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変な好きな人  作者: 相澤
8/11

ダブルデート

私は浮かれていた。


なぜだかわからないけれど、突然ライオビットに抱き締められた。しかも今度は正面から。ライオビットの鼓動も直に伝わってきて、一瞬思わず目眩がした。


夢を見ているようだった。でも、夢なんかじゃない。今でも彼の身体の感触が全身に残っている。私は授業中にも関わらず、だらしなく口元をにやけさせていた。


「なぁ真志。何でそんなご機嫌なの?今までに見たことない顔してるよ…」


「そ、そんなことないし。てか前向きなさいってば。先生に見つかるわよ」


私も光のことを言えた立場にない。こんな締まりのない顔見られたら、先生に怪訝な眼差しを向けられるに違いない。


でも、やっぱり思い出してしまう。ライオビットの熱。華奢な体躯のせいか、骨があたって少し痛かった。でも意外に背中は広くて、こいつも男の人なんだなって感じた。匂いはシャンプーの爽やかな香りがほんのりしてて…。


って、私どんだけ変態くさいこと考えてるんだろう。ドスケベじゃないのこれじゃ。


私は熱くなっていく頬に缶ケースをあてて熱を冷まそうと試みた。だけど缶ケースまであっという間に温くなってしまった。




珍しく私は詩子と二人きりでいた。自販機で飲み物を買いたいから着いてきてとせがまれたのだ。


飲み物くらい一人で買いにいけばいいじゃないと心の中でぼやきつつも、私は何とか笑顔で頷いた。


「ごめんね真志~めんどくさい思いさせちゃって」


「や、そんなことないよ」


心なしかさっきから、詩子の言葉に棘を感じる。罰ゲーム開始以来、何となく私たちの間には気まずさが増していた。そう感じているのは恐らく私だけなのだろうけど、詩子の雰囲気が少し尖っているような気がしてならないのだ。


「ところでさぁ。音無君とは順調?」


「…順調云々の話じゃないでしょ。なんちゃってお付き合いなんだから」


「え~本当に付き合っちゃえばいいのに。何かお似合いだよ」


私は詩子の言葉に何も言えなかった。冗談めかして言ったつもりなんだろうけど、強ち嘘でもないことがわかったから。


「デートの計画とかもしなきゃね!一ヶ月なんてあっという間に過ぎちゃうんだし!」


「で、デート!?」


学校でカップルごっこしてるだけじゃ駄目なの?さすがにそれは、音無君にも申し訳なさ過ぎる。いくら彼が懐が深くて優しいからって、そこまで甘えることはできない。私だってなるべくライオビットに会いたいし。


「いいじゃん。私と光も一緒に、ダブルデートとかはどう!?」


詩子は目を輝かせて言っているけど、ちっとも名案なんかじゃない。私にとっては最悪な組み合わせだ。光は全てのことを知っているからって、自惚れってわけではないけど確実に複雑な気分にさせてしまうはず。


「いやぁ…それはどうかな…詩子と光、二人でデートしなよ…」


「だって真志がいたら、光絶対着いてくるでしょ?」


この女…私をダシにしようとする気?もうプライドもないのかしらこの子には。


「それにさ!真志が音無君とラブラブしてるとこ見せつけたら、光やっと諦めてくれるかもしれないじゃん!」


「えっ!?」


何で私が詩子にとって都合のいいことをしなければならないのよ。そもそもこうやって事を運ぶことを狙って、罰ゲームを提案したのかしら。だとしたら彼女の計算高さに悪寒を覚える。


