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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
22/40

その4

     四


 前半部分を読み終えて、僕は立ち上がり、深呼吸をした。首と背中の筋肉を伸ばす。

 全身に、痺れに近い爽快感が広がった。

 四法院も事件の経過を読み終えたのか、机に突っ伏して疲労感を表している。


「疲れた~。今日は、もう帰ろうかな?」

「何を言ってるんだ。まだ半分、読まなきゃいけないだろ」

「俺は全部読んだよ」

「早いな。本当に読んだのかい?」

「ああ、まだなら説明してやろう。で、どこまで読んだ?」

「科捜研の分析結果が出たところ」

「なんだ。そんなら話の九割終わってる」


 四法院が言ったが、捜査資料はまだ半分も残っている。にもかかわらず、残りの内容は一割程しかないという。訝しがる僕に、まったく気にすることなく四法院は話し始めた。


「科捜研の結果が出て、浴室から大量の血液のルミノール反応と心臓の一部、血管の欠片、外の道端の草の中からグラフトが発見された訳だが、捜査本部はこの新たな手掛かりを持って、誘拐から殺人に切り替えて捜査したんだ。警察を罵る奥さんから、旦那さんの病歴、通院歴などを調べ、手術記録などから、二年前、大動脈バイパス手術をしていることが分かったらしい。オペは、都内の大学病院で行ったそうだ。そのグラフトの種類と糸がプローリン7‐0であることまで手術記録と合致したそうだ」

「そうか・・・」


 心筋が発見された時点で、絶望的な状況であったが、これで完全に殺害されたことが決定した。


「ちなみに心筋だが、DNA鑑定も行ったそうだ。家に残されていた髪の毛や毛根、血液などと一致した。それから、埼玉県警も特捜部を設置して捜査しているが、現場にあったのは被害者に関するモノばかりで、まったく犯人が浮かんでこない」


 確かに、僕も全く犯人像が浮かばなかった。一つだけ判ったことは、この事件が狂言などではなかったということだ。ふと、振り込まれたお金が気になった。


「お金の流れは?」

「金の流れも追ったそうだが、架空会社の口座だったらしく、分割したり、正規の資金と混ぜたり、有価証券や短期国債などに変えて、絶えず資金を動かしていて、行方が掴めなかったそうだ」

「誘拐犯の仕業かな?」

「だろうな。断言はできないが、これまで取引が無い会社に振り込んだ末、それがマネーロンダリングされたんだ。どう考えても犯人の仕業にしか思えないな」

「やはりそうだよな。僕には、身代金よりも殺害目的の犯行に思えるんだけど、違ったのか………」


 僕自身、資料を読みながら落胆した。


「ところで、奥さんはどうなったの?」

「ん~。この資料によると、事件から二ヶ月後に生命保険金の支払いを受けている。金額が、二億一千万円。これは、奥さん自身知らなかったようだが、加入時期も一年前の心臓病を患う前に加入していることから、事件との関連性は何とも言えないな。ひょっとして、心臓が悪い自覚があったからこそ、手術が失敗する場合を考えて入ったのかも知れない。ともかく、奥さんは莫大な保険金を受け取ったことで、浅広銀行からの八千万円の融資も返済出来た。それが理由となって、嫌疑を掛けられることになったそうだ」

「嫌疑って、奥さんは旅行中で、しかも、それから警察と行動を共にしているだろう。犯行は無理だろう」

「実行犯は無理だが、首謀者ならやれそうだがな」


 四法院が、厭味ったらしく言った。


「そう言うからには、何か気になるところがあるのか?」

「いや、まったく。不可解なだけだ」

「そんな危ない発言は二人の時だけにしてくれよ」


 念の為に釘を刺しておいたが、刺しても功を奏した事など、一度もない。

 四法院が説明を再開した。


「その後、埼玉県警特捜部は称賛に値する捜査をしている。敷島氏の交友関係、取引先、金の流れに、新座市の空き家周辺での聞き込みなどを丁寧に行ったが、手掛かりは一向に出てこなかったらしい。敷島氏への評価は、誰に聞いても真面目で誠実だというものばかりだ。恨みを買う理由が見つからないんだ」


 風評や人物評を口にする四法院が、妙に常識面だったので、悪戯に近い質問をした。


「ま、聖人君子でも賛否両論だからな。ちなみにだが、四法院は自分自身の評価はどう思ってるんだ?」

「俺かい?」


 疑問に思う四法院へ、僕は頷いた。


「永都、長年の付き合いで何を言っているんだ。俺の評価なんて一番知ってるじゃないか。典型的な日本人だ。真面目で、勤勉で、誠実だ。それ故に短命になって、惜しい人を亡くしたと言われるな」


