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変な好きな人  作者: 相澤
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甘酸っぱい響き

ライオビットに嫌われたかもしれない。嫌われても仕方ないようなことを、私は勢いに任せてしてしまった。


詩子に嫉妬して勝手に癇癪を起こして、最終的には彼に甘えた態度をとった。嫌われたというより…引かれたかもしれない。冷静に思い返してみると、自分怖すぎる。不安定すぎる。


私は自分の席で頭を抱えた。穴があったら入りたい。ついでに二度と出てこれないように埋めてほしい。羞恥心とか通り越して絶望感がひたすら襲ってくる。


「真志おはよ~どうしたの?元気なさそー」


「ああ、菜穂。おはよう…」


友達の田中菜穂が心配そうに私の顔を覗き込んだ。高校に入って初めてできた友達だ。他の人たちと違って、菜穂はすごくさっぱりしていて、一番気兼ねなく付き合える子だった。お互いにつるんでるグループは違うけれど、こうやって私のことをいつも気にかけてくれている。


「ちょっとね…若気の至りと言いますか…」


「あはは、何それ!もしかして、例の好きな人?」


「…うん、まぁ」


菜穂は私が話したがらないのがわかると、それ以上は何も聞かないでくれた。人の気持ちを汲み取るのが彼女は上手だ。人間関係でヘマをしでかすのを見たことがない。自分の気持ちを他人に押し付けたりしないからだと思う。


それに比べて私は、何一人で突っ走ってるんだろう…ガキだな、自分。


「ま、話したくなったらいつでも聞くから。あんまり一人で抱え込まないでよ?」


「うう…ありがとう…菜穂大好き」


涙声でそう言うと、菜穂はケラケラ笑いながら「何言ってんの」と私の額を小突いた。


「そだ、話変わるけどさ。真志って、玩具屋さんなんかに通ってんだってね」


「…は?」


「さっき詩子が話してたの聞いちゃった。そこに変なマスク被った店員がいて、仲良さげだったって」


菜穂の言葉に、一気に血の気が引いた。すぐさま「詩子は?」と尋ねると、菜穂は不思議そうな顔をしながら「廊下にいるよ」と教えてくれた。私はお礼を言うのも忘れて教室を飛び出した。


「詩子!」


仲間と駄弁っている詩子を呼ぶ。詩子は呑気に手を振り「おはよー」と言った。


「あ、そうそう!さっきまで真志の話してたんだ~」


「私の話…?」


「そ。昨日玩具屋さんにいたでしょ?」


「ねぇ真志!私もライオビット?だっけ。その人に会いたい!」


その場にいた仲間が続々と「私も」なんて名乗り出たので、私は軽くパニックに陥った。ちょっと、一旦落ち着こう。詩子がよゐこ堂のことをバラしてしまった。そのお陰で、仲間が皆ライオビットに興味を持ち始めた。私に、彼と会わせてくれと頼んでいる。


結論は、最悪な事態だ。それ以外ない。


「私も写真撮り損ねたし、今度皆で行ってみよ~!いいよね、真志」


「ちょっと詩子…」


勝手に話を進める彼女に、さすがに怒りが抑えきれなかった。私は少し強めに詩子の腕を掴んだ。文句を言うつもり満々でいたけれど、詩子は冷たい視線で私を見返した。思わずギクリと心臓が鳴った。


「いいじゃん、これくらい言っても」


私にしか聞こえないくらいのボリュームで、詩子は低く声を出した。光を入れない真っ黒な瞳に、思わず気圧されそうだった。


「…でも私…言ってほしくなかった…」


「うん、知ってる。だから皆に教えたの」


「何それ…」


「さぁね~。光に直接聞けば」


どうしてここで光の名前が出るのか、その時はわからなかった。


だけど放課後、私は光に呼び出された。そこでどうして詩子があんな態度だったのか、漸く理解したんだ。


「真志。俺さ…やっぱりお前のことが好き。だから…半端に関係持ってた子とも、完全に縁切った」


誰もいない空き教室で、私は訥々と話す光の話を聞いていた。だけどうまく飲み込めなかった。私が聞きたかったことは、そんなことじゃなかったから。


「光。詩子に何を言ったの?」


「え…何で急に詩子?」


「昨日会ったんでしょ?」


「ああ…うん。あいつのことも、きっぱり振った」


光はしゃんと背筋を伸ばして言った。光の目を見れば、嘘はついていないのが容易にわかった。だって私たちは、小学校からの付き合いなんだから。


珍しく真剣な眼差しを送ってくれる光に、本当は私も誠実な対応をしなければならなかった。だけど全然嬉しくなかった。結果的に振られた腹いせに、詩子は私の嫌がることをしているのだから。光に怒るのは間違っている。頭ではわかっているのだけれど。