「…詩子はどうして、光がそんなに好きなの?」


「それこっちの台詞だから!真志はどうしてあの店員さんが好きなのよ」


「それは…」


私の場合ハプニングがきっかけだ。でも今では、ライオビットの全てが可愛くていとおしいと思ってしまう。その理由は、わからない。


「理由なんて、出てこないでしょ?私だってそう。光と話してると楽しいし、訳もなくドキドキする。だから好きなの、付き合いたいの」


詩子は語気を強めて訴えた。初めて詩子が、真っ直ぐに見えた。光に対する想いだけは、本物なんだ。想いを遂げようとするやり方だけは、間違っているけれど。


「光にとってのその人は、真志じゃない。だから真志に協力してもらわなきゃ駄目なの」


「でもっ」


「真志のそういう態度、私好きじゃない。自分は何にも悪くない、勝手に皆が私を好きになるんだって、開き直ってるような態度」


「そんなこと…」


「あるのよ!」


詩子は湧き上がる苛立ちを隠しきれずに叫んだ。私はびくりと肩を揺らしてしまった。突然大声を出されたこともだけど、彼女の険しい目付きに捉えられ恐怖を感じたのだ。


「光のこと好きじゃないなら、思わせ振りな態度とらないでよ。私の邪魔しないで」


詩子はそう吐き捨てて、せっかく買ったジュースを一口も飲まずゴミ箱に捨ててしまった。嫌われている自覚はあった。だけど今ではそれを通り越し、憎しみさえ感じる。詩子は心底、私を妬んでいる。


そう思われても仕方ないとは思う。自分自身、煮えきらない態度でいるのはわかっている。光にはひどい振り方をしたくせに今では何事もなかったように接しているし、浩二には結局、曖昧な返事しかしていない。


開き直っているわけではない。怖いのだ。誰かに嫌われるのが怖い。嫌いな詩子にだって、あからさまに敵意を向けられたらあっという間に萎んでしまう。


繋ぎ止めるのも切り離すのも中途半端。私はいったい、どうすればいいのだろう。




「なぁ真志。詩子から聞いた?俺とあいつと、勉ちゃんとお前とで遊ぼうとか言われたんだけど」


「え…」


光の言葉に、私は唖然としてしまった。まさか詩子が本気で、そんな提案を実現させようとするとは思わなかったからだ。結局彼女を怒らせたまま、仲直りだってしていない。


「聞いた、けど…」


「え、何その話。俺知らない」


「そりゃあ詩子が勉ちゃんにわざわざ教えるわけないでしょ?」


「どういう意味だそりゃ」


横目で音無君の様子を伺う。当然だけど、全然乗り気ではなさそうだ。眉間に皺を寄せて、落ち着かないように瞬きを繰り返している。


私から「ダブルデートに付き合って」とは言えない。私も断ればいい話なんだけど、そうしたことで、詩子がどんな反応をするかわからなくて怖い。


音無君はチラリと私を見た。目が合ってしまい、私は思わず引きつった笑みを見せてしまった。つられて音無君も苦笑いする。


「めちゃくちゃ不本意だけど、俺はいいよ。なかなか微妙な面子で面白そう」


「お前のその冒険精神何なんだ…」


意外にも光は乗り気だった。いつもと変わらぬヘラヘラした笑みからはその真意は見えない。どちらにせよ私にはとても不都合なことだ。光の了承を得てしまったら、私にも音無君にも拒否権がなくなってしまう。


「勉ちゃんも行くよな?」


「えっ」


「断るとかねーよ」


「ええ…因みにそれって…週末になるのか?」


光は音無君の言葉を受けて、無言で私の方を向いた。しかし私も詳しいことはわからない。直接詩子と話をするのも気が引ける。


「音無君は、週末だと都合悪いのかな?」


「い、いや…そんなことないけど…」


「一日くらい休めよ勉ちゃん~バイトなんかさ~」


「音無君、バイトしてるの!?」


意外な事実に私は目を丸くした。てっきり彼のことだから、塾か何かが重なっているのかと思っていた。真面目そうな音無君がバイトしてるなんて、思いもよらなかった。


光がその事実をバラした途端、心なしか音無君の顔色が悪くなったような気がする。あまり知られたくなかったことなのだろうか。見にこられたら困るからとか?だとしたら、バイト先まで聞くのはやめておこう。


「宮内君…個人情報ベラベラ喋らないでくれよ…」


「何で~?いいじゃーん!真志はお前の彼女なんだからー!」


完全なる八つ当たりだ。悔しそうに握り拳を作る音無君に、私は同情し申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


話がそれてしまったけれど、結局ダブルデートはどうなるのだろうか。私は勿論行きたくないけれど、そのくせ判断は他人に委ねようとしている。もっと言えば、音無君が勇気を出して断ってくれるのを期待している。


「やっほー皆!話は進んでる~?」


「!!」


一番この場に来てはいけない人物が来てしまった。


全ての元凶、日比谷詩子。光と彼女二人から追い詰められてしまったら、私と音無君にはもう逃げ場はない。私と同じことを思っているであろう音無君の顔が更に青くなっていく。


