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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
28/40

その2

     二



 神奈川県警から捜査資料が届いたのは五時間後で、予想外の早さに驚かされた。

 四法院などは、御堂から『待機してろ』と指示された時は、声高に反対した。いつ届くか分からない資料など待っていられないと。しかし。今回は御堂の方が正しかったようだ。いや、正しいとかではなく、御堂の執念と捜査陣の熱意もあるのだろう。

 ともかく、捜査員の方たちには一足早く詳細な情報が与えられ、僕たちに回ってきたのだ。

四法院は待ちくたびれている様で、三つの椅子を並べ、脚を投げ出し、怠れた格好で芯の無い声を発している。手持ちの本を読み終え、やることが無くなった四法院は、頭を回転させられない状況に過度なストレスを感じているらしい。脳内に逃げて、様々な思考をすことで現実逃避をしていたが、それも暇つぶしにはならなかったようだ。


「持って来たぞ」


 古島さんが資料を持って現れると、四法院は待ちくたびれたように身を起こした。


「よこせ」


 四法院が中毒患者のように、資料に手を伸ばした。そして、書面を貪るように読んでいる。その光景を見た後、僕も概要の記された書類に手を伸ばし、椅子に座って書類に目を通した。

事件概要は以下の通りだ。

 事件発生。

 午前七時、湾岸建設の作業員によって玉山の死体が海上で発見される。その後、神奈川県警による捜査が始まった。

 遺体は海を漂っていたが、殺害現場はすぐに判明した。三百メートル離れた場所に、血痕の着いたコンクリートブロックが見付かったのだ。そこを鑑識が徹底して調べたが、四キロのコンクリートブロックと周囲に垂れた血が数点しか発見出来なかった。目撃証言も無く、被害者の遺留品からも犯人に繋がるものが何もなかった。遺留品といっても、身に着けている衣類と財布だけだ。財布の中には、千円札が三枚と小銭が少し、あとはスロット店のプリペイドカードと外れ馬券が二枚入っていた。

 犯行現場からでは、犯人に対して何の絞り込みにもならなかった。

 ま、当然だろう。現場の状況から察するに、これだけでは犯人像は、四キロのコンクリートブロックで、成人男性の頭部に振り下ろすだけの腕力のある人物と云う事になる。これでは男女どころか、年齢すら絞り込めない。

 神奈川県警は、被害者である玉山の経歴から身辺調査まで徹底して行った。

 玉山を調べることは簡単だったらしく、短期間のうちに殆どの事は判明していた。

 一八歳まで北海道で育ち、高校を卒業後、二年ほど仙台で暮らしている。

 二十歳の時、東京に出てくるも、賃貸アパートの値段の関係から東京から近い川崎で部屋を借りていたようだ。一度も正規社員にはなってなく、アルバイトで食い繋いでいたらしい。職歴としては、警備員、飲食店、建築業、清掃業など様々だが、勤務態度は真面目とは言えぬまでも、適度な勤勉さで悪く言う人間はいなかった。

 ただ玉山を知る人間は、同じ評価をしている。


「玉山君は、ギャンブル癖さえ治ればなぁ・・・・・・」


 周囲には、このように認識されていた。

 一時期、消費者金融から百万円以上の借金を作っていたが、借金が原因で身を持ち崩す事は無かった。フリーターにしてはかなりの金額だったが、バイトを掛け持ちして、一年も経たずに完済したのだ。

 その間にギャンブルすることは無く、ある程度の意志の強さを示している。

 その後も、ギャンブルから遠ざかる事は無かったが、一定の線を引いて楽しんでいたようだ。

 その他の事柄では、生活面では平日は家と仕事の往復であり、人間関係は広く浅くであり、トラブルになる様な深い関係は浮かんでこない。

 川崎に来て三年。特に、軽犯罪すら犯すことなく、平凡と云えば平凡に暮らしている。

 僕は、概要を見て事件解決の困難さを理解した。これでは、犯人など捕まえ様も無い。知人、同僚らしき人たちに聞き込みをしても、関係の薄さから何も出てこないのだ。

 金も無く、職場のトラブルも無く、異性の名前すら浮かび上がらない玉山に捜査本部は苛立った。

 そこで神奈川県警は、通り魔の可能性を考え始めた。それは当然の思考の帰結であったが、通り魔であるとすれば、何か不自然さを感じた。


「四法院。神奈川県警の方針をどう思う?」


 通り魔に行き着く事は理解できても、心の中では、なぜか不自然さを感じてしまう。だからこそ、四法院に訊いてみた。


「ん?あぁ、通り魔の犯行でない理由か?」


 一呼吸置いて、説明してくれた。


「これは、という明確な理由は無いが、通り魔のような犯行なら動機は主に二つ。快楽殺人か、動機無き殺人。快楽的なら愛用の武器の用意くらいするだろうし、殺し方に趣味・嗜好が出る。動機無き殺人である場合、犯人が自暴自棄になっている。そのような状態であれば、被害者は短期間で一人にとどまらない。快楽殺人だと、一先ず衝動は抑えられるからな。ま、被害者が一人の場合で、他にあるとすれば強盗や強姦を目的として結果的に殺してしまった場合だが、今回の場合は、男だし、金銭など残されている。どう考えても、玉山を狙った物だな」


