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変な好きな人  作者: 相澤
3/11

かぼちゃプリン

今日はよゐこ堂で、奥さんのお菓子作り教室が開かれる日だ。ハロウィンの季節と言うことで、作るものはかぼちゃプリンに決まった。


店に入れば子供たちが既に何人か集まっており、ライオビットと戯れている最中だった。彼が一方的におもちゃにされてると言った方が正しいかもしれない。


私は薫子ちゃんの両親である佐和夫妻と一緒に訪れていた。ママさんの腕の中で静かに寝息を立てている薫子ちゃん。可愛くてしょうがない。


「なっつかしいな、ライオビット。俺が子供の頃は、女の人だったよ」


「え、そうなの?ていうかライオビットって性別どっちなのかな」


「店長さんに聞いたら、そこまで考えてなかったって。でも実はあいつの頭、雌ライオンじゃなくて鬣のとれた雄なんだってさ。子供たちが怖がらないように、わざとそうしたらしい」


「そうだったんだ…」


パパさんが語るライオビットについてのトリビアは、結構な衝撃を私に与えた。でもどうせなら、もっと愛くるしいキャラクターを考えてくれてもよかったのではないかと思う。うさみみの生えたライオンなんて、ちょっとしたモンスターに思えてしまうよ。


「そういえば、薫子ちゃんはかぼちゃプリン食べれるの?」


「最近離乳食始めたばかりだから、もうちょっとかな。それまでには完璧に作れるようにするつもり」


「ママさん料理上手だし、楽勝でしょ!」


「でもお菓子作りって、ちょっとのズレが失敗に繋がるからなぁ~」


それはよくわかる。昔ゼリーを作ろうと思っていたのに、出来上がってみたら何故か普通のジュースになっていたことがある。私ってセンスないんだなぁとしみじみ痛感した。


「早く薫子ちゃんと一緒に、お菓子作ったりしたいな~」


薫子ちゃんのぷにぷにのほっぺを人差し指で軽くつつく。少し眉をしかめてモグモグ口を動かす愛らしい仕草に、顔の筋肉がとろとろに緩んだ。


「真志ちゃん。いつもこの子に玩具買ってくれて、ありがとうね。最近、よくお人形なんかで遊ぶようになったの」


「そうなんだ!いっぱい買っちゃって迷惑かなとか思ったんだけど…」


「全然!今度お礼させてね」


寧ろお礼をさせてもらってるのは、私の方だ。だって兄弟のいない私にとって、薫子ちゃんは最大の癒しなのだ。自分がお姉ちゃんになったような気分を味わわせてくれる。それに、こんなこと思うのはどうかと思うけど、よゐこ堂に訪れる理由も作れるから。


「人、増えてきたね」


近所のお母さん方が、子供をつれてよゐこ堂にぞくぞくと集まり始めた。賑やかになっていく店内で、ライオビットは黙々と奥さんの手伝いをしていた。普段は子供たちに囲まれている楕円のテーブルが、お菓子の材料で埋まっていく。


ライオビットは、人が沢山いるのが苦手なのかしら。手伝うことを理由にして、逃げるように何度もバックヤードに引っ込んでいるように見えた。もともとマイペースでテンションが高くないことはわかっているけれど。


「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます!準備もできたし、お菓子作りを始めたいと思います」


ちびっこたちの元気のいい返事が谺する。丁寧に指導してくれる奥さんに倣い、私もママさんと協力しながら生地作りに挑んだ。きっちりと定められた分量を、狂いなく混ぜていくのは意外に神経を使うものだ。面倒くさがりな私はいつも感覚で調理してしまうので、そこが一番の反省すべきポイントだ。


暫くして、パパさんに預けられた薫子ちゃんが目を覚ました。不思議そうに周りをキョロキョロと見回している。私は一旦手を止め、いつの間にか完全に気配を消したまま店の隅っこでボーッと突っ立っているライオビットのもとへ駆け寄った。


「来て来て!薫子ちゃんにあんたを紹介したいの」


ライオビットはジェスチャーで“泣かれるからいい”と私に言った。確かに、私も小さい頃はこのビジュアルをなかなか受け入れられなかったけれど、ここに通う子供たちは何だかんだでライオビットを好きになるのだ。私だって方向性は違うけど、彼のことが大好きだから。薫子ちゃんにも同じものを好きになってもらいたい。


私は強引にライオビットの腕を引っ張り、パパさんのところへ連れていった。その腕の中の小さな存在を認めるなり、ライオビットは気まずそうに俯いた。多分今まで、不本意に赤ちゃんを泣かせてしまってきたのだろう。気の毒だけど、赤ちゃんの気持ちの方がわかってしまう。


