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四法院の事件簿 2   作者: 高天原 綾女
事件発生
12/40

その2

     二


 ビル群を抜けていた。車の窓を開けると、強い風が入ってきた。

 僕たちは、御堂が古島さんの為に手配した車で、赤羽署に悠々と向かった。

 流れる風景を眺めながら、事件のことを考えていた。

 空家の浴槽で煮られた死体。十四時間も煮られていた為に劣化も激しいものだった。

 目撃者は無いが、遺留品は多い。

 だが、遺留品は全て被害者の物で、犯人のモノは何一つ残されていない。

 犯行時間はおおよそ判明している。空家の明かりを近所の人間が目撃している。

 そして、この場に被害者以外にも、もう一人居た形跡が残っていた。

 ドアの取っ手に、手袋で触れた跡が出てきた。

 これは被害者のモノではない事は分かっている。

 被害者の指紋が、同じ取っ手から検出されているからだ。

 さらに、被害者の死因は一酸化炭素中毒死。その死因も不可解だった。

 室内に二人だけであれば、殺し方など何でもいい筈だ。

 それなのに、何故一酸化炭素中毒死なのか。理解に苦しんだ。


「やっぱり、どことなく地方色が強いな」


 四法院が呟いた。どうやら、隣に座っている友の考えている事は別らしい。


「着いたぞ」


 古島さんが言った。

 車から降りると、正面に白銀の赤羽署が堂々と建っていた。

 正面入口に立った時、署内から慌ただしさを感じた。

 古島さんも同様に感じたのだろう、僕たちを置き去りにして駈け出した。

 僕たちも、と駆け出そうとしたら、四法院は女子高生の自転車姿を目で追っていた。


「何やってんだよ!四法院、行くぞ」


 一声掛けて、駈け出した。エレベーターが行った直後だったから、階段で駆け上がる。

 後を気に掛けたが、四法院は付いて来ていない。階段を上がるのは嫌らしい。

 三階を過ぎると少しだけ重力を感じてきたが、駆け上がる速さは落とさなかった。

 最近、運動を心がけた甲斐もあり、息は切れたが脚が張る程ではなかった。

 古島さんが、ベテランの刑事さんと言葉を交わしている。


「何ですって!本当ですか?」


 古島さんの声が聞こえてきた。

 僕は駆け寄ると、古島さんは拳を握り締めて悔しがっていた。


「何があったんですか?」


 古島さんは振り返り、苦々しい表情を向け、口を開いた。


「篠山が死体で発見された………」

「どういうことでしょう?」


 僕は、その意味を全く理解できていない。

「事故ですか?殺されたんですか?自殺ですか?いえ、そんなことより、何故ですか?」


 古島さんは首を左右に振った。


「それが判れば苦労はしないよ」


 後ろを振り向くと、四法院がエレベーターで上がって来ていた。


「現場に行こうか」


 四法院が振り返り、来た道を帰ろうとした。

 自分も付いて行こうとしたが、古島さんに前に回られ、四法院は腕を掴まれた。


「なんだ?」


 仏頂面で聞いた四法院だが、古島さんは無表情で止めている。


「素人を現場には行かせられない。待っていれば、現場の状況は正確に判る」


 そう言って、四法院の行動を止めた。四法院は、何か引っ掛かるらしく目を細めた。


「御堂に、何か指示されているな?」


 鋭い口調で、四法院が問いかけた。

 古島さんが無表情のままで答えた。


「捜査の邪魔にならないように配慮しろ、と云うことだけだ」


 四法院は、露骨なまでに疑わしい視線を向けた。

 異様な圧力を感じさせる視線だが、古島さんは涼しく受け流している。

 さすが、修羅場をくぐってきた男は違う。

 四法院も追及する態度をとると思ったが、意外なほどあっさり引き下がった。

 それでも、その場から動かないのはささやかな抵抗なのだろう。


「心配するな。情報は、すぐに届く。正確かつ詳細な情報がだ」


 付いて来いと言わんばかりに、古島さんは歩き出した。


「行くよ」


 四法院に向かって言った。

