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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
35/40

十章 顛末 その1

    一



 車内で、全ての事件のことを考えていた。御堂も助手席で難しい顔をしている。

 耳にはエンジン音、体には小刻みな揺れが伝わっている。

 車に乗って十分後、古島宅の鑑識や周辺の聞き込みは終了したみたいで、御堂へ次々と情報が入ってきた。

 御堂は迷うことなく、事件の情報の共有を許してくれた。

 古島宅からは、犯人の指紋が出ることは無かった。僕の言った手帳は無く、古島さんの手帳は所定の位置に置かれていたそうだ。鍵が掛かっていたことから、窓などを調べたが靴痕などの侵入形跡はなかった。あるのは、隣の壁が迫っているベランダからの逃走跡だけだった。この事から、翔一君と顔見知りだと思われた。玄関を開けさせて、室内に入った。手帳を奪い、翔一君を殺害しようとしたが、自分と四法院が現れたことでトドメを刺せずにベランダから壁を伝って逃走した。

 その約一分後に、僕たちが室内に入り、翔一君の手当を始めた。四法院の機転により、翔一君の口内に肉片が見つかり、この事件に関しては犯人の手掛かりが得られたことになる。

 この肉片の大まかな分析結果は最短で三日、遺伝子鑑定であれば二、三週間後と云うことだが、既に四法院には事件の全体が見えているようだ。

 御堂が正面を向いたまま、話しかけてきた。


「おい、事件の不可解さが解けたなら、さっさと話せ」


 運転している古島さんは、バックミラー越しにこちらをチラチラ見ている。右隣に座る四法院を見るが反応は無い。恣意的に無視しているように思えた。


「四法院」


 僕は会話を促したが、四法院は夜の流れる風景を見ていた。さらに、手の甲で腿を軽く叩くと四法院は溜息を吐いた。


「何なんだ。少しは、自分の脳を使ったらどうだ?貴様の脳は、税金の浪費にしか使えないのか?」

「無知とは恐ろしいな。刑事部管理官が、それほど楽なものであればどれ程良いか。そう考える市民が居るというのは、警察の治安維持の労が功を奏しているのだろうな」

「あぁ、学歴と国家公務員Ⅰ種試験の合格さえあれば、恐ろしい速さで地位が上がって行くんだ。どれほど無能な奴でもな。真面目で勤勉な国民だからこそ、政治家や警察が楽できるんだぞ」

「それでも、日本の警察は高い検挙率を誇っている」

「外国人の流入で、その検挙率も低下しているがな。科学技術の向上で、冤罪もやりにくくなったから、検挙率だけ上げる手法は取れないぞ」


 その台詞は、御堂よりも古島さんを苛立たせたようだ。その視線を涼風のように受ける四法院は、鈍感というか変わらずの独善ぶりだった。


「御堂。金の準備はしておけよ。半端な金額なら策を講じるぞ」

無表情で聞いている御堂の姿から心内は察し難いが、個人的な判断では余裕があるように思えた。

「到着したな」


 御堂が言った。

 正面に赤褐色の幅広なビルが見える。夜の闇すら演出の一部のように照明が建物を美しく照らしている。

 ホテルの外観の良さに、四法院が楽しそうな表情を浮かべている。

 正面口から車を入れると従業員らしき中年男性と捜査員が待っていた。

 車を止めると、全員が一斉に降りた。御堂に捜査員が近寄り現状を報告する。


「沢はツインの客室を取り、現在は十三階のレストランで篠山里奈と食事を採っています」

「これまでに接触してきた者は?」

「いません」


 御堂の問い掛けに、若い捜査員が答えた。

 この会話の意味は、共犯者や逃亡の幇助者の有無を探っているのだろう。


「プールがあるな。俺、ちょっくら行ってくるわ」


 右腕を直角に曲げて上げると、駆け足でプールと書かれている案内板へ向かって歩き始めた。案内版には、矢印と営業時間が記されている。


「おい。どこへ行く?」


 御堂が、四法院の上着を掴んだ。


「どこって、プールって言っただろう。聞いてなかったのか?役人は、国民の声も聞かなければ、大臣の命令も聞かないからな。話や道理の通じない人間こそが、役人になれるんだろうな」

「いま容疑者のいるホテルにいるんだ。任意で話を聞こうという時に、プールに気を引かれて、プールへ行くと決断を下した奴に道理だのナンダノと言われたくない」

「あのなぁ、任意で事情を聴くだの確保だのは、警察の仕事だろう。俺は事件の謎解きをすればいいだけだろう。オマエの標的は目の前だ。解決を待つなら拘束していればいいじゃないか。まっ、そう言うことだな」


 プール入口から出て来た二人組の美女の姿を見て、四法院の狙いは理解した。

 再び歩き出そうとする四法院に僕が立ち塞がった。


「四法院。考え直した方がいいぞ」

「何故だ?」

「プールの営業時間があと四十分だ。色々な手順を踏むことを鑑みると、どうしても時間が足りないだろう。そうなれば、徒労に終わるだろ。だったら、バーラウンジの方が良いだろ?」


