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変な好きな人  作者: 相澤
6/11

取引じみた交際

宮内に香椎が好きかと問われて、俺は頷いた。嘘を吐いたつもりはない。他の女よりは確実に、俺は香椎を特別視している。


香椎と話すのは(俺は声を出さないが)楽しいし、落ち込んでるなら笑かしてやりたいし、あいつが嬉しそうな表情してるときは素直に可愛いと思う。


でも、それが恋愛感情なのかと問われると正直微妙だった。放っとけないと思う。どちらかというと、父性本能を擽られているというか、あいつを「女」としてでなく「女の子」として見てるって感じがするのだ。


おまけに、教室での香椎とよゐこ堂での香椎が同一人物に思えないのが問題だった。こうやってマスクも何も被らず、制服を身に纏って「音無勉」として香椎と接する分には彼女をただのクラスメイトと認識していた。


嫌いだとは言えない。ただし自信を持って好きだとも言えない。いや、好きは好きだ。これから先もきっと香椎への想いは膨らんでいくだろう。だけど俺は、宮内と同じフィールドにはきっと立っていないのだ。


「音無…お前、とうとうリンチにされたか?」


丸山くんは痛ましいものを見るような表情で俺にそう言った。実際痛い。宮内に殴られた頬が腫れ上がっているからな。


「男の勲章ってことにしといて…」


「余計に見れない顔になってるな」


「何その言い方!ひどいんじゃないの!…あででで」


興奮して喋ると響く。痛み通り越して火に炙られてるみたいに熱い。


「おっはよ勉ちゃん!傷はもう治った?」


「見ての通りだよ。てか昨日の今日で治るかよ」


「だよね!先生とかに何か聞かれても、俺にやられたって言うなよ?」


今までこんなにも狂気の滲み出た笑顔を見たことがあったろうか。言えるわけがない。今度こそ俺は生きていられないかもしれない。


「何お前ら。喧嘩したの?」


「喧嘩って言うか…どう見ても俺が一方的にやられてんだろ」


「被害者ぶんなし!俺、精神的に勉ちゃんに傷つけられたんだから!」


「ピンピンしてるように見えるけど」


丸山くんの言う通り、宮内はいつもと変わらず喧しい。だけど空元気に見えると言えば見える。こんなやつにでも罪悪感は一応湧くんだ。俺は悪人じゃないからな。


「てかね、俺決めた。今週末、勉ちゃんのバイト先に乗り込むから」


不意にこんなこと言い出す宮内は、純粋な悪人だと思うがな。


「はぁ!?何でだよ急に!!」


「だってこの目で確かめなきゃじゃん!真志が本当に、勉ちゃんがやってる変なマスコットに惚れてるかどうか」


確かめるのは結構だが、結果次第じゃ血を見ることになるんだろう?ごめんだそんなの。断固拒否する。


「あのな宮内。玩具屋にはガキどもも来るわけだ。俺はそいつらにトラウマを植え付けたくないんだよ」


「何の話よ」


「俺に手を出さないと言えるか?彼らの前で」


「玩具屋なんかでやるかよ。もっと人目のつかない、助けも呼べないとこでやるっつうの」


フルボッコにすることはもう決定のようだ。そして思いの外命の危険があるなこれ。


「宮内くぅん…考え直してよぉ…」


「情けない声出したってダメ。丸山くんも、俺に協力してね?」


「な…何で?」


いきなり話を振られた丸山くんは目をまん丸くして「どういう状況?」と言いたげに俺を見た。残念だが、俺にもそいつの思考は読めないんだ。


「変装しようと思ってんの。まんまの俺を見たら、真志出てくかもしんないじゃん!もしくは自然体でいられないはず。俺はあくまで、あいつの素直な反応が見たいわけよ」


「そこで何で丸山くんの名が出る?」


「俺を地味オタクに変身させてよ。丸山くん、そういうの得意そうだし」


宮内の言っていることは侮辱極まりない言葉に聞こえるが、意外に的を得ていた。丸山くんはコスプレが好きなのだ。衣装は勿論、かつらも色々なものを揃えてあった。コスプレ専用部屋まで彼にはある。本人には言ってないがちょっと引いた。セーラー服とかもあったし。


