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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
17/40

その3

     三


 僕は急ぎ車に乗ると、古島さんは無言で発進させた。

 読書中だった四法院は、首がガクンと後ろに振られ、苦情の視線を運転手に向けた。

 そんな視線を気にすることなく、古島さんは運転に集中している。

 それも真剣な表情で、それ程の情報が入ったのだろうか。


「古島さん、何かあったんですか?」


 呼び掛けると、古島さんの方から事情を喋り始めた。


「あぁ、すまない。もう帰るんだろう?」

「はい。動きがなければ………」

「悪いが、寄る所が出来た。付き合ってくれ」


 どこですかと、聞く前に教えてくれた。


「さっき、電話が掛かってきて、息子が怪我をして病院に運ばれたらしい。特捜部にも連絡して許可をもらった。息子との二人暮らしなんだ………」


 僕は心を察した。


「僕らは構いませんよ。急ぐ用事なんてありません」

「礼を言う」


 古島さんは素直な口調で言った。


「ちょっと待て」


 四法院が割って入ってきた。その強い口調から、嫌な予感しかしなかった。


「刑事でも親馬鹿なんだな。職務放棄しそうな勢いじゃないか」


 馬鹿にした口調で、投げるように四法院が言った。

 挑発的な言葉にも、古島さんは言い返さなかった。


「四法院。もう現場の視察は終わってるじゃないか。我が子のことだ、気持ちぐらい察せられるだろ?」


 こう言うと、四法院は不快に眉をひそめた。

 家族を思う気持ちは、大抵の人間は理解できる筈だと思う。しかし、四法院は親子仲が悪いから皮肉っているのだろうか。理解に苦しむが、ここでその事には触れない方が良さそうだ。


「古島さん。気にしないで下さい」


 こう言って、四法院の台詞を流させた。僕は、視線を古島さんに向けると、運転したまま頷いた。


「実は………」


 そう言って、古島さんは話を始めた。

 昔、奥さんを病で亡くしたこと。

 それから、息子と二人暮らしだということ。再婚も考えたが、まだ息 子の心には母親が居て、その想いを考えれば悲しむだろうと思い、再婚を勧められても断ったことなど。

 そんなことを、自然に話してくれた。

 その話はとても聴きやすく、独身の僕も心が温まる思いがした。


「翔一が、区役所の催しで下敷きになって足を痛めたらしい。担当者が病院の救急外来で診て貰ったようで、迎えに来てくれと連絡があったんだ。息子を家に帰したら、また署でも家でも送る」

「いえいえ、僕らのことは気にしないで下さい。もう三十過ぎてますし、どの場所で下ろされても自宅に帰れますよ」


 古島さんは、この台詞に笑い出した。


「そりゃそうだ。だが、送らせて貰うよ」


 そう言って、車を走らせた。

 左折すると小さな医院の駐車場へと車が入って行った。

 玄関から一番近い場所に止めると四法院は無言で本を読んでいる。どうやら行く気はなさそうだ。


「古島さん」


 呼び掛けると、待っていてくれ、と言われた。

 車内で待っているのも気が引け、僕は病院の玄関先まで出て待つことにした。

 数分すると古島さんのお礼を声が微かに聞こえた。

 ドアが開くと、少年が左脚を庇うように歩きながら出て来た。


「永都君、待たせたね。これが息子の翔一だ」

「翔一です」


 翔一君は、礼儀正しくお辞儀を深くした。

 小学校二年生らしいが、平均より身長はいくぶん低いようだ。

 僕は膝を折って、翔一君と同じ目線になり自己紹介をした。


「名前は、永都です。今、お父さんにお世話になっているんだ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 また深々とお辞儀をすると、父親と小声で話し出した。