「今ちょうど話してるとこ~。つうか詩子が幹事やってよ。勉ちゃんも真志も全然意見出さねーの」


「そんなに照れなくてもいいのに~」


他人の意見を無視した二人のマイペースさに、実はこの人たちお似合いなんじゃないのと心底思った。見事に真っ二つに別れた四人のテンション。私はもう本格的に逃げられないのだと悟った。




誰よりも早く待ち合わせ場所に到着してしまった私だけれど、断じてこのダブルデートが楽しみだからではない。


家でじっとしていることなんてできなかったのだ。降りかかりうる数々のアクシデントや修羅場を想定していたら、いてもたってもいられなかった。


詩子は光と一緒に来ると言っていた。それを受けて一応昨晩音無君に連絡してみたら、「先に行ってて」と返事が返ってきた。本当は一緒に来てほしかった。一人じゃ心細すぎる。


「…あ」


携帯の着信音が鳴った。画面を確認すると、音無君からのメールが届いていた。早速開くと「もうすぐ着く」の文字。顔文字も絵文字もない、簡素な文章だ。だけど彼からのメールに、安堵している自分がいた。何だか音無君と私は「同志」という言葉が一番しっくりくるような関係に、今ではなっている気がする。巻き込んでしまったのは私の方だけれど、同じ苦しみを背負って互いに励まし合っている。そんな風に思っているのは私だけだとはわかっているけれど。


「香椎!ごめん、待った?」


「ま、待ってない!おはよう音無君」


音無君は息を切らしながら駆けてきた。本当に少しデートっぽくて、ほんのちょっとドキッとした。彼の私服を見るのも初めてだ。紺のワイシャツに黒いカーディガンを羽織り、ベージュのチノパンといった非常にシンプルな格好だった。周りが派手な格好が多いから、すごく落ち着く。実は私はこういう服装の方が好きだったりする。


「宮内たちは、まだだった?」


「う、うん。遅いよね」


「いや、俺らが早いんだよ」


私は携帯で時刻を確認した。待ち合わせ時間まであと15分もある。思わず吹き出すと、つられて音無君も笑った。


「家にいるとどうしてもソワソワしちゃってさ。のんびり歩いてきたつもりだったんだけどな」


「私も。黙ってたら変な汗かいてきちゃって」


「それ、わかるわ。てかあいつら…この待ち合わせ場所、わざとかよ」


私たちが今いるこの公園は、カップルに人気のスポットだった。中心に置かれた噴き上がる噴水が、天使の羽のように見えるということで、無理やり恋愛にこじつけた都市伝説なんかもある。


「…音無君。本当にごめんね。まさかデートまですることになっちゃうなんて…」


「香椎は、謝りすぎだよ。いいんだって、俺なんかに気を遣わなくたって。寧ろ女の子と遊ぶの初めてで、舞い上がってるくらいだし」


「…ありがとう」


音無君が優しすぎて、泣いてしまいそうだ。こういう状況はかえって好都合だ、なんて冗談を言って、私に深く考えさせないようにしようとしてくれている。


私も、音無君が極力被害を追わないように、頑張って彼を守ろう。そう固く心に誓った。これはデートと言う名の戦いだ。戦力でいったら兎とライオン並みの差があるけれど、兎は兎なりに根性を見せつけてやるんだ。


私が人知れず闘争心を燃やしている中、見知った二人組が呑気に手を振り歩いてきた。


「やっほ~。お前ら早くね!?まだ十分前だけど!」


「ね~うちらが一番乗りだと思ったのにぃ!」


詩子は堂々と光と腕を組んでいた。二人とも、いかにもギャルのカップルといったようなチャラチャラした出で立ちだ。本当にお似合いだ。あんたらこそが付き合えばいい。


「はりきりすぎでしょ真志~」


「別にそんなんじゃ…」


「勉ちゃんも、あんまり鼻の下伸ばしてたらぶつよ?」


「何で出会い頭に暴力受けなきゃいけないんだ」


早速音無君に危機が。パキパキ指を鳴らす光の前に立ちはだかった。


「ほら、早く詩子が行きたがってるクレープ屋さん行かなきゃ!あっという間に行列できちゃう」


「そうだね。俺ツナマヨ食う~」


「皆、行こ行こ!」


詩子はスキップでもしそうな勢いで光を引っ張っていった。何であんなに楽しそうな顔ができるのかしら。私と音無君は顔を見合わせほぼ同時にため息をつき、二人のあとに着いていった。




