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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
18/40

その4

     四


 時計を見ると、午後七時を回っていた。

 目の前に鍋が置かれ、湯気が上がっていた。

 ここは、四法院が一度行ってみたかったという、高級しゃぶしゃぶ店だ。店内奥の上品な座敷に通され、手際の良い仲居さんに先付けを運ばれた。

 四法院が仕切り、次々と出される料理に圧倒されていた。

 何しろお造りが、伊勢海老の生き造りとふぐ刺しだったのだ。

 僕の食生活では、年に一度も食べられない、いや、お金があっても食べようとすら考えない料理だった。さらに、初夏野菜のからし酢味噌和え、タラバ蟹の唐揚げなど、盆と正月とクリスマスと誕生日が同時に来たような感じだった。


「どうした。食べないのか?少食だな~」


 卓上に並んでいる料理を次々と平らげている四法院が言った。各皿に分けられた料理こそ各人が食べているが、大皿に盛られた高級な一品は、ほとんど四法院の腹へと消えている。

 そして、いまお湯が張られた鍋が置かれ、霜降りの高そうな肉が前に置かれているのだ。

既に四法院は、薬味を加えたポン酢で肉を二枚ほど食べている。

 一皿四枚しか乗っていない肉をだ。一皿、八千円だから一枚二千円になる。


「お姉さん。この肉、あと三皿追加ね」


 その肉を、あと三皿も追加するって、いくら御堂でも払わないだろう。そう考えると、無性に不安に駆られた。


「おい、そんなに注文して大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない。心配しないで、どんどん食え」


 四法院の訝しい言葉を真に受けているのは、翔一君だけだった。古島さんも僕と同様、不安の影が差している。


「お肉、すごく美味しいね~」


 翔一君が、満面の笑みで言った。


「そうだろう。さすが高級和牛だ」


 自分も一枚肉を湯に潜らせ、胡麻ダレで食べた。確かに、牛肉の脂もしつこくなく甘味と旨味が上品に感じられる。

 僕が、もう一枚肉を取って、鍋の中に入れて十秒以上放置しておく。


「永都、何をやっている!さっさと肉を取って食え!」


 四法院から刺さるような指摘を受けた。僕は、慌てて肉を鍋から取り出した。


「いいか、しゃぶしゃぶって料理は、肉の加熱具合はピンク程度だ。煮過ぎると旨味が流れだして、スカスカの肉になるだろう」

「四法院。言いたい事はわかった。だが、箸で指しながら言うのはやめてくれ」

「話題をすり替えるな。俺は気持ち良く食べたいんだ。食べ方を知らない奴や食事の仕方の汚い奴は、こっちの食欲まで減退する。翔一君もそう思うだろ?」

「ん~。よくわからないんだけど………」

「そうだな。例えば、学校の給食でクチャクチャ音をたてて食べている奴がいる。食べ物を口からポロポロこぼす奴もいる。どう思う?」

「どうって、そういう子なんだと思うけど………」

「そう。つまりは、不快なんだよ。至極不愉快で、無性にイラつくんだ」

「いやいや、翔一君はそんな事をひと言もいってないぞ」


 四法院の発言は、極左思考にも思える曲解の上に導き出されたらしい。

 一応の抗議をしたが、反論があるらしく聞くことにした。


「永都。君は判っていないな。いいか、翔一君はまだ幼い。それに、このように謙虚さを持ち合わせている。心にわだかまりや不満があっても言えないんだ。子供だからこそ、立場が弱く、正論を言っても取り上げられない。だからこそ、大人が推し量ってやらねばいけないんだよ」