 僕が四法院の説明を聞いて、疑問が湧く。人間関係が無いなら、遺体を放置しても容易には犯人までに辿り着かない。だが、狙って殺したなら、遺体を処理した方が良いように思える。その事を四法院に伝えた。


「だったら、何故、遺体の処理をしないんだ?」

「ん~、それが疑問だ。安易な理由であれば、遺体を移動させる労力と目撃される危険性を考えたのかも知れないな」

「であれば、京浜運河なんて場所でなく、もっと別の場所の方が良くないか?人は少ないだろうが、意外に目に付きそうだぞ」

「そうだな。そうなれば、何かしら思惑がある筈だ。殺す光景は見させず、遺体は発見されても構わない。その理由が・・・・・・」


 四法院は顎を右手で撫でながら言った。


「わからないのか?」


 訊いたのは古島さんだった。

 四法院は古島さんに視線を送り答えた。


「警察の調べ方が不十分で、情報が足りないんだ。手伝って来たらどうだ?」


 古島さんは単純に訊いたのだろうが、四法院は批難されたように感じたらしく、攻撃的な態度と口調で返した。

 すぐさま、僕が割って入る。


「すみません古島さん。こいつは、考えている最中に他人からとやかく言われるのが嫌いで・・・・・・」


 僕は頭を下げた。


「そんなこと、御堂警視正への態度を見ていれば分るさ」


 その様子から、古島さんは気にしていないようだ。

 古島さんは、大人の対応をしてくれた。そして、四法院に直接話すとややこしくなると思ったのか、僕を通して交流を図った。


「永都君。彼は、警察が嫌いなのか?」


 僕が、視線を四法院に送ると、四法院があさっての方向を向いて、その疑問に答えた。


「まったく見当違いだな。俺は、警察が嫌いなわけじゃない。ガサツで、無礼な人間が嫌いなんだ。特に、上に弱く、下を見下す役人根性のキャリアなんか見るのも嫌だがな」


 名前こそ上げないが、御堂を露骨に非難している事はわかる。


「御堂警視正は、そんな人間ではないぞ。教育期間に自分が地方で地域課を担当したが、他のキャリアとは違って六ヶ月しかいない職場で、泥に塗れるように仕事をしていた。普通はお客様扱いで終わりだ。その姿を見ているからこそ、自分は買っている」


 熱く語る古島さんだが、四法院は冷めた表情をしている。


「単純だな」


 その一言で、四法院は古島さんとの会話を打ち切った。

 僕は、空気を変える為に、露骨だが事件の話を振った。


「古島さん。玉山と敷島の関係は?」


 僕の想いを汲んでくれたのか、古島さんは話に乗ってくれた。


「それが、両者の関係は今のところ全く見えない」

「玉山は、同じような日常を送っているんだから、判りそうなものなのに・・・・・・。その件で、神奈川県警はどう言っているんですか?」

「あちらは、今回の件とは関係ないと判断しているようだ」

「まぁ、そうでしょうね・・・・・・。あちらからすると、こちらの事件は、赤羽で起きた猟奇殺人ですからね」

「永都君。自分は、正直、この事件が繋がっているのかが疑わしい。だが、御堂さんも、岩尾さんも関連性を疑ってない。君も同意見のようだが、本当に関連があるのかい?」


 僕は、四法院をチラッと見た。四法院は極度な秘密主義者だ。持っている情報を出したがらない。僕は学生の頃から良好な関係だが、今でも四法院から教わった情報を誰かに言えば、すぐに関係を切るだろう。僕たちが上手くやってこれた理由は、この一点である。だからこそ、四法院は大多数の人と関係構築が出来ない。

 四法院のわずかな動作から心の動きを判断すると、特に問題無さそうに見えたので、話し始めた。


「本音を言えば、僕にも確信なんてありません。ですが、敷島誘拐殺人事件では、何も手掛かりが得られていません。敷島氏は勤勉で、仕事や家族のトラブルはありません。周囲の人も埼玉県警に調べられています。そして、病院の関係者を調べて、やっと怪しい材料が出て来たんです。そこしか捜査対象がないんです」


 古島さんは、悩んだ表情をしている。

 この事件を見過ごすことは、闇の中に入るような行為に等しい。新しい糸口を求めて、聞き込みや一般人の情報提供を待つのは膨大な時間と忍耐力を必要とする。それを古島さんは苦い表情で受け止めていた。

 改めて僕は、これからの捜査方針を聞いた。


「捜査陣は、これからどう動くんでしょうか?」

「敷島、篠山、桑原の三人との関係を探るしかないだろうな。この三名の情報は、神奈川県警は知らないからな。どちらにしろ、地味な作業の繰り返しだ。刑事なんて職業は、地味な事の繰り返しだ。ドラマのような派手な事はないさ」


 そう言った古島さんは愛想笑いをした。


「そんな事言っていいんですか?翔一君は、刑事になりたがっているんですよ。父親みたいな」

「なぁに、成長すれば夢も変わるさ。翔一には苦労ばかりさせている。だからこそ、自由に考えて決めて欲しい」


 古島さんが遠くを見ている姿は、父親そのものだった。

 そんな時も、四法院は捜査資料を手に、思考する喜びを噛みしめているようだ。

 外を見ると、既に闇が支配していた。




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