 ここまで自己認識と他者の評価が乖離している人間も珍しい。ともかく、僕の言いたかった事は、真面目に生きてて、他人から評価されたって、嫌われもするし、恨みも買うということだ。他人が順調なこと自体が不快なのだ。

 それで、殺人まで起こすとは思えないが、結果的にそうなることはあるのかも知れない。

 僕は、その後、敷島家の人と捜査状況を見た。

 奥さんの真梨子は、多額の保険金を受け取ったことから、被疑者とされたが状況証拠すら無い中で警察は諦めざるを得なかった。

 土地と建物を処分し、母と子でひっそりと暮らした。それから一年半後、真梨子が心労から病を患い、二ヶ月過ぎた頃に亡くなった。不幸にして両親を亡くした娘は、莫大な遺産と共に一人残された。母親の配慮で、巨額の遺産は弁護士に預けられ、後見制度を頼んでいた。二十歳では不安だったらしく、成年後見制度を活用し、娘が二十五歳になるまで生活に必要最低限度の現金しか渡さない契約をしていた。

 その為、一時血縁者が現れ、遺産を狙ったが、無理と判ると引き取り手がいなくなってしまった。

 こうして、娘の里奈ちゃんは、施設に入る事になる。

 警察は、その後については追っていないようだ。

 現在の捜査状況としては、当時とそれほど変化はない。多少情報は増えているが、犯人と結びつくモノは得られていない。巨額の保険金が気になったらしく、契約内容などを詳細に調べているが解決の糸口にもなっていない。

 五年以上かけて、これだけの情報量と云うのが事件の難しさを示していた。

 僕は、四法院に意見を求めた。


「この誘拐、どう思う?」

「どうって、どうもこうもないよ。一から再度、調べるしかないだろう?ま、埼玉県警の知らない事を俺らは知っているソコだけが強味だな」


 四法院の指す強味とは、何かと考える。すぐに思いついた。


「篠山との関係かい?」


 四法院は頷いたが、本当に関係があるのか確信が持てなかった。心を見透かしたのか、力節する。


「いいか、埼玉県警は敷島氏を軸に事件を見ている。だが俺達は、桑原と篠山の両殺害事件が軸だ。この二つ事件は、お互いに関連があることは疑いようがない。さらに、篠山が、敷島に融資をしていて、融資相手は誘拐され殺されている。どう考えても関係があるだろう」


 言われればそうなのだろう。僕は、改めて誘拐殺害事件についてまとめる。

 事件は、奥さんが旅行から帰宅した翌日に発覚した。

 それは、木曜日に弁護士が被害届を出してからのことだが、金曜日の深夜に現金の受け渡しが予定されていた。

 現金を準備しようとして銀行に電話するが、預金は他人の口座へ振り込まれた後だった。

 そして、犯人の潜伏場所らしき空き家が判明する。急行するも、残されていたのはガソリンの中で燃えている携帯電話だけだった。

 携帯電話は、原形を留めぬ程に溶けていてデータの復旧も出来なかった。

 空家には鑑識が入るも、結果は悲惨な現実だった。浴室で大量のルミノール反応。排水口から数本の頭髪に体毛に排泄物など付着していた。そして、プラスチック製の風呂椅子の内側から心臓の肉片が発見され、外では人工血管と糸が見つかった。その肉片と敷島のDNAが一致し、手術で使用した人工血管製品と糸の種類も一致したのた。

 風呂場で、大量の血液を流した跡と、頭髪、体毛、汚物、そして、心筋と人工血管のかけらは、一つの事実しか思い浮かばせなかった。殺害された後に、この場で解体されたのだ。

ここまで事象をまとめると、色々と気になる事が出てきた。

 どう考えても、融資額の八千万円は、マネーロンダリングされていることから、犯人側に流れていると見て間違いない。銀行側が、なぜ聞きなれない会社に八千万の大金を振り込んだのか気になった。


「四法院。銀行に内通者がいるんじゃないのか?だから、訳の分からない会社に金を振り込んだ。銀行を調べれば、犯人に行き着くんじゃないか?篠山の行内での地位は、ある程度高いしな………」


 僕の発言を聞いて、溜め息まじりに説明する。


「着眼点は悪くない。だが、色々と問題がある」

「なんだい?」

「まず、篠山がペーパー会社に振り込ませるとしても、振り込む作業をするのは女性行員だ。行内では上司と云えども、直属でなければ言う事は聞かないだろう」

「振り込んだ女性行員が、篠山とデキているかも知れない」

「それはないな。捜査資料に、振り込んだ女性の情報を見たが、至極マニア向けだ」


 四法院が暴言を吐いた。


「それは、お前の趣味だろう………」

「だったら、この非美人かつ面白フェイスが君の好みか?」


 四法院は、資料から写真を剥がし、前面に突き出した。写真の人物を見て、僕の感想を言うならば、非常に個性的かつ独特な容姿をされている。美醜の判断は分かれるところだが、一般受けはしそうにない。だが、立て食う虫も好き好きだという。