「超美味しい~。光、一口食べる?」


「ちょーだい。めっちゃうまそう」


詩子は「あーん」と言いながら、自分が食べていたクレープを光の口に運んだ。どこのバカップルだ。


「光のも食べてみたい~」


「いいよ」


光は平然とした顔でクレープを詩子に食べさせた。詩子の場合は完全に見せつける目的だとわかるけれど、光はきっとこの行為を何とも思っていない。昔からそうだ。誰彼構わず偏ったスキンシップに疑問を持たないと言うか。


「真志と音無君、同じのだから食べさせっこできないじゃん~」


詩子のわざとらしい不平に私は苦笑いを溢した。私たちは二人とも、最もオーソドックスと言えるチョコバナナクレープを食べていた。実は互いにこうなることを想定し、口裏を合わせていたのだ。念には念を。先程も言った通り、これは戦いなのだから。


「てか勉ちゃんも何か喋れし!せっかく真志とデートしてんだぜ?俺が珍しく奥歯噛み締めて我慢してやってんのにさぁ」


「ずっとテーブルの下で足蹴ってくるやつに言われたくねーよ!」


あっけらかんとしているように見えたけど、やっぱり光は未だに憤っているらしい。いつもなら叱咤することもできるけど、今では迂闊に二人の間に割って入ることもできない。


「きっと音無君は照れてるんだよ~彼女と初めてのデートだから」


「そっすね…」


音無君はげんなりと答えた。彼のやつれた表情を見ていると、申し訳なくてキリキリと胃が痛んだ。


「じゃあさ。暫く別行動にしない?夕方合流して、晩御飯食べに行こーよ!」


詩子からの思いがけない提案に、私はパッと目を開いた。できれば心底そうしてほしい。やっと二人の圧力から解放される。


「え~ダブルデートの意味なくね?」


「夜からは一緒になるからいいじゃん!ダメ?私、光と二人っきりになりたい…」


詩子は光の腕にすがり付き、上目遣いで訴えた。光は納得いかなそうに唸っていた。


「わ、私はいいよ!音無君さえ、よかったら」


「へ?あ、ああ…俺も別にいいけど…」


「…じゃあ…真志がそう言うなら」


光は渋々頷いてくれた。不貞腐れ方からして、四人で遊びにいくのをそれなりに楽しみにしていたのかしら。そう考えると、ちょっと可哀想な気もした。


「どさくさに真志に手ぇ出したら殺すかんな勉ちゃん」


「こんな往来で出すかよ…」


「あ!今の発言聞き捨てならねー!だったら人通り少ないとこでは出すつもり!?」


「ばっ、んなわけあるか!!」


光に揚げ足を取られ、音無君は真っ赤な顔で狼狽えた。光の馬鹿全開な過剰反応に、私は呆れたため息をついた。


二人が言い争っている間に、詩子はそっと私の方へ歩み寄り耳打ちした。


「音無君ともっと仲良くなって、光にイチャイチャぶり見せつけてね?」


にんまりと笑う詩子に怯え、私は背筋に鳥肌を立てた。




私と音無君は正反対の感情を背負いこむ二人の背中を見送ったあと、身軽になった心持ちを互いに喜びあった。


「やっと行ってくれたね!ストレスで胃が痛いよ…」


「本当だな。束の間の休息ってやつだ…」


今のうちに、夕方まで精神力の温存をしておかなければ。さもなければきっと、食事が喉を通らなくなってしまう。


「音無君。私たちも別々で行動する?」


「えっ。何で…」


「私と一緒にいることで、音無君遠慮しちゃいそうで」


「いや…俺は別にしたいことないし。香椎が一人になりたいなら、それでいいけど」


優しい音無君のことだから、私に気を遣ってやりたいことがやれないんじゃないかと思った。だけど自分から提案しておいてあれだけど、私はちょっとだけ、音無君とも普通に遊んでみたいと思っていた。何だかわからないけれど、音無君といると落ち着くんだ。光みたいに何でも言い合える関係じゃないし、会話だってそこまでスムーズにできるわけでもない。