「父さん、仕事中だったら迎えに来なくても、僕なら一人でも帰れたよ………」

「仕事なら、今日はもう終わってる」

「ウソだ。父さんいつも帰りが遅いじゃない。先生も、あんなに怪我はたいしたことないって言ったのに、父さんを呼んで………」


 翔一君は、表情を曇らせた。


「翔一くん。大丈夫。お父さんの仕事は本当に終わってる。お父さんの親切で、僕たちを家まで送ってくれるって言っていたんだ。その時に、電話が掛かってきたからね」


 僕が説明した。すると、翔一君は納得してくれたようで、それ以上何も言わなくなった。


「車へ行こう」


 僕たちは車へ向かうと、車内で四法院が背のシートに深く身を沈めてだれていた。


「四法院。こちら、古島さんの息子で翔一君だ」


 四法院は、眼球だけを動かして翔一君を見た。


「そうか。ま、むさ苦しい所だが座れ」


 四法院が、隣の席を二度叩いて言った。

 酷く大きな態度だったが、皆の反応はない。

 僕も心の中では、君の車じゃないから………と突っ込もうとしたが、ややこしくなるので止めておいた。


「うん」


 翔一君は十歳未満に係わらず、相当に人格が出来ていて、四法院に対しても素直に頭を下げて隣に座った。本当に素直でいい子だ。

 車が走り出すと、四法院はまた本を開いて読み始めた。


「四法院さん」


 翔一君が何を思ってか、四法院に話し掛けた。

 四法院は本を閉じ、顔だけ向けた。


「お兄さんたちは、刑事さんには見えないけど警察の人なの?」

「違う。俺たちは一般人だ。警察の数多在る人材では補えないほどに、優秀な俺たちだから協力要請されたんだ」


 四法院は、落ち着き払った口調で言う。その為、事実は歪んでいるが、状況としては端的に説明できている。


「そうなんだ~。すごいんだね」


 翔一君は、目を輝かせている。


「すごくなんてないさ。社会正義の為だよ。被害者の追悼と加害者に罪を償わせること、それは、警察が機能しないと実現できないからね。むつかしいこと言ったかな」

「ううん。父さんの協力してるんでしょ?探偵みたいですね。やっぱりすごいよ」


 翔一君は、尊敬の眼差しを四法院に向けていた。


「四法院さん、これまでどんな事件を解決したんですか?」

「たいしたことない。これまで解決した事件は二つ。俺の天才的な頭脳に組み込まれた洞察力と推理力。卓抜した知性と品性、類稀な行動力と正義の意志が解決に導いたんだよ」


 四法院は思ってもない単語を並べ、優雅に身振り手振りで話した。

 前回協力した事件の話を始めると、翔一君はいちいち強く頷きながら聴き入っていた。

 その話を聞きながら、自分も昔の事件を振り返った。

 古島さんが、訝しい顔をしたまま聞いていたが、僕に小声で囁いた。


「本当の事か?」

「はい。残念ですが、本当です」


 古島さんは、残念そうな表情になった。


「僕、刑事になるのが夢なんだ」

「刑事ねぇ~。大変だぞ~。危険で過酷な勤務。その割に給料は少ない。煙たがられこそすれ、ありがたられない。華やかなのはドラマだけで、実際は地味な仕事だぞ」

「そうかも知れないけど、父さんのような刑事になりたいんだ」

「あんな、ノンキャリアの………」


 四法院が余計な事を言う前に、僕が急いで話に割って入った。


「そうなんだ!翔一君はスゴイな。お父さんは、警察に協力している僕たちに色々と教えてくれているんだ」


 まったく………。

 なんでいたいけな少年に、社会のスレた現実を含んだ毒を吐いているんだ、と強い視線で忠告した。

 かなり強めに伝えたが、四法院は溜息を吐いただけだった。


「ところで翔一君。僕たちは、これから食事に行くんだが一緒に行かないかな?」


 翔一君は、父親の顔色を窺うようにチラっと見た。

 古島さんは、その視線に気づかないふりをしている。


「古島さん。行きましょう。四法院に、他に気付いた事がないか喋らせますので、それから御堂に報告に行って下さい」

 これが最大の説得だった。これで断られれば、二の句は無い。

 そんな心配は無用だった。こちらへ笑顔を向け、言ってくれた。


「何処へ行きましょうか」


 僕は、翔一君へ何が食べたいかと聞こうと後を振り向く。


「俺は、しゃぶしゃぶ」


 四法院が決定事項のように言った。


「まったく、キミは………」

「だったら、すき焼きだ。極上の肉と割り下、生玉子で妥協しよう」


 文句を言おうとした瞬間、提案者から妥協案が出された。

 提示されたメニューは妥協とは程遠い高級食だが、本人からすれば妥協に値するらしい。


「翔一君は、何を食べたい?」

「ん~。僕は何でもいい」


 遠慮でもしているのだろうか。それとも、四法院の手前、言えないのかも知れない。


「何でもいいよ。言ってみなよ。ほら、ハンバーグとか焼肉とかあるけど?」

「本当に何でもいいよ。外で食べるの久しぶりだし………」


 そう言って、外食自体が楽しいようだ。

 本当にいい子だなと思いつつ、そんな子供に何気を遣わせているんだと四法院に苛立った。


「よし、決定だ。奢ってやるから美味いもん食うぞ!」


 そう言った四法院に、翔一君だけがどんなに美味しい食事か気になるようだった。

 まったく、何か妙にご機嫌の四法院だった。


「何をそんなに張り切っているんだ?」

「美味い食事をしながら、色々話をすればイイじゃないか。古島氏の親子の絆にもなる。そうだな。新宿へ行ってくれ」


 従者に命じるように、四法院は言った。

 車は進行方向を変えると、前方に高層ビル群が見えた。


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