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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
36/40

その2


     二



 連れて来られたのは使用されていない小ホールだった。部屋の隅には、大きなテーブルが折り畳まれて整然と並べられている。室内の広さは十帖というところだろうか。物がないと随分と広く感じる。

 室内には、御堂、古島さん、若い刑事、それに四法院と僕。参考人の沢氏が警察関係者に向かい合う様に立っていた。


「さ、何ですかな?」


 背筋を伸ばし、沢氏が説明を求めた。

 若い刑事が口を開く。


「本日の夕刻、十歳の少年が自宅で襲われました」

「それで、私とどのような関係があるんですかな?」

「古島翔一君と昼間に会っていると、情報が入っています」

「ええ、里奈ちゃんの仲の良いお友達でお別れをしたいと言って、昼頃に会ったのは確かです。私も、里奈ちゃんを迎えに行った時、会って、二、三言葉を交わしただけです。襲われたのは、翔一君なんですか?」

「ええ」

「ですが、それからすぐに別れ、里奈ちゃんの日用品をドラックストアーで購入して、ホテルにチェックインしています。それは、ホテル側に聞いて頂ければ判ることです。それだけの理由で犯罪者扱いですか?」


 若い刑事も、御堂も沈黙している。


「では、よろしいですかな。もう話す必要は無さそうですね。これ以上、容疑者扱いをするならば大使館で権利を確保することになりますよ」


 夕方に起こった事件で、容疑者を浮かび上がらせていることは、警察の優秀さを示していた。だが、その早さ故に証拠が揃っていない。

 唯一の証拠である肉片も、詳細なDNAの検査結果が出るには二週間ほどはかかるだろう。そうなれば、通常令状で引っ張っても拘束は四十八時間が限界だ。

 容疑者を拘置するには、逮捕、送検しなければいけない。拘置は罪を犯したと疑う相当な理由に加え、証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合などに限られている。容疑者の拘置期間は十日。やむを得ないときは、さらに10日の延長が可能だ。逮捕・送検中の期間と合わせ、容疑者としての拘束期間は最長23日間。被告の拘置期間は2カ月で、1カ月ごとに更新される。

 これだけの期間があれば、証拠が出揃うが、実行するには何か決定的な証拠が必要だった。

 出口に向かって歩き出した沢氏は、取っ手に手を掛けた時、呼び止められた。


「おっさん、そろそろ演技も疲れただろう」


 一同が、四法院に視線を注いだ。

 四法院は、首筋を掻きながら気怠く言った。沢が振り返り目を細めた。


「どういうことですかな?」


 数歩、四法院に向かって近づき、威圧する様に声を発した。


「どうもこうもない。俺には全て解っている。天才だからな。英才な官僚には見えないものが見えるんだ」


 四法院の発言は、御堂に対しての嫌味だが、味方なのか敵なのか分からない発言だ。発言に対して、個人的に思う事は、四法院は天才と云うよりも異才だろう。正直、異才よりも奇人・変人の類がはるかに近いが。だが、才の字で括るならばそうなる。

 皆、スーツや背広姿なのだが、四法院だけがジーンズにTシャツという服装に、緊張感の無い態度などあまりに場違いだった。

 沢が御堂に訊く。


「この方は、警察の方なんですか?」

「一緒にするな!失敬な」


 答えたのは四法院だった。その台詞は、御堂が言うべきだと思うが、四法院の方が警察を嫌っているらしい。もっとも、四法院は役人全般が嫌いなことを思い出した。

御堂が説明した。


「捜査に協力して頂いている民間人です」

「正確に通訳すると、俺にしか解決できないから泣きついてきたってことだ」


 四法院が胸を張った。


「では、その優秀な民間人が何を言いたいんですかな?」

「あなたが、犯罪者だということです。それも、少なくとも三人は殺しています」


 沢は眉をひそめ首を傾げ、口を開く。


「どういう意味でしょう?」


 四法院は会話を成立させることなく喋り続ける。


「我々は、ゴールデンウィークに起きた複数の殺人事件を調べているんです。被害者はジャーナリストの桑原。さらに、数日後に篠山里奈の養父である篠山健吾が殺害された。それは、御存知ですよね」

