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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
9/40

その2

     二


 日は既に傾き、街を朱色に染めている。その夕日も、しばらくすれば完全に沈んでしまうだろう。

 御堂や四法院と同乗し、赤羽署の管轄区に入っていた。

 長閑で風情ある街並みだ。二十三区で都心に近いといっても、こんな場所もある。改めて認識させられた。

 警察署というのは、駅の付近にあるものだと思っていた。

 だが、到着した場所は、駅までそこそこの距離を残し、えらく開けた場所で停車した。わかりやすく言えば、空き地が目立ち、まったく賑わっていない場所である。


「えらく辺鄙な所へ来たもんだ」


 四法院が、誇張するように感想を言った。

 その感想は、的確ではないまでも的も完全には外れてはいない。

 御堂は、無言で進み始める。

 赤羽署。建物は、近未来的なデザインで丸みを帯びたデザイン。光を反射し、銀色に輝いている。横幅こそ無いが、高さと奥行きはかなりある。

入口正面に、受付嬢のように若い女性警官が座っていた。

 四法院が無視して奥に進んだ。

 御堂が四法院に歩調を合わせ、事件概要の説明を始めた。


「住宅街の一戸建てで、死体が発見された。煮立った浴槽に浸けられた状態でな」

「また、随分変わった場所と状態で発見されたものだね。で、第一発見者は?」


 人差指で眉毛を掻きながら、僕は感想と気になることを口にした。


「通報したのは隣の老婆。発見者は、赤羽署の警官だ。害者の身元はすぐに判明した。桑原順呉、四十六歳。フリーのジャーナリストだ」


 御堂は淡々と説明をする。その口調には、一欠片の感情すら籠っていない。

 ある意味、僕たちにこの事態を極めて正確に伝えようとしているのかもしれない。

 説明によると、桑原の得ていたデータから被疑者の名が六名浮上した。

 その後の捜査で、浅広銀行融資課長、篠山健吾が本星だと判明した。

 篠山本人の態度からも認めている節が見受けられる。

 連休四日目にして、これだけの情報を得た事に驚かされた。

 四法院なんかは、警察を馬鹿にするが、なかなかどうして優秀という言葉では足りない立派な成果だ。

そこで、素朴な疑問が湧いた。


「被疑者が判ったんだったら、後は裏を取っていくだけじゃないか。僕たちの力なんてどこで発揮するんだい?」

「その篠山には、事件当日アリバイがある。交友関係を洗ったが、共謀して殺人を犯しそうな人間にはアリバイがある」

「だったら、金で雇ったとか?」

「四課の情報ではその線は無いらしい。そうなるとチンピラを使うことになるが、小物を使うのに危険があり過ぎる。当然、何かを見逃している可能性もない訳ではないが、金で雇うのはやはり無いだろう」


 自分だったらどうするか考えた。やはり、自分でもチンピラ程度の奴は使わないだろう。いくら実行犯といっても、知能と育ちは必要だと感じた。必要なのは残虐性だが、それだけでは秘密保持の重要性と自己を含めた保身を堅持できないだろう。

 御堂が端的にやることを示した。


「お前たちに頼みたいのは、篠山のアリバイを崩すことだ。もしくは、共犯者を探し出すことだ」


 部下を使うような御堂の態度に、四法院が気にくわないと云わんばかりの表情を向ける。


「都合がいいな。突然連れてきて、困ったから何とかしろだって、役人らしい発想だな。金がないから増税、金縮財政政策に転換することもなく、無為無策のまま場当たり的な運営。当然、反省も改善もないまま事態は悪化の一途だ。正に、政府も、どの役所も変わらないな」

「四法院。止めなよ」


 僕は、無用の摩擦を回避しようと努めたが徒労に終わった。御堂が受けて立ったのだ。


「どこぞの銀行のように言わないでもらおうか。警察組織は優秀だが万能ではない。それでも他の省庁よりは目に見える形で実績を上げている」


 御堂の言には一理ある。他の省庁で目立つのは汚職などの不祥事ばかりだ。

 一般的に思い浮かぶのは公共工事や施設売却などだ。それに限れば、潤うのは一部の土建屋やファイナンスだ。

 それに比べれば警察は、治安の良さ、検挙率など目に見え感じられる。

 検挙率は下がっているが………、ま、あえて、この事は口にしなかった。四法院が言うだろうし。


「いや、銀行と同じだろう。好き勝手して、困ったら公的資金を注入だろ。お前も、困ったら民間の俺達で不良債権処理をしようとしているだろ?あ、でもタレントとかでもそんな事があったな。有名プロデューサーが不良債権ユニットの扱いに困り、失敗とは言いたくないから、売れないグループに売れっ子を混ぜて、強引に売れたという実績作りが………その結果をもって、自分が手がければ必ず売れるみたいな」

「話が、ズレてるよ」


 僕が話を止めた。四法院は、検挙率よりも銀行の方に引っ掛かったようだ。それはそれで、四法院らしくもあった。


「捜査資料を持ってくる。そこの別室で待っていろ」


 御堂は四法院に構うことなく特捜本部へ入って行った。

 僕たちは、物置のような狭い室内に通された。日当たりの良く気温が上がっている季節、空調の無いこの部屋は既に蒸し暑かった。


「ひどい扱いだな」


 四法院が呟いた。

 室内は、折りたたみの机とパイプ椅子が置かれただけの簡素なものだ。

 四法院はため息を吐いて、椅子を引き寄せて浅く腰掛けた。向かい合って僕も座ると、気になることを聞いた。


「何で、突然引き受けたんだい?理由を教えてくれないか?」


 その質問に友は笑顔で答えた。


「そりゃ、決まってる。正義の為だ」

「君の正義って何だい?」


 思いっきり疑わしい目を向けて聞いた。四法院に正義、善行、慈悲などという言葉は行動原理に反映しない。これは断言してもかまわない。

 四法院はため息を一つ吐くと真顔になった。


「市民として警察に協力するのは当然だろう?何をそんなに訝しがる?」

「普通、訝しがるだろ。前にも面倒くさいことをしてただろう。思いだしたぞ。ボランティア商法をしている人間が家に訪問に来て、三十分も説教してたろ。そんな人間なんて、いまの日本じゃ君ぐらいだ」