まぁ地味オタクに変身させるのであれば、丸山くんの私服を着させればいい話だ。


「何で俺がそんなこと…てかすぐバレるんじゃね?」


「そこは丸山くんの技量でさ~頼むよ~」


「けっ…お前が俺の何を知ってんだ」


悪態つきながらも満更でもなさそうな顔をするな丸山くん。自分が今粋されているということに気づけ。


「ていうか香椎はともかく俺が緊張するわ。逆上した宮内に殴られるかもしれん」


「だからそこはグッと我慢するじゃん。後々人気のないとこには連れ込むけど」


「そんなん聞かされてウェルカムできるか!!」


俺の方が自然体でいられねーっての。命狙われてるのがわかっててまともに仕事なんかできるわけねぇ。




何か色んな意味で、今日は仕事ができそうにない。


宮内は宣言通りよゐこ堂に丸山くんと訪れていた。二人してお揃いの色違いのシャツを着ていて、しっかりとズボンの中に裾を仕舞いこんでいる。顔を隠すようにお互い目深にキャップを被り、眼鏡とマスクをしていた。俺と香椎の様子を、玩具を見てるふりして窺っている。


怪しすぎる。ていうかあいつ、宮内じゃねーだろ。別人じゃないか。変装のクオリティが高すぎるよ。さらっさらっの黒髪ストレートが自棄にぴったりだよ。雰囲気まで完全に、休日の丸山くんをコピーしているようだ。だけど丸山くんから借りたであろうシャツが体格の違いがありすぎてパツパツだ。 正直さっきから吹き出しそうでヤバイ。


「すげぇ…このフィギュア、探してたけど中々お目にかかれなかったんだ。まさかこんなとこで見つかるとはな~」


丸山くんは思わぬ掘り出し物がザクザク見つかっているようで、それなりにエンジョイしてくれてるみたいだ。


「ライオビット!シャツの襟、捲れてるよ」


一方こちらでは、香椎が手を伸ばし俺の襟を直してくれていた。強烈な殺気を感じる。最早視線だけで心臓を射ぬかれそうだ。丸山くん、頼むから玩具でなく宮内こそを注視してくれ。


「ていうか、軍手新しいの買ったら?ボロボロだよ。カッター使うときとかも、危ないよ」


香椎はそう言って俺の手をとった。何で今日に限ってやたらと触ってくるんだ。


「チビちゃんたちからも苦情来てるよ。ライオビットの手が不潔だって」


自覚はあるがそんなにはっきり言われるとさすがに堪える。今じゃ俺が頭撫でてやろうとするだけで逃げやがるからな。


「よかったら、私が買ってあげよっか?」


そこまで金欠してないし、多分店長に言ったらくれると思うからいいです。あとさっきからスナイパーにロックオンされてるんで、そろそろ離れていただきたい。


俺はスーっと水が流れるように香椎の手から己のそれを引いた。その軽やかさのまま愛用のモップを掴み床掃除を始めた。


「…ライオビット。まだ、怒ってる?」


振り返ると、いつか見たような香椎がそこにいた。こないだ仲間をつれてきたときのように肩を落とし目に涙をためている。


「私がここに来るのも、迷惑…?」


声を震わす香椎のもとにすぐさま駆け寄り、ポンと頭を叩いた。面倒臭いから泣くなという思いを込めてぐしゃぐしゃ髪を掻き乱すと、「痛い」と払い除けられた。


香椎は俯き鼻を啜ると、右手でぎゅっと俺の服の裾を掴んだ。この行動をとるときの香椎の心情が、何となくわかってきた。俺に甘えたい、甘やかしてほしいときだ。


面倒臭い、あざといと思う気持ちと可愛い、何かたまらんという気持ち。非常に複雑だが後者の方が若干勝る。あのマジオタクとエセオタクの妙なコンビさえいなければ、胸に抱いて背中擦ってやったのに。


とりあえずメモににっこりマークを描いて香椎に見せた。「何かキモい」と言われ腹が立ったので、メモ帳の角で頭を小突いたら脛を蹴られた。


「あの~すいませ~ん。お手洗いは、どこですかぁ?」


低い声でやたらともっちゃり喋るのは、パツパツオタクに扮した宮内だった。度胸あるなこいつ。すぐそばに香椎がいるんだぞ。


ハラハラしながら香椎に目を向けると、いつの間にか店に来ていた子供と遊んでいた。どうやらこいつが宮内であることはバレていないようだ。その隙に俺は宮内をトイレへと案内した。