「ええ、里奈ちゃんを迎えに行った時、奥さんから聞きしました」

「自分で殺害しておいて、随分と白々しい会話をしたもんですね~」

「どういう意味でしょう?」


 沢の声が低くなった。


「桑原と篠山を殺害したのはあなたでしょう?」

「何を言っているのか、判りませんが………。上司の御堂さんと云いましたっけ、説明して頂けますか?」


 御堂は四法院に威圧的な視線を送る。僕も疑問点が湧き出る。その疑問を四法院にぶつけた。


「四法院。沢さんの入国は、桑原の殺害後だぞ」

「そうだ。入国して里奈ちゃんを引き取るとして、篠山を殺害する理由も無いだろう。そんな事をすればすぐに足が付く」


 僕の発言に、若い刑事が同意した。


「その人が、本当にパスポートの人物であるデイビット・沢氏であればの話です」

「どういうことだ?」


 言ったのは、古島さんだ。


「このパスポートが偽造品だとでも言うんですか?だとしたら、大使館に連絡して」

「その必要はありません。それは本物です僕が保証しますよ」


 自慢気に断言した四法院だが、パスポートについての何の権限も持ち合わせていない。僕は、その滑稽さに吹き出しそうになった。


「では、何が違うのですかな?」

「人物ですよ。あなたは、デイビット・沢という人物ではない」

「これは妙な事を言いますね」

「妙?妙なのは、あなたが起こした事件です。敷島氏誘拐殺人事件から始まり、京浜運河殺人遺棄、それから五年が立ち赤羽変死事件、篠山殺害、これらがあなたの手で行われたモノだと判るのに随分掛かりました」


 四法院の口調は勝ち誇ったものだったが、沢の表情に変化はない。


「ちょっと待て、どういうことだ。何を言っているんだ。解るように説明しろ」


 御堂が言った。

 僕が四法院と考えていた事を話した。帰納法、ドミノ、最初の一枚が無い為に、経過や過程が分かるのにも関わらず、犯人に辿り着けないこと、その最初の牌があれば全てが犯人に向かって倒れ始めること、捜査員たちはただ聴いてくれた。

 御堂を始め、捜査員たちも同様に迷路で彷徨っている感覚だったらしく、特に閉塞感は全員が感じていたらしい。


「確かに、出口も入口も無い迷路だ。いつの間にか、事件に迷路に入っていた」


 古島さんが呟いた。


「隔絶された迷路に出入口を付けよう。いや、ドミノの最初の牌を出せば犯人に辿り着く」

「最初の牌があるのか?」

「あぁ、俺の手の内にある」


 四法院が微笑むと、彼の世界に全員が引き込まれた。周囲に巨大な無数のドミノ牌が現れる。まるで、室内全体が不思議な空間繋がったようだった。

 四法院の足元から、一枚の牌が床から浮き出した。


「全ての事の始まりは、京浜運河の玉山殺人事件。玉山信二を殺害した事からすべてが始まった。これが最初の牌だ」

「ちょっと待て、一番古いのは敷島誘拐殺人事件だぞ」

「時間軸的にはそうだが、それが目眩ましになっていたんだ」


 沢さんは、興味をそそられたのか、折り畳んである椅子を取り出して腰かけた。

 気にせず四法院は、続きを喋り出した。


「その前に、計画犯の篠山には実行犯が存在した。それは、捜査員の共通認識だ。篠山にはアリバイがあり、実行犯としてはどうしても現実的に無理があるからだ。だからと言って、共犯の候補すら浮かび上がらない。篠山の性格を考えれば、共犯は多角的な視野で選んだ筈だ。銀行では汚れ仕事をやっても、報われるどころか出世の道は閉ざされた。その時、敷島の存在を知る。どういう手を使ったか知らないが、おそらく篠山は敷島を買収もしくは恐喝でもして引き込んだ。裏付けは、融資の八千万円だろうな」