でも私は、音無君がどういう人なのかもっと知りたいと思っていた。


「私は…音無君さえよかったら、一緒に遊びたいなぁと…」


「そ、そっか。や、どこでも付き合うよ!香椎の行きたいところ」


「ほんと?じゃあさ、まずアクセサリー屋さん行きたい。次に雑貨屋さん行って、書店にも行きたい」


「香椎…たまってんだな…」


「あと手芸屋さんも」


お小遣いを使いきってしまいそうで怖いけれど、ここでストレス発散しないとやっていけないわ。




「この生地可愛いな~。花柄だ」


「香椎って、手芸好きなんだな」


初めて訪れた手芸屋は、なんと言うかまったりしていて物静かで、いかにも女の子の為の場所という感じがした。別に嫌いではないのだが、寧ろ可愛らしいフェルトの人形なんかを見て心ときめいてる自分がいる。そこら辺は寒気がした。


色鮮やかな布やビーズなんかを手に取っては、香椎は目を輝かせていた。日比谷たちと遊ぶときはきっと、こういう場所に来れないのだろう。


「最近、小物作るのにハマってるんだ。手芸してるときは無になれると言うか…嫌なこと忘れられる」


「そういえば…人形作ってたよな。ウサギっぽいの」


「ああ、保健室で見せたやつね。見ての通り、あんまり上手くはないんだ」


「そんなことないでしょ」


実物の奇妙さを、あそこまで愛らしくすることができてるんだ。かなり上出来だ。本人が思うのだから間違いない。料理はあれだが、手芸の腕はなかなかあると思う。


「音無君はさ…光から聞いてない?私の好きな人のこと」


「え?あ、ああ、まぁ…ぼんやりと…」


「こないだ、音無君が家に来たときご馳走したケーキあるでしょ。近所の玩具屋さんの、奥さんが作ってくれたやつ。私の好きな人ね、そこのマスコット店員なんだ。私が作ってるのは、それ」


あんなに他の人間にはライオビットのことを話すのは渋っていたのに、香椎はいとも簡単に俺に教えてくれた。しかも自分から。


もう周知の事実だし、吹っ切れたのだろうか。それにしても、随分穏やかな顔で話してくれるんだな。


「ああ、何か…聞いたかも。そんなようなこと」


「変だよね。実際の私はこんななんだよ。趣味がおかしくてこういう地味なことが好きで、とても詩子みたいな派手な子と一緒にいれるような女じゃない」


おっと。急に話が暗い方向に行き始めたな。ライオビットが好きなことを「趣味がおかしい」で括られるのは、ちょっと複雑な気分ではあるが。


「好きなものは好きって堂々と言えたらさぁ…どんだけ楽なんだろ」


香椎は手に持っていた布を指先で弄くりながら、ため息をつくようにそう言った。まるで一人言のように。


あれか?香椎にとって俺は、王様の耳はロバの耳だという事実を知って、誰かに言わずにはいられなかった末に辿り着いた地面の穴なのだろうか。


とどのつまり、捌け口ってやつだ。


「香椎には…できんのかな。それが」


単なる穴でしかない俺が口を開けば、香椎はキョトンとした顔で俺を見つめ返してきた。


「大きなお世話だけど、俺ごときが何言ってんだって話だけど…俺、香椎はスゲー弱い女の子だと思ってる」


「え…」


「お前のその優しさも、たまに可哀想に思うよ。周りに怯えてるのが丸わかりで」


俺だって香椎の気持ちは痛いほどわかる。友達の少ない俺が、知り合いのいないこの高校に進学したとき、丸山くんが真っ先に話しかけてくれてすごく嬉しかった。絶対に彼を手放せないと思った。一人にはなりたくないから。ほとんど依存状態で彼にうざがられるほどだ。


だけど優柔不断な面を見せる香椎のことを俺は、守ってあげたいと思う反面、少し苛立ってもいた。結局香椎はどうしたいのか。どんな言葉を待っているのかがわからないから。


「嫌なら離れればいいって、そんな無責任なことは言えないけど…一人になるのは誰だって寂しいから」


香椎にそんな勇気がないのだって知ってる。だけど。


「だけど俺は、味方だから。香椎が一人になっても、一緒にいる」


俺がそう言いきると、香椎はポカンと口を開けてしまった。その表情を見て、俺は自分が今、いかにクサイ台詞をほざいたかをじわじわ自覚し始めた。


「……な、なんつって!言ってみたかったんだ一回!こういう彼氏っぽいこと!」


俺はどの立場であんな時代遅れの寒い言葉を吐いたんだ。「音無勉」として?「ライオビット」として?後者が言うならわかるが、俺がそんなん宣言したって「で?」という感想しかない。俺みたいな弱小兵隊を味方につけたところで、何だと言うのだ。馬鹿なのか俺は。


