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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
39/40

その5


    五



 夜の静かさと畳の匂いが、心を落ち着かせてくれた。窓を開けて、夜風を浴びていると店主が飲み物を運んでくれた。水を口に含み、日常に戻った生活にほっとしながらも、連休に起こった事件に思い馳せていた。既に、ゴールデンウィークが終わってひと月経過している。


「お待たせしました」


 座敷の入口に立っていたのは、谷元君だった。


「お呼びだてして申し訳ない。それにしても、高級蕎麦屋の二階の座敷とは、よくこんな場所を知っているものだと感心しますよ」

「いえいえ。職業柄、静かな場所が必要なんだ。ところで、今日は四法院の姿が見えないが?」

「今日は、四法院の件も含めて話があるから、呼ばない方が良いと判断しました」

「そうですか」


 そう言って、谷元君は灰皿を引き寄せ、煙草を取り出した。

 四法院は、極度に煙草を嫌う。来ないと判り、吸う気になったのだろう。


「谷元君。優秀な医師の手配、ありがとう。お陰で、翔一君の指もちゃんとくっついて、懸命にリハビリしているらしい」

「そうか。お役に立てて良かった。事件はどうですか?解決しましたか?」


 聞かれて、事件概要を説明し、あの電話から後の事柄を話し始めた。


「病院で翔一君の手術は成功した後、僕と四法院は里奈ちゃんに会いに行った。ホテルに連絡を取ると、里奈ちゃんは既に空港へ向かったと教えられた。すぐに、成田空港へむかったら、ターミナル内の受付カウンター傍のベンチに大きな荷物と一緒に座っていたんです」


 谷元君は相槌を打つことなく、黙って聞いている。

 そして、その時の事を鮮明に思い出し、僕は記憶の中へ吸い込まれていった。

 里奈ちゃんは、刑事たちに監視されていたが、四法院にはある程度は見破られている。視線で刑事の居場所を僕に教えてくれた。

 そして、里奈ちゃんに近づこうとした時、ホテルで会った刑事が四法院の前に立った。


「篠山里奈は、我々が見ている。新たな人物が接触してくる可能性がある」

「ふん!」


 四法院は刑事の言を鼻で笑い、前へ進もうとした。刑事が止めようとしたが、僕が四法院の考えを説明した。


「敷島里奈に接触してくる人物はいません。敷島友二が娘に危険を及ぼさないように動いていたんです。だからこそ、死んだはずの敷島が捕まったんです。取りあえず、通りすがりの人間として、任せて頂けませんか?」


 四法院は里奈ちゃんの元へ向かって歩き出した。

 里奈ちゃんが、自分たちに気付いて目を背けたが、四法院は隣の椅子に腰掛けた。


「何か用ですか?」


 里奈ちゃんは、四法院を軽くあしらう口調で言った。


「デイビット・沢さんから伝言を頼まれた」


 驚きの表情をした里奈ちゃんは、四法院の横顔を見た。


「何?」

「引き取ることが出来なくなった。沢さんは、それでも懸命に頑張ったが、ダメになったそうだ」

「嘘よ!」


 四法院は、首を左右に振った。賢い里奈ちゃんは、その反応で全てを理解した。


「私は、どうなるの?あの家に帰るの?それだけは嫌!」


 余程、嫌な思いをしただろう。里奈ちゃんは、全身で拒絶を表した。


「あの家に帰る事は無いよ。差しあったっては、どこかの施設か知人の家に行くかも知れないが、最大限に君の環境が良くなる様にしようと思う」

「おい、四法院。また勝手なことを………」


 僕は、心と頭が重くなる感覚がした。

 思案顔の谷元君が腕を組んで聞いていた。


「四法院。余計な事まで考えてるな~」


 そんな感想を口にした。


「まったく」


 敷島は、篠山と共犯関係にあり、それ故に養子縁組をしたとはいえ、篠山を殺害した男の娘だ。篠山一族が、虐待だけでなく殺しかねない。それを心配して、先に動いたのだろう。

 谷元君は、深く煙草を吸いこんだ。


「事件はどうだい?」

「御堂から教えられた情報だが、大方、四法院の推理通りだったらしい。敷島は否認しているが、捜査が進むにつれ事件の全貌が見えて来たらしい。これから言うことは、想像も入っていることを前置きさせて貰う」


