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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
4/40

その3

     三


 事件翌日。特別捜査本部の机上には、書類と報告書がうず高く積まれていた。

 早くも御堂に、膨大な情報が入っていた。

 その情報の大半が機捜隊と赤羽署員の物だ。それは人材の優秀さを示すものであるが、現場キャップの岩尾係長の卓抜した統率能力あってのものだとも言えた。

 民家の正確な情報、鑑識の結果、司法解剖の報告、遺留品などから状況が見えてきた。

 桑原順呉。四十六歳。フリーのジャーナリスト。政治から芸能まで、幅広く新聞・出版各社に情報を売っている。

 最近は、闇の勢力にまで広げていると報告書にあった。

 鑑識の報告では、窓ガラス及び各錠に不審なところが無い点から、関係者の関与が疑われる。桑原の指紋が至る所から発見された。指紋の付いている場所から、侵入経路は駐車場に繋がる裏口と断定できる。

 そして、もう一人の人物が、この場に居たことも判明している。それは、指紋こそ検出されなかったが、幅広の手の形とわずかな手袋の模様が二か所で見付かったのだ。

 こいつが被疑者と見て間違いない。続いて、司法解剖の結果に目を通す。


「ナニ!?」


 死因の欄に書かれた文字に、思わず声が漏れた。

 死因【一酸化炭素中毒死】と記されてあった。

 家の内には燃焼物を燃やした形跡はない。当然、室内で争った跡もないことから、殺害された後に、民家の浴槽へ移動させたのだろうか。

 現場の不審な点は、浴室の換気口の枠に埃も塵もついていなく、綺麗に拭かれた跡があったことぐらいだ。

 職業が自由業と云うこともあって、交友関係の把握には時間が掛かりそうだと予想していた。だが、昨夜の今日にして桑原の交友関係の大半は把握できていた。

 交友関係は把握できていたが、ジャーナリストとしての取材対象先までは把握できていない。

 現在、桑原宅のPC、書類関係などを押収して調べている。


「御堂管理官。こちらへ」


 一課の刑事が押収したPCのメモリーに気になる名前、その人物に関わる情報が入っていた。

 御堂がノートパソコンの液晶画面を覗き込むと目を細めた。そこには、触れにくい名前ばかり書かれていた。

 自滅党幹事長、結城(ゆうき)(もり)(たか)代議士。裏世界石油株式会社会長、()(づか)(たけし)。広域指定暴力団、臨王組若頭若木宗伎(わかぎしゅうぎ)。全日本食肉事業協同組合連合会会長、深野(ふかの)(そう)(けん)。大罠証券専務理事、山里(やまざと)()(へい)。浅広銀行融資課長、篠山(しのやま)(けん)()


「六名か」

「ハイ。どれも大物です」


 御堂の心を察するように、刑事が返事をした。


「各人の何を調べていたか分かるか?」

「これが内部のデータを書面にしたものです」


 若い刑事が先を読んでいた様に、したり顔で書類の束を差し出した。

 手順を先読みしているのは良い。だが、最初に差し出せば良いものを、自己アピールをする為のこの一手が見え透いて不快に感じた。真に優秀な者ならば、この数秒の時間すらも惜しむだろう。

 もっとも、上司にも酷く低能な人間がいる。

 そう云う輩には、判り易さも必要なのだろうが、自分がそう判断されたなら残念だ。


「自己演出をするなら相手を選ぶべきだ。分かったな?」


 この言葉を発することなく、若手刑事の目に鋭い眼光を向ける。

 御堂の力ある瞳に、若手の刑事は背筋を正すしかなかった。

 御堂は書類の束を手に持ち、捲ることにした。

 結城守孝代議士。六十八歳。当選回数八回。新人の頃は文教族議員として票を得て、中堅議員の地位に立つと、人事改選で財務金融委員長の座を獲得した。

 これは派閥の領袖から可愛がられた結果であったが、結城自身も優秀であった。党務運営、議会運営、党内融和に力を見せ始め、野心はあれども温厚な性格の為、派閥の領袖からすれば安心して取りまとめ役を任せられた。

 そして、派閥の幹部として派内をまとめ、大臣を二回、総務局長を経て、今回幹事長の職に就いたのだ。

 桑原は、結城幹事長が自党議員の落選工作に、実弾(金銭)を使ったことについて調べていた。

 残されているデータによると、他派の議員が当選することに抗った。その為、集票団体に圧力をかけて、徹底して地獄を見せようとした。そして、落選ラインまで落ちてきた時、候補者が泣きついてきたところで結城が手を貸し、当選させる。

 その後、自派に取り込む算段であった、とここには記されている。

 御堂は、次の書類に目を通す。

 裏世界石油会長、()(づか)(たけし)。七十九歳。裏世界石油は、石油精製・販売、石油・ガス開発、建設、その他事業の四事業から成り立っている。核となるのは、石油精製、その販売であり、グループの売上高の八割強を占める。

