イプ!逃げろ!
そんな奴に同情するな!」
アランが叫んだ。
イプはたまりかねたように王子を突き飛ばすと部屋の外に飛び出した。
アランはホッと胸を撫で下ろした。
その後、イプの後を追って、王子が来た。
膝をついて謝っているっぽい。
イプがこくんと頷くと王子は膝をついたまま、イプの腰に抱きついた。
イプは王子を許したんだろう。
アランは唐突に猛烈な怒りを感じた。
今まで生きてきた中で、最大級の恐ろしいほどの怒りだ。
翌日、会議でアランはプロメタジン王の戴冠式にエルヴィア国王自ら出席すると言い渡した。
初めて見る国王の恐ろしいオーラと怒りに満ちた目に、誰も意見を言うものはいなかった。
立派な青年に育ったクレオは兄を励ますように、宣言した。
クレオ
「陛下、エルヴィアは私にお任せください。
陛下がおられない間しっかりお守りいたします。
クレオは威厳もカリスマも能力も知恵も兼ね備えている。
エルヴィアの王代理として不足はまったくない。
アランは頼もしそうにクレオの肩を叩いた。
会議が終わるのを待って妹のベルベリンが来た。
ベルベリン
「お兄様、ロクジョウという船乗りがお兄様にイプの事で御目通りしたいと言っていますわ。
謁見の間に控えさせています。
アラン
「ロクジョウが!?
アランが謁見の間に急いで行くと、見慣れた(鏡で)ロクジョウが膝をついて待っていた。
アラン
「ロクジョウ、私に話があると聞いたが?
ロクジョウ
「陛下にお願いがございます。
私の友人のイプシロンをどうか助けてあげてください。
イプシロンはイプは---。
プロメタジン王国の騎士になりました。
ですがそれは、なりたくてなったわけではございません。
プロメタジンの王子はイプに言いました。
騎士にならなければ、私達船員をすべて処刑すると。
アランの中の怒りがさらに燃え上がった。
アランは拳を王座の肘あてに叩きつけた。
アラン
「ロクジョウ、私を乗せて船を出せ!
イプを迎えに行くぞ。
明日の朝には出航だ!
アランは叫んだ。
ロクジョウは驚いたように目を見開いたが、返事をするとすぐさま船の用意に取り掛かった。
旅の用意は5人の王女が1日で整えてしまった。
5人の王女は美しく成長し、国の内外から縁談の話が絶えないがまだ誰も結婚していない。
それぞれが城の役職に就き、大臣として仕事をこなしている。
ベルベリン
「お兄様!私達のイプを取り返してきてくださいね!
オウレン
「陛下、お気をつけて。イプと無事のご帰国をお待ちしております。
ロペラミド
「私が作りました、ランチです。道中お召し上がりください。どうかイプを連れてきてください。
ビスマス
「わたしの軍隊を国境に置いておくわ、いざとなったらすぐに駆けつけるから。
イプをお願いね。
アルブミン
「イプにみんな待ってるよって伝えて。
イプの故郷はここよっって。
妹一同すでに状況を把握しているのが不思議だったが、
アランは皆に頼んだぞと言うとプロメタジンに向けて、出航した。
付き従うのはディートと10名ほどの王の親衛隊のみ。
初めての船旅だったが船酔いの心配はなかった。
夜に甲板でロクジョウが話しかけてきた。
ロクジョウ
「陛下、実は私はイプを愛しています。
愛を打ち明けましたが、一瞬でふられてしまいました。
イプに理由を聞いたら、他に好きな人がいるとの事でした。
しかもそれはエルヴィアの国王陛下だと言うのです。
私は私を振るための嘘だとずっと思っていましたが、
先日の陛下のご様子を見て、嘘ではないと思いました。
陛下もイプを愛していらっしゃるのですね。
だから----私とイプを引き離すために学校まで作った。
そうではありませんか?」
アラン
(バレている!)