さらに四法院は、こう付け加えた。


「埼玉県警も気になったんだろう。処理した女性から再三聴取している。だが、女性を洗っても何も出てこない。何より、銀行側には大義がある」

「大義とは?」

「約束手形の決済は、銀行と云えども妨げられない。たとえば、銀行が預金者の金を出し渋る事が稀にある。そんな時、自分の他の口座に約束手形で資金を移動させるんだ。もっとも、そんなことすれば銀行側も金輪際取引してくれないだろう。別の銀行にも情報が行くだろうしな。余程の富裕層でなければ、干されて資金繰りに苦労させられるだろう。こういう理由から、仮に篠山と女性行員が肉体関係にあったとすれば、約束手形で処理する必要はないだろう」


 言われてみれば、確かにその通りだった。篠山が主犯であれば、誘拐することも、殺害する必要もなく、女性にお金を横領させていれば良かったのだ。


「となれば、銀行は関与なし、そして、女性行員も関与なしって事か………」

「理屈的にはそうなる」


 僕は、この事件が篠山とどう関係しているか考えていた。

 この事件に篠山は関与しているのは間違いない。でなければ、その後の桑原に繋がらないだろう。桑原はどんな情報を掴み殺されたのか、家にあるPCや手帳などからは何も出ない。今となっては解らないが、殺される理由が存在したからこそ、あんな死に方をしている。

 だが、篠山にはアリバイがあり、実行犯も浮かんでこない。犯人が浮かんでこないのが、両事件の共通点でもある。

 四法院は事件に対しての意見は何も言わず、資料を見て呟いている。


「何を気にしてるんだい?」

「いや、あの空き家は半年前から人が住んでない。あの家で、遺体をバラしたなら大量の水が必要だ。それはどこから供給したんだろうか?」

「そりゃ、水道の元栓を開けたか、大量に運んできたかだろう?捜査資料にはどう書いてあるんだい?」

「一応、ここには隣家の庭にある水道を引きこんでいる、と結論着けている」


 僕は、家の見取図と隣家の庭の水道の位置を確認した。すると確かに、その水道から解体現場の浴室まで約七メートルだ。


「これなら、引けなくもないんじゃないか。延長ホースで、水を出しっぱなしで済むだろ」

「そうだが、遺体を解体するとして、そうだな。首、両腕、両足、を切って、部位が六つだろ。一人で作業したとして、掃除を含めれば、二時間では終わらないだろう。それに、心臓をえぐっていないと心筋が取り出せないから、最低でも胴体を二つ以上に割っている」


 僕も頷いた。


「で、近所の道端の草むらからグラフトが発見された場所も、車線でいうと対向車線側だ」

「なるほど。バラした遺体を運ぶには車を使用するしかない。だから、空家から出たと考えて一人なら絶対に右側の道路脇にある筈だ。でも、外車であれば話は変わるぞ」

「それでも、グラフトは重量が軽い。投げたところでそこまで飛ぶものじゃない。でも、二メートルくらいは飛ぶか・・・・・・」


 四法院は、一車線くらいなら軽い人工血管は投げ飛ぶだろうと思ったようだ。

 ここで、犯人は国産車だったら犯人は二人以上。外車であれば、一人でもできるかも知れないな。そうなれば、解体と掃除の時間が問題になってくる。

 二、三人で行った事件だとしても、車で逃走不可能なほど埼玉県警は周囲を包囲、警戒し、検問を張っていた。

 そのどれにも引っかかる車も無かったのだ。

そう考えれば、やはり矛盾だらけの事件であった。


「再捜査する!」


 四法院が苛立つように言った。


「どうした?突然」

「俺の知りたい事が何一つない。聞き込みばかりで、その聞き込みも功を奏してない。俺は論理的な思考回路なんだ。獏然とした情報で、事件が見れるか!」


 そう言うと、荷物を取り出し、出かける準備をした。


「どこに行くんだい?」

「喫茶店で、抹茶パフェ食ってくる。考え過ぎて疲れたからな」

「捜査に行くんじゃないのかい?」

「だから、捜査は御堂たちがするだろ。俺は、自己のメンテナンスをするよ」


 四法院は、そう言いながら、首を廻してかったるそうに部屋を出ていった。




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