 どうやら、不承不承ではあるが、頭を掻きながらも納得したようだ。

 六人程で使用する小会議室に通され、ヤキモキしながら待つしかなかった。

 僕は机の上で指を組んで座っているが、古島さんは歩きまわっている。

 四法院は机に肘を突き、頬杖にした状態で呆けていた。

 おもむろに、四法院が立ち上がった。


「そういや、メシを食ってない。待ってる間に、食ってくるわ」

「四法院。報告が意外に早く着くかも知れないぞ、買って来た方がよくないか?」


 この提案に、四法院は思案する表情をして一言で答えた。


「ヤダ」


 半目を向け、落ち着き払った顔つきで言った。

 その顔が、僕を無性に苛立たせた。

 四法院は、財布だけを手に取ると外に出た。

 あんなのを放って置けず、僕も出かける準備をして後を追う。


「古島さん。何かあれば買って来ますけど………」


 僕の気遣いに、古島さんは右手を振って『気遣いは無用だ』と伝えてきた。

 その意味を汲み取ると、会釈をして部屋を後にした。

 早歩きで部屋を出て行き、階段を駆け下りた。急ぎ玄関に向かうと、自動ドアが開き、四法院が出るところだった。


「四法院」


 呼び、足を止めさせた。

 四法院は、クルっと一度ターンして、一瞬目を合わせると署を出て行った。

 僕は、数メートルだけ走ると追いついた。

 待って居てくれた訳でも、足が速かった訳でもない。

 四法院は、赤羽署の前の、道路に躍り出ると一台のワゴン車を止めていたのだ。


「なに、やってるんだい?」

「何って。弁当買ってるんだよ」


 そう言われ、ワゴン車の側面を見ると『極一品・中華弁当』の文字があった。


「食べに行くんじゃないのかい?」

「目の前に半額の弁当が売ってるんだ。駅前まで買いに行くのも、面倒じゃないか」


 しれっと言ってのけた。


「どうしても店で食べる、って言ったのは君だろ………」


 小声で非難したが、四法院には聞こえていたようだ。


「時間とコストの削減を優先させただけだよ。それに、肉饅を付けてくれるってよ。あッ、からしを多めに下さい」


 出張販売の若い兄ちゃんは、手際良く弁当と肉饅を袋詰めし、さらにサラダと胡麻団子をサービスしてくれ、ビニール袋に詰めてくれた。

 会計を済ませると、愛相良くお礼を言われた。

 まさに、これぞ接客業という感じだ。


「お前、何にする?」

「じゃ、春巻弁当で」


 結果的には僕の提案通りになったことで、ヨシとすることにした。

 五百円で驚くほどの量を持ち、自動販売機で飲み物を買って待機部屋へ帰った。


「どうした?イヤに早かったな」


 古島さんに言われた。

 僕は、何てことない五分間の買い物の話をした。

 四法院は、既に弁当に手をつけている。

 余程、空腹だったのだろう。箸で春雨サラダを口に流し入れ、噛んでいるのか、飲み込んでいるのかわからない食べ方だ。

 遅ればせながら、僕も弁当を開いた。

 話しながら食事をとっていると、ベテランの刑事さんが扉を少し開け、古島さんを呼んだ。

 その時には、四法院は食べ終え、僕はまだ半分残していた。

 古島さんが席を空けた時間は、十分までは経過していない。

 だが、その時間は異様に長く感じた。四法院なんかは、『やっぱり冷えた弁当は不味いな』と感想を口にしていたが、僕は弁当の味についての会話をする余裕なんてなかった。

 古島さんが帰ってくると、手には一枚のA四用紙を持っている。

 そこに書き殴ったような字と図が、裏側から透けて見えた。


「一報だ」


 そう前置きして、話始めた。


「被害者は、浅広銀行融資課長、篠山健吾。今朝、荒川沿いの土手で首にロープを巻かれ橋の下部の鉄材へ吊るされた状態で発見された」

「自殺ですか?」


 その問いに、古島さんは顔を横に振った。


「偽装だ。首吊りのロープは顎を沿うように耳の裏側へ向かうような痕を残すのに対し、今回のは顎下から首の中程に水平な絞め痕が残っている。その絞め痕と、首を吊ってあるロープの大きさが一致していない。あと、その何かを解こうと首の皮が捲れるほど、爪で引っ掻いた跡が七本残っている」