「…だから、なに」


「え?」


「他の女の子と縁切ってなんて頼んでないし。それによって私の気持ちが動くとでも思ったの?」


「俺はただ、正々堂々と真志を好きだって言えるようになりたくて…」


「それが迷惑なのよ!あんたを好きな子たちが、どんな目で私を見てるかわかってる!?」


歪んでいく光の表情に、心臓が押し潰されそうだった。彼の悲しみが痛いほどに伝わってくる。だけど一度堰を切ってしまえば止まらなかった。


「私はあんたのこと好きじゃない。この先も絶対ならないと思う。はっきり言って、諦めてほしい。私のこと」


次から次へと優しくない言葉が溢れ出る。完全な八つ当たりだ。わかっている。自分が最低な女になっていく自覚だって勿論あった。だけど昂りが抑えられなかった。本当に嫌だったんだ。私にとっての唯一が、奪われそうになる恐怖を味わったから。


「…ごめんな。迷惑だよな、やっぱり」


それ以上光の顔が見れなくて、私は俯いた。無理に明るく振る舞おうとしているのが、声音に出ていて余計に切なくなった。


「いや~久々に真志から強烈なパンチ食らったわ!さすがの俺もちょっとへこんだ」


乾いた笑いが教室に響いた。私は何も言えなかった。声を出したら涙が出てしまいそうだった。それに、ここで私まで謝ってしまったら、尚更自分が許せなくなる気がした。




店長さんは私が平日によゐこ堂に来るのを珍しがっていた。だから一層、私の様子の変化に気づいたのかもしれない。


「真志ちゃん。学校で何かあった?」


優しい口調で尋ねてくる店長さんに、私ははっきりしない返事をしながら訳もなくラジコンカーをいじったりしていた。だけど今日は、店長さんに聞いてほしいことがあったから来たのだ。勿論、ライオビットのことで。ここで渋っていたらいつまでも言えずじまいだ。


「うん…あのね。今度の休み、友達がここに来たいって言ってて」


「それはいい!歓迎するよ。君の友達なら」


「でも、ライオビットって人がいっぱいいるの嫌いでしょ?だから…」


店長さんはなるほど、と言いたそうに目を丸くした。そしてふんわり優しく笑って、表情とは全く不釣り合いなことを言ってのけた。


「真志ちゃん、彼を甘やかしちゃいけないよ。マスコットたるもの人が苦手でどうするの!」


「う…」


ごもっとも過ぎて何も言えない。だけど人付き合いが達者なライオビットはあんまり見たくない。あの気怠い雰囲気が可愛くてすきなのに。それに他の娘と仲良くされるのもやだし…。