「それは当然だろ。奴らは、善意を喰いモノにしているんだぞ。いいか、貧困を解決するのに他人の善意なんてモノに頼っているからダメなんだ。生存競争に善意なんてあるかよ。あいつら、俺にハンカチ一枚を六百円で買えと来たもんだ。ぼったくりもイイ所だろ?商売なんてのは、需要のあるものを売る基本だ。これは、資本主義とか社会主義とか関係なしの現実だ」


 確かに、街頭に立っている寄付を求める輩にヤクザや詐欺団体が目につく。そう思った処で、気がついた。


「四法院、本当のこと言えよ」


 白い眼を向けるが、四法院は拳を握り、親指を立てて言い切った。

 

「正義と善意だよ」


 どうしても本心を言う気が無いらしい。その頑なな態度が、無性に僕を不安にさせた。


「これだ。目を通せ」


 乱暴に扉が開くと、御堂が先頭で、後の刑事が書類の束を抱えて入ってきた。

 捜査が始まって間もないのに、かなりの分量に驚かされた。


「ありがとう」


 僕は素直に礼を言ったが、四法院は無言で受け取った。

 その態度に、本部で出会った刑事は、軽く嫌味を口にした。語彙とイントネーションから広島弁なまりが聞き取れた。

 要件が終わると、御堂は部下を連れさっさと出て行った。

 僕と四法院は、机の上に置かれたファイルを手に取った。大まかに御堂に説明を受けていた為、事件の詳細はすんなりと把握できた。

 四法院は黙々とファイルに目を通している。


「四法院、PCデータにあった篠山以外の五人はどう思う?」


 その問いかけに生返事が返ってきた。


「ん~。怪しいが。皆、殺人を犯すまでもない。他を圧する力を持っているからな………。この五人は自己の剛腕でなんとでもなるだろうな」

「そうだな。人でも殺していればなぁ。暴挙に出ることもあるが、この程度の情報を握られたくらいなら殺人を犯すまでいかないだろうしね」


 こう僕も同調した。


「だが、この中の数人は殺人くらいしてるだろうな」


 唐突に、四法院はとんでもない事を口にした。


「この資料から、なにかその事実が見えるのかい?」


 四法院は、中指でこめかみを掻きながら答える。


「別に。ただの勘だ。特に、この人物らからは、良い噂を聞かないからな。それだけだ」

「それだけかい?」

「ああ」


その返事に、安堵した。


「で、調べるのかい?この五人を」

「ん~。一応、簡単にでも調べようか」


 四法院は、後頭部で両手を組むと上体を反らして背伸びをした。


「御堂は、被疑者は篠山だと思っているけど、君はどう思っているんだい?」

「まだ何とも言えないな………」

「事件当日のアリバイは完璧。崩しようがない。こうなれば実行犯がいる筈だが………」

「そんな事は後でいいよ。篠山は、桑原に何を握られたのかな。それが気になるな」


 四法院は被疑者より、被害者の事が気になるらしい。

 PCの復旧作業に関しては、御堂が警視庁の専門部署に依頼し、進めているらしいが未だに返事はない。

 四法院は簡潔な感想を言い終えると、黙々と資料を読み始めた。

 時間的には、およそ二時間みっちりと目を通した。

 その間、まったく会話もなく紙を捲る音しかしない。

 署内の喧噪が、ときに聞こえるが、それもどこか遠くの雑音のように思えた。

 日は完全に沈み、暗さと静寂が気になったところで、僕は四法院に声をかけた。


「そろそろ休憩にしないか?」


 問いかけに、四法院からの返事はない。強めに名を呼んだ。


「四法院」

「なんだ?」


 やっと資料から目を離し、口を開いた。


「休憩でもしよう。食事だって取ってないんだから」

「そうだな。腹も減ったな。駅前に行こうか、何かあるだろう」


 そう言って、ファイルを閉じた。

 お互いに荷物は少なく、準備らしい準備などすることなく、数十秒で互いに立ち上がった。

 僕が部屋を出ようと、扉を開けた時に止められた。


「悪い、永都。谷元に電話するわ」


 そう言うと、携帯電話を取り出した。

 谷元君というのは、数少ない四法院の理解者だ。衆議院議員の権田(ごんだ)(ひじり)の秘書をしている。

 権田代議士は、連続四期当選している。自滅党高石派の中堅議員である。中堅と言っても、議員としては非常に優秀で幹部候補として領袖から目を掛けられている。

 谷元君は、その秘書として選挙区の地盤を固めつつも、中央の情報もしっかり得ているようだ。

 四法院は、自滅党幹事長が被疑者に上がっているから、内部からそれらしい情報があるか聞こうという魂胆なのだろう。

 窓の外に視線を向け、小声で電話をしている。

警察を信用しない四法院らしく、かなりの警戒感である。

 僕は、その電話が終わるまで天井を見て待っていた。


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