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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
16/40

その2

     二


 目の前に立派な一軒家が建っていた。白を基調としたなかなか大きな家だ。

 繁華街ではないが、賑やかな場所に建てている。道路も大手通りではないが、立地としては角地であり、通路側に店舗が面し、側面の幅二メートル程の細い路地側に玄関が設置されている。

 古島さんは、借りた鍵で施錠されている玄関を開けている。四法院は怠そうに、家を眺めていた。

 僕はというと、書類に書き込まれていた隣人宅を先ず見ようと玄関から離れた。

 情報では、老婆が暮らしている一軒家らしい。

 その家は、築三十年以上を遥かに超える年代物の様で、壁や樋の金具など酷く痛んでいる。玄関先には多くの箱と日常品などが置かれ、間違っても整理されているとは言い難い。

 隣の家まで間隔は七~八十センチ程。日常会話は聞こえないまでも、大声を上げたり、争うような物音であれば聞こえそうだ。

 気になる事といえば、住人が高齢ということで、耳が遠い可能性はあるかも知れない。それでも、それに類する証言を警察は得られていない。感じられたのは、翌朝の異臭だけだという。

 僕は疑問が湧いた。そんなことがあるだろうかと。

 隣の家で、人が殺害された。しかも、空き家だ。夜に空き家から物音や声がすれば気付きそうなものだと思う。


(嘘を吐いているのか?)


 心の中で呟いた。もしそうであれば、共犯者という事になる。


(だったら、何の為に?)


 自問自答していると、その疑問は打ち消された。それは、うちの中から酷く大音量のテレビの音声が流れて来た。窓やドアを閉め切っているにも係わらず、外にうるさい程の音が漏れている。どうやら老婆は、ひどく耳が遠いらしい。

 このことから、共犯の線は無いようだ。よくよく考えれば、信頼の問題から難しいだろう。


「永都君」


 古島さんに呼ばれた。犯行現場の家に向かおうとした時、窓が開いて老婆の顔が出て来て、目が合った。

 偏屈そうな顔をしていて、饒舌そうだ。とても秘密を守れそうにない雰囲気をしている。


「あんた。警察の人かい?」

「はい。警官ではありませんが、協力しています」

「そうかい。だったら、同じ事を何度も言わせるなって言っておいておくれ」


 僕は、頭を下げるとその場を立ち去った。新築のような一軒家に早足で入った。

 玄関へ入ると声が聞こえた。奥へ向かうと浴室内に四法院、脱衣所に古島さんが居て、状況を説明している。

 四法院は返事をするわけでもなく、広くもない浴室内を見渡している。


「四法院、何かわかったかい?」


 首を傾げながら、あれこれ見ている四法院に訊いた。一瞬の間を空けて、四法院が答えた。


「くだらないことしか解らない」

「何か判ったのか?」


 古島さんが訊いた。


「だから、くだらないことだ」

「何だい?言ってみろよ」

「資料に目を通して、考えていた事なんだが、現場を見て確信した」


 古島さんが訝しそうな視線を向け、早く言う様に促す。


「何をだ?」

「四法院、聞かせてくれ」


 僕が言うと、四法院は警察は知っているかもしれないが、一応、言うか、と前置きして説明を始めた。


「証拠はない。あくまで推測だが、結論から言えば、ここで桑原は殺害された」

「なぜだ?」


 古島さんが言った。


「なぜこんな変わった場所か、解らないでいた。全てが中途半端だ」


 僕が頷くと、四法院が続けた。


「桑原は、ここで殺害された。まだ、交通手段は判っていないが、まず間違いない。殺害の後にここへ持ち運ぶなら、車で運び、男手が二人は必要だ。であれば、この場にもう一人居たという証拠がある筈だろう。だが、ドアノブからは、被害者と実行犯の跡しか発見されていない。それは、実行犯が一人だということだろう。そうなれば、桑原をここまで呼び出したと云うことだ」

「で、一酸化炭素中毒はどう関係する?」

「一酸化炭素を殺害に用いたことが、実行犯は一人だという事を裏付けている」

「どういうことだ?」

「二人であれば、一人が気を引いて、もう一人が背後から襲えばいい。最悪、一人でも不意打ちをすればなんとかなるだろう。だが、何故か実行犯は、一酸化炭素中毒死という手の込んだ殺害法を選んでいる」

「なぜだ?早く言え」


 古島さんが急かせた。四法院は、頭を掻きながら不承不承に言う。


「実行犯は、不意打ちで仕留められない可能性を考えたんだろう」


 四法院は答えを誘い出すような口調で言うと、僕がそれに乗った。


「と云う事は、女性か」

「もしくは、体力や肉体的に弱い男だな」


 古島さんが付け加えた。そして、僕も補足した。


「そうですね。抵抗、反撃されれば勝てないと判断している。もしくは、直接手を汚すのを嫌っているか?」

「前半は同意するが、後半はないな」


 四法院が言った。


「どうして?」

「篠山を殺してるだろ?」


 四法院が確認するように言った。だが、僕はその発言に矛盾を感じた。


「ちょっと待て。その論法なら、篠山も殺せないだろう?もしくは、桑原を殺せるだろう」

「そこは気になったが、問題ない。地蔵背負いは効率的な絞殺方法だ。両手で首を絞めるには握力が相当必要だが、地蔵背負いなら背後に回り、背負ってしまえば、相手は宙に浮いた状態だ。抵抗は難しい。警戒されない共犯者だからこその殺害法だ」

