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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
6/40

その2

     二


 三十九名の全捜査員を篠山の情報収集に投入させた。

 捜査一課、赤羽署員、第二機動捜査隊で識鑑を徹底させた。

 岩尾キャップが、卓抜した現場指揮能力を見せた。再度、区割りを発表し、方向性を示す。

 それだけで、篠山の情報が御堂管理官の元に集まってくる。

 そして午後八時、捜査会議が始まった。

 篠山健吾。三十七歳。浅広銀行融資課長。二十二歳で、浅広銀行に入社。幹部候補生として採用される。

 首都圏の支店を二年置きに転々とした後、三十歳の時に汚れ仕事を命じられた。

 それは、社会問題にもなっている不良債権の回収だった。

 それ自体は、左遷の様相を挺していたが、三浦常務派のコネを使い保険を掛けて、荒行をするつもりで受けたと、近辺では認識されていた。

 債権回収で、篠山は自身も気付かなかった才を発見する。

 冷徹な決断、汚い手法、回収額だけがモノを言う職場、それは知恵と胆力を使わなければ、結果に反映されることはない。

 こうして、篠山は銀行の暗部を受け持つようになる。それが三浦常務の影響力にも貢献した。だが、思わぬところに落とし穴はあった。突然、三浦常務が倒れ、入院したのだ。

 この絶好の機会を敵対派閥は見逃さなかった。三浦常務解任動議を提出、採択され、三浦氏には健康回復に専念してもらうこととなった。

 その出来事は、これまで篠山に辛酸を舐めさせられていた他派の上層部に、強烈な一手を喰らわされることになった。

 唐突な辞令で、出世の見込みのない支店の融資課の課長となった。

 事実上の封じ込めである。

 融資課に移ってからの篠山だが、真面目に勤務していたようだ。

 主に中小企業、新興の会社だが、篠山は概ね良好な結果を導き出している。

 現在、融資課に異動して四年。

 年収は、壱千万円を超えているが、先は見込めないだろうというのが、大方の見方だった。

 捜査会議で得たこれらの情報を、古島は手帳にメモした。

 そして、古島が立ち上がり、喋り始める。


「携帯会社に捜査協力を申し込み、携帯の記録を調べたところ、桑原との通話記録がありました」


 古島の言葉に、場がざわついた。


「続けろ」


 岩尾キャップの声が場を制した。古島は続ける。


「桑原が何の情報を掴み、篠原を強請っていたのかは判明しません。ですが、記録から三度の通話が確認されています」

「内容は?」


 岩尾係長が口を開いた。


「そこまでの情報は得られていません。しかし、四月二十八日の午後八時に通話記録がありました。前日にも、約二分の通話が確認できました」


 事件日前夜の通話記録。翌日には桑原が遺体で見つかる。その桑原のPCから篠山に関するデータが見つかり、一部消されていた形跡があった。

 皆の意識が集約する。間違いなく、篠山はクロだ。御堂の読みが、見事に当たった。

 自分は、広島県警の頃の御堂ではなく、警視庁管理官の御堂の能力を改めて認識した。


「御堂管理官」


 岩尾キャップが、視線を送る。御堂が頷いた。


「これから篠山に任意同行を求める。古島、お前が取り調べろ」

一瞬、耳を疑った。そこに、滝さんが背中を叩く。そして、声を出した。

「はい!」


 福山東署では、被疑者の取り調べを行った事はある。それでも、出向している自分が受け持つのは異例であった。

 捜査員たちが、浅広銀行へ篠山を迎えに向かった。

 篠山の資料は、既に頭に入っている。

 それでも、再度確認の為に資料を開いて目を通した。

 篠山の経歴とこれまでの捜査状況を踏まえて対策を考える。

 取り調べと云っても勾留ではない。

 被疑者扱いは出来ないが、事件に関して、ある程度の証言を引き出さねばならない。

 待った時間は四十分程だろうか。滝さんが傍に立ち、囁いた。


「来たぞ」


 そう言われると署の入口へ向かった。

 篠山は、三名の刑事に囲まれて登場した。

 三十代後半の篠山健吾は、紺藍を幾分薄めた色のスーツを完全に着こなしていた。高給取りなのだろう、一目見ただけで良い物だと判る。自分のような下っ端公務員の給料では、とても届かない代物だ。

 履いている皮靴も手入れが行き届いている。

 目が細く、色白。知的だが、いかにも金の掛かる私大に行きました。そんな感じの顔だ。第一印象は、この言葉しか思い浮かばない。“イケすかない野郎”この一言が、全てを表した。