 政界との癒着、現総理はこの会社の元社員だったこともあり、防衛省、国土交通省などとの関係は深い。

 書類には、官僚の名前の横に数字が並んでいる。その数字は、渡された金額だろうことは誰の目にも明らかだ。だが、この数字の根拠はデータ内には残っていない。

 次を捲った。

 暴力団、臨王組若頭若木宗伎(わかぎしゅうぎ)。構成員四千七百人。四条畷五十日抗争の時、武闘派として活躍する。

 師恩組を立ち上げ、初代組長となる。その後、資金調達で才を発揮し、五十二歳のとき臨王組の若頭に就任した。

 組経営の才もあったらしく、他勢力を切り崩し、次々と傘下に収めていく。

 臨王組の資金源の一端である覚醒剤の入手経路から販売ルートまで書き込まれてあった。

 御堂は、この書類だけを束から分けた。


「この書類を四課に渡してやれ。その見返りに若木の情報を集めてきてくれ」


 四課にパイプのあるベテラン刑事に指示を出した。

 そして、引き続き書類に目を落とす。

 全日本食肉事業協同組合連合会会長、深野(ふかの)(そう)(けん)。食肉公と呼ばれている。裸一貫で食肉業界に飛び込み、国内二十社、海外八社を率いている。

 生まれた奈良には、広大で壮大な邸宅と、二千坪を超える庭園に建坪五百坪の神殿造りの住居を構えている。

 深野は同和地区の出身であったが、このことを逆手に取ることで最大限に活用した。

 自滅党同和対策特別委員長を後ろ盾に、課税面での優遇措置を受けた。内容は、税の申告をフリーパスで認めるという代物であった。

 深野はその恩恵を十分に享受する。そして、納税者番付に登場しない超高額所得者であった。

 メモリーには、農水大臣と農水省の官僚と結託して、食肉行政の不備を衝き、約二五〇億もの公金を得ていると記されている。当時の農水大臣の名と官僚名。そして、莫大な資金が自滅党へと流れていると記されていた。

 まだまだ調べは不十分だが、これが表沙汰になれば一大スキャンダルだろう。気にかかるのは、既にかなりの時間が経過していることだった。

 用紙を捲った。

 大罠証券専務理事、山里(やまざと)()(へい)。六十八歳。証券取引等監視員会から、大罠証券に対する検査の結果、法令違反にあたる株取引をしていたことがわかった。山里専務を処分するよう勧告した。

 証券会社の役員や社員が、短期間に株取引を繰り返した。自己の立場を利用し、利益を追及する行為とみなされた。顧客の信用を損ねる可能性があるなどして金融商品取引法などに抵触した。

 それでも山里専務は、役員職すら辞任せずに現在も同職に就いている。

山里専務に対しては、これからの調査だったらしく、基礎情報だけが書き込まれていた。

 最後の書類に目を落とした。

 浅広銀行融資課長、篠山(しのやま)(けん)()。三十七歳。名門私大を卒業し、浅広銀行の行員となる。

 浅広銀行は、バブル崩壊時多額の不良債権に苦しんでいた。その不良債権処理を率先して行ったのが篠山であった。その功を認められ、国立大卒の同期を蹴落とし、出世の道を歩んでいる。だが、あまりに有り過ぎる能力は上層部の警戒心を煽る事となり、有力店へ移動となる。役職は上がったが、事実上は左遷であった。

 それから篠山は、不遇の身でも甘んじているようだ。この四年間、中小企業向けの融資を担当している。

 データを取り出した書類は以上であった。一呼吸置いて、御堂は厚い書類の束を机の上に置いた。

どの人物も曲者ばかりだ。その中で、浅広銀行の融資課長だけが小粒だ。それに加え、気になる点がある。篠山健吾だけが経歴だけで、取材すらされていなかった。一応消去されている可能性も考慮して、PCをサイバー犯罪対策課に渡すことに決めた。

 椅子に深く腰を落とし、御堂は赤羽署の天井を見つめる。

 肺の空気をすべて吐き出すように、深く長くため息を吐いた。

 御堂は、捜査の進め方を考えている。与党自滅党幹事長、財界にて力のある石油会社会長、広域指定暴力団の若頭、食肉事業を牛耳る会長、経済に影響を与えかねない証券専務理事、そして巨大銀行の課長。これらの業界には、あまりに濃く深い闇が広がっている。

 名前が挙がったこれら総ての人間が、裏で繋がっていても不思議じゃない。いや、繋がりが無い方が不自然だろう。

 政権中枢、財界、暴力団、同和、銀行を捜査することになる。暴力団以外、警察組織としても触れにくい。

 扱い方を間違えば、マスコミを使い叩き始めるだろう。いや、触れるだけで反発を示すことは目に見えている。

 まずは、桑原と各者の関係を調べるしかなさそうだ。


「岩尾係長。聞き込みの区分け、そして桑原とこれら人物の関係を探ってくれ」


 岩尾キャップには、これだけで十分だろう。胸の内には、何も言うことなく名を書いた紙さえ渡せば十分だとも思った。そうは思っても、言わずにはいられない自分が未熟なのだろう。

 この捜査陣の規模で、深き闇の支配する樹海を探る、そんな感じ思えた。

 目を閉じて御堂は、思いを巡らせる。

 殺人は、時間との勝負である。時を浪費すればするほど、証拠は消え、目撃者の記憶は薄れ、逃走の時間を与える事になる。さらに今回は、触れにくい業界ばかりだ。

 権力者や社会的な暗部に関わる事件は、証言者も得られにくい。

 皆、厄介な人物や団体になど目を付けられたくない。この国は、法治国家となっているが、法など役に立たない状況はある。それは、警察に入るまでもなく知っていたが、警察官僚になって身に沁みて理解できた。

 差し当たり、上層部への報告が必要か・・・・・・。

 御堂は政治的配慮と保身に気を配りながら、警察官僚として結果を出さねばならない。

 刑事たちからの報告が上がってくる。部下たちの士気は高く、それだけが救いだった。



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