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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
24/40

その2

     二



 日が落ちて、赤羽署に御堂が現れた。捜査員たちも本部に帰還して、持ち帰った情報が続々と入ってくる。

 古島さんは、それらの情報を待ち兼ねたとばかりに、貪る様に読んでいた。

 四法院はというと、背凭れのない長椅子に身を横たえて、駄眠を貪っている。

 僕たちの待機している部屋に御堂が入る。室内には三人居るのだが、四法院のだらしない姿が一際目を引き、御堂の感情を害していた。

 トラブルを回避する為に、僕は四法院の傍に行って声を掛けた。


「起きろよ。揃ったぞ」


 四法院の肩を揺らした。

 むくっと起き上がった四法院は、半開きの目で両手を高く突き上げて背伸びをした。


「やっとか・・・・・・。遅いじゃないか」


 四法院が御堂に不躾に言った。


「くだらない事を吐くくらいに事件の分析が出来ているんだろうな」


 御堂が見下す様に言ったが、四法院は聞いていない。


「誘拐殺人事件の捜査資料を元に、再確認できる所は裏を取っていった」

「御託はいらん。さっさと話せ」


 御堂の眉間に皺が寄った。一呼吸置いて、御堂が話始めた。


「裏を取った結果だが、埼玉県警本部の捜査は正確だった」


 御堂がそう言うという事は、完全に捜査資料通りなのだろう。


「あぁ、疑問は多くあるが、それらを解く情報は入っていない」


 気になることを言ったのに、四法院は興味のない表情をしている。御堂と会話をする気はないようだ。


「同じ説明を聞くのは面倒だから、こちらから気になることを聞いていいかい?」

「なんだ?」


 僕が疑問に感じることを上げることにした。

 奥さんの行動にも色々と疑問があるのだが、理由付けを出来ないこともない。この際、小さな疑問よりも大きな疑問をぶつけることにした。


「まず、敷島社長が月曜日に銀行に現れたことだ。支払いに思えたんだろうが、資金の行方は掴めていない。犯人の手に渡っていると考えて良さそうだ。であれば、彼は月曜日の昼には誘拐されていた事になる。でも、敷島社長は銀行内では、行動の自由を得ているにも関わらず、助けを求めていない」

「その疑問から、埼玉県警では狂言の色合いが強いと判断されていたそうだ」


 四法院が話に割って入るように発言した。


「しかし、誘拐された敷島氏は死んだ。今から振り返るように考えれば、可能性は三つ。一つ目、敷島の狂言。二つ目、店舗内で篠山が見張っているから動けなかった。三つ目、言うことを聞かざるを得ない状況に落ち入っていたかだな」


 発言を聞いた御堂は、四法院を無視するように話し始めた。


「敷島が死んでいる以上、狂言の線は消えた。銀行内で、篠山が目を光らせているから、行内では動けなかった。だが、いくらでも方法はあったはずだ。銀行に居合わせた客に助けを求めても良いだろう。それすら出来ない状況と云うと、奥さんと子供を人質に取るのが手っ取り早い」

「だが、奥さんも子供も旅行中で、社員達も社員旅行で温泉だ。奥さんと子供なら拉致監禁するのは容易いが、その事実を信用させるのが難しいだろう。現に攫われてないんだ。嘘を吐いたとしても信頼させるのは難しい」


 四法院が呟いた。


「そのことに関しては、情報が集められていない。誰も敷島社長と接触がない以上、詳しい状況は判らないだろう」


 僕が訊いた。


「奥さんからは、聞いていないのかい?旦那さんの精神構造とか、行動様式とか?」

「当初、県警が奥さんを第一被疑者にして、露骨なまでの捜査をしてしまい、関係が完全に壊れたようだ。間に弁護士を立てられて、夫婦の会話や詳細な暮らしぶりなどは得られていない」

「ま、そうだろうな。旦那は殺され、犯人は行方不明。挙句の果てに容疑者に仕立てられれば、誰だって不快だろう」


 四法院が、御堂を見ながらいやらしく言った

 それでも、県警は奥さんから情報を引き出していた。夫・敷島友二の変わった行動についてだが、心臓の手術のひと月前くらいから、ギャンブルをやり始めたらしい。引き出しの中に当たり馬券と勝ち馬投票券が入っていたという。埼玉県警は取るに足らない情報として処理している。

 結局、どのような理由でペーパー会社に資金を振り込んだのか分からないままだった。

 僕は、次の疑問を口にした。


「あの空き家の電気にガス・水道は止められていた。にも関わらず、あの浴室で殺害した遺体を解体したんだろうか?どう考えても不自然だ。バラした遺体を運んできたと考えた方がよくないか?」

「それだと、新しい疑問が湧く」


 言ったのは四法院だ。


「何だい?」

「ここでバラしてないなら、遺体をここに置くだけでいい。再びバラバラ死体を移動させて、血液を洗い流して、掃除をする意味がない」

「と、なれば、犯人の思惑は、ここで解体したように思わせたいということだな。何故だ?」


 御堂が言った。僕はその理由を考えている。

 四法院も呟きながら考えている。


「未だにバラした遺体が見つかっていない。遺体の運び方も不思議なんだ。遺体の運搬なんてリスクでしかない。それを繰り返していることになる」


 四法院は理解に苦しんでいるようだ。

 確かに、バラした遺体を何ヶ所にも運ぶのは手間だし、危険も高まる。

 逃走中にそんな物を持っていれば逃れる術など無い。

 僕の脳裏に、おぼろげに何か浮かんでくる。証拠はない。根拠も薄いが、敷島さんが死んだと確信出来ないのだ。

 もちろん、生存が確認できた訳ではない。奥さんを被疑者として見てたなら、行動監視をしていた筈だ。一年半の期間、奥さんは旦那と会っていない。その影すら見えていない。保険金も支払われ、死亡認定は警察がしている。