「こちらへ」


 取調室へ案内した。

 まだ任意ということもあり、ドアは開放している。密室にはできない。

 篠山は大きな動作でパイプ椅子に座ると、深く息を吐き出した。そして、ゆっくりと椅子の背もたれに背を置いた。


「職場でもお聞きしましたが、何の御用ですか?」


 礼儀は正しい。だが、それだけだ。

 古島が、向かい合うように座る。滝さんが入口付近で壁に凭れて立っていた。


「篠山さん、協力感謝いたします」

「そんな事よりも、早く終わらせて頂けませんか。公務員と違って、民間は忙しいんですよ」


 篠山は、急かす様に言った。

 古島は両肘を着いて、指を組んだ。


「篠山さん。桑原順吾という人物を御存知ですか?」

「えぇ。訳の分からない事を言っているジャーナリストでしょう。最近、つきまとわれて困っているんです」

「つきまとわれる理由は何ですかね?」

「こちらには、まったくわかりませんよ。訳の分からない事を言って、バラされたくなければ金を払えと強請ってきましたが、相手の妄想に付き合う気はないので相手にはしませんでしたがね」

「強請の内容は?」

「融資の不正だそうです。当然、そんなことはありません」


 篠山は、当然のように言った。

 古島は眉をひそめた。その反応に篠山が反応する。


「気になるなら、支店長でも監査部にでも聞いてください。自分は忠実に仕事をこなしてきたんです。少し調べれば判りますよ。あと、あの男を締め上げてください」


 自信満々の態度で言い放った。


「桑原の件、知らないんですか?」


 古島が訊くと篠山が答えた。


「私が知っているのは、あの方はハイエナ業をしていることしか知らないですよ」

古島は姿勢を正し、無反応の篠山に目を細めた。

「桑原は死んだよ。赤羽の空き家で発見された」

「そうですか。あの男は、まったく論拠の無い強請(ゆすり)をするような奴です。あれでは、殺されても仕方ないでしょうな」


 刹那、篠山の目が嗤っていた。

 間違いない。こいつが犯人だ、と古島は確信した。


「では、二十八日は何をされていましたか?」

「それは、どういう意味でしょう?」

「意味などありませんよ。形式的なモノです」


 まさに形式的な台詞を口にすると、篠山は馬鹿にするような下卑た笑みを浮かべた。


「刑事さん。それは信じませんよ。自分のことを疑ってるんでしょ?」

篠山は笑顔で言ってきた。

「我々警察は、桑原に関連する事は全て調べて、裏を取らないといけません。それは、貴方だけを対象にしている訳ではないんですよ」


 冷静な口調で説明したが、聞いている様子はない。


「ま、イイでしょう。刑事さん。その日は、昼は仕事。夜は接待で潰れていますよ。調べて戴ければ簡単に判ります」


 自信に満ち溢れた態度で言い放った。そして、こう付け加えた。


「捜査には、いくらでも協力しますよ。二十八日だけでなく、私の身辺も徹底的に調べてください。警察組織が、疑念すら抱けぬ程に、お願いしますよ」


 勝ち誇ったような物言いだ。語るに落ちる、こいつはその典型だ。犯人は篠山だ。確信した。

 これ以上篠山に訊いても、何も喋らないだろう。


「そうですか。本日は御協力ありがとうございました」


 古島は立ち上がり、出口へ手を差し出した。篠山は胸を張り、両足に力を込めるように椅子から離れ立

ちあがる。

 そして、室内を見回し、ゆっくりとした歩調で歩き出す。

 篠山が、滝さんの横を通り過ぎて行った。


「決まったな………」


 滝さんが呟いた。自分は、それに頷くだけだった。


「なぁに、本星は判ったんだ。これから、忙しくなるぞ」

「そうですね」


 返事をしたが、篠山の顔を思い出すと胸くそが悪くなる。間違いなく奴が犯人だ。絶対に捕まらない自信があるのだろう。

 とりあえず、総指揮を執る御堂管理官と現場指揮官の岩尾係長へ報告することにした。

 特捜本部には、御堂、岩尾、署長の三名の顔が並んでいた。


「事情聴取を終えました」

「御苦労」


 岩尾係長が答えた。


「で、どうなんだ?」


 御堂が聞いた。


「奴ですね。間違いありません。あの自信ぶりからして、捕えられるなら逮捕(とら)えてみろ。と、言われた気がしました」

「滝刑事、貴方が気になることは?」


 滝さんは、ゆったりとした動作で口を開いた。


「奴は、強請のネタや仕事関係だけでなく、身の回りまで徹底的に調べてみろ、と言っていた。聞かれてもいないのにです。その辺に趣向を凝らしているのでしょうな」


 無反応で聞いている御堂に対し、岩尾はマメに姿勢を変えながら思案している様子だ。

 御堂が岩尾係長に視線を送る。

 その合図を受け取るや否や、岩尾係長は立ち上がり号令をかけた。


「これより、篠山を徹底的に調べ上げろ。区分けだが、地取りとブツは廃し、鑑と特命に再度分ける。いいか、短期決戦で勝負を着ける!」


 大胆な指揮を執る。

 皆も、その意気を感じたのか、岩尾キャップの声に共鳴するように士気は高まった。



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