表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
32/40

その2

     二



 目的も無く、街を歩いていた。正確に言えば、目的がないのではなく、見失ったと云うのが正しい。

四法院を追って行きそうな方向に百メートルほど走ったが、結局見つからなかった。さっきから、四法院の携帯に何度も掛けているが、電源を切っているのか一向に繋がらない。

事件が解ったと言っていたが、本当に解ったのかは怪しいものだった。

僕は、今あった事を思い返していた。事件を振り返り、店内を思い出していた。

 事件に関しては、考慮から外してもいいだろう。現に話し終えた時に、四法院は何も解っていなかった。だから、鍵は店内に転がっていた事になる。もっとも、僕の中では気になる事は無かったが、変人の四法院にはあったのだろう。時間としては、一時間を数分越えた程度だ。あったことと云えば、安っぽいすき焼きを食べたことと、柄の悪いおっさんの会話、それと他店の割引券も使えるという気合の入った張り紙だった。

 おっさんたちの低俗な会話は、パチンコで稼いだあぶく銭で、酒と女の味を堪能できるというものだった。そして分け前を文珍で渡していた。特に、気になるところは無い。そして、店の張り紙は他店のモノも使えるというものだ。

その時、一瞬何かが引っ掛かった。

敷島と玉山は競馬をやっていた。通っている場外馬券売り場は違っても、当り馬券はどこでも換金できる筈だ。そう考えれば、人間関係を鑑みれば玉山の臨時収入の出処は敷島しかない。だが、そうなれば如何ともしがたい問題が出てくる。敷島と玉山の関係は薄い、無いと言っていい程だろう。何しろオペ室の清掃員で、医師や看護師の様に患者との接触は無い。何より、玉山の臨時収入が入ったのは、敷島誘拐事件の後だ。となれば、殺害された敷島が、玉山に金を渡したことになる。故人が渡せる訳がないことから、敷島の当たり券を篠山が奪い、玉山へ渡したと考えるしかない。

では、篠山が玉山に金を渡す理由が必要になる。そして、殺害する理由もだが、その点が思い浮かばない。玉山が敷島事件に関与したなら、もっと巨額の現金を得ている筈だがその事実は無い。また、殺害されるなら敷島の誘拐に積極的な役割を果たしたことになるが、捜査員たちや四法院の見解でも大きな犯罪に加担するような性格ではないと断言されている。自分もそれに同意している。

 玉山の過去と暮らしぶりから、進退きわまった状況になれば、彼は自殺するタイプで他者を傷つけるタイプには思えなかった。

 こうなると、また迷路の中から出ることが出来ず、堂々巡りに陥ってしまう。

 金銭授受のトリックが分かった所で、犯人の手掛かりがなく、ドミノの第一牌も見つかっていない。

 様々な思考を繰り返していくうちに、二律背反の事象が次々に起こる。またそれを処理していくと頭痛がした。

 とりあえず、自宅方向に向かう事にした。この状況で、捜査本部に行ったとしても立場が悪くなるだけだ。丁度良い具合に、バスが停車してたので飛び乗った。

 車内でも四法院に電話を掛けているが、聞こえるのは音声案内の声だけだ。車窓を流れてゆくビルや街並みが実に味気ない。東京のビルや街並みは、なぜこうも無機的で灰色の視界なんだろう。田舎で育った所為か、たまにだが無性に嫌悪を感じる。