「でも、私あいつに嫌われたくないんだ。私が大勢引き連れたら、口利いてくれなくなるかも…」


「真志ちゃんも、友達とここへ来るのは嫌なの?」


「…うん。学校の友達、本当はあんまり好きじゃないの」


いつも顔色うかがって空気を読まなきゃいけない。自然体でいれたことなんてない。だけどここで会う人たちは皆真心をくれる。だから私もありのままでいようと思える。


侵されたくないのだ。私にとって唯一のサンクチュアリを。


「でも皆は来る気満々なんだよな~…」


今さら変更は効かないだろう。まさか仲間があんなに食いついてくるとは思わなかった。私が玩具屋に通っているという事実がよっぽど彼女たちの好奇心に火を着けたようだ。


「そうかぁ…僕は全然構わないけれど、一応彼にも伝えておくよ」


「ありがとう。あと、ごめんねって私が言ってたことも伝えておいてくれたら嬉しい」


「わかった。…真志ちゃんは、ライオビットを大事に思ってくれてるんだね」


「そ、そんな…」


ただ、彼に嫌われたくないだけ。私と彼の二人だけの時間を、誰にも壊されたくないだけだ。




店長から話は聞いていたので、多少の心構えはしてきたつもりだ。香椎は随分申し訳なさそうだったと聞いて、気乗りはしないが態度には出さないでおいてやろうと誓った。


「うわ、マジだ!おい見ろ浩二、変な生き物いんぞ!」


ツンツンに逆立てた明るい髪。パンツが見えるんじゃないかってくらいにずり下ろされたジーパン。ギラギラのアクセサリー。がさつで遠慮の知らない太い声。


俺は聞いてない。野郎共まで来るなんて、聞いてないぞ。


「こんにちはー!やだ、何この顔~ウケるんですけど~」


だからそんなでかい声で言うなって。店長の心は繊細なんだぞ。下手したらチビたちよりも喧しい高校生集団の失言が、レジ打ちしてる店長の耳に入らないようなるべく店の隅にいるようにした。


「ちょっと真志!何でそんな離れてんのよー。紹介してよ」


「う、うん…ライオビット君、です」


何だそのよそよそしい態度は。まさかこいつ、俺のことちょっと恥ずかしいと思っているわけではなかろうな。態度に出さないとさっき宣言したばかりだが、やっぱり腹立つ。こんな状況にしておいてそれはないだろう。


「なぁ、そんなん被って顔蒸れない?」


「はげるぞー」


そう俺を揶揄してくるやつらは、川畑浩二と同じサッカー部の、中でも特にチャラついた面々だった。不快極まりないが、宮内がいないだけよかった。あいつどうやら香椎にコテンパンに振られたらしいから、一緒に遊べる精神状態じゃなかったんだろうな。


「つか全然喋んねーじゃんこいつ!」


「おいおい、やめろって」


ライオビットの頭をベタベタ触ってくる男に、川畑はへらへら笑いながら口だけで制止を促した。こいつらの目、嫌だ。単なる悪ふざけだってわかってるが、人を馬鹿にしたようなこの目。


「ライオビットは、喋らないのよ」


ちょっとムキになった様子の香椎が男たちに言った。一瞬面食らったやつらだったが、またすぐに可笑しそうに笑い出した。


「何で真志がそんな怒ってんだよ」


「怒ってなんか…」


「ていうかこの人ガリガリじゃない!?私より細いかも~」


何で女はすぐ腰に触ってくるんだ。そこは敏感なんだ、やめろ。いつもの俺なら女子に触ってもらえるなんて状況、心の中で密かに喜んでいるだろうが、さすがに疲れる。こんなに遠慮なしにされると。


子供たちだって、いつもはすぐ俺に飛び付いてくるのに、年甲斐のないお兄さんお姉さんにビビって居心地悪そうだ。大分営業妨害だろ、これ。


「触られるのも、苦手なんだってば」


「いいじゃん。別に嫌がってないよ?ねーラビオット」


名前も間違えてやがるし。本当何なんだこいつら。不躾にも程がある。いい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。


「真志って、この人に会いたくて来てるの?」


「えっ」


日比谷の一言に、明らかに川畑の目の色が変わった。何故か口ごもっている香椎を見ながら、日比谷は口角を持ち上げ尚も続ける。


「真志の好きな人って、実はこの店員さんだったりして!」


俺は冷静な頭で、「何言ってんだこいつ」と思った。だって香椎は俺の顔を見たことがないんだぞ。ライオビットのことは慕っているようだが、正体がこの俺だと知ったら百年の恋も冷めるってもんだ。