 僕が言おうか言うまいか迷っている時、四法院が切り出した。


「本当に、敷島は死んだのか?」

「どういう意味だ?」


 御堂が目を細めて聞いた。


「誰も遺体を誰も見ていない。死んだ場面も見ていない。あるのは、死んだであろうという状況証拠だけだ」


 四法院が言うと、御堂が異を唱えた。


「ちょっと待て、生きている訳がない。多量の出血、各所の体毛、汚物も検出された。何より、心臓の組織片が残されている。それは、DNA鑑定の結果一致している。腕や脚の肉片ならともかく、心臓だ。指先ほどの大きさだが、部位からして生存は不可能だ」


 御堂の発言はもっともだが、僕も四法院に賛同した。


「御堂。実は、僕も同様に考えているんだ」

「どういうことだ?」


 御堂が、意外そうにこちらを見た。


「優秀な官僚だが、その目も脳もたんなる飾りだな・・・・・・」


 四法院が嫌味を言った。僕は話を先に進めようと制すも、四法院の口は止まらなかった。


「いいか、死んだ人間が生きていたという事例は、以外と数多くある。一例を上げれば、船釣りをしていた男性が海に転落。海上保安部と警察署によって、巡視艇、ヘリコプター、ダイバーなどを使い、数日間に渡って捜索するも死体は発見できず。水難事故として処理された。だが、男が借金から逃れるために偽装事故だと判明する。それは二年後、福岡で女子高校生を強姦未遂で逮捕された事で発覚した。この例も、犯罪が起きなかったら生存を確認できなかった訳だ」


 御堂は、大きな溜め息を吐き、椅子の背もたれに身を任せ、脚を組んだ。


「四法院。水難事故と誘拐殺人事件現場を一緒にするな。現場が海では、事実上、捜索しか出来ないが、一軒家では科学的な捜査が可能だ。それ故に、これだけの膨大な事が判っているんだ」

「御堂。お前の引っ掛かっているのは、心筋だろ?」

「ああ、DNAが一致している以上、代用はきかない。であれば、どう考えても現場で何が起こったかなど、論理的な思考があれば、順当な結論に行き着くだろう」


 四法院が鼻で笑った。


「論理的なことと、視野が狭い事は全く違うことだ。まっ、高級職に就いている役人には同じ事かも知れないがな」


 御堂が反論して、この場が泥沼に前に、僕が二人の間に立って発言を求めた。


「言い合いはそれくらいにして、僕の考えを聞いてくれないか?」


 両名の視線が僕に突き刺さる。


「永都。君はどう思っているんだい?」


 御堂が同意を求めるように言った。


「僕は、四法院の言ってることが解る気がするんだ」

「何故だ?」


 御堂が目を細めた。僕は、後頭部を掻いて話し始める。


「確信は無いんだが、おそらく敷島氏は死んでいないと思う」

「理由は?」

「四法院が言ったように、誰も死体を見ていない。さらに、」

「もう充分だ」


 先を続けようとしたが、御堂が遮り喋りだした。


「お前らは、最近の科学捜査の正確さを知らないのか?あれは、間違いなく心筋だ。外気に晒され表面は乾いて黒ずんでいたが、中心部は検査に支障がないほど鮮やかな色をしていたそうだ。そこには、寸分の疑いを指し込む余地がない」


 御堂が冷淡な口調で言った。


「ああ。その点は疑っていないよ」

「だったら何故そう言える?」


 あくまで個人的な推理だが、と前置きして僕は話し始めた。


「心臓の肉片は死んだと思わせる誘い水だ。心臓の筋肉があるということは、死んでいるとしか思わない。そうなれば、警察組織によって死んだことになる」


 御堂は頷きもしないで聞いている。視線で、核心を言う様に促した。四法院は興味深そうに聞いている。


「で、自分の心臓の筋肉の欠片をどうやって取るんだ?」


 古島さんが早口で言った。


「確かに通常では不可能です。それを可能にするのが、誘拐される以前に行った手術です」

「どういうことだ?」


 古島さんが訊いたが、御堂は意図を察したようだ。四法院は無反応だった。


「古島さん。心筋の欠片は体内のモノでなければ、病院のモノだと思われます」


 古島さんは、まだ分からないようだ。


「病院の標本ということか」


 御堂が言った。


「あぁ。手術をすれば標本を採るだろうから、病院から組織を盗れば条件が揃う」

「と云う事は?敷島を指名手配すれば・・・・・・」

「いえ、まず病院での確認作業が先です」


 そう言って、御堂が逸る古島さんを止めた。

 これから病院に乗り込む訳にもいかず、正式な要請をして翌朝に延ばすことにした。



 ここまで読んで頂きありがとうございます。


御意見、御感想、誤字脱字の指摘、なんでも大歓迎です。

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