「それでも暴れるだろう。そうなれば、暴れる男の体重を支えるだけの力が必要だ」


 古島さんが口を開いたが、僕も心中で同様に呟いていた。だが、僕はその先を思考していた。

 確定事項は、空家に入った人数は二人。

 篠山は地蔵背負いで殺害されている。

 矛盾がみられる場合は事実を優先する。

 そして、各事柄を踏まえると、僕は行き着いた結論を口にした。


「四法院。君は、犯人には何らかの身体的なハンデがあるか、不意を突かないと殺せない人物ということだな。僅かな可能性だが、女性や子供もありえるが、篠山が使うならおそらく男性」

「そう云うことだ」


 四法院は頷くように言った。


「で、四法院。それが分かった全てかい?」

「他にもある。この家で使用したのは、練炭や七輪の炭だろうな。換気口にビニールなどを張っておいて、換気を出来なくする。ただでさえ風呂場は密閉性が高い。入口も通気性は悪い。その中で練炭などを焚けば、不完全燃焼で一酸化炭素が多く排出する」

「そう巧くいくか?」

「最悪、二酸化炭素の窒息死でも構わない。そう言えば、昔、警備会社が二酸化炭素ガスでの消火設備を考案して、オフィスビルに取り付けたらしい。実際に、そこで火事が起こって消火システムが作動して、火災と共に従業員の命の火まで消したそうだ」


 僕は絶句した。


「それだけじゃないぞ。救助に来た消防士が建物内に入ったら、バタバタ倒れて亡くなったそうだ」

「それで、どうなったんだい?」

「会社にお咎めがあったかどうかは知らないが、その消火システムは破棄されたそうだ」

「だろうな。二酸化炭素と一酸化炭素の恐ろしさはよく解った。そこで、この手法を使った理由とこの場所の訳を聞こうか?」


 四法院は、咳払いを一つして話始めた。


「なぜこの殺害方法かと云うと、さっきも言ったように実行犯は、取っ組み合いが出来ない。だから、桑原が死ぬまでいかなくても、弱らせる必要があった。そこで、何かしら言って風呂場に行かせた。そして、一酸化炭素も二酸化炭素も無味無臭の透明な気体だ。肺に吸い込めば、一酸化炭素ならすぐ血中に溶ける。微量なら問題ないが、そこそこの量を吸収すれば倒れる。二酸化炭素も濃度が四パーセントを超えれば頭痛や目眩を引き起こす。ガスボンベを使えば濃度が高いが、臭いが付けられている。だったら、練炭を燃やして室内をある程度ガスで満たした方がバレにくい」

「で、場所は?」

「なぜこの場所かは簡単だ。それは、篠山のアリバイ作りだ。桑原は、篠山としか接点が無い筈だ。桑原が殺されれば、篠山の名が最有力として浮かぶだろう。その為のアリバイ工作が必要だった。行方不明だとアリバイの証明ができないが、だからと言ってすぐに発見されれば実行犯としても都合が悪い」

「そうか、だから翌日に発見される様に風呂場で煮た訳だ。前日の夜が犯行と判るように」

「そう言うことだ」

「で、犯人は?」


 古島さんが訊いた。

 四法院は、頭を二回ほど掻いて言う。


「それはわからない」

「なぜだ?そこまで判るなら、実行犯だってわかるだろう?」

「さすがノンキャリア、無茶苦茶言うなぁ。俺は、洞察力と分析力から色々なモノが見えるが、訳のわからない超能力など無い。知性を有し、現実を知っているからこその能力だ」


 嫌味を言われ、古島さんは威圧するような視線を向けている。

 その視線に四法院は何も感じていないようだ。

 僕は、四法院の考えが気になった。


「お前は何を考えているんだ?聞かせてくれ」

「聞かせるも何も、現実は思うように行かないもんだ」


 諭すような口調に苛立ちった。


「君の哲学はどうでもいいから」


 軽く流して、意見を言わせた。


「そうだな。どうもこうも、篠山と実行犯の仲間割れだろう。永都の提案したように、篠山の人間関係を徹底的に探れば出てくるだろう」

「持病や身体のハンデがある人物を………」

「そんな事、とっくに御堂が篠山の身辺を洗ってるだろう?さ、帰ろうか。果報は寝て待て、だな。おい、そこのノンキャリア。車を廻してくれ」


 四法院が偉そうに言うと、四法院の正面で古島さんが仁王立ちした。


「おい、お前」

「何?」

「いつからだ?いつから判っていた?」

「何を言っているんだ?」

「さっき言った事は、いつから判っていたんだと聞いているんだ」

「それを聞いてどうするんだ?」


 声を張る古島さんに、四法院は眉をしかめた。


「お前、篠山が殺害される前に判ってて、言わなかったんじゃないのか?答えろ」


 溜息を吐いて、四法院は車の方へ歩き出した。その動作で、僕は解った。

 四法院は、篠山が殺害された後に見えたことだと。


「おい。話は終わってない―――」

「古島さん。四法院は知りませんよ」

「なんで解る?」

「ちゃんと説明はできませんが、わかるんです。長い付き合いなので、四法院の動作は自然でした。間違いないです」


 僕は言い切った。当然、他人の事だから思考の全てを解るわけではない。

 それでも、七割程は間違いないと思っている。篠山が殺害される前に、その可能性があれば警告はしていたはずだ。

 それは間違いなく、篠山が殺害されたからこそ見えたことでもあった。

 古島さんは、納得しきれてはいない様子だったが、僕の面子を立てて場を収めてくれた。

 僕たちは、現場の空家の戸締りを済ませ、玄関に鍵を掛けようとした時、電子音が響いた。

 古島さんの携帯電話だった。

 古島さんは素早く出て、僕と少し距離を取った。


「ハイ」

「………ハイ。これから向かいます」


 古島さんは、焦った口調に変わった。


「何かあったんですか?」


 僕が訊くと、古島さんは早足で歩きだして、電話を掛け直しながら言った。


「車の中で話をする」


 僕は、車へと急いだ。



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