とりあえずの接触
俺は、土砂の中で目が覚めた。
どうやら動かなくなったので、放置されていたらしい。
体にに力を入れると、土の中から手が取りだせた。
あの時はうまく動かせなかったけど、思ったより力があるようだ。
土砂から這い出し、体をチェック。
頭部が割れていたけど、手でぐっと合わせたらくっ付いた。
鏡が無いから、自分がどういう姿になっているかわからないけど、触ってみると、とりあえずは以前の人型のサイズで、特に損傷は無い。
本当に無いかな?判らない物は判らん。
ジャージはぼろぼろで、ほぼ裸なんだが、木の皮のようなもので覆われているので、あんまり裸の感覚は無い。
獣人になって、毛むくじゃらになったみたいなもんかな。
周りを見渡すと、夜になっていた。
月が出ていて少し明るく、村全体が見える。
村の家にはそれぞれ明かりが灯っている。
なんか腹減った。
そういや何も食べてない。
裸で空腹で外に放置。
衣食住の三点が全てそろって無い状態。
もう、これ以上過酷な状況が無くないか?
しかもボッチ状態で、前世の記憶も薄くなって来ている。
自分の名前さえ思い出せず、笑いながら付けられた『ジルオ』という名と、『我慢汁』を溜めるという目的だけしか残ってない。
心が折れるとか、そういうレベルじゃないぞこれ。
ちょっとの間ぼうっとしていたら、急に胸のあたりに痛みが来た。
「んんっ!なんだこれ?」
その後、心臓のあたりが光り、ポタッと音がする。
胸を探ると10㎝位の瓶が有り、引っ張ったら取れた。
月にかざすと、瓶の中に、液体が少しだけ入っていた。
「これが『我慢汁』かな?」
ということは、このきつい状況の中にいれば溜められるのか。
じゃあこのまま朝までここに居て、あの男達に襲われて、ゾンビみたいに生き返るのを、繰り返せばいいのかな?
うわー。いくらなんでもそれはキツイよ。
一滴ずつじゃ、何回襲われたらいいかわからないし、瓶を割られたら、ケツオに再会することになるかも知れない。
あいつには会いたくない。思い出すだけでも嫌だ。
恐らく、そういった呪いの様な物が、かけられているんだと思う。
どうすっかな?
うーん、この状況を打破するには、何らかのアクションを起こすしかないのかな?
ここに居てもどうしようもない。
ケツオに言われた通りにするのは嫌だが、この地獄で『我慢汁』を溜めるしか無いんだろう。
俺は木魔人とかいう、化け物らしいし、地獄の住人も居るらしい。
人生の延長戦だと思って、楽に考えますか!
停滞は何も生まない。足掻くことしかできないんだろうな?
前世では、それに気が付いていたけど、何もしなかった。
恐らく、これが怠惰の罪になっている。
何もしなくても生きていけた状況もそれを冗長させたんだが。
この地獄は、それを許さないと思っていいな。
どうにかしなきゃないってことか。
はあぁ、面倒くさいけど、どうにかしましょう!
追い詰められてからしか、動けない自分が、なんか嫌!
とりあえず、人間に接触しなきゃないんだったかな?
あと、記憶の余計な事はしゃべらない!
ケツオにあったり、もっとキツイ目に合うのは嫌だ!
よし、精神的準備完了!
崖から、人のいる所に行く事にした。
土砂に埋まっている時は、焦って動けなかったけど、基本的には柔らかい木の化け物だ。
斧で顔を割られても、すぐには死ななかったし、タフな化け物だと思って良い。
最悪、また襲われても、この体なら動けさえすれば、殴られながら逃げれそうだ。
そん時は、諦めて別の場所を探しに行こう。
胸だけは防御しなきゃいけないかな?
近くの、明かりが灯っている家に向かい、玄関の辺りに来た。
とりあえず声をかけてみよう。
どうせ考えても良い方法は思いつか無いし、何にも失う物も無い。
相手に襲われても良いやと思ったら、もう怖い物が無かった。
「コンバンワー。誰か居ませんかー?」
返事がない。
明かりが点いているから、人が居そうなんだけどな?
んんっ?家の裏側から音がする。
もう、どうでもいいや状態だったので、なにも気にせずに裏に回ると、木の窓から明かりが漏れていた。
ここの家は、古い日本の家と、海外の丸太小屋を合わせたような造りだ。
壁も、扉も、窓も基本的には木製で、ガラスは無く、木の皮を薄くし、障子紙の様に使っている。
音のする木の窓から、家の中を覗くと、女が風呂に入っていた。
水の音がしたから、何となくそうかな?と思っていたが、やっぱりそうだった。
イヤッふー!
まさかのエロ展開。
辛いことの後はこうじゃないとね。
なんだケツオもいい仕事すんじゃん。
覗きは罪だろうけど、俺の目的は『我慢汁』を溜める事だ。気にしなくていいだろう?