「証拠はあるのか?」

「今は無い」


 四法院が断言して、さらに続けた。


「無いが、それは正しいと証明されている」

「何故だ」

「でなければ、最初の牌が手に入らない。だが、俺には手に入った。そして、この牌を倒せば、ドミノが続け様に倒れる」

「そのドミノが犯人へと導く」


 僕が付け加えると、四法院が勝利を確信した微笑を浮かべた。そして、ゆっくりと牌を倒す。並んだ牌が次々と倒れ始める。

 四法院が話し始めた。


「篠山の共犯は敷島に間違いない。結論から言えば、敷島が玉山を殺害した」

「ちょっと待て四法院。敷島友二は、誘拐された後に殺害されている。それは、現場に残された心筋の一部のDNA鑑定で結果が出て、病院の血液サンプルとも合致している。さらに、体内に埋められている同種の人工血管と糸も発見され、手術で使われた物と一致した。あの空き家でバラされて、どうやって生きていける?捜査資料を読む限りでは、埼玉県警の調べは徹底していたぞ」


 御堂が理性的に言い、僕も頷いた。


「確かに。科捜研などの各機関は良く調べていた。恐るべき精度で検査をした結果、資料と一致したんだ。そんな結果から導き出された『死』という結論を、誰も疑うことはしないだろう」


 どうしても四法院は、死を偽装したのだと言っている。


「そうだが、ではどうやって偽装した?部位は心臓。DNAは一致。検査の間違いだの、職員が虚偽の報告したなどあり得ないぞ」


 敷島の死を覆す発言をした四法院を、御堂は疑わしい目を向け言葉を投げかけた。


「その謎というよりも、偽装は既に暴いている。偽装と云うよりも、真相の方が正しいかも知れないが。手掛かりは、事件から遡ること半年前の循環器のオペだ。」


「あぁ、大動脈バイバス手術と拡張型心筋症の………」

「そこで、自身の細胞を手に入れるのに玉山に接触した。玉山はオペ室の清掃バイトをしていた。基本的に、清掃員はオペ中には入室しない。だが、オペ終了して患者が退室後に室内だけでなく、オペ器具も片付ける。循環器の手術なら手術ベッドは血塗れ、床は血溜りができ、器械台には無数の医材や患者の組織が残されている」


 御堂が説明を止め、意見を言った。


「言いたい事は解った。だが、病院内に標本が有ったぞ」

「御堂。病巣に辿り着くには、体を切る必要があり、標本以外にも切除する部分もあるんだぞ。筋肉片や脂肪なんかは、室内に転がってる」

「だったら医学知識のない玉山が、心臓片と大動脈の血管や人工血管を見分けて盗んだと言うのか?」

「出来なくも無いが、グラフトは余ったモノがある。糸は医師によってこだわりがある。心筋の場合は、盗ったのが偶然に心筋の可能性はあるが、心臓の筋肉は色が違うからな」


 四法院が説明すると、古島さんが口を挟んだ。


「ちょっと待って、たとえそうであっても、敷島と玉山の接点は見つからなかった」

「あぁ、それが問題だった。だが、一つだけ確実な情報が得られていた。それは、金の無い玉山が臨時収入を得ていたことだ」

「だから、そのカネをどうやって得たのかが分からない。振り込みの形跡は無く、会ったのかも掴めなかった」

「正確なカネの流れは判らないが、どうやって渡したかは判る」

「どうやった?」


 御堂が言った。


「敷島がオペ予定日の前から、競馬をやっている」


 僕は四法院が何を言わんとしているのか理解した。


「わかった。当たり馬券を渡したんだな。それなら、自動清算機で換金できる」


 僕は、この事を踏まえて誘拐事件を振り返った。埼玉県警が狂言だと考えたのは当たっていた。だが、犯人の方が、より周到な準備をしていたのだ。

 御堂は納得しきれていないのか、顎に手を当てて難しい表情をしている。


「では、空家の浴室に出た大量の出血を示すルミノール反応はどうだ?自身の血液をばら撒けば、命を危険に晒す程の量だぞ………」

「そのトリックは至極簡単だ。ルミノールは、ヘモグロビンに反応する。血液中にはヘモグロビンが含まれているからだ。赤血球に含まれるヘモグロビンが酸素を運搬する役目を担っているタンパク質だ。病院内には代用血漿剤がある。それには、大量のヘモグロビンが入っている。粉末で溶かすタイプもあるしな。それを撒けば完成だ。保管しておいた心筋を浴室の椅子の裏に張り付ける。道路で発見されたグラフトも、自身の血液で浸し、見つかる処に捨てる。これでアノ現場の完成だ。あとの疑問はどうとでもなる」