 そして、関係者の一人でもある谷元君に説明した。

 敷島の町工場は、技術はあったが、経営的には地味に下降線を辿っていたらしい。そこに篠山は目を付けたようだ。普通なら犯罪に手を貸すことは無かっただろうが、折しも心臓の具合が悪かった。敷島は、自分が亡き後の家族を心配した。世間の不景気も、より深刻になる事を考えれば、お金だけでも、と考えたのだろう。その心臓の手術と、犯罪を結びつけたのが篠山だった。篠山のノートパソコンの復元の一部に、その知恵はどこかから買ってきたらしいが、詳しくは突き止められなかった。

 選んだ病院に玉山が居たのか、玉山のいる病院を選んだのかは判らないが、ある程度の現金で動く玉山に自身の細胞を盗ませた。狂言誘拐で融資資金を移し、家族には保険金で今後の生活の糧を補った。

 四法院曰く、敷島のミスは玉山を殺害したことだと言っていた。そこから、桑原にも情報を掴まれたのだろうと云うことだ。桑原と篠山殺害は証拠を残すことなく、完全に遂行するも、翔一君の殺人未遂で決定的なヘマをした。

 意識を取り戻した翔一君の証言では、あの手帳は沢さんの物で、公園で拾ったという。中には、親子の写真が入っていたと云う事から、敷島親子だと推察できた。これで、敷島が焦る理由も判明して、殺害動機も確定した。死んだ敷島の写真と手帳の指紋が、赤羽事件を捜査する古島さんに渡れば指名手配されるのは判り切っている。そうなる前に、娘と海外へ出れば捕まる事は無いのだ。翌日までなら、小学生を殺しても近所に住む変質者か、警察に恨みを抱く者の犯行になるだろう。だが、あと一歩で邪魔が入り、殺すことが出来なかった。しかし、口を数日間は封じられたのだ。目的を達したと言って良かった。

だが、既に謎を解いていた四法院には、この行為こそ敷島を捕らえる絶好の機会だと思えたそうだ。そして、ホテルで身柄を押さえることができた。

 アメリカ大使が介入してくるも、数日間、御堂は上手く対応した。その間に、捜査陣の総力を挙げて、パスポートを調べると外見は似ているが、沢と目の前の人物の僅かな骨格が違うことを突き止めた。そして、アメリカ大使館の圧力を排した上で、翔一君を襲った犯人のDNA鑑定と誘拐事件の故・敷島氏のDNAが一致し、さらに目の前の拘束している人物のDNAが一致したのだ。この三者が一致する可能性は、天文学的な数値だ。余談だが、指紋も血液型も一致。故・敷島氏との手術痕も一致している。

 それでも、沢こと敷島は、自供することなく、犯行も決して認めることもない。


「手段は間違えたが、親としての想いは強いな」


 谷元君が、悲しげに言った。そして、御堂について話した。


「この事件は解決したとみなされ、御堂の手を離れたそうだ。あとは、岩尾キャップが残りを処理することになり、晴れて御堂は本部の中心へと帰って行った。四法院にも報奨金を渡したらしいが、いくらかは判らないな」

「四法院が金額を言うとも思えないしな」

「一応聞いてみたけど、『能力に全然見合わない金額だ』としか言わなかったな」

「アイツらしい」

「未解決事件を二つと、凶悪事件を解決した赤羽署の功労に対し、警察庁は警察庁長官賞を授与したそうだよ。それに、翔一君には警視総監賞をあげたらしい。一般人では、かなり異例だそうだけどね」

「警察も粋なことをする。それだけのお手柄は立ててはいるが………」


 谷元君は感嘆の声を上げた。

 店主自ら、ビールと料理を運んでくれ、僕たちは祝杯を上げた。運ばれたナマコのポン酢漬けを口に入れると海の香りが広がった。


「粋ではあるんだけど………」

「何か問題でもあるのかい?」

「四法院が気になる事を言っていたんだ」

「聞こうか」


 谷元君は机上で腕を組んだ。


「今回の一連の事件は、知恵者と機転の利く者の犯行の為、あまりに証拠が少ない。証拠が残っているのは、誘拐殺人偽装事件の保険金詐欺。警官の息子殺人未遂事件だと聞いている。細かく言えば、旅券法違反だとか、公文書偽造だとかあるが、微罪だ」