「結論を発表したいと思います」


芳香剤の匂いが漂うこの場所で、怪しいペアルックの男二人と怪しい被り物をした男一人。厳かな雰囲気の中、宮内は大きく息を吸い言葉を放った。


「真志はお前に惚れてる」


一息に告げた宮内の瞳が、眼鏡越しでも翳りを帯びているのがわかった。それは諦めの表情にも見えた。


「初めて見た。あいつってあんなに、子供っぽい表情するんだな。スゲー気を許してるって言うか、委ねてるって感じがした」


「…」


「正直今すぐそのマスク取ってぶん殴ってやりたいよ。勉ちゃん」


泣きそうに笑う宮内に、俺は何も言えなかった。マスクをしているからでも、宮内が怖かったからでもない。


お前こそ、初めて見るような表情するなよ。宮内。


「だけど…別に真志が好きなのは勉ちゃん自身じゃないんだもんな。お前に怒ったってしゃーない」


「ああ。俺もジェラシー感じてるんだ、こいつには」


「はは、何かごちゃごちゃな相関図で笑える。それに…ちょっと安心した。昔の真志見てるみたいで」


「昔の、香椎?」


「あいつ、特撮ヒーローとかアニメの獣人キャラとか、やたらと人間の顔してないやつばっか好きだったんだよ」


丸山くんがボソッと「意外に香椎と話が合いそうだ」と呟いた。今そういう話題ができる雰囲気じゃないから。ちょっとは空気読んでくれ。


「んで?結局宮内はどうすんのよ。香椎を諦めんのか?」


言ったそばからとんだエアークラッシャーだな君は。丸山くんはすっかりこの状況に飽きてしまったようで、早々に話を終わらせようと宮内にズバッと尋ねた。俺も聞きたかったことだから、ここは何も言わないで宮内の言葉を待とう。


「…そんなすぐには無理。だってめちゃくちゃ好きだもん。だけど、邪魔はしたくないって思う。幸せそうじゃん、真志のやつ」


そう言った宮内の目には、先程よりも晴れやかさが差していた気がした。こいつは自分の気持ちより、香椎の幸せを心から優先していることが見ていてわかった。こういう時じゃないと思わないが、いい男だと思う。色々節操ない部分は山ほどあるが。


「絶対正体バレんなよ?真志の夢壊すようなことしたら今度こそ殺すから」


「…わかってる」


ここまで来たらやり通すしかないのかもしれない。香椎が他の誰かを好きになるまで。あいつの為だなんて図々しいことは思ってない。ただ、宮内と同じで壊したくない。香椎が大切に思っているものを、俺なんかが奪う権利なんてないんだ。




私の名前は「(マコト)(ココロザシ)」で「真志(マシ)」という。実はあまり、自分の名前が好きじゃなかった。“マサシ”と間違って呼ばれることも多いし、なかなかない読み方なのでよく話題にされた。


そして何より親が名前に込めたその思い。プレッシャーなのだ。名前と自分の人間性を照らし合わせると、大きすぎるギャップを感じ自己嫌悪に陥る。要するに、名前負けしてる。


「はい、また真志の負け~あんた本当ババ抜き弱いよね!」


「真志ってすぐに顔に出るからな~」


「うっそ!超ポーカーフェイス貫いてるつもりだったんだけど」


放課後、帰りのバスを待つ仲間に付き合って教室でトランプをしていた。三回やって三回とも負けた。泣きそうになるくらい私にはババ抜きの才能がないようだ。


「ポーカーフェイスっていうか、顔力んでるんだよ!だからババに手をかけたときの口元の緩み方でバレバレ」


「そ、そんなとこまで見てたの?」


「当たり前じゃん。ババ抜きは相手の表情を読むゲームだよ?」


相手の顔なんて見たことなかった。いつも直感を頼りにカードを引いていたから。いい結果だったことはあまりないけれど。


「もっかいやろ~次はジジ抜き」


「ね、負けた人は罰ゲームにしない?」


そう提案したのは詩子だった。あの一件以降も私たちは同じグループで一緒にいるけれど、私はやっぱりまだ彼女を許す気にはなれなかった。


今の台詞だって、私がまた負けるのを見越して言ったんだと思う。私は彼女が嫌いだけど、彼女も大概私のことが好きじゃないみたいだ。


「えー。罰ゲームって、何するの?」


「そうだなー…じゃあさ。ジジ抜き終わって教室出て、一番最初に会った人に告白するってのはどう?」


考える素振りを見せたわりには、ガチガチに用意された提案だった。詩子らしい仕掛け方だ。その悪どさも、ここまできたらいっそのこと清々しいと思う。


「何それ、超危険じゃん!」


「でも面白そ~」


意外に皆乗り気で、私は焦った。だって負ける自信しかなかった。圧倒的に不利なこの状況で、そんな提案呑むわけにはいかないのだけれど、空気を壊すようなことはもっとできない。