…いや、ダメだろう。
でも…見たい。
どうすっかな。目が離せないよ。本能だよ。
なんか、ゴメンよ。
風呂に入っていたのは若い女だった。
全体的にふくよか。
っていうかちょっと太ましいかな?
デブ専ではないが、これはこれで、アリな感じだ。
人によっては太った女は嫌いと言われそうな体だけど、俺には眼福です。
いよっし、これは見ながらワンプレヤープレイでもしますか!
もう雑魚の発想だけど、なんでもいいです。
そう思って手を股間に当てると、
「あれっ?」
そこには何も無かった。ナニが無かった。
あの排尿と玄人にしか使うことのない、無駄な18㎝サイズのホースが無かった。
川反とか、五反田とか、新地とか、中洲とか、辻とか、そういう所でしか褒められない物が無かった。
あんまりじゃない?
これは、あんまりじゃないかい?
愕然として前に倒れ込み、ドサッと大きな音を立てた。
「ダレっ!」
そんな声がしたけど、振り向く気も動く気も無かった。
胸にポタッと音がしたけど、どうでも良かった。
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「おい、なんだこいつ?」
「わかんないわよ。昼間の魔物がまた動いたんじゃない?」
「でも、なんかぼうっとして、動かないんだけど?」
俺は縄で縛られ、土間のような所に転がされていた。
何人かの話し声が聞こえる。
「おいッ!何だお前ッ!」
ガスッと頭を蹴られて意識が戻った。
「あ!気づいた。魔物?色が黒い人間?亜人?」
「おい!何だお前は、何であそこに倒れて居たんだ?」
「………」
「何か言えよ!」
ショックで何もしたく無かったけど、この人達には何の関係も無い。
むしろ、家の敷地内に入り込んでいる化け物だし、警戒されて当然だよなー。
「僕はジルオと言います」
「うわっ!しゃべった!」
「いや、お前がなんか言えって言ったんじゃねーか?チャリダ。」
目の前には男が二人と、女が一人居た。
「おやじ!ちゃかすなよ!」
「チャリダ、ちょっと黙って。ジルオって言ったかい?私はメイラ。あんたは魔物だね?」
「魔物かどうかはわかりませんが、昨日、山から下りてきました」
「言葉の通じる魔物は珍しいね。あんた何であそこに居たんだ?」
そこから尋問が始まった。
ケツオには地獄について話すなって言われてるから、ある程度は誤魔化し、姿や状況で解る様な事は話して、後は解らないで通す事にした。
山の中で過ごして居たが、雨で山が崩れ、ここに降りて来た事。
記憶が薄く、どうしてしゃべれるのか、この姿は魔物なのか解らない事。
何も食べておらず、腹が減った事。
後は解らないで通した。
特に覗きと、マイグリップが無くてショックで倒れて居た事は内緒だ。
色々とセツナクナルよ。
「そうか。腹が減って動けなくなって居たのか?暴れたりしないんで無ければ、何か食わせてやるぞ?」
「暴れたりしません。縄で縛られたままで良いので、何か食べさせて下さい」
「ええー!それじゃー、アーンってしなきゃないじゃない。良いよ縄は解くよ」
「姉ちゃん危ないって!どんぶりに食いもん入れて、犬みたいに食わせりゃ良いんだよ!」
キツイな、この弟。
どうやらこの三人は家族で、父親、娘、弟の様だ。
父親は、なんかゴツイ。背が高く、肩幅もしっかりしている。年齢的には五十代かな?顎が少し出ていて、顔が長い。強面だが、家族の前だからか、優しそうにも見える。肉体労働系のお父さんって感じの人だ。
弟は、父親より少し背が低い。俺と同じくらいかな?十代後半で、ちょっとチャライ印象がある。でも、体付きは父親同様にゴツイ。
「それでも良いです。僕も自分が良く解って無いんで、お任せします」
良く解らないのは本心だ。
この木魔人という化け物が、何を食べるのかさえ知らない。
「んー?大丈夫なんじゃない?良く見ると好い男じゃーん。
アーンしたげようか?」
「姉ちゃん馬鹿じゃないの?とりあえず今夜は縛ったままにして、明日に村の人達の前で外そうよ!」
「メイラ。面倒を任せていいか?」
「いいよー。食べさせたら寝るわ」
「はあ、んじゃお休み。姉ちゃん。何かあったら大声出してね」
みんな家族思いで、優しい人達の様だ。
いいなあ、俺にもこんな家族が居たら良かったな。
家族は居たはずなんだけど、何か良かった思いが無く、家族という言葉に嫌な思いしか出て来ない。
記憶は薄れているけど、恐らくあまり良い環境じゃ無かったんだろうな、俺。
メイラは台所で何かを準備し、目の前にやって来た。
「持って来たよ。沢山有るから遠慮しないで食べてね」
「すみません。有難うございます」
「はい、アーン」
スプーンの様な物に、乗っかって居たのは……
生の、何かの内臓を、刻んだ物だった。