なのに香椎も笑って否定すればいいものを、顔を真っ赤にして狼狽えてる。おいまて。何でここにきてそんな反応するんだ。誤解されるだろうが。


「…真志。マジでこいつのこと好きなの?」


「はぁ!?浩二まで、なな、何言ってんのよ」


そうだぞ。真顔でそんなこと聞いても、コントにしか見えないぞ。


それでも川畑は、さっきまでとはうって変わり冷たい目で俺を見た。マスク越しでも感じた。やつが身に纏うどす黒いオーラを。


「うわ、浩二ってこんなやつに負けたわけ?」


「ちょ、爆笑なんだけど!」


彼らは日比谷の言葉が冗談であることをきちんと理解しているので、そうやって川畑をからかうことができたのだと思う。


しかし今の川畑には、笑えなかったようだ。川畑は「うるせーよ」と低い声で唸った。その場にいた全員が、様子の変わった川畑を察したようで言葉を詰まらせていた。


「真志、正気?こんな変なコスプレしてるやつのこと、本気で好きなの?」


「ちょっと…そういうこと言うのやめてよ。失礼じゃない」


剣呑な雰囲気の中で、日比谷だけが楽しそうに笑みを浮かべていた。ぞっとした。俺は何となくわかったんだ。こいつが、香椎を困らせようとしていることを。


香椎も店の中だから遠慮して、感情を抑えているようだった。だけど燃えるように赤くなっている耳と潤んだ瞳を見れば、激昂してるのは一目瞭然だ。


「何なのあんた?真志とどういう関係だよ」


川畑の怒りの矛先は、今度は俺に向いた。


どういう関係もくそも、ただの店員と客だよ。お前こそ何なんだ。香椎に振られたくせに、何を彼氏面してやがるんだ。


俺の怒りも結構ピークに達していた。顔も隠している。だからなのだろう。 普段は絶対考え付かないような「笑えない冗談」を、考え付くのみならず決行しようと思えたのは。


俺は香椎の腕を引いた。よろけながら俺の目の前まで来た香椎を、俺は背後から抱き締めて見せた。


「こんな関係ですけど何か?」と言わんばかりの態度でやつらに顔を向ける。香椎は驚きすぎたのか声も出せないようだった。俺はお前にもムカついてるんだ。これくらいの嫌がらせさせろ。


…嫌がらせってか、セクハラかな。これ。


「おま…なにして…!?」


わなわなと身を震わす川畑を見れたのは実に気味がよかったが、さすがに我に返り香椎の怒りを買う前に離れた。


「ダメ!!」


空気を裂くような甲高い声が聞こえた。皆一斉に声のした方を振り向くと、ちびっこたちが集まって険しい表情で俺たちを見上げていた。


「お兄ちゃん、ライオビットをいじめちゃダメ!」


「真志ちゃんのことも、怒らないで!」


わーわー言いながら川畑たちの足をぽかぽか叩くチビたちに、唖然とする一同。俺はそんな光景に思わず涙が出そうになった。こいつらは俺と香椎が、いじめられているように見えたようだ。年の離れた、しかもこんな派手な格好したやつらに立ち向かっていくのはよっぽど勇気がいっただろう。


「んだよこいつら…」


「なんかしらけた。帰ろうぜ」


興醒めした男たちが出口に向かっていく。女子は香椎とやつらを交互に見てどうするべきか惑っていた。


「…ごめんね皆。行っていいよ」


「でも、真志…」


「私は大丈夫。また学校でね」


香椎は無理やり笑顔をつくって仲間に手を振った。微妙な雰囲気のまま、結局よゐこ堂には子供たちと俺と香椎が残った。


「真志ちゃん…私たち、余計なことしちゃった…?」


「そんなことない!とっても嬉しかったよ」


申し訳なさそうな顔で立ち竦むチビたちの頭を香椎は撫でた。さっき仲間に見せていたのとは違って、本当の笑顔に思えた。


「寧ろこっちがごめんね。皆に嫌な思いさせちゃったね」


全力で首を横に振るチビたちに思わず声を出して笑いそうになった。こいつらは本当に、香椎のことが好きらしい。中には泣いてるやつもいて、手で頬を拭ってやろうとしたら「軍手臭い!!」と払い除けられてしまった。


うん…まぁ、そうだよな。ごめん。


「ライオビット」


不意に香椎に名前を呼ばれ、ビクッと肩が震えた。振り返った香椎の無表情さに俺は先程の愚行を思い出し、訴訟を起こされる覚悟を決めた。


しかし俺の心の内とは裏腹に、香椎は深々と頭を下げた。消え入りそうな声で「ごめんなさい」と呟いて。


「いっぱい迷惑かけちゃった。本当に…ごめんなさい」


涙声の香椎に逆にこっちが悪いことをした気分になる。「今度はライオビットがいじめたー!」なんて言われる始末だ。今気づいたが、怒りはいつの間にか消えていた。それなりにスカッとしたのだと思う。あいつらの顔を歪ませることができて。