 少し考える素振りをした四法院だが、この提案を受け入れた。


「だったら、さっさと解決した方がいいだろう?」

「確かにそうだ。彼女たちも酒を飲んでいるかもしれないな」


 強く同意してくれた四法院は、エレベーターに向かって歩き出した。

 笑みを携えた四法院は、不気味の谷に迷い込んだ様な不安を僕の心に湧き出させた。

 沈黙のまま、十三階の洋食店に向かった。店に着く前に、別の捜査員が店外に待機し、見張っていた。洋食レストランは、大きな店構えだった。明るくゆったりとした席の配置、雰囲気も上品だった。

 店内入口付近に、中年の店員が立ってた。中年の店員は、事情を聞かされているのか、ソワソワした態度で立っている。あまりに不自然な所作が、四法院を笑わし、御堂を疲れさせた。

 刑事が目線を送ると、店員が小声で囁いた。


「右手側奥のテーブルです」


 聴くと古島さんの歩く速度が加速した。速度的には、速足というよりも小走りに近い。この勢いでは、襲い兼ねないので御堂が後ろに下がらせた。

 店内奥のテーブル席に親子の姿が合った。手前に座っているのが里奈ちゃんだろう。長い黒髪、整った顔立ち、苦労が美しさに磨きを掛けているのだろうか、知性と妙な大人っぽさが卓抜した魅力になている。現時点では、この子の美の限界は見えない。成人する頃には、絶世とは言わないまでも、相当の美女になっているだろう。

 里奈ちゃんの大きな瞳がこちらを訝しげに見ている。目が合った。強い輝きを宿した瞳だ。いかつい大人に囲まれてるが、少女は凛乎とした態度を崩さなかった。そして、向かいに座っている四十代半ばの男性がデイビット・沢氏だろう。体型は一見ふくよかだが、固太りで筋肉質だ。その体型を紳士的な服装が包み、優しさと上品さがある父親と云う感じだ。沢氏は、どっしりと構えていて、眼光は鋭く自分たちを見ている。

 若い捜査員が声を掛けた。


「お食事中ですが、失礼します。デイビット・沢さんですか?」

「あなた方は?」


 沢氏が低い声で聞き返した。


「警視庁の者です」

「警察の方が何の御用ですか?」


 沢氏の表情に変化は見られない。


「まずは、パスポートの提示をお願いできますか?」

 御堂が言うと、沢氏は懐の内ポケットからパスポートを出した。表紙は濃い青色で、エンブレムとアメリカ合衆国と英語で表記されている。

 御堂は手に取り、中を見て確認する。手にした感じはしっかりしていて、偽造物ではなさそうだ。しかし、気になる点はある。本人写真が若く、体型が今よりもかなり肥満だった。数年で痩せたのだろうか。雰囲気や骨格は似ているが、一見別人のように思えた。それを刑事たちが回し見ている。


「刑事さん。何かあったんですか?」


 沢氏は、落ち着き払った口調で聞いてきた。刑事たちは、その問い掛けを無視して、質問をする。


「何をされに訪日されたんですか?」

「観光で」

「本日、夕方頃は何をされましたか?」

「この子と明日、渡米なのでその準備していましたが。これは、何かの尋問ですかな?」


 沢氏が不快な表情を向けた。若い刑事が眼光鋭く睨んだ。


「脅しですか?理由も説明せずに犯罪者扱い。大使館に連絡した上で、弁護士の必要がありそうですね」

「失礼致しました。説明をさせていただきますので、参考人としてお話を聞いてよろしいでしょうか?」

「申し訳ない。明日、早いので遠慮して貰えないだろうか?」

「お手間は取らせません。十分程で構いません」


 沢氏は食事の手を止めて、ナプキンで口を拭った。


「わかりました。押し問答する時間が勿体無いですな。里奈ちゃんに不安や心配をかけたくも無い。場所を変えましょう」


 沢氏は、里奈ちゃんに笑顔を向け、優しく囁いた。


「里奈ちゃん。おじさんは、ちょっとお話してくるから、先に部屋で待っていてくれるかい?」


 里奈ちゃんは小さく頷いた。


「あとは、予定通りだからね」


 再び、里奈ちゃんがコクンと頷いた。

 沢氏が席を立ち、会計を済ませると、刑事に挟まれる様に歩き出した。

 テーブルに一人だけ残された里奈ちゃんは、デザートに出されたフルーツを口に運び、暗闇に浮かぶ空港の光を眺めていた。その背から、僕に寂しさが伝わってきた。

 刑事は迷うことなく通路を進んでいる。連れてくる場所をあらかじめ決めているのだろう。

 僕も四法院も後に続いて行くしかなかった。



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