薫子ちゃんは怯えこそしなかったものの、やはり不思議そうにライオビットを見ていた。それから視線を移し、パパさんに「誰こいつ」と言いたげな眼差しを送った。


「よゐこ堂のアイドル、ライオビット君だぞ~」


パパさんの紹介にライオビットは後ろで手を組みながら軽く会釈した。ちょっとはマスコットらしい動きしなさいよね。


「あーう」


薫子ちゃんはライオビットに手を伸ばし、声を発し始めた。言葉にはなっていないけれど、きっとライオビットに興味を持ってくれたのかもしれない。


「抱っこしてみるか?」


パパさんがそう尋ねると、ライオビットはおずおずと両手を出した。慎重に薫子ちゃんを抱き上げようとするその光景に、私まで緊張してしまった。


ぎこちなくてちょっとおかしな抱き方でも、薫子ちゃんは泣いたりしなかった。ライオビットのマスクを小さな手でべちべち叩いたりしている。ライオビットは助けを求めるかのように、私を見つめ出した。私は心を鬼にして、知らないふりを極め込んだ。


「うちの子、重いだろ?生まれたとき4000gあったもんなぁ」


「4000gって、赤ちゃんの中じゃ大きい方なの?」


「勿論。他の赤ちゃんと並んだとき、薫子の方が一回りも大きかったよ」


「そうなんだ~でも真ん丸で可愛いよ」


薫子ちゃんを落とすまいと必死だったのか、私とパパさんが話している間どんどん背が海老反りになっていったライオビットがさすがに可哀想になり、私は薫子ちゃんの抱っこを代わってあげた。緊張から解放されたライオビットはまたいつもの猫背に戻り、バックヤードに逃げてしまった。


「はは、あいつ子供嫌いなのかな。あんな無気力なライオビット、初めて見たよ」


「何かごめんね…悪いやつではないんだけどね」


「たまにはああいうのがいても良いんじゃないか?チビたちは、気に入ってるみたいだし」


「うん…」


それはやっぱり、ライオビットの優しさが何だかんだで伝わっているからだと思う。買い被りすぎかな、とも思うけれど、人を和ませてくれる雰囲気を彼は持っている気がする。そう感じるのは私だけかな。




出来上がったかぼちゃプリンはとても美味しかった。そりゃそうだ。だってほとんど、ママさんに作ってもらったのだから。私はメモするだけして、調理の方は申し訳程度に行った。


でも、手順は記録したわけだし今後は多分一人でも作れるはずだ。まぁ最初は念のため、ママさんに監督してもらうつもりだけど。


そういえば、結局ライオビットは食べれたのかしら。バックヤードに引っ込んだっきり帰ってこなかったおかげで「働かざる者食うべからず!」と奥さんに言われていた。奥さん、普段はほのぼのしてて優しいけれど、そういうところは結構厳しいから。


今度私が手作りしたものを差し入れてあげようかな。甘いものは平気なのかしら。あいつのことだから、貰いたくないときははっきり意思表示をするはずだ。少しは気を遣えよとも思うけど、好き嫌いは把握しておきたい。


「何が好物かな…」


ベッドに寝そべり、枕の上に座らせた兎のぬいぐるみをつつく。ライオビットから貰ったぬいぐるみ、毎日枕元に置いて眠っている。彼が夢に出てきてくれるんじゃないかと小学生みたいな期待もしているけれど、そもそも夢自体あんまり見ない体質なのだ。自分の眠りの深さを呪いたい。




朝早くから仕込み、諸々の準備を手伝ったのに!という必死の訴えも虚しく、俺は終ぞかぼちゃプリンを食わせてもらえなかった。奥さんは鬼だ。俺が人見知りなのを知ってくるくせに。あんな初対面の人がわらわらいる中で、平然と過ごせるわけがないだろう。


店長は、「家内は勉くんにも楽しんでほしかったから、拗ねてるんだよきっと」と言っていた。楽しめるかよ。俺は作るより食す側なんだ。奥さんはお菓子作りが誰にでも楽しめるものだと思っているようだ。人には向き不向きと言うものがあってだな。


「勉ちゃんおはよ~!」


「おふっ!!」


背後から強い衝撃を受け、俺は激しくむせた。我がクラスきってのお調子者である宮内のバカヤローが俺の背中を思いきり叩いてきたのだ。香椎がライオビットに挨拶するときの衝撃そのままだ。


