第9話 滅ぶ宗主国
遂にソ連が崩壊まできた
1991年12月25日
世界に激震が走った
ソビエト連邦政府大統領が、ソ連解体を宣言したのだ
同年8月からバルト3国での独立騒動に、10月の極東革命
朝鮮人民共和国や蝦夷人民共和国は中華人民共和国やソ連の暴動鎮圧遠征に赴くことも多かった
だが、暴動はソ連を崩壊に追いやってしまった
26日
「今でも信じられないな」
蝦夷人民共和国の総司令部ビルは混乱していた
「中居首相、道東管区と千島管区から、カムチャツカ半島からの撤退許可要請がでています」
「・・・・・・・すぐに撤退し、占守島に防衛陣地の強化を」
「了解です」
「ウラジオに停泊中の蝦夷人民艦隊から、早期離脱命令を出してほしいとのことです、道北管区軍の士気も停滞している模様で」
「30日までに蝦夷人民共和国海域まで脱出しろと命じろ」
「了解」
その後、道内は、慌ただしく、各管区ビルには人民軍が警備に当たっていた
中居首相は、共和国全域に戒厳令を命令した
一方、日本
「下柳総理、ソビエト崩壊について、一言」
「中華民国が、大陸奪還に本格的に動きましたが、EATOの要である、日本の参戦を検討しているのでしょうか」
「今現在、日本政府としては、蝦夷人民共和国の暴走に備え、準備をしている所存であり、中華民国への援軍は物資のみの予定であります」
この時、中華民国は上海や香港の周辺の奪回に成功、南東部の奪還に勤しんでいた
中華民国の政界で
与党 中華国民党は勢いづくが
野党 未来共和党は人民共和国の大報復を懸念していた
28日
朝鮮人民共和国が中華人民共和国から撤兵を宣言
人民政府と人民党の声明は、高麗民国北侵の危険性があるとして、援軍は出せないと発表
そして、年が明けた
1月4日 札幌 蝦夷人民共和国司令部
「中居首相、ロシアから北樺太返還命令が来ています」
「そろそろ、ガツンといってやるか、ウラジオやカムチャツカ半島でただ鎮圧していたと思っていたら、大間違いだとな」
よく5日
蝦夷人民共和国司令部
声明を発表
北樺太返還命令を拒絶し
旧ソビエト政府の武器(主に艦船)を接収していたことを発表
極東海域にいた、軍艦数隻を蝦夷人民共和国に、編入
潜水艦イワノフに 伊58と命名
スラヴァ級ミサイル巡洋艦に鈴谷として編入
など、一部の軍艦を蝦夷人民共和国内部の地名や旧海軍潜水艦の名前に置き換えた
ロシアは激怒したが、極東海域での兵力不足もあり、奪還をあきらめた
「ふう、これでロシアも動けないだろう」
「問題は、日本ですね。食料支援で、来月から、食糧輸送するらしいとか」
「大丈夫だって、それぐらいは目をつぶろう、ただ、向こうが危機感を持ってしまったら危ないな」
中居首相の発言は、ある意味翌月当たってしまった
日本政府
イージス艦保有を宣言
イージス護衛艦4隻の新造と
戦艦大和と長門のイージス武装を表明
世界に激震を走らせた
アメリカは積極的に支援しつつも、少し不安を感じていた
世界初のイージス武装戦艦が第二次世界大戦でアジアの枢軸国であった日本のしかも大戦付近から今も現役の戦艦なのだから
それも2隻とくれば、アメリカも不安にはなるが、中東の動きも気になるため、日本に任せる方がいいとした
蝦夷人民共和国 札幌
「・・・・・・・孤立しましたね」
「石油と食料があるから、しばらくはやりすごせるだろ、2000年になったら不明だが」
「つまり、その時こそが」
「統一戦争か蝦夷人民共和国が日本に編入されるかの二択だろうな」
「勝てますかね」
「勝利の鍵は制空権だ、朝鮮人民共和国と共に戦えれば、少なくても青森占領は可能だろうな、無論代価請求して撤退だが」
「全員納得しますか」
「納得できないだろうがこれしかないだろう」
津軽海峡 東陸道大湊警備基地
「戦争は避けたいな」
「向こうは石炭と石油はあっても鉄が少ない、無理に開戦すれば、鉄不足で自滅するはずだ」
「でも、それは向こうの国営放送の声明でしょ、嘘だったら」
「そうだったな」
蝦夷人民共和国渡島管区函館
「戦争にならなければいいけどな」
「それ、俺らが言っていいのか」
「確かに、此処は我が蝦夷人民共和国と日本の最前線だからな……でもよ、戦争で生まれるのは、血と軍需産業の利益だろ」
「いえますね」
日本はその後、蝦夷人民共和国への牽制はしつつも
1994年6月25日
淡路海峡大橋開通
四国と本州が新幹線でも結ばれた
(史実の青函トンネルの予算が全額本四架橋に投じられた)
日本は、景気回復に道が進むが、蝦夷人民共和国は、苦しい軍拡を始めたのだった
続く
次の投稿は、翌年の予定ですが
来年1月半ばまでに投稿予定