 四法院が、不可解な誘拐殺害現場の説明をすると室内が静まった。確かに、水で洗い流した後も、壁面やタイルにはヘモグロビンの付着は取れない。洗剤を使用しても綺麗に洗い流す事は不可能だ。

 その前提があればこそ、解体したと結論が行き着く。犯人は、そこまで考え抜いていたのだろう。現に、自分も警察も敷かれた道を歩いていた。


「以上の事から、第一の殺人は玉山事件になる。そして、存在を消した敷島は、トリックの鍵を知る玉山を殺した。神奈川県警も一月半前に死んだ人間が容疑者として浮上する訳も無く、迷宮入りだ」


 僕は、沢の表情を見た。無表情と表現すればいいのだろうか、いや、落ち着いた表情に、冷刺な目で四法院を見ている。そんな視線を意に介することなく、四法院は話を前に進める。


「誘拐事件でのマネーロンダリングは、篠山が画策して道筋をつけたのだろう。それから五年後、桑原が猟奇的に殺害され、俺たちが介入する羽目になる。想像だが、桑原は何らかの情報を得て、篠山を強請ったんだろうが、もう知る術は無い」


 それから先は、容易に想像がついた。篠山は、敷島に桑原を殺させた。これまで同様に、死人である以上、現行犯でなければ捕まえるのは困難だろう。篠山と敷島が組んでいれば、完全犯罪の大量生産だ。それも、篠山の死によって終止符が打たれる。ここまでくれば、誰が殺したかは明白だ。犯人は、敷島以外を想像するに難しい。理由はともかく、仲間割れをしたのは明白だった。

 再び四法院が喋り始める。


「敷島が生きていると考えたことで、残していった家族が気になった。同時に、娘の里奈が施設を経由した後に篠山家に引き取られている事を知って、さらに父親の生存を確信した。だが、里奈の周囲にはそれらしい影が無かった。しかし、敷島は父親として里奈を引き取りたかったのだろう。だからこそ、施設に入れられた里奈を篠山に引き取らせ、ほとぼりが冷める頃に、海外で暮らすことを計画した。表だって動けない敷島は、篠山を脅したんだろう」

「ちょっと待て」


 懐疑的な表情をしていた御堂が話を止めた。


「四法院。お前は好き勝手に喋っているが、桑原の事件以後は、どういう経緯でそういう結論に至ったんだ。その説明をしろ」

「聞いててわからないのか?少ない証拠と事件の流れから俺の推測だ」

「お前の思い込みや妄想の可能性があるんだな。行動原理や深層心理は解らないが、まあ、あってるさ。俺が犯人ならそう行動する」


 四法院は断言し、続ける。


「篠山と敷島の仲間割れが、どういう経緯で起こったかは判らない。だが、里奈の身受けの話も着いた敷島は、篠山に捜査陣の手が露骨に伸びている事を危惧した」

「そう考えるべきだろうな」


 言ったのは古島さんだ。四法院は反応しない。そして、牌は倒れ続けている。


「ここで問題が発生した。犯人が敷島だと判ったが、居場所が掴めない。しかし、翔一君が襲われて状況が動いた。また運良く永都が昼過ぎから夕方まで会っていたからな。正直、七歳の少年を殺害する理由はそれ程思い付かない。たとえ犯行現場を目撃されたところで、正午付近に何かあったと考えるのが普通だ。永都の証言から、翔一君の手には黒い手帳が握られていたらしい。それが原因かどうかは分からないまでも、手帳が鍵なのは明らかだ。ともかく、急ぎ敷島の娘である里奈の場所を探らせる。すると、新たに養子の話があり、海外へ送られる。しかも、その人間が翔一君と正午頃に会っている。その人物は」


 ゆっくりとした動作で、四法院が顔を上げる。

 最後のドミノ牌がゆっくりと倒れる。その向こうから沢が現れた。

 沢に、一同の視線が集まった。



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