「…お前と香椎、相性いいかもな」


「え、何朝から嬉しいこと言ってくれてんの?」


「羨ましいよその能天気さ」


「今度はバカにされた!」


馴れ馴れしく肩を組み耳元で大声で喋る宮内に、一発握り拳をかましてやりたい。まぁ俺のパンチの威力なんざたかが知れているがな。


「それより聞いてよ~真志がさ~俺のためにお菓子作ってくれたんだって!」


「お菓子?」


「そ、かぼちゃプリン!正直かぼちゃ大嫌いだから食う前からガクブル!でも真志の為なら余裕で食えちゃう!」


「無理するなよ…」


心なしか顔が青いぞ。それより、そうか。香椎のやつ、早速一人で作ったのか。昨日はよっぽどうまくできあがったのだろうな。ていうか宮内の為に作ったってのが意外だったな。興味ない素振りはフェイクで、案外宮内のことが好きだったりして。


「おっはよ真志!お前の手作りお菓子食べたくて早く来ちゃった!」


俺をつれたまま一軍グループのところまで行くのはやめてほしい。そして俺の机は相変わらず女子のケツに陣取られていた。何で椅子に座ってくんないのかなぁ。しかも美人ならともかく、決まって化粧バリバリのケバ女に座られてんだよなぁ。


「ああ、おはよ光。音無君もおはよ」


「あ、は、はい…はよっす」


だから狼狽えるなって俺。童貞感丸出しじゃねーか。香椎も、いちいち俺なんかに話しかけてくるなよな。


「ねーねー頂戴!真志特製のかぼちゃプリン!」


「もう、気が早いな~まぁ生物だし時間が経つとアレか」


「え、真志、光にお菓子作ったの?」


「いつからそんな関係になったんだよ~」


「そんなんじゃないって。毒見よ」


何か今、結構ひどい単語が香椎の口から出てきた気がするんだが。そのさっぱりした表情を見る限り、照れ隠しとかでなく本気で言っているようだ。どうでもいいが、未だに宮内に肩を組まれてる俺は、ここにいる奴らにとっちゃ完全に空気と見なされているらしい。多分当の宮内も、すぐ傍にいる俺の存在を忘れかけている気がする。


「じゃじゃーん。ちょっと甘くなりすぎちゃったかもしれないけど、ビギナーにしてはまぁまぁかな」


小さなケーキ箱から取り出された“物体”に、その場にいた全員が息を飲んだ。「これはかぼちゃプリンなの?」なんて次元の話じゃない。「これは本当に食べ物なの?」。


どぶに棄てられたスライムのようなものがカップの中に収まっている。臭いも今まで嗅いだことのないような、鼻をつーんと震わす刺激臭だ。


これが食べ物だとするのなら、きっと魔界でしか売られないものだろう。毒見っつーか、もうこれ毒を食わす気だろ。


「ま、真志…これってさぁ…材料かぼちゃだよねぇ…?」


「当たり前じゃん。かぼちゃプリンなのに、他に何を使うって言うのよ」


「ですよね…」


大丈夫か宮内。段々身体が震えてきてるぞ。


「ほら、さっさと食べなさいよ。あーんしてあげるから」


「うぐっ…!」


目の前には物体をスプーンで掬い、己の口に運んであげようとしている香椎。これを逃すときっとなかなか出会えないチャンスだ。しかし口に含んだ瞬間、自分の内臓が悲鳴を上げるに違いない。かつてないジレンマに苛まれ額に脂汗を滲ませている宮内の背中を、俺は懸命に擦った。


「い…いただきます…!!」


覚悟を決めた宮内が、物体にかぶりついた。あんな武将のような表情をする宮内を見るのは初めてだ。俺は心の中で合掌した。


「どう?美味しい?」


「は、はい…おいひいれす…」


嘘をつけ嘘を。全然飲み込めてないぞ。ていうか涙目じゃねーか。


「よかったぁ!うまく作れたみたいね」


香椎も少しは察してやれよ。多分今の宮内、三途の川を越えようとしているとこだから。




なぁ宮内。初めてだよ。まさかこの俺が、お前に同情する日が来ようとはな。


「ライオビット。私、かぼちゃプリン作ったんだ。あんたにあげる」


可愛らしく頬を染める香椎はさながら天使のようだが、俺は知っている。こいつの手作りお菓子を食べたが最後、地獄に突き落とされることを。目の前でその被害者を見たのだから。


「結局奥さんに食べさせてもらわなかったんでしょ?だから可哀想だと思って。別にそんな深い意味はないから!」


こいつを食わされそうになっている今の俺の方が可哀想だ。宮内の野郎、確かに同情はするが、あいつが正直に「不味い」と言ってくれさえすればこんなことにはならなかったのに。香椎のやつ、妙な自信をつけちゃってるじゃないか。


