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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
27/40

八章 焦燥 その1

     一



 頭の芯が痺れる感覚。昨夜、飲み過ぎた感があるが、一番の原因は睡眠量が二時間と云うことだろう。午前七時の段階で、古島さんに連絡して、敷島氏のその後を調べて欲しいと伝えた。その言葉が、古島さんの意欲を刺激したらしく、長々と説明をする羽目になった。流石に帰納法のくだりは話さなかったが、関連がある以上は、敷島氏亡き後、どうなっているのか気になった。

 そして、決して事件前の捜査を疎かにする意味ではないと強く伝えた。

埼玉県警の捜査資料を読む限りでは、事件前の人間関係、特に血縁者と仕事相手には詳細に調べられていたが、その後の流れも、金銭絡みに絞られていた。人員が欠乏している捜査本部では出来ることに限りはあるが、篠山との接点が融資のみというのは如何にも捜査不十分だと思われた。

 三件の事件が関連しているのは判っている。必ず強く影響している個所がある筈だ。帰納法の牌が連続して倒れるように、これらの事件も必ず繋がっている。その思いだけが僕を動かしていた。

 古島さんに熱く説明すると、何故か話が捜査に同行することになった。

 こうして、夜は飲んで遊び歩き、午前中も寝ることなくこうして捜査に協力していた。一方、四法院はというと、午前中にしっかりと寝れたらしく、清々しい顔をして署に現れた。


「どうした?顔色悪いぞ。歳を重ねると疲れが取れ難いからな。老化現象を緩やかにするには、適度な運動と節制した食事だぞ」


 日頃の生活ぶりと昨晩の食事内容を思い起こしても、どう考えたって四法院の方が老化を促進こそすれ、防止や遅延などの効果があるとは思えない。


「まったく、おっさんだな~」


 その言葉に苛立たされ、声を張って反論した。


「お前と同い年だろ。正確に言えば、お前の方が半年早く生まれてるだろうが」

「何を言う。老化現象は個々人によって違うんだぞ」


 大きな溜め息を僕が吐いた時、古島さんが入ってきた。


「永都君。どうした?大声で」


 不思議そうな顔をして、古島さんが言う。


「いえ、大したことではありません」


 僕は、定位置の椅子に座った。四法院も窓際の椅子に腰掛け、古島さんを無視するように窓の外を眺めている。

 古島さんも、四法院の事など気にしていないようだ。話を聞いていないようで聞いている事が判ったのだろう。


「また新たに、判明した事がある。永都君の言った通りだ」


 古島さんは四法院をチラッと見て、咳払い一つした後に説明を始めた。


「敷島家のその後を調べた結果、驚く事が判明した。前回、敷島氏の妻の真理子さんが亡くなり、一人娘の里奈ちゃんが施設に入ったところまでは話したな」

「はい」


 僕が答えると、四法院は早く話せとばかりに鋭い視線を向けている。


「で、その里奈ちゃんだ。施設に約一年居た後に、篠山の家に引き取られている」

「ちょっと待って下さい。篠山って、殺害された篠山ですか?」

「そうだ。引き取って二年になるが、どの様な意図で引き取られたかは判っていない」

「カネは?」


 四法院が言った。


「彼女の相続した遺産は、弁護士によって今も管理されている」


 四法院は沈黙し、腑に落ちないのか眉間に皺を作り考えている。

 僕は、再度確認した。


「管理してあるお金は、本当に使われてないのですか?」

「ああ、使うどころか、現金は口座から移動すらされてない。」

「では何故、篠山は娘を引き取ったんですかね。報告書によれば養子縁組までしています。篠山の人格を考えれば、利益がないと動かないでしょう。何か裏でもあるんですかね?」

「意図は不明だが、目的は金銭ではないのだろう」

「古島さんは、思い当たることはありませんか?」


 古島さんは、腕を組んで数秒悩んだ後に答えた。


「思い当たるという訳ではないが、篠山夫婦は子供がいない。不妊治療の成果も上がってない。遅かれ早かれ、養子を貰う事になっていれば、すぐに自由にならない金でも、持てる子供の方がイイと考えられなくもない」