「…ありがとう」


香椎は変わらない表情で、ロボットみたく抑揚のない声で礼を述べた。完全に引かれている。すぐにでもこの場から逃げ出したい気分だ。


「えっと…そろそろ、宮内たちと合流する時間だな…行こうか」


「あ、うん…」


そして俺たちは無言で店を出て、待ち合わせ場所までついぞ会話をしなかったのだった。




香椎との沈黙が気まずい。あんなに解放された気分でいたのに、今では早く宮内たちが来てくれないかと願っていた。


そわそわしながら頻りに携帯で時間を確認していたら、香椎が不意に「あ、詩子…」と口にしたので、俺も香椎の目線と同じ方を向いた。


確かに日比谷らしき女がこちらに向かってきているのが見えた。だけど宮内の姿が見えない。日比谷一人だけが、早歩きで俺たちに近づいてくる。


「詩子!あれ、光は…」


日比谷が香椎の目の前まで来た、その瞬間。乾いた音が冷えた空気を切り裂いた。


香椎が、日比谷にぶたれた。平手で思い切りその頬をひっぱたかれたのだ。


「あんた…私の邪魔するのもいい加減にしてよ…!!」


日比谷は涙目で香椎を睨んでいた。深い憎しみの色が滲み出ていた。いったい、何があったと言うのだろうか。


「真志、ほんとは光と付き合ってんでしょ!?じゃなきゃ光があんなこと言うはずない!!」


「どういう、こと…?」


「…もう自分を追いかけるのを、やめてほしいって。そう言われたのよ」


「え…光が、そう言ったの?」


「こないだからエッチも断られてるし…どうせ!黙って光と付き合って、私のこと笑ってたんでしょ!?」


日比谷の目から、堪えきれなかった涙が溢れた。単純に宮内が改心したという考えは、彼女にはないようだ。まぁ仕方のないことだと思うけれど。


それより、何とか日比谷を落ち着かせなくてはならない。何で宮内の野郎いないんだよ。逃げたなきっと。


「私もう、帰る。真志の顔なんて見たくもない」


親の仇でも見るかのように香椎を一瞥し、日比谷は踵を返した。そのまま大股で帰っていく日比谷を、香椎は茫然と見送っていた。


「…香椎、大丈夫か…?」


話しかけるべきか迷ったが、そのまま立ち尽くさせるのは可哀想だった。香椎はハッと俺の方を見て、しばらく見つめ合ったあと泣きそうに笑った。


「うん、大丈夫…詩子、光のことになると感情的になっちゃうの」


それは見ていて痛いほどにわかった。女の面にビンタをかましてしまうくらいだもんな。


「あ…」


ポケットに入れていた携帯が震えた。液晶を確認すると、宮内から電話が来ていた。


「もしもし」


『勉ちゃん?そっちに詩子行かなかった?』


「来たけど。お前は何してんだよ」


俺は語気を強めて言った。しかし電話口の声が明らかに焦りを含んでいたので、奴の言い訳くらいは聞こうと思った。


『俺あいつに…俺を諦めてほしいって言った。そしたら怒らせちゃって、走ってどっかに行っちゃったんだ。追いかけたけどいつの間にか見失って』


「日比谷はもう帰った。ちょっと色々あったから…このまま香椎を送って帰ろうと思う。それでいいか?」


『…うん。ごめん勉ちゃん』


宮内もそれなりに、二人の間に何があったか察したのだろう。ひどく寂しげな声を最後に俺は通話を切った。


立ち尽くす香椎に声をかけようと、口を開いた。その瞬間、香椎の方から振り向いてきた。


「音無君、帰ろっか!これじゃあ遊べないよね」


「え…」


自棄に明るい態度の香椎に、俺は面食らった。泣いていても仕方ないと思っていたが、彼女はあっけらかんとしていた。


無理してるんだろうとは思うけれど。だけど香椎がせっかく気丈に振る舞っているのに、それを壊したくはない。無理に弱音を吐かせようなんて真似、俺にはできない。


「…うん。送っていくよ」


俺も香椎と同じように、無理やり笑顔を浮かべて見せた。




詩子にぶたれた頬が、翌日になっても赤みを帯びていた。漫画みたく手の形がくっきり浮かんでいる。私は濃いめにファンデーションを塗って、それを隠した。