「真志も、それでいいよね?」


「え?…う、うん」


尋ねる詩子に、苦笑いで返事した。盛り上がる皆の中で、私だけどん底のモチベーションでジジ抜きが開始された。




懸念は回避できなかった。私はジジ抜きでも見事に敗北した。ババじゃないから表情に出ることはないだろうと思ったけれど、そもそもトランプのセンスが皆無だったみたいだ。


「よし、真志!覚悟を決めて行くよ!」


私は腕をとられ教室の外に連れていかれた。入り口付近に立たされ、仲間が楽しそうに騒ぎながら私の背後に隠れた。


「ねぇ…もうほとんど帰っちゃったし、誰かが通りかかったりするかな?」


「先生とかは通りかかるんじゃない?」


「生活指導の神田とかね」


「神田は勘弁!」


あんなゴリマッチョで口煩くて、全生徒から嫌われてるような教師に告白なんて絶対嫌だ。しかも友達が前にコンビニで出会したとき、神田はエッチな雑誌を見てニヤニヤしていたらしい。犯罪の臭いすら漂うむっつりぶりだ。


「そうやって予言したら本当に来ちゃうかもじゃん~…」


「逆に好都合じゃない?教師なら生徒の告白、きっぱり断るでしょうよ」


「いや~神田はわからないよ。あいつ40のくせに未だに独身でしょ?見境なくなってるかもね」


次々不穏なことを言い始める仲間たちに泣きそうだった。私の貞操が危ない気がしてきた。神田に限らず、絶対こいつには告白したくないという人物がまだいっぱいいるのだ。体育の越前はハゲだし暑苦しいしアブラギッシュだから嫌でしょ、五組の赤坂君は前にストーカー紛いのことされたから無理でしょ(因みに彼は光に返り討ちにされてから私に付きまとうのをやめた)。


もっと他にもたくさんいるけど、ここで挙げていったらキリがないな。


「真志!来た来た!」


背中をバシバシ叩いてきた友人の指差す方に目を向けると、紺色のリュックを背負った男の子が俯き加減で歩いてきた。顔がよく見えない。


「ね、あれ誰?」


「ちょ、見えないんですけど」


「とりあえず行ってきてよ真志。んでちゃちゃっと告白しちゃお」


「え!?」


まだ誰かもわからないこの状況で、いきなり告白するの!?


しかも遠目から見ると先程言った赤坂君に見えなくもない。彼もちょうどあのような黒髪短髪で、背丈も同じくらいだったと思う。雰囲気もちょっと不気味に見えるし。


「ほら真志!覚悟決めて行ってこい!」


「わっ!」


強い力で背中を押され、あっという間に男の子と私の距離が縮まった。仲間はすかさずまた教室に戻り、陰から様子を見ていた。助けを求める視線も届かず、「頑張れ」とわけのわからない励ましを口パクで貰った。これ罰ゲームよね?何か本当に好きな人に告白するようなシチュエーションになってない?


…どちらにせよ、私に逃げると言う選択肢はもうない。ここまで来てしまったんだ。言うだけ言って、後で相手には誠心誠意謝ろう。


「あ、あの!」


私の呼び掛けに、目の前の人は足を止めて顔を上げた。私は思わず「あっ」と声を洩らしてしまった。


音無君だ。同じクラスでちょっとおとなしい性格の子。最近隣同士の席になり、少しだけ会話する機会は増えた。いつも光に振り回されてるみたいで、大変そうだなぁと思っていたのだ。


「…?」


音無君は不思議そうな顔をしながら後ろを向いた。自分に声をかけられたのだと思わなかったみたいだ。だけど背後には誰もおらず、また視線を私に戻した。


「え、俺?」


自身を指差しそう尋ねる音無君に我に帰り、私はしどろもどろになりながらも「うん」と首を縦に振った。


「お、おお、音無君。実はちょっと、話がありまして…」


緊張して声が上ずる。音無君にめちゃくちゃ怪訝な目で見られてるし。そういえば私、嘘でも誰かに告白するのなんて初めてだった。何とも思ってない相手に対しても、こんなにドキドキするものなの!?


