六章 転換 その1
一
翌日。
捜査員は出払っている特捜本部だが、残っている数人の緊迫感で場は引き締まっていた。
僕は、その雰囲気に呑まれそうになる。
「どうだ?」
重い空気を吹き飛ばす様に、場違いなまでに明るい口調で現れた。
御堂の舌打ちが聞こえ、古島さんは目を細めた。僕は、出迎えると個室の方に連れていった。
「四法院、少しは場の状況をわきまえろ。皆、連日の捜査で疲れている。その上、この数日間、捜査には進展がなかったんだ。ここにきて、やっと新たに方向が見えて来たんだ」
真剣に話すと、四法院はうんざりした顔になった。
「で?」
「で、って。何が?」
「その状況が、俺にどう関係する?」
「関係って。みんな疲労と緊張の中で頑張ってるんだ」
「だから?捜査が進展しなかったのは、捜査陣の所為であって、俺の態度など連動する余地はない」
「それはそうだが・・・・・・」
僕が言葉に詰まると、御堂が現れた。後に古島さんも付いて来ている。
「四法院。遅いぞ」
「協力して貰っているくせに偉そうに。この俗物が」
「言いたい事は、それだけか?」
「いや、まだある。この領収書を経費で落とせ」
そう言って、昨日のしゃぶしゃぶ店での領収証を出した。
その紙を御堂は受け取る代わりに、評価を下した。
「役に立っていない奴の経費なんて認められない。国民の血税だからな」
「だったら、お前も同じだな。この給料泥棒が。俺の血税を使いやがって」
「四法院。その話はいいから、新情報を聞こう」
僕が割って入って、不毛な言い合いを止めた。四法院は舌打ちをして、椅子に座った。
それは、話を聞くという意味だ。僕たちも適当な椅子に座ると、御堂が咳払いをして話し始めた。
「篠山の仕事関係者を徹底して当たると、強硬に融資に反対し、問題が見えてきた件数が九件。そのうち、倒産した企業が三社。この三社は、浅広銀行との関係が深いにもかかわらず、見捨てられた。いや、篠山の所為で潰されたに等しい」
「で?」
「だから、篠山を殺害したのは、その潰された会社の経営者と言うことだよ」
僕が説明した。
「で、桑原との関係は?」
「そこまでは、まだ判明していない。現在、捜査員が徹底して洗っている」
「それで、どこまで判ったんだ?書類にまとめてあるんだろう?御堂」
御堂は、古島さんに視線を送った。
「これだ」
古島さんがA四サイズの用紙で八枚差し出した。
それを四法院が手に取り、パラパラと見始める。
そして、一分も経たないで、僕に渡した。
「永都、既に君は知っているのか?」
「大まかにだが」
「そうか・・・・・・」
一応、説明された内容と書面の内容が違わないか確認した。
篠山の融資を断った会社が表記されていた。
有限会社 シャルト電子。代表取締役 黒部啓蔵 六十二歳。
主に電子部品の開発及び製造をしてる。基礎技術には定評がある。
代表取締役は、会社を拡大する気は無かったのか、株式会社化を拒否していたようだ。技術さえあれば経営は上手くいくと信じていたらしい。その信念は製品に表れる。そして、丁寧な仕事によって、利益として戻ってくる。
一時期は大企業を始め、海外との取引も増えた頃、不況が襲った。しかし、シャルト電子は黒字経営を続けていたが、資金繰りが悪化。その際には、いつも浅広銀行が貸し付けていた。それは、非常に堅実な企業への融資であったが、篠山は容赦なく見限った。その理由は分かっていないが、上層部からの指示のように思える。
社長の黒部は資金調達をすべく、金策に走ったが事態は好転しなかったようだ。
財務諸表を他の金融機関に見せても、良い返事は得られなかった。結局、会社は黒字倒産に至った。
その後、黒部は知人の会社で監査役をしているらしい。
株式会社 調迎保証会社。代表取締役 長谷川幸一 四十五歳。
賃貸保証、身元保証、融資保証の三本柱を事業活動としていた。事業自体は黒字基調であったが、新に 不動産ファイナンスに手を出して失敗。巨額の負債を抱える。その金融商品は浅広銀行の意が裏で作用していたという噂がある。
結局、融資は受けられず、倒産することになるのだが、長谷川の行方は倒産直後から行方不明のままだ。
合資会社 崔雀建設。代表取締役 木内崔ノ介 六十一歳