いつもより少し速いリズムで、鼓動が鳴る。校門をくぐれば、いつものように学生たちの騒がしい声が飛び交う。私はどこか冷めた頭でその中を歩いていった。


教室に入っても、仲間からの挨拶はなかった。いつもなら入るや否や「おはよー」という言葉が自分にかけられていたのに。


「おはよ、皆。眠いねー」


「香椎…」


「真志!お、おはよう…」


音無君と光が、複雑そうな表情で私を見た。私は至って普通の顔で机に鞄を置き、教科書を取り出していった。


「あのさ、真志…昨日、ごめんな?」


光は親に叱られている子供のように縮こまって、私に謝った。あんまりにも怯えられてるもんだから、何だか可笑しくて吹き出してしまった。


「怒ってないよ。それに…私やっと、決心ついたから」


「へ?」


光と音無君は顔を見合わせた。私は彼らに何も言わずに振り返り、仲間と駄弁る詩子のもとへ歩いていった。


私を見るなり仲間は、ヒソヒソと耳打ちし出した。いつもと違って、視線も冷たい。詩子は私を見ようともしなかった。


私はスッと一度だけ深呼吸し、言葉を吐いた。


「詩子。私あなたに、謝りたい」


そう言うと、詩子は漸く私の方を向いた。昨日見せたような険しい目付きだった。


「今更、何謝るって言うの?」


「詩子から全部聞いた。真志、あんたほんと最低だね」


私は詩子に話しているのに、何故か割って入って色々言ってくるのは仲間の方だった。詩子とは関係なく、今まで私に対してたまっていた鬱憤を晴らすように仲間は次々と私に言葉をぶつけた。


「うるさい。あんたたちは黙って」


「…っ!」


私の一言で、一気に仲間は押し黙った。彼女たちにも言いたいことは山程ある。だけど今から詩子に言いたいことは、ここにいる仲間にも…“仲間だった”人にも言いたいことだ。


「ごめんね詩子。今まで中途半端に協力とか、応援とかしてきて」


「は…?」


「私はあなたのこと友達だと思ったことないのに、ずっと友達面してた。本当にごめんなさい」


詩子の目が見開かれる。怒りより驚きの方が勝ったような表情だった。


私は笑って見せた。多分彼女たちには初めて見せる、本当の笑顔だ。


「皆も、今までごめんね」


私は最後にそう言い残し、自分の席へ戻った。


本音をぶちまけるのは、なかなかすっきりするものだ。私が一番言いたくて、一番言えなかったこと。後悔はなく、ただ爽快感が残っていた。


「ま、真志…お前…」


「何よその顔。鬱陶しいからやめてくれる?」


「だって、その…いいの?」


「光。あんたにも、悪かったと思ってるよ。今までひどい態度をとったりしてごめん。でも私の大事な友達は詩子じゃなく、あんただから」


そう。暗かった私に根気よく話しかけ、一人にさせないでいてくれた。私を孤独から救ってくれた人。ありのままの私を好きだと言ってくれた人。


光の気持ちに応えるのはできない。だけど私にとっても光は、ずっとかけがえのない人だ。


「真志ぃ…強い子になったねぇ…」


涙を浮かべる光の頭を、私は教科書で叩いた。こいつは私の母親か。


「泣くなバカ!先生に見つかったらいつもより変な目で見られるでしょ」


「うん、ごめん…」


おもむろに前を向いた光はそのまま机に突っ伏し、静かに泣いていた。何となく隣の音無君に視線を移すと、ほぼ同時に目が合った。そのままどちらともなく笑った。


「すごいね、香椎。かっこよかった。前言撤回していいかな?」


「え?」


「香椎が、弱い女の子だって言ったこと」


バツが悪そうに頬を掻く音無君に、心臓が突き動かされるように大きく脈打った。


仲間と決別しようと決めたきっかけは、音無君が私にくれた言葉のお陰だった。私が一人になっても、彼は一緒にいる。味方だと言ってくれた。


そんな言葉を信じられるような私じゃなかったのに、あなたに言われた時はなぜか、嘘だと疑う余地はなかったんだ。


そしてあなたがその言葉をくれた瞬間、私は。


どうしようもなくあなたに、触れてしまいたくなった。

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