「わ、私と…付き合ってください!」


勢いでいったれ!!という気持ちで大きく頭を下げた。もうどうにでもなれって感じだった。どうか今すぐこの場で、バッサリ振ってほしい。


…ちょっと待って。よくよく考えたら、わざわざ「付き合ってください」は言わなくて良かったんじゃないかしら。告白でしょ?「好きです」と告げて、はい終わりで済む話だったんじゃないの。こんな返答を求める言い方しちゃって、どうすんのよ。いやでも好きじゃない人に嘘を告げるよりは…まぁどっちにしろ嘘な時点で最低なんだけれども…。


「…何で?」


「へっ」


何でと言われましても。想定外の返事にこっちが戸惑ってしまった。ここはもう「罰ゲームなんです」と言ってしまっていいのだろうか。


「ちょっと音無!あんた、真志の告白断ろうとしてるわけ?」


「いい度胸してんじゃん」


「み、皆!」


教室で密かに様子を見ていたはずの仲間が、いつの間にか割って入ってきていた。女子グループの威圧に音無君も心なしか怯んでいるように見える。


ていうか、何で皆は音無君が私の告白を断ることに否定的なわけ!?


「あんたごときに真志を振る権利があると思ってんの?」


「な、何言ってるのよ美奈子!」


これじゃまるで、私が本当に音無君のことを好きでいるみたいじゃない。


「音無君、真志、勇気出して告白したんだよ?傷つけるのは可哀想だと思わない?」


「詩子…」


一番口を出してほしくない人間がしゃしゃり出てきた。ていうか恥ずかしすぎていたたまれないんだけど。私を可哀想な立場にしてるのは間違いなくあなたたちだから。


「いや、そんなこと、急に言われても…」


そうよ音無君。皆の目力に屈しないで。きっぱり断ってくれていいから。


「あんた、わかってる?この機会逃したら一生彼女できないかもしれないのよ!?」


さすがにそれは失礼でしょ!今までどうだったかも知らないじゃないの。彼女いたことあったら、とんでもない侮辱だわ。


「い、一生…?」


揺らがないでよ音無君!てかやっぱり彼女いなかったんだね。


私の意見なんか無視で音無君とくっつけようとする皆に、段々腹が立ってきた。私は誰にも聞こえないくらいの音量で「いい加減にしてよ」と呟き、今度こそ怒鳴ってやろうと大きく息を吸い込み仲間に向かって口を開いた。


「付き合います!」


私の声は、音無君の放ったそんな一言に打ち消された。


「交際の申し込み…承らせていただきます」


何でそんな鬼気迫る表情で、武士みたいな堅苦しい口調で言うわけ。私と付き合うのは、命の危険を伴うものか何かなの。


「おめでとう真志~」


「カップル誕生じゃーん!」


手を取り合って白々しく喜ぶ彼女たちの顔面を原型止めなくなるまで殴って首絞めて殺してやりたいと本気で思った。


「どういうつもりよ…」


「だって、面白そうじゃん!」


「大丈夫。一ヶ月付き合ったらさよならでいいから」


一ヶ月も音無君を騙せって言うの!?そんなの、無理に決まってる。すぐに反論しようとしたけど「あとはお若いお二人で!」なんてほざいて、私と音無君を残して皆は帰ってしまった。下校時間を知らせるチャイムが鳴る。私たちは暫く無言で立ち尽くしていた。