 バスの移動中、外を何気なく眺めていると、十字路で信号待ちをしている人の中に翔一君の姿を見かけた。

 翔一君はずっと地面を見ていて、背筋を丸めている。前回会った時は、明るく元気な印象だったが、今の翔一君は、幾分消沈気味に思えた。

 気になった僕は、下車ボタンを押すとバスを飛び降りた。

 走り出すと、数十メートルで息切れがする。まったく、こんな時は僅かに老いを感じる。

 翔一君の小さな背に向かって呼びかけた。


「翔一君!」


 声が届いたらしく、翔一君は後を振り返ってくれた。僕と視線が合うと、翔一君は浅く頭を下げた。

翔一君は小く古びた黒い手帳を手にして、その姿はミスマッチ以外の単語しか浮かばない。お父さんの手帳だろうか、気にはなったが、触れても仕方ない話題だ。

右手を上げながら駆け寄ると、翔一君は戸惑うような表情をしている。


「あ、えっと・・・・・・」


 名前がすぐに出ないのだろう。


「先日は済まなかったね。四法院と一緒にお邪魔した永都だけど覚えてる?」

「はい。覚えてますよ。もう一人のお兄さんが、すごく個性的だったのですごく楽しかったです」


 まだ年端もいかないのに、非常に気を遣われている。それほど四法院の毒気が強かったのかも知れない。


「お父さんは、何か言ってなかった?」

「父さんは、仕事のことはあまり話さないです。それに、疲れて帰ってくるから、僕と話すると寝る時間取っちゃうし・・・・・・」


 本当に優しくてイイ子なんだと思うと同時に危険を感じた。こんな子は、子供の頃から強制的に大人にさせられてしまう。その為、我慢だけを覚える。それだけならまったく問題にならないのだが、溜め込まれたフラストレーションは、ヒステリー症、神経衰弱、心因反応を起こしやすい。親に甘えられない子供は、我慢と忍耐だけでなく分析力や処世術を早くから学ぶが、その代償に心の傷と歪みは大きい。

 これほど出来た子であれば、どこかに心の傷がありそうだ。もっとも、僕の先入観だけかも知れない。結婚もしていない自分が子供の事を察する方法といえば、自身の体験と心理学の浅い知識だけだ。

 僕は気分を変えて、話しかけた。


「ところで、何をやってるんだい?」

「仲の良い友達とお別れしてきたの」

「お別れって?」

「アメリカに引っ越すんだって、それで、今日が会える最後の日だったの・・・・・・」

「でも、仲が良ければ、また会えるし、手紙や電話が出来るよ」

「うん。里奈ちゃんも、お手紙くれるって言ってくれてるし、それがすごく嬉しかったんだ」

「女の子と友情は大切にしないとね」


 会話に一区切り着き、通り沿いの本屋に通りかかると、翔一君は陳列されている本に視線を奪われた。その先を見ると、警察組織刑事・公安全書という本だった。題名だけで判断すれば、事典の様な真面目な書籍に思えたが、表紙はSATの突入の訓練風景というマニアな読者の気を引くように作られている。その本を見る翔一君は、すごく目を輝かせている。

 父親が刑事だからといって、刑事になりたいと言っていた。しかし、こんな本に反応するほどに関心が強いとは思わなかった。


「お父さんみたいな刑事になりたいんだね」


 翔一君は、沈黙のままだが力強く頷いた。

 僕は手にとって価格見た。熱意を察して、買ってあげようと思ったからだ。だが、裏表紙を見ると、四五〇〇円という金額が目に入った。

 正直、とても買ってあげられそうにない。その時に、代替案だがなかなかの妙案が浮かんだ。


「翔一君。刑事ドラマとか、警察関係のドキュメント特集があるんだが観るかい?」

「うん」


 翔一君の笑顔を向けてくれた。

 頭の中に浮かんだ代替案とは、四法院の膨大な資料を見せてあげることだった。奴の部屋には創作活動の為だけに存在していると言っても過言でない。六畳の室内は、寝る空間以外は、書籍やCDやDVDに加え、訳の分からない錠剤や植物の標本などある。それらは、一般書店はおろか、専門店でもなかなかお目にかかれない物ばかりだ。どこから手に入れているのか分からないが、素人目からでもヤバそうな物が転がっている。それらの中には、警察の資料も豊富に揃えられている筈だ。

 自分も必要な資料がある時は、よく活用していた。それゆえに、かなりの資料を把握している。子供には悪影響のモノも少なくないが、それは僕が厳しく判断して渡せばいい。

 ここから四法院の家まで二キロくらいで、徒歩で向かっても三十分程だ。バスに乗るほどでもないし、翔一君も歩くことを苦にしていない様子だ。

 四法院の家に向かっていると、質問を受けた。民間人が、警察に積極的に協力していることから生じる疑問からなのか、単なる好奇心からなのかは判らない。だが、子供が面白く感じるように説明した。

 御堂の公正さはそのままで、四法院の変人ぶりは柔らかく、過去の話の事件も掻い摘んで教えると、翔一君は目を輝かせた。

 すごい、すごいよ、と連呼する翔一君は、御堂と四法院を尊敬しているような口ぶりになった。美化し過ぎただろうか、子供の純粋な反応を前に、背中に汗を掻くような思いがした。

 四法院のアパートへの最後の曲がり角、奥に入って行くと、民家に押しつぶされたような薄暗い通路がある。アパートの入口の手前で、翔一君の足が止まった。


「ここ、入って行くの?」


 不安そうな声で聞かれた。その感想はもっともなものだが、部屋はこの奥なんだから仕方ない。

 僕が、先陣を切って入っていった。

 薄暗く寂れた通路の突きあたりに部屋は二部屋しかなく、奥側が四法院の部屋だ。

 いつ来ても、禍々しい雰囲気がドアからしている。

 四法院曰く、ここには勧誘や販売人、宣伝チラシを入れる人間も来ないらしい。ま、俺でも、こんな怪しい場所にまで入って、勧誘やチラシ配りなどしないだろう。

 四法院が留守なのは知っている。だが、鍵の隠し場所も知っている為、さしたる問題も無い。僕は、洗濯機の脇に置いてある植木を抜くと、鉢の底から鍵を取り出した。土に塗れた鍵を軽く拭き、錠に差し込んだ。鍵を廻す直前、一応、倫理の観点を考慮することにした。

