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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
14/40

その4

     四


 桜田門にビル群がそびえている。

 その中に一際堅牢に建てられているビルが、警視庁本部ビルである。

 東京都の治安における頭脳であり、全国の模範となる警察組織でもある。

 現在、この場所にいる理由は、刑事部長に事件経過の報告を兼ねて要請をするつもりで来ていた。

 現状としては特捜本部を設置していたが、それは形だけのモノであり、人員不足は捜査に致命的なまでに影響を与えていた。

 篠山が殺害された事は、この時点で電話での報告を受けていた。

 その報告が、御堂を酷く失望させた。

 篠山が犯人(ホシ)であることは間違いなかった。

 それは、捜査陣の一致した見解だった。

 こんな事態になるくらいであれば、公安のように強引にでも身柄を拘束するべきだった。

 マスコミや人権派の弁護士などが無知な市民を煽動し、警察への批難が問題になるため、逮捕状を請求できなかった。

 事情聴取中に岩尾キャップとも話したが、現在の捜査では状況証拠すら揃っておらず、唯一の確信といえば刑事たちの経験からくる勘だけであった。

 まさか、裁判所に勘を理由に逮捕状を請求する訳にもいかない。

 篠山の自信に満ち溢れた態度から、自殺、逃走の可能性もないと考え泳がせる決定をしたのだが、取り返しのつかない事態を起こしていた。

 翌日に殺害されるとは、想定の遥か外の出来事だった。

 これで共犯がいた事は確定したが、殺害しなければならない事から、犯人は互いをよく知る人物だ。

 金銭だけの関係ならお互いに身元を明かす事は無い。

 しかし、捜査線上には篠山に殺意を抱く者はおろか、協力する者すら浮上しなかった。

 捜査は徹底していて、数日間で核心に迫ったのだろう。

 だからこそ、このような事が起こった。

 それでも、疑わしい人物が浮上しないと云う事は、見落としている事柄があるのか、もしくはたまたま真に迫った可能性もある。

 脳裏で、捜査情報を振り返りながら、緻密に分析していた。

 これからどう動くかと考えれば、篠山の人間関係を洗うしかないのだが、人員が決定的に足りない。

 特捜本部を設置するも、名前だけの特別捜査本部に何の意味があるのか疑問に思うほどだった。

 裏口から庁内へ入ると、嫌な奴と鉢合わせした。


「よう。御堂」


 西久世が冷淡な雰囲気で接してきた。


「大丈夫か?」

「何がだ?」

「聞いたぞ。製剤薬会社の無差別殺傷事件ではなく、所轄の小さな事件の捜査指揮を執ってるらしいな」


 西久世が淡々とした口調で言った。


「そうだ」


 御堂は平然と言った。


「ヘマでもやったのか?それとも、上に嫌われているのか?」


 西久世が意味深に囁いた。態度はいつも通り尊大だが、普段よりも余計に余裕が過剰に思えた。

 この態度から考えると、何かしら知っているように思えるが、コイツが情報を吐き出すことなど考えられない。

 血族の力、本人の能力、それらに従う手持ちの駒から得た情報なのだろう。

 自分の勝手な予想では、上層部が西久世を気遣い、同期の誰よりも出世させる為に自分を飛ばしたのだろう。

 上層部が露骨な贔屓をする訳にもいかず、思い付いたのがこんな方法だったのだろう。閃いた人間は、妙案だと思ったのだろうが、手法としては古典的なモノに分類される。

 人材の選別は必要だが、結果ありきの選考は組織の腐敗を招くだけだ。

 警察官僚は優秀だ。しかし、幹部の老人たちの考えることは、ひどく保守的で保身を優先する為、組織改革などは進んでいない。

 西久世が口元に笑みを浮かべ口を開く。

 