 確かに。自分も養子を貰っている家を知っている。内情までは知らないが、色々な事を考えてその結論に行き着くのだろう。

 それにしても、敷島氏の娘が篠山氏の養女になったという事実は出来過ぎの様な気がした。


「どちらにせよ、娘の里奈の事は調査の必要がありますね」


 僕が感想を言うと、ドアが勢い良く開くと御堂が現れた。


「気になる件が判明した」


 入るなり、唐突に御堂が言った。

 御堂が正面に立ち、資料を手に現れた。


「敷島が手術をしたオペ室の人員を徹底して調べ上げた。そこから、また新たな事件と繋がった」

「ちょっと待て下さい。御堂管理官、当時の手術に関与した医師も看護師も埼玉県警が調べていたじゃないですか?」

「ああ、だから拡大した」


 御堂は当然のように言った。


「拡大って、どこまで?」


 僕は気になり質問した。


「敷島の手術に関わった総ての人間だ。一応、二次的な接触は外してある。要は、病棟での接触者、オペ室での接触者などだ」


 話によると、心臓の手術を行うには手術室に一度でも入室する人間は三十人以上になるらしい。循環器外科医、麻酔科医、オペ室看護師、人工心肺の職員、麻酔器材の職員、オペ室の電子機器の社員、医材メーカーの社員。その他のオペ室に入った人間は、交代の看護師、看護師助手、清掃員などだ。

 十時間を超える手術に、それ程多くの人員が関わっているとは知らなかった。御堂の話によれば、捜査対象は四十九人。この数は、一度でも室内に入室した可能性がある人間も含まれているらしい。

 そして、関連のありそうな事件を話し出した。


「それらの警視庁のデータベースと照合したら、一人だけヒットした。それが未解決事件の被害者だった。害者は、オペ室内の清掃員の玉山新二。当時二十六歳。病院には派遣されて、働いていたらしい。その玉山が神奈川県川崎市の京浜運河で、頭部をコンクリートブロックで殴られ、殺害後に、運河に遺棄されていた」

「殺害理由は?」


 黙っていた四法院が、急かす様に言った。


「不明だ。神奈川県警の捜査では判明していない」

「神奈川県警の捜査資料はいつ来るんだい?」


 僕がさり気なく訊く。


「今、岩尾係長が手続きを行っている。可能な限り早く取り寄せる」


 御堂にしては、獏然とした口調だった。


「どうしたんだい?いつもの御堂らしくないな・・・・・・」


 訝しい表情をしていると、四法院が心を読んだように半笑いで喋り始めた。


「永都、あまり無理を言わない方がいい。警視庁と神奈川県警の仲は悪いんだ。犬猿の仲と云うよりも、水と油、いや、違うな。トイレ用洗剤に漂白剤だな。混ぜると硫化水素ガスが発生して有害だ。ま、便器の汚れを落とす洗剤と社会の汚点を取り締まる警察。どちらも生活には必要だしなッ」


 四法院は、御堂を皮肉るように言った。


「否定はしない。貴様のような社会不適格者を取り締まるのが仕事だからな」

「不適格者が、非不適格者を取り締まっているんだから、日本も平和だな」


 御堂の嫌味を四法院は切り返した。御堂はその言葉に、さらなる毒を吐いている。

 普段落ち着いている御堂は、四法院との口論になると神経を逆撫でされるようで、ムキになる。他のどんな人物に何を言われようと、感情的になることなど無いのだが、なぜか四法院だけには抑えられない何かを感じるらしい。

 いまだに下らない事を言い合っている。そんな御堂と四法院は放って置き、僕は新情報に胸の高鳴りを強く感じた。

 ドミノの新しい牌が出て来たのだ。行き詰ったこの状況下では、事件的に関係があろうがなかろうが、新しい情報が必要だった。

 この事件で進むべき道が開いた。

 僕は、御堂の言った事件を振り返る。


「京浜運河・・・・・・被害者が玉山・・・・・・」


 どこかで聞き覚えが合った。

 僕は、必死に思い出していた。感覚的には、それ程遠い感じではない。


「あ!」


 思い出した。御堂の電話が来る前に、テレビの未解決事件の特番でやっていた。その番組内の数個の事件の一つが『京浜撲殺死体遺棄事件』だった。

 番組によると被害者の玉山は、その日の午後二時四十分に横浜のスロット店で目撃されたのを最後に、翌朝遺体となって発見された。

 たしか、凶器は道路端に置かれていた重さ四キロのコンクリートブロック。左の頭部に振り下ろされ脳挫傷で死亡。犯人の指紋は検出されず、不審人物の目撃証言も無く、誘拐 殺害事件同様に未解決のままになっていた。

 ここだけ見れば、三件の事件と共通点が多いように思えた。

 古島さんの思案顔が目に入った。僕の視線に気が付いたのか、感想を言ってくれた。


「また新しい事件か。こんなに事件が絡むことなど通常ないんだがな・・・・・・」


 当然の感想で、自分も同感だ。だが、新しいドミノの牌の獲得は事件解決に一歩近づいたと言える。

 僕の笑顔に、古島さんは不思議そうな視線を向けた。




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