終章
太陽が頭上から燦々と光を注いでいる。
フォーマルな服装には厳しい季節で、忍耐強い警察官たちも参っているようだ。
そんな暑さと直射日光であるが、御堂は普段と変わらない表情で歩いていた。
警視庁に入ると肌に涼を感じた。庁内は、普段と変わることなく動いている。
「御堂先輩」
声を掛けられ、御堂は歩みを止めた。
「上月」
上月洋輔。大学の後輩で、同じ刑事部のキャリア官僚だ。年齢は、二十八歳。階級は警視だ。性格は軽薄、思考回路は軽率、部下への言動も配慮に欠ける。そんな人間だが、祖父が参議院議員の重鎮であり、国家の中枢に血縁者がいるせいか警察上層部の覚えも目出度い。
上月は、顔を近づけ小声で呟いた。
「御堂さん。知ってますか?公安部のノンキャリアが極左翼団体の名簿に名前があって、警備局の情報を渡していたそうですよ。カルト教団の影もチラついてて、上層部ではエライ騒ぎになってますよ。直属の上司の西久世さん、大丈夫ですかね~」
上月の口調は愉快そうだった。学生時代に、上月は名門の西久世一族に近づこうとして、儀礼的な振る舞いばかりで、相手にされなかったとは聞いていた。それを、まだ根に持っているのかも知れない。
上月の感情はともかく、西久世のキャリアに僅かなシミは付いたが、出世に影響はないだろう。背後に控えているのは名門一族だ。政・財・官の各界に根を深く下ろしている。たとえ大失態をしたとしても、上層部が簡単に排除などできない。今回、傷付いたのは、西久世の誇りだけだろう。
上月と別れ、刑事部部長へ報告に向かった。
エレベーターを待っていると、開いた扉の中から西久世が現れた。
西久世が、すれ違うという位置で立ち止まり、落ち着いた声で口を開いた。
「以外と早く帰ってきたな」
「ああ、部下が優秀で助かっている」
「相変わらず、謙虚だな」
「本心だ。そんな事より、俺の心配をしている余裕があるのか?」
「耳が早いな。喜んでいるんだろうが、残念だな。その問題の処理は済んでいる」
「ほう。後学の為に聞かせて貰いたいな」
「刑事部には関係ないだろう」
言い捨てると、西久世が歩き始めた。そして、自分もエレベーターに乗り込んだ。
西久世の背を見ると、笑いが込み上げてきた。平静を装っているが、言葉や態度の端々から怒りが伝わってくる。常にすかしている西久世が、これほど苛立っているのは学生時代以来だった。
西久世の後姿は、両側からの閉まってくる昇降機の扉に遮られ、刑事部の階のボタンを押した。
エレベーターの上昇による体への負荷と、わずかな機械音が妙な記憶の紐を手繰り寄せた。二日前に、永都から留守番電話に入れられたメッセージだった。それは、四法院が事件の捜査協力を受けた理由は、警察関係者への恨みを晴らすためだと言っていた。もし、永都の言うことが本当だったとしても、西久世の捜査は細かな所まで調べているだろう。奴の性格を考えれば、今回の件に四法院の名前が浮かばなかった事を意味している。
四法院のような現実主義者で、物質世界の住人では、共産主義ともカルト教団との縁があるとも思えない。そうなれば、公安の人間と四法院の接点があるとも思えない。いくらなんでも考え過ぎというものだ。
御堂は一笑に付した。
四法院の近況はというと、事件解決後、バイト先のデリバリー会社に戻るとクビになっていたらしい。配達途中に行方を眩ませれば当然と言えば当然だ。
永都曰く、警察に連行された危ない人間は雇っておけないと言われたらしい。
自分にクビになった要因が無いとも言えないが、今回に限って言えば、奴の日頃の行いが大半を占めるだろう。連れて来た出来事は、経営者がクビにする口実に過ぎない。
四法院に言えば、惨事を招きそうな発言だが、永都は口では否定するも態度では納得していた。百歩譲っても、事件の解決と同時に少なくない現金を渡している。奴には、それで充分だと思えた。
エレベータを下りると、目的場所にまっすぐに向かう。
刑事部部長の部屋の前に立ち、ドアをノックした。
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それでは、他の作品も発表しておりますので、そちらも併せてよろしくお願い致します。
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