「そういえばあんた、かぼちゃ平気な人?」


香椎の不意な質問に、俺はピンと閃いた。この場を切り抜けるにはこれしかない。「かぼちゃ食べれません」アピールをするのだ。俺は全力で首を横に振った。


「だ、駄目なんだ!そっか…だからこないだも参加しなかったのね」


俺は今度は縦に大きく頷いた。あからさまに落ち込んでいる香椎に心は痛むが、俺だって自分の命は惜しいのだ。


「なら仕方ないか。子供たちにでもあげようかな」


踵を返した香椎の両肩をがっちり掴み、俺は彼女の歩みを止めさせた。聞き捨てならんぞそれは。さすがにチビに地獄を見せるわけにはいかない。


後ろから例の物体が入っているであろうケーキ箱をとりあげる。香椎は不思議そうな顔で背後の俺を見ていた。


「何よ。かぼちゃ駄目なんでしょ?」


俺はメモ帳を取り出し、“せっかく作ってくれたから”と書いた。暫く怪訝な眼差しを向けられたが、香椎はふっと破願した。


「あんた、そんな気を遣えるやつじゃないでしょ」


お前に気を遣ったわけじゃない。子供たちの未来を壊すわけにはいかないだろう。いつの間に俺にはそんな使命感が芽生えたのだろうか。


「…ありがと。どうしても無理なら、食べなくて大丈夫だから」


俺だって悪人じゃないんだ。そんな台詞を言われたら、逆に食べざるを得なくなる。


結局俺は、香椎から貰ったかぼちゃプリンを家で食した。その日の夜は、一生トイレから出られないんじゃないかと本気で思った。




「どうした音無。顔真っ青だぞ」


「ああ、大丈夫。昨夜ちょっと生死をさ迷っただけだから」


「大丈夫じゃねーだろそれ」


丸山くんは飲め、と言って水筒のお茶を差し出してくれた。例の物体のあの味を忘れようと、俺はひたすらお茶を飲んだ。半分以上飲んじゃって丸山くんにビンタされた。おまけに余計に気分が悪くなった。


「食いもんにあたったりしたのか?」


「まぁ、そんな感じ…」


「それは気の毒に。で、何食ったんだよ」


「かぼちゃプリン…」


「あたる要素あるか?」


もうあたるなんてレベルじゃないけどな。香椎には二度と調理をしてほしくない。これ以上俺や宮内のような犠牲者を出さないためにも。


「おっはよ勉ちゃん!」


「あぐっ!!…宮内テメー、毎度背中叩くんじゃねーよ!リバースするとこだったろ!」


「やだ~汚い勉ちゃん~てか顔色悪すぎ!変なものでも食ったんでしょ」


お前と同じもんだっつうの。わかるだろ俺のこの苦しみが。危うく目の前の丸山くん目掛けてゲロシャワーを降り注ぐところだったぞ。


「…お前ら最近、仲良いのな」


「は?誰と誰?」


「お前と宮内だよ。タイプ全然違うじゃんか」


「え、何、嫉妬?」


「悪いかよ…」


いつもは冷めてて俺に暴言ばかり吐く丸山くんが、珍しく寂しそうな顔をしている。そんなに俺のことを盗られるのが嫌なのかと思うと、正直うすら寒さも感じるが、飼い猫に漸くなついてもらったような感動も覚えた。


「安心しろ丸山くん。俺の一番の友達は、お前だぞ」


「え、きも、いきなり何?」


「へ?いやだって、宮内に嫉妬したって…」


「馬鹿野郎かお前。俺はなぁ、ムカつくんだよ!宮内と仲いいことでどさくさに女と話してるお前のことが!!」


「そっち!?」


そもそも俺、宮内と仲良くないのに!おまけに話してるって言ったって、香椎についでとばかりに挨拶される程度だし。


ていうか普段は女に興味無さそうな素振りしてるくせに丸山くんたら。ものすごく格好悪い。


ところで、後日よゐこ堂にかぼちゃプリンの感想を聞くため訪れた香椎に、はっきりと「才能ないよ」と伝えてやった。胃液を逆流させる勢いで、香椎は俺の腹にアッパーを食らわし帰った。




最近では休日は決まってよゐこ堂に出向いていた私だけど、今日は久しぶりに浩二と二人きりで出掛けていた。正直、若干の気まずさはある。告白されてからは初めてのツーショットだから。