「絞め殺された後に、その場に吊るされたってことですね」

「そうだ。検死によると、吊るされた時のように、一気に絞め殺されたようだ。両手の力のみで引くぐらいではこうはならない」


 古島刑事は淡々として言った。


「どこかで吊るした。いや、首の跡は水平に絞めたって事だから、例えば被害者を柱や鉄柱を背に、柱に足を突っ張り、体重を掛けて引っ張るってのはどうだろうか?」


 僕は、何気なく思い付いた手法を上げてみた。


「辺りは土手で何もない。当然、そんな柱など無い。標識などはあるが、その位置では一般道から目撃される可能性がある。なにより、背中に硬い物が押し当てられた跡がない」

「遺体が運ばれて来た可能性は?」

「それもない。篠山の靴底から、荒川の土と雑草らしきものが付着していた。詳しく分析しないと判らないが、篠山の車も近くの道路に止めてある。まず殺害現場は、この場で確定だ」

「地蔵背負いだな」


 古島さんが言い終えると、四法院が断言するように言った。


「自分も、その可能性を考えていた」


 古島さんも同意見だと口にした。


「四法院。地蔵背負いって?」


 聞きなれない言葉に説明を求めた。


「地蔵背負いって云うのは、こう云うモノさ」


 言うと、四法院は立ち上がり、弁当の入っていたビニール袋を絞り、古島さんの後ろに瞬時に回った。

 回ったと思うと、古島さんの首にビニールを回し、肩を軸にして担ぐように古島さんを仰向けに背負った。

 四法院の殺気を感じていたらしく、背負われた古島さんは右腕で首を庇っている。

 仰向けに古島さんを背負っている四法院が、説明を始めた。


「この形は、石の地蔵を運ぶ時の姿勢だったんだ。この姿勢なら、力の入り具合もいい」


 そう言って、力を込めているようだ。

 古島さんは腕に力を入れ、天井を見ている。


「いい加減下ろしたらどうだ?」


 古島さんが力の籠もる声で言った。

 四法院は舌打ちをして、古島さんを放した。

 古島さんの腕は、力みからなのか、四法院の絞めが強烈だったのか、右手が多少だが赤味を帯びている。

 下ろされた古島さんは、文句を口にするでもなく平然としていた。

 説明と割り切っているのだろう。大人の態度を示している古島さんに対して、四法院は息切れている感じだ。

 古島さんの腕の赤み具合から、この方法で首を絞めれば逃げられないだろうな。

 僕は、この殺害方法を見たことで、判ったことがある。


「なるほど。わかったことが一つ。犯人は男だね。篠山を担いで殺せるんだ」

「自分もそう思う。だが、男だと後姿を見せるだろうか、とも思う」


 古島さんは同意してくれるも、疑問も口にした。

 四法院に視線を向けると、まだゼエゼエと息切れている。

 それを気に掛けることなく、古島さんは説明を続ける。


「遺留品は多く残っているが、犯人に繋がりそうな物は無い。だが、朗報もある」

「何ですか?」

「指紋採取で、また手袋の跡が採取された」


 その知らせは、皮肉にも空家の実行犯と同一であることを教えていた。

 浅広銀行管理の空き家に行ったのは、篠山の指示を受けた者ということだ。

 これは、三人の中ですぐに共有出来た。


「となれば、殺害理由は容易に想像がつきます。仲間割れ以外には考えられません。問題は、容疑者がまったく浮上していないことですね」


 僕が言った。


「その点は心配してない。篠山と接点がなければ、殺されることなど無い」


 それはそうだが、現在、これだけ捜査しても浮上しない容疑者だ。

 金銭で雇っただけであれば、捜査は人海戦術に頼るしかない。


「今度は、篠山という人間を交友関係だけではなく徹底的に調べる。それこそ、家系を代々遡っても」


 そう宣言すると、古島刑事は部屋を後にした。

 四法院は、地蔵背負いのパフォーマンスで体力を使い切ったのか、仰向けに近い姿勢で荒い息をして椅子に座っていた。


「四法院。体を鍛えないから、そんなありさまになるんだよ。で、君はどう思っているんだい?」


 僕は意見を求めた。しかし、四法院は右手を払うように動かし、一言だけ絞り出す様に言った。


「………任せた」


 それから、さらに四、五分の時間を要し、四法院が椅子から立ち上がった。


「どこか行くのかい?」

「今日は、もう帰る。疲れた」

「疲れたって………。まだ、何もやってないじゃないか」

「調べるのは警察。謎解きは俺」


こう断言すると、四法院は部屋を出て行った。



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