 四法院の許可を取るべく、再び奴の携帯電話に掛け直した。四度のコールを聞くと今度は通じた。


《なんだ?》

「四法院、今どこだい?」

《今?今は渋谷区だ。あ、目黒区に入った》


 どうやら、口ぶりから察するに移動中のようだ。用件だけ口にすることにした。


「四法院。古島さんの息子の翔一君と会って、君の警察関係の資料を見せてあげたいんだ。良いかな?」

《ああ、勝手に持ってけ》

「あと、いつ帰ってくるんだ?」

《そうだな。陽が沈む頃には帰る》

「事件のこと、説明しろよ」


 言うも、返事は無く電話が切れた。溜息を一つ吐いて、翔一君を見た。


「入ろうか」


 そして、鍵を外し、ドアを開いた。狭い廊下に、食料品などが積まれ、それを越えるとマニアックな書籍が、視界を圧するように現れた。


「貸せる物と貸せない物があるけどね」


 翔一君に言ったが、圧倒されている様で返事はなかった。

 自分にとっては見慣れた風景だが、やはり異様な感じを受けるらしい。

 空気の流れが止まっているのもひとつの理由かと思い、窓を開けて換気をする。

 少しだけ爽やかになったとこで、一点を凝視している翔一君に気付いた。視線の先を見ると太い字で『殺人教本百科』という書籍名が目を引いていた。あれは、色々な殺され方をした人間の遺体写真が載っていて、その写真を細かく分析して、どう殺されているかと云う事を傷口や死体に湧く虫などを詳細に説明している。自分自身、数ページ読んで閉じてしまった。そんな本をまさか貸すどころか、観せれる訳も無い。子供にトラウマを植え付けかねない。

 僕は、警察関係の書籍を十冊程度選び出すと翔一君の前に積み上げた。


「まずは、こんなところだろうな」


 全部は重いから、持って帰れる程度にしようか。翔一君は頷き、手に取ると驚きと喜びの混じった声を上げている。


「コレとコレ!」


 翔一君は、両手に警察の一般的な装備から特殊部隊の重装備までの写真の本と『警視庁刑事部捜査一課』の掟と云うものだった。


「えらく、玄人好きな本を選んだね~」

「はい。ここには、他にも、いっぱい面白そうな本がありますね。小さな図書館みたいだ」


 翔一君は、犯罪の本に興味を示していたが、それを読ませるには親の許可を貰うべきだと考えた。


「いつでも読めるよ」


 そう言うと、翔一君は何かを探しているような仕草をしている。


「何か探してる?」

「永都さん」

「なに?」

「四法院さんと話した時、『刑事(デカ)たちの哀歌』の話をしたんです。すごく詳しかったから、DVDがあるんだと思うんですけど」


 どうやらそれが借りたいらしい。前に来た時、枕元に転がっていたが、片付けられたのかそこには何もない。

 僕は、DVDの棚を見ると大半は成人用の代物だが、中にはどうやって手に入れたのか、心臓バイパス手術の映像やラパコレ用と書かれて手術物なども入っている。その中で、省いて行くと自然に三十枚程に絞られた。

 そこで、書き込み用のデスクケースを開いてみたところ、四枚のDVDの表面にデカ哀歌一~四と記入されている。どうやらこれのようだ。

 何話あるのかは知らないが、僕はそのディスクを翔一君に渡した。


「返すのは、いつでもいいから、ゆっくり読んで」

「はい」


 荷物の量から僕は、四法院の部屋から畳まれている紙袋を発見して、本とDVD、それと手持ちの手帳を入れてあげた。

 時間も遅い事から、送って行くと言ったのだが、翔一君からは何度もお礼を言われ、断られた。

 仕方なく、帰ったら電話をくれること約束させた。僕は携帯番号を教え、翔一君は家の番号を口にした。

 大通りまで出ると、翔一君は頭を下げ、丁度良く来たバスに飛び乗った。

 車内でも、僕に手を振ってくれる翔一君の姿は微笑ましかった。こんな時、三十二歳で独身の自分としては、家庭というものを考えてしまう。

 朱に染まった街の中を、バスは溶け込む様に大通りの車郡に加わって行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