「何か、ごめん…断った方がよかったよね…?」


先に沈黙を破ったのは音無君だった。私はハッとして隣にいる彼を見た。


「何か香椎、言わされてる感満載だったし。俺が思うにあの状況は…何らかの勝負事に負けた故課せられた罰ゲーム…」


「!?」


音無君の状況分析能力に、私はただただ唖然としてしまった。寸分違わず言い当てている。しかしその研ぎ澄まされた洞察力を持った理由は、何とも切ないものだった。


「俺みたいな人間はさ、常にイメトレしてるわけだよ。甘い話に引っ掛からないように、その裏に潜む様々な罠を想像するのさ…」


「そ、そうなんだ…」


余計に心が痛むようなことは言わないでほしい。ここは慰めるべきところ?…いや、地雷しか踏まない気がする。


「…ごめんね。まさに音無君の言う通りなの。教室から出て一番最初に会った人に告白するって言う罰ゲーム」


「マジで?全人類の中で一番付き合いたくない人間でなく?」


そこまで規模大きくして考えますか!彼、どれだけ自分に自信がないのかしら。確かにおとなしくてたまに一人で窓の外見ながらニヤニヤ笑ったりしてるところを見ると、ちょっと怖いなとは思うけれど。


「いや~それだけでも救いだったわ 」


「あはは…」


とりあえず苦笑いで返す。結構音無君も、重症なんだなぁと心の中で失礼極まりないことを考えた。


「んなことより、どうしようか。勝手にあいつらに、盛り上がられてしまったな…」


「本当にごめんなさい…巻き込んじゃって」


私が仲間に「音無君に罰ゲームであることをバラしてしまった」と素直に打ち明ければ済むことなんだろうけど、正直彼女たちの反応が怖い。「ノリ悪い」と不満をぶつけられるかもしれない。ここまでくると遊びの域を越えて、嫌がらせといっても過言ではない気がするけれど。


それに、また改めて罰ゲームを施行されるかもしれない。今度はとんでもない人物に告白をすることになってしまったらどうしよう。


「香椎も大変だね…俺が女子だったらあのテンションについていけそうにないわ」


音無君は哀れんだ目で私を見た。私だってとっくの昔からついていけてない。それでも関係を断ち切れないのは、私の心の弱さのせいで。


「あのね…実は期間が決められてて。一ヶ月だけでいいみたいなの」


なんて図々しい女だろうと自分でも思うけれど、これしかなかった。音無君に、私のわがままに付き合ってもらう。ここまで来たら逆に浅ましくなってしまおうかと思うのだ。中途半端に申し訳なく思うよりかは、潔いんじゃないかって。


「い、一ヶ月!?俺、生き延びれるかな…」


だから命の心配をするようなことではないと思うのだけれど。私はいったい彼に、どういう風に思われているのだろうか。


音無君はなかなか縦に首を振ってくれなかった。そりゃそうだと思う。何の縁もない私に、そこまで協力する謂れはないのだから。


「ごめん…変なこと言って。今までのこと、全部忘れて!」


無理やり笑顔をつくってみせた。やっぱり、関係のない人を巻き添えにするなんて間違ってる。こんな馬鹿馬鹿しいゲームに付き合わせるなんて、できるわけがないよ。


「まぁでも…形だけそういうことにしておくって手もある」


音無君は額に手をあて唸った。そうは言ってみたものの、やっぱりまだ葛藤があるみたいだ。彼の優しさに感動する反面、つけこんでしまおうかという悪魔の囁きが聞こえた。


でも、意外だ。音無君がここまで悩んでくれるとは。自分の不利益になることしかないはずなのに、私の気持ちに何とか寄り添おうとしてくれている。どうしてだろう。


「音無君…ありがとうね。本当に私、大丈夫だから。無茶をお願いしようとして、ごめんなさい」


さっきよりはうまく笑えた自信があった。だけど音無君はすごく辛そうな表情だった。


「見たくないんだよ。香椎が無理してるとこなんて」


その言葉は、私に対して怒りをぶつけているようにも思えた。なぜ、どうして。疑問符ばかりが頭に浮かぶ。


「音無君…」


「あ、えっと…今のは別に深い意味はなくて…ほら、俺が教室でぶっ倒れたとき!香椎に色々世話になったじゃんか。だからお前には感謝してるしそれに…」


言葉の途中で、音無君の口の動きがはたと止まった。心なしか顔色が段々悪くなってきているように見える。突然どうしたのだろうか。何か気づいてはいけないことに気づいてしまった。そんな風にも思えるけれど。


「ああ、うん。そうだよな。俺あん時の礼、まだしてなかったよな…」


「…あ」


墓穴を掘った。まさに今の音無君にぴったりの言葉だった。


「…罰ゲームに付き合うことって、借りを返すことになります?」


恐る恐る尋ねる音無君に、私は「充分なります」と即答した。


こうして私たちの取引じみた交際がスタートしたのだった。

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