力説する四法院に、僕は根底にある疑問をぶつけることにした。

「で、なんで、その役目を実の父親が同席する場でお前がするんだ?」


 古島さんが肉を噛みながら頷いた。


「それはだな。俺の人格が高い次元で形成されているが故だな」


 そう言って胸を張った。


「いいか、育児と云うものは―――」


 なぜか未婚の四法院が育児について話し始めた。

 僕はその言には耳は貸さず、聞き流す事に専念した。

 まったく、一度も彼氏のいない女に、男ってのはね~、と言っている奴ぐらい呆れさせられる。

 公務員が、商売を語るようなものだ。それが悪いとは思わないが、話に実は無い。

 何はともあれ、古島親子は美味しそうに料理を食べている。

 その光景を見るだけで、善行を施した様な気になった。

 四法院の講釈が終わったらしく、僕は翔一君の箸が止まっている事に気が付いた。


「翔一君。もう食べないのかい?」

「うん。もうお腹一杯。こんな美味しい肉を食べたのも初めてだし、こんな綺麗なお店も初めて」

「そう。四法院にお礼を言わなきゃね」


 この言葉に四法院が反応し、翔一君に主張するように胸を張った。礼を言わせる気のようだ。


「翔一君。無視していいよ。お兄さんが許す」


 優しい視線で、口を開こうとする翔一君を抑える。


「先ずは父親から礼を言われるのが普通だがな」


 四法院は、古島さんに視線を流す。


「確かに旨いな」

「それだけ?お礼は?」


 四法院の圧力に、古島さんは息子との会話で流すと、翔一君は四法院に笑顔を向けた。


「四法院さん、ありがとう」


 翔一君から純粋なお礼を言われ、四法院は満足したようだ。

 仲居さんが来て、アイスクリームは何がいいのか訊いてきた。


「抹茶」


 四法院が即座に答えた。僕はマンゴーで、翔一君はバニラ。

 古島さんは翔一君と同じでと答える。仲居さんが下がった時、古島さんの携帯電話が鳴った。


「ハイ」


 古島さんは、驚くほどの速さで電話に出た。条件反射のようになっているのかも知れない。

 古島さんは、『ハイ』という返事を繰り返している。


「単調な会話だな」


 緑茶を呷って、四法院が呟いた。


「で、翔一君、本気で警察官になりたいの?」


 四法院が言った。翔一君は、即答える。


「うん。父さんもすごいし、刑事ドラマもカッコいいし」


 その言葉を聞いて、嫌な予感がした。僕は、四法院が何か言う前に話題を変えた。


「人気俳優がやってるドラマかな?」

「そう、封鎖捜査網ってドラマ」


 タイトルだけ見れば、何を言いたいのかよく解らないドラマだが、想像以上に人気がある。

 銃撃戦やカーチェイスなどの非現実的で派手な演出ではなく、地道な捜査と情報網の構築、論理的であり着々と犯人に迫って行く、そして犯人の確保など生々しく描かれている。それ故、幅広く人気があるのだろう。


「僕も刑事になりたいんだ。父さんのような」

「そうだね。翔一君ならなれるよ」


 僕が言うと、四法院が電話中の古島さんを見て呟いた。


「以外に、長いな」

「四法院。多分、御堂からだよ」


 僕が言い終わると同時に、古島さんは電話を切って口を開いた。


「御堂警視正からで、新情報が入った」

「何ですか?」

「それは車で話そう」


 それはそうだった。座敷席であり、一般客との距離は離れているが、聞かれるような状況で話せる訳もない。

 僕は立ちあがり言った。


「さ、行こうか」

「ちょっと待て、アイスは?」

「そんなの諦めるに決まってるじゃないか」

「アイスくらい食う時間あるだろう?」

「いいから行くよ」


 僕は、四法院を立たせると会計に向かわせた。


「先に行って、車を店の前に出して置く」

「わかりました」


 先に店から帰すと、僕は店員から請求書を貰った。

 五万四千円。

 かなり食べたんだと判る。

 レジへ急ぎ四法院へ渡した。四法院から店員へ渡ると、こう言った。


「あ、お姉さん。領収書は警視庁で!」

「ちょっと待て、君が奢るんじゃないのか?」

「誰が、俺が奢ると言った?奢るのは、御堂を経由して警視庁だ。正確に言えば、納税者だ。そうか、巡り巡って俺の税金だから、俺の奢りだな」

「いやいや、違うだろ」

「ともかく、領収書を貰うのは問題ないだろう」


 こう言い切られれば、確かに問題は無い。

 四法院はカードで払うと、店員さんに囁いた。


「すまないんだけど、金額二万ぐらい増やせない?」


 店員は、それは………と渋い顔をした。


「じゃ、領収書二枚くれない?」


 店員さんは、再びキッパリと断った。四法院は、その態度に苛立ったらしく、無言で店を後にした。

 店の前に車が待機していて乗り込んだ。

 古島さんが車を飛ばし、話し始める。


「電話の内容だが、捜査に進展があった。篠山の勤務先である浅広銀行の職員に何度も当たったら、融資関係でトラブルがあったらしい」

「で?」


 四法院が神経を逆撫でするように訊いた。


「それだけだ。そこで、特捜本部へ向かう」


 その際に、今日解ったことも報告すると加えた。


「降ろしてくれ」

「四法院?」

「トラブルがあったということだけなら、行く価値は無いだろう?もう少し有益な情報が入ってからだな。だから、下ろしてくれ」

「四法院、そう言わないで、行けばイイじゃないか」

「遠慮するよ。行くなら、明日で十分だ。だから下ろしてくれ。気になるなら、念の為に君に任せるよ。またね、翔一君」


 そう言って、赤信号になった時、勝手に下りた。

 四法院は新宿の人ごみに消えていった。 



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