いつまでも顔を上げない香椎の肩を掴み、無理くり上向かせた。瞳には零れ落ちそうなくらい涙が滲んでいた。すかさずメモを取り出し「気にするな」と伝える。


「私のこと…嫌いにならないで…」


香椎の言葉に何度も頷いてみせる。小さな子供をあやすように頭を撫でた。下手をしたらここらにいるちびっこたちよりも、香椎は手のかかる高校生かもしれない。




俺は見た目を裏切らず二次元が嫌いじゃなかった。色んな作品を今まで観てきた。その中には「美女と野獣の恋物語」を題材にしたものもいくつかあった。


日比谷が言ったあの言葉、強ちあり得ないことでもないと思い始めたのだ。香椎のライオビットに対するあの態度。そして必死さ。


香椎は、ライオビットのことが好きだ。マスコットとしてなどではなく、一人の男として。辻褄が合う場面が、思い返せば何度かあった気がする。


「香椎って意外に変人なんだ」という感想と「それが本当なら尚更よゐこ堂にいられない」という焦り。本気で辞めてしまおうか。綻びが出る前に。全てが手遅れになる前に。


「なぁ丸山くん。俺はどうしたらいいかなぁ」


「何がだよ」


もさもさと美味しくなさそうにお母さんの手作り弁当を食べる丸山くんに、俺は問うた。俺はどうしたらいいのかと。具体的なことを全く言わない俺に痺れを切らした丸山くんが、俺の足を思いきり蹴った。


「もったいぶってんじゃねーよ」


「おぐ…脛はダメ…ダメなのぉ…」


「キモい声出すな。で、結局なに?」


まともに声も出せないくらい痛かったが、早く用件を喋らないとまた脛キックを食らいかねないので俺は声を絞り出した。


「うん…あのさ。俺バイトしてるって言ったじゃん」


「ああ。玩具屋のマスコットだろ」


「うん。んで香椎いるじゃん?あいつ実はそこの常連なんだよね」


「へ~意外!そんで?」


「香椎がさ…惚れてるみたいなんだよね。俺に」


頬杖をつき流し目で決めた俺に、丸山くんは唾でも吐き捨てたそうな顔をした。


「頭大丈夫かお前」


「言い直すからそんな顔しないで。香椎がさ、俺がやってるマスコットに惚れてるらしいんだよ…!」


昼休みと言えど教室にも幾人か人が残っているので、熱量とは反比例に俺は声を抑えて言い切った。丸山くんはそれでも腑に落ちないようだった。わかっている。唐突にそんなこと言われたら、誰だって今の彼のようなリアクションをとるだろう。


「そんな漫画みたいな話があるかぁ?」


二次元大好きな丸山くんは三次元との境界線を人一倍はっきりと引いてるため、余計に信じられないのだろう。確かに今の時点では憶測の範囲を越えないのだが、根拠のない確信めいたものがじわじわと俺の中に湧き上がってきているのだ。


「とにかくそれが本当だとしたらさ、俺はこのままバイトを続けていけないわけよ。もし正体が俺だってバレたらどうする?」


「袋叩きか」


「そんな可能性も否めないだろうよ」


香椎を取り巻くやつらにボコボコにされるかもしれない。特に宮内とか川畑とかに。


「だから辞めた方がいいのかなって…」


「じゃあ辞めれば」


「他人事だと思ってそんなあっさり言う…」


「だってそうだろ。つかさ、お前が迷ってる理由は何?」


「そりゃ、楽だからだよ。喋んなくていいし顔も出さなくていいし。店の人も優しいし」


「ぬるま湯に浸かりやがって…お前はそんくらいの試練も体験しなきゃダメだ」


バーチャルでしか試練を潜り抜けてない丸山くんには言われたくない。お前はいいよ、実家の和菓子屋さん継ぐんだもんな。丸山くんは家柄もあって料理がうまい。お菓子だけでなく結構色んなものがつくれる。こないだなんか俺がリクエストした茸と栗の炊き込みご飯を彼の家で振る舞ってくれた。「嫁に来い」と言ったら熱々のしゃもじで頬をぶたれた。


「だって俺の高校生活が終止符を打ちかねないよ…」


「お前は今、辞めたくないって思いの方が強いんじゃないか?だからそんなうだうだ悩んでる」


「…うーん」


「大方、満更でもないんだろ。香椎が店に来てくれること」


「…そうなのかなぁ…」


確かに香椎が来ると疲れはするが、接するのはそこまで嫌じゃなかった。普段と違う香椎を見れるのは新鮮だったし、クラスメイトということを度外視したら彼女と話すのはそれなりに楽しかった。


それに思うのだ。今ここでバイトを辞めてしまったら、きっと香椎の心に傷をつける。自分のせいで辞めてしまったのだと、己を責めるだろう。


多分香椎は、俺がやってるライオビットだから好きなんだと思う。自惚れでも何でもないし、きっかけだってわからないけれど、そう思う。「お前の思い違いだよバーカ」という結果ならそれはそれでいい。