アランは観念したようにため息をついた。
アラン
「ロクジョウ、お前の言う通り、イプは私のすべてだ。
心から愛している。
だが、イプが私を好きだというのは間違っている。
きっとそう思い込んでいるだけだろう。
ロクジョウ
「-------。
アラン
「学校を作ったのは君に嫉妬したからだ。
悪かったな。
ロクジョウ
「い、いえ、私はとても感謝しています。
あの学校がなかったら、私も私の兄弟たちもロクな大人にならなかったでしょう。
動機はどうあれ、あれは素晴らしいお考えです。
イプにまとわりついて正解でした。」
アランはふっと笑った。
アラン
「イプはプロメタジンの王子に負い目があるのだ。
素直に戻るというかわからない。
なんとか連れて帰りたい。
ロクジョウ、説き伏せてくれよ。
ロクジョウ
「陛下、恐れながら-----。
イプは陛下の言葉しか耳に入らないでしょう。
幸い、波は穏やかで、快適な船旅となった。
無事にプロメタジンの港町に船をつけ、そこから王都へ向かった。
王都では戴冠式に向けて、街が派手に飾り付けられている。
アラン一行が、街に入ると一斉に注目を浴びた。
プロメタジンの女性たちから黄色い声が上がる。
若いイケメンの国王に目が釘付けだ。
アランは早速、王妃とマレイン王子に謁見を願い出た。
謁見の間には先のクーデターで王をなくした王妃と、
お見合いパーティで一緒に踊ったノスカピン王女、
憎きマレイン王子が立っている。
もちろん、マレイン王子の後ろには真っ赤な騎士の制服に身を包んだイプが控えている。
イプはアランとディートの顔を見ると目を輝かせた。
王妃
「アラントイン陛下、ようこそいらっしゃいました。
先に戦の折には助けていただき、本当にありがとうございました。
王子も無事に帰ってきてくれて、我が国は安泰です。
これも陛下のおかげでございます。
アラン
「後継者の王子が戻られ、王になられるという。
まことに良かった。
お祝い申し上げる。
これは我が国からの祝いの品であります。
豪華な品物がズラリと並んだ。
ノスカピン王女が潤んだ瞳で進み出た。
ノスカピン
「アラン陛下のおかげで、わたくしは無事に故郷へ帰ることができました。
この国を救っていただいてありがとうございます。
王妃
「私どもにできることあらば、何なりとお申し付けください。プロメタジンはエルヴィアの御恩を忘れはしません。
アラン
「では、一つございます。
王妃
「?
なんでございましょう?
アラン
「そこの騎士を私にいただきたい。
マレイン王子がぎょっとした顔でエルヴィア国王を見た。
王妃
「このイプシロンはプロメタジンに騎士の誓いを立てて、マレインを守ってくれているものです。
何でも差し上げるつもりでしたが、
人となると本人の意思もマレインの意思も必要でしょう。
マレインがたまらず食いついてきた。
マレイン
「エルヴィアの王様---。
イプは俺のですよ。
誰にもやる気はねえ。
マレインはイプの腰に手を回して引き寄せた。
マレイン
「イプは誰もが欲しがる。
綺麗だし、それに強い。
王妃
「イプ、そなたはどうなのですか?
イプ
「ぼ、僕は---。
----。
マレイン
「おいおい、覚えてるだろう!?
イプは俺には貸しがあるんだ。
イプがちゃんと俺を守ってれば、俺は奴隷として売られることもなければクソのような扱いもされずにすんだんだよ!
アラン
「なるほど、それでこんなちっぽけな男になったわけだな。
マレイン
「な、何だと!こいつ!
王妃
「マレイン!口を慎みなさい!
マレイン
「うっせえ、クソババア!
アラン
「お前はイプにふさわしくない。
イプ、君のせいでこの男が出来上がったわけじゃあない。
人にはそれぞれ運命がある。
これがこの男の運命さ。
自分で乗り越えなければいけない壁さ。
イプに甘えるんじゃない!
自分でなんとかしろ!
イプ。」
イプ
「アラン!」
アランは両手を広げた。
イプは軽やかに玉座を走り抜けると、
アランの腕の中にすっぽり収まった。
アランは大事そうにマントでイプを包む。
アラン
「イプにはもう指一本触れさせない。
我々はこのまま国に帰る。
では王妃、ノスカピン王女、失礼。
ああ、それと戴冠式はまだ早いと存じますよ。」
王妃
「そのようですわね、陛下。
教育しなおしますわ。
マレイン
「くそ!イプ!頼むよ!
俺を見捨てないでくれよ!
アランは片腕できつくイプを自分の体に押し付けた。
イプが動揺して震えているのがわかったからだ。
イプの耳元で囁く。
アラン
「これでいいんだよ。
あの王子のためにはこれが一番いいんだ。
王妃
「兵士よ、そのバカ息子を部屋に入れて。」
兵士たちが王子の腕を引っ張って行った。
船で待っていたロクジョウも大喜びでイプを迎えた。
裏で王子が手をまわす可能性もあるのですぐに出航する。
イプはずっとアランにくっついて離れない。
アランはドキドキしておかしくなりそうだった。
ついにはアランの部屋にまでついてきて、
ベッドを占領してしまった。
イプ
「アランと一緒じゃないと落ち着かないから、一緒に寝ていい?
アラン
(ひいいい------なんてことを!!!)
アラン
「い、イプ------。だけど、みんなが変に思うだろう?
イプ
「嫌だ!アランと一緒がいい!
ダメ?
イプは目を潤ませている。
アラン
「ふう----。いいよ。赤ちゃん。
何かお話ししてあげよう。
イプ
「うん!歌も歌ってね。
完全に赤ちゃん返りしているなとアランは思った。
でも小さい頃のイプを思い出して懐かしい。
イプはしばらくエルフの昔話を聞いていたが、
安心したかのようにグッスリ眠ってしまった。
アランはイプの寝顔をずっとずっと眺めていた。
つづく