不況の煽りを受け、経営状態が悪化。政治家に公共事業を廻して貰い起死回生を図るも、政治家が失脚してしまう。徐々に資金繰りに困り、倒産。木内は心労が崇って脳卒中で死去。生命保険が入り、息子は別の建設会社で働いている。
政治家に頼る助言をしたのは、浅広銀行の行員と言われている。
浅広銀行の債権は全額返済している事実から、銀行は延命措置しか施す気がなかったようだ。その裏で、篠山の意図が見える様な気がした。
書類の内容は、要約するとこんな感じだ。午前中に聞いた話と大差はなかった。多少の情報量は増えていたが、思考に影響を与える程ではない。
僕は、読み終えた書類を机に置いた。
四法院に目をやると、首を傾げ、苦い表情をしている。
「どうかした?」
返事をすることなく、四法院は眉間に深い皺を作っている。
「何かあるのか?言ってみろ」
御堂が、不愉快そうに言った。
「おかしくないか?」
「何がだ?」
「確かに、篠山は殺されているが、あれは確実に仲間割れだ。そうなると、桑原を殺害する程に強固な協力関係は築けない」
御堂は深い溜息を吐いた。
「四法院。篠山が殺害された原因は、仲間割れなのか?」
御堂が強い口調で確認する。
「証拠はない。可能性を言葉にしても、篠山の仲間でない可能性は一割程度ある。だが、実行犯と何らかの問題でモメて、殺害されたと考えるべきだろう」
「だが、別の角度からの捜査が必要だと言った時、お前も反対はしなかったぞ」
「ああ。だが、この情報から見て、篠山を殺すほど恨んでいる、いや違うな。これほど複雑な関係と事件にしてまで殺害する理由がない」
「ちなみに、四法院ならどうする?」
僕が会話に入った。
「そうだな。俺なら、交通事故に見せかけて殺すかな。もしくは、普通に海難事故とか………。ともかく、殺して逃げ切るだけなら、こんな訳の解らない方法は採らない」
断言する四法院に、御堂は侮蔑の視線を向けた。
「何でもいいが、とりあえずは現状の捜査で進む。広範囲に人員を振り分けることは不可能だ。有力な情報が得られれば、すぐさま切り替える」
御堂に言い切られ、四法院は頭を掻いて不満を表していた。
無言であったが、一応は納得したようだ。数秒の無言の間が合って、手首を振った。下がれという意味らしい。
僕は吹き出しそうになった。フリーターの四法院が、警視庁刑事部管理官の御堂を下がらせるという形に笑いが込み上げて来たのだ。
御堂は椅子から立つと、僕に視線で『こいつを制御下に置け』という視線を向けた。
僕は了解したと頷いて見せると、古島さんにも目配せをして、室内を立ち去った。
御堂を見送った四法院は、荷物を片付け始めた。
「何をしているんだ?」
「何を、って決まってるじゃないか」
まったく会話が噛み合っていない。
「だから、何が決まっているんだ?」
「移動するんだ。聴き込みに行くんだよ」
「どこに?」
「浅広銀行の行員にだよ」
その発言に、古島さんが過敏に反応した。
「どう言うことだ。勝手な行動は許さん」
「勝手な行動ってなんだ。人手が足りないから、俺も協力してやろうとしているだけだ」
四法院の言は、提案ではなく宣言だった。
古島さんが、御堂に許可を取ろうと室内のドアに手を掛けたところで、四法院がまた付け加えた。
「最悪、警察の枠外でも動くぞ。何人かに、どうしても聞きたい事がある」
鉄の意思を見せた四法院を見て、古島さんは何か考えている。その表情は、思案顔というのだろう。
しばらくして考えがまとまったのか、ふっきれた表情になっていた。
「わかった。だが、御堂警視正に許可は貰う。その上で、行員と話せるように取り計らおう」
「先に、車に乗っている」
少ない荷物をまとめ、この部屋を出ていった。
予想以上の積極性を見せた四法院に一末の不安を感じながら、自分も後に続いた。
特捜本部で古島さんが何を話しているのか気になったが、僕らが口を挟んだ所でどうにもならない。
待つだけしかないのだ。
車内で、四法院が携帯電話をいじっている。目は真剣な色を帯びているも、口元に薄笑いを浮かべている。
いったい何をしているのか、よからぬ事でも考えているのだろう。
僕は、窓から古島さんが出てくるのをじっと見ていた。