でも、あいつにとっての後味の悪さは、きっと俺にとってもそうなのだ。




「ね、勉ちゃん!授業中あいつ、俺のこと見てなかった?」


「あいつって誰」


「だからぁ、真志だよ!」


休み時間ごとに毎回同じことを聞いてくるのはやめてくれ。いい加減耳にタコができそうだ。心配しなくたって香椎はお前のことなんか一切見ていない。真面目に授業に取り組んでいるさ。


「そんな神経質にならんでも、今は普通に話してんじゃねーか」


「微妙に気まずいのよ~真志の笑い方も、愛想笑いって言うか…」


「知らんし」


お前と香椎のその後なんざ毛ほども興味ないわ。寧ろお前の顔見るたびに色んな意味でブルーになるから構わないでほしい。


「どうすりゃいいのかな~…せめてまた前みたいに戻れりゃいいんだけど」


「じゃあまた鬱陶しく好き好き言ってりゃいいだろ」


「それが原因で怒っちゃったんじゃん!俺のせいで真志は、他の女からやなことされてたみたいだし…」


「そりゃ、自分のことしか考えてないってことだろ。そんな女に拘る必要ないと思うけど」


無意識に宮内が香椎を嫌いになるよう誘導してる自分がいて、ぞっとした。香椎を悪者扱いするのはさすがに卑怯だろ、俺。


「そんなすぐ諦められたら、五年以上も片想いしてないよ」


「五年!?」


予想もしなかった数字に思わず声を張り上げた。そんな一途さ、キャラじゃ無さすぎる。


「だって初恋の相手なんだもん、真志は」


「初恋…」


なんて甘酸っぱい響きだろう。あのスケコマシ宮内が、汚れを知らない純情無垢な少年に見えた。


「だからなのかなー。真志に対しては、性欲的なもんが全然湧かねーの」


「おい。何でいきなり生々しい方向にいった」


「弁解したくて!俺が今まで他の女と付き合ったのは、ただの性欲処理だって」


「弁解になってねーから。尚更お前のこと軽蔑したから」


そのちゃらんぽらんさがなければ、本命の女にも好かれる可能性がちょっとは増すってもんなのに。勿体ないな。


しかし宮内が不憫に思えて仕方ない。好きな女に振られるばかりか、その女の想い人が得たいの知れないマスク被った男であると知ったら。


「どしたの。何で遠い目してんの勉ちゃん」


「いや…ところで、川畑とはどうなったんだろな」


「ああ、あいつ?何か荒れてんだよねー。こないだ真志たちと玩具屋だか行ってから」


「そうなんだ…」


「んで、詩子が言うには!真志のやつ、そこの店員に恋してんじゃないかって話なのよ!!」


嘘だろう。こいつにまでその話いってんのかよ。いや、逆にいってない方がおかしいか。こいつだって一応仲間内なんだもんな。


「んで俺こっそり、その玩具屋に行ってみようと思ってんの!どんなやつか確かめるために」


ふざけるなよ。よゐこ堂に一番来てほしくないのはお前なんだっつうの。何とか説得して思い止まらせないと。


「いやいや、どこにそんな根拠があるのよ」


「今んとこないから確かめるんじゃん!勉ちゃんもついてきてよ」


「何でだよ!」


俺がついていったらお目当ての店員はいつまで経っても拝めないぞ。


「頼むよ~今日の放課後行こう!」


「いや、平日はどのみちいねーし」


「んじゃ土日に!」


「休みの日は香椎が来るから駄目だろ。はち合うぞ」


「う…それは困る」


しゅんと萎んだ宮内に、ひとまず安堵する。これならよゐこ堂に殴り込むのを思い止まってくれそうだ。


がっくり項垂れる宮内の肩を叩き「ドンマイ」と慰めの言葉をかける。


スイッチが切れたように暫く黙っていた宮内が、やがてその口を開いた。


「…ところでさ、勉ちゃん」


「ん?」


「お前何でそんなに、詳しいわけ?」


「へ…」


ゆっくりと顔をあげた宮内の目は、どす黒く濁っていた。


底知れない恐怖感の中で、俺はつい何分か前の自分たちの会話を頭の中で巻き戻した。


「おかしくね?何で店員が平日いないことも、真志が土日にくることも知ってんの?」


「そ、それは…」


弁明の余地もない。宮内よ。今まで散々、お前のことを馬鹿だ馬鹿だと思い続けて悪かった。