「確かに」

「殺人行為に関して、彼らは至極慎重で、物証を残さない環境と殺害法を選んでいる」

「なるほど。たとえ四人も殺していたとしても、現状では腕の良い弁護士が付けば、微罪とは言わないまでも、保険金詐欺と殺人未遂では、七、八年程で出るかもしれない」

「そうなれば、四法院の解決を否定することになるじゃないか」


 僕は机の隅に置いている店のマッチ箱を適当に取った。


「四法院は、その事についてはこう言っている」


 手にしたマッチ箱をドミノの様に並べる。


「事件としては、このように連鎖している。でも、証拠が無いばかりに、このようになっている」


 僕は、盆の上に敷かれている紙をコの字に折ると、ドミノの上に被せた。


「ドミノが繋がっているのかどうかは分からない。しかし、こうやって、一つ目を倒せば最後まで倒れる」


 この説明に、谷元君は難しい顔を向け、感想を言った。


「なるほどな~。理屈は分かる。だが、その論法で、裁判官が納得するかと言われれば、難しな。自分が

弁護士でも、物証が無い事件であれば、否認するように促すだろうな」

「そうなんだ。万人にも、何らかの関連はあるように思える。だが、犯人を示すものが無い」

「その点について、四法院は何て?」


 谷元君は、煙草の火を灰皿で揉み消した。


「四法院は、これらの事件は一連の流れでしか説明できないと言っている。証拠のある事件だけを並べても牌は倒れないと。紙で牌が見えないからと言って、ドミノが倒れれば連なっているのは明らかだと」

「だが、裁判は数学でもドミノでもないからな。そんな状況証拠ではな………。裁判も同じかも知れないが、有罪に出来ない以上は無罪になる。問題を解くだけなら簡単だが、数学的に証明するのは難しい」


 僕は谷元君の言葉に同意した。


「事件に関しては、以上かい?」

「補足としては、証拠は御堂に探させれば良い」

「四法院らしい」


 谷元君はそう言って、笑い声をあげた。

 ビールを飲み干している谷元君に、本題の四法院の謎を投げかけた。


「実は、事件以外の事なんだが、四法院の謎が解けないんだ。もし何か知っていれば教えて欲しいんだが………」

「何だい?」


 谷元君の目は好奇心で満ちていた。


「この事件捜査に非協力的だった四法院が、急に協力的になったんだ。理由を知らないかい?」

「ん~詳しく頼む」


 そして、僕は状況を出来得る限り、詳細に説明した。二十代後半の童顔の人間とすれ違った時だと伝えた。

 谷元君は、何か引っ掛かるのか、唸っていた。


「そいつは、こんな顔じゃなかったか?」


 谷元君は次々と具体的に特徴を口にし始めた。その特徴は、正に四法院が反応した人物の特徴で驚かされた。

 谷元君は、呆れた笑みを浮かべて真相を教えてくれた。


「あれは、七年前程になるかな~。バイト先で、四法院が真剣に惚れた一九歳の女子大生がいたんだ。あの頃は、自分も暇だったか恋愛話をよく話していたもんだ」

「それで?」

「四法院は、かなり積極的にアプローチしたらしい。何度もデートに誘えてイイ感じになったそうだが、あと一歩のところでイケ面の下種男に掻っ攫われた。そいつには彼女がいたが、可愛くて純粋な子で遊ぶのが娯楽だったらしい」


 僕は、四法院の激昂振りを考えると胃が痛くなり、思いやるに余りあった。


「結局、彼女は一度遊ばれて捨てられたそうだ。田舎から出てきた純粋な子で、男性経験も無かったらしく、電話の向こうで、相当に悔しがって荒れていたな。王子様の容姿があれば、あんなにお手軽なんだな、とボヤいていたな」


 僕は、どうしようもなく嫌な予感が胸の中でザワついた。四法院の事だ、何かしら目的があるに違いなく、今の段階では予測すら難しい。

 谷元君は、四法院との昔話を教えてくれているが、それらの話を聞けば聞くほどどんどん不安になっていった。

 ともあれ、事件は解決して四法院の動機も判った。あとは、何事も起こらない事を願うばかりだった。事件の結末としては後味悪いものだが、それはどうしようもないことだった。

 谷元君が、ざるそばを注文していたらしく、一口目は蕎麦湯を飲み蕎麦の甘さと風味に癒された。



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