「御堂、大丈夫だろうな」

「何がだ?」

「同期の中で、出世しているのは多くいるが、先頭を走っているのは実質四人だ。そのうち俺たち二人が、半歩先に進んでいる」

「自分が、出世頭だとは思っていないがな」

「私は、他者の評価を口にしただけだ。上も、その様に見ているだろう」

「だからこそ西久世家の力を使い、こんな姑息な手に出たのか?」


 脳裏で思ったが、微塵も表に出さなかった。

 もっとも、誇り高い西久世のことだ、出世争いにコイツの意思が反映されているとは思えない。

 やはり、上層部が西久世家に配慮したと見るべきだろう。


「で、西久世は出世争いを独走できることが嬉しいのか?」


 御堂は冷ややかな口調で言った。その発言を聞いた西久世は、笑みを浮かべた。


「私と能力的に対抗できる唯一の人間が、ささやかな嫌がらせで私の目の前から消える訳がない」


 一聞、能力を褒められているようだが、自分の方がさらに優秀だと言っているに過ぎない。優秀な自分が、他者を優秀だと認めている。

 自身の認める優秀さを基礎にしているからこその発言なのだろう。

 上から目線の発言と、この場で腹の探り合いなどする気も無い。話を終わらせようとした。


「勘違いしていないか?」

「何をだ」


 西久世が目を細めた。


「組織の人間である以上、上司の指示に従うだけだ」

「そうだな」


 その形式ばった言葉は、西久世の興を失せさせたらしい。


「余計な話をした」


 西久世が言うと歩きだした。

 細身で長身の西久世は手足が長い。歩く背筋も良く、後姿を見てもモデルが歩いているようだった。

 あれで、一般社会で苦労をすれば、卓抜した人物になっただろうに。

 彼の生まれが高貴だった為に、学校などでもかなり優遇されていたと聞いている。

 世が世なら平伏すしかないのだが、その一族ゆえの労と益が表裏一体としてあるのだろう。


「惜しいな」


 心の中で呟いた。

 庶民の苦労とつらさが理解できれば、上流階級の人間だけでなく、市民たちからの人望が得られただろうに。

 そう思いながら歩き出した。

 御堂は、西久世の功績を思い出していた。公安に配属され、かなりの手柄をあげている。

 指揮を執っての最初の功は、市民オンブズマンの犯罪を摘発した功積は大きい。

 その団体は、特定アジア地域から外国人を入国させ、不法労働者の組織化を進めた。

 悪辣だったのが、その労働者をカルト宗教や人権団体に入れさせ、複数の組織が力の誇示と団体の利益につなげていることだった。

 そして、他の団体と協力し合い政治活動につなげていた。狂信的左翼の売国奴たちは、どうしてもこの国と国の技術力、市民の安全と財産を売り渡したいと考えているようだ。

 西久世は、それら団体を調査し、一年間という短期間で全容を解明して検挙した。

 その一件は公安部の評価を大いに上げた。

 深刻な事態になる前に予防した功績は大きく、それを指揮した西久世の名も庁内に認識された。

 自分も時を同じくして、法務官僚刺殺事件を解決したことで、刑事部と公安部のエースと言われ、警察庁の双璧と言われているらしいが、迷惑でしかない。

 その所為で、目を付けられたのだろう。

 これから上の地位は、生き残りになる。警察庁内で熾烈な生存競争に負ければ、同期の敗者は関係組織や各団体へ飛ばされる。

 これは、組織内では入庁年次が重要視されることから、自分よりも古株の部下が居ては指揮し難いという配慮だ。

 したがって、警察庁長官よりも長く勤務しているキャリア官僚は存在しない。この事から、最終的に生き残れるのは一名ということだ。

 他の同期は判らないが、西久世は短期間でも結果を出してくるだろう。

 自分が、この事件で手間取っていることは、致命傷になりかねない。

 置かれた状況を考えれば、足場の崩れかけている所に立たされているのだと再認識させられた。この事件は、遅くとも二ヶ月で片を付けたい。

 御堂は庁内を歩きながら考えていた。

 刑事たちから挨拶をされながら、刑事部のフロアーを歩いている。

 目的の部屋が見えてきた。プレートに刑事部長室と記されている。

 扉の前で立ち止まり、手の甲で軽く三度叩いた。


「入りたまえ」


 室内から威厳に満ちた声がした。


「失礼致します」


 ドアノブを回して、扉を押し開ける。背筋を正し、入室した。

 この五分後、御堂は落胆して部屋を出ることになる。

 余剰人員はないらしく、特捜本部に捜査員の増員は認められなかった。




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