本物の馬鹿はここにいた。この俺こそが、真の馬鹿だったんだ。


「とりあえず一発、殴られとこっか」


宮内のとびきりのいい笑顔を最後に、お星様を散らしながら俺の視界はブラックアウトしていった。




デジャヴだ。目が覚めてすぐにそう思った。養護教諭が呆れ返った顔でベッドに横たわる俺を見下ろしていた。


「あなた…また宮内君に担がれてきたわよ」


「その宮内君に気絶させられました」


「随分強烈なパンチ食らったみたいね。ところで本人そこにいるけど、呼びましょうか?」


「え、いらな」


「宮内くーん!音無君目を覚ましたわよ!」


人の話を最後まで聞けよこのドS教師。ていうか俺の立場を考えたら、加害者とご対面させようなどと思えるか?あいつに止めを刺されたらどうすんだ。ああ、左頬が痛い。じわじわと痛みがきてる。


「勉ちゃーん。ごめんねぇ殴っちゃって」


へらへらといつもと変わらぬ笑みを携えてるのが余計に怖い。今は全く宮内の腹の中が読めない。ただひとつ、俺に強烈な憤りを抱いているのは確かだろう。


「み、宮内君…」


「そんな怯えた顔しないでよ!もう暴力奮わないから」


「ほ、本当ですか…?」


思わず敬語になる。信じられるわけがなかった。そんな貼り付けたような笑顔じゃ、全然安心できない。


「うん。だから勉ちゃんも、俺の質問に本当のこと言えよ?」


「は、はい…」


これから恐怖の尋問が始まる。俺はひとつ身震いした。


「まず、勉ちゃんは真志の行ってる玩具屋の店員なの?」


「…うん」


「ふーん。あっそう」


宮内はパイプ椅子に座ったまま、上半身を前後に揺らし出した。反動を利用して頭突きでもするつもりなのかと思ったが、徐々にその動きは止まっていき宮内はいよいよ核心をついてきた。


「で。真志は勉ちゃんが好きなわけだ」


「ちょ、それは語弊がある。そもそも俺、ライオビットって兎だかライオンだかわかんないキャラクターに扮してるもんで、顔も声も出してないしそれに…」


「言い訳がましい。もっと簡潔に話せ」


ベッドに蹴りを入れる宮内にビビって、「ひっ」と情けない声をあげてしまった。恐怖に苛まれた俺はシーツを握り震えながら口を開いた。


「だからそのぉ…わかんないんすよ俺も…ただ、そうじゃないかなぁと思う部分は、いっぱいあってぇ…」


イエスかノーかでは、はっきりとは判断がつかないのだ、今は。だけど中途半端な答えじゃ宮内は逃してくれない。しかしどう答えても修羅場しか待っていない気がする。


「んだそれ…じゃああれか。音無は俺のこと、心ん中で笑ってたのか」


「ち、違う!」


「普段俺にムカついてる分、優越感にでも浸ってたんだろ。人知れず」


ムカつかれてる自覚あったんだ…だったらもっと俺を思いやってくれてもよかったんじゃないか。


確かに教室じゃ見れない香椎を知ってる分、多少は「ざまぁみろ」という思いもあったが、それはこいつの日頃の行いのせいだと主張したい。


「…悪かったよ。不愉快な思いさせて」


色々納得いかない部分はあるが、これ以上宮内を怒らす理由もないし、もう痛くされるのも嫌だ。早々に気を鎮めていただこう。


「怖くて言い出せなかった。特にお前には、キレられるのわかってたから」


「じゃあ何で、俺が真志のこと好きだって知った時点でバイト辞めなかったんだよ。今でも続けてんだろ?」


「それは…」


「わかった。最後に一個だけ聞かせて。答えはハイかイイエしか許さない。勉ちゃんは、真志のことが好きなの?」


一番問われるのを恐れていた質問だった。やはり聞かれるのか、それを。


曖昧な返事は受け入れてもらえない。ならば答えは一つしかなかった。俺は頷き「うん」とはっきり言った。宮内の気迫に押し負かされたからではない。遅かれ早かれ自覚してしまうだろうと思ったんだ。


このままいったら多分俺、香椎のこと完全に好きになってる。

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