会話に詰まるということはないんだけれど、何となく探りあっていると言うか。違和感があるのだ。


「次どこ行きたい?真志」


「え?えっと…クレープ食べたいな!」


「はは、また食いもんかよー」


「えへへ…」


本当はもう帰りたい。すごく気を遣ってしまう。だったら断ればよかった話なんだけど、そんなことしたら意識していることがバレて余計に気まずくなる気がした。


浩二は優しい。荷物を持ってくれるし、お金だって私に払わせない。顔もかっこいい。女の子達が浩二を好きになってしまう気持ち、同じ女としてすごくよくわかる。きっと自慢の彼氏になるだろうし、自分の株だって上がるだろう。


それでも私は、浩二と付き合う気にはやっぱりなれない。友達はそれ以上に見れないし、周りに羨んでもらうよりも好きな人の格好よさは自分だけが知っていたいという、嫉妬深いとこが私にはあるのだ。友達には意外だと思われるかもしれないけれど。


それに、変なキャラのマスコットに恋してる私なんて、相当な変態だ。浩二に釣り合うわけがない。浩二だってきっと、私に本気な訳じゃないと思うし。いい奴だけど、浩二に「深いもの」を感じれないのだ。別に彼が薄っぺらい人間だと言いたいんじゃない。何ていうか、誰に対しても上辺だけというか、腹を割っていない気がする。浩二は。


「そういえばさ。こないだの返事なんだけど…考えてくれた?」


「!!」


おふぅ…不意討ち過ぎるでしょうよ。クレープ食べに行こうとしてるこのタイミングで聞いてくるかな。


告白受けて以来、その話題が来るのも初めてだったから、どう返せばいいのかわからない。答えは決まっているけれど、伝えてしまったら私たちの関係はどうなるんだろう。友達のままでいられるだろうか。そう思うのは、都合がよすぎるかな。


「…こ、浩二はさ。私なんかでいいの?」


「どういう意味?」


「や、だってさ!浩二ならもっと可愛い彼女ができるだろうし…私なんかじゃなくってもさ…」


何の反応も返してくれなくなった浩二に、私の声も段々小さくなっていった。中途半端なフォローを入れて、何とか気持ちを察してもらおうとしている。私は本当に汚い女だ。自分が悪者になることを恐れている。


「…困るよなぁ。いきなり友達だと思ってたやつに、言い寄られるの」


「え?」


「真志の気持ち、わかったよ。でも多分俺、なかなか諦めつかないかも。しつこくてごめんな?」


「い、いやいや!そんな…」


言わなくても私の気持ちを汲んでくれた浩二にホッとしてしまった。もう本当に自分に嫌気がさす。性格悪すぎて泣きそうだ。


「ごめんね…」


浩二が今一番聞きたくないであろう言葉も、思わず口から溢してしまうのだ。


「謝んなって。それにお前、好きな人いるんだってな」


「な、なぜそれを…」


「何か光が話してたぜ。泣きながら」


「あの野郎…」


誰でも彼でも話すなっつうの。しかも泣きながら、ってとこが更にウザい。


「羨ましいな~その人。香椎に想われてるなんてさ」


浩二が私を諦めると言わなかったことが、正直驚きだった。私に好きな人がいることも、知っている上で。まさか本当に、私のことを好きでいてくれてるのかしら。だったら尚更罪悪感は募る。


結局私は用事を思い出したと言って、クレープは食べずに浩二と別れ帰路についた。急に視界が悪くなったなと思ったら、頬に生温いものが伝った。袖で乱暴に拭い、私は目前に見えた自分の家を通りすぎ、ほぼ無意識によゐこ堂の門を開けた。


「いらっしゃい真志ちゃん。今日は来ないかと思っちゃった」


「こんにちは。さっきまで、友達と遊んでたんだ」


「そうなんだね。外は寒かったろう、今紅茶入れてくるよ」


「ありがとう」


店長さんの普段と変わらない優しさが、やけに胸に染み入る。また泣いちゃいそうだ。馬鹿みたい、私が泣く権利なんてないのに。


ライオビットは埃をかぶった玩具たちを丁寧に拭いていた。隅々まで綺麗にしたのを確認すると、満足そうにそれらを棚に戻していった。


「ライオビット」


名前を呼ぶと、彼はとぼけた顔を私に向けた。軽く手を上げてくれた。私も小さく笑って同じように手を上げた。


ライオビットは私を見つめたまま動きを止めた。それから徐に歩み寄る彼に、ギクリと肩が強張った。目と鼻の先にまでやってきたライオビットが、じいっと私の顔を覗き込む。それにしても影ができるとこいつの顔は迫力を増す。


「な、何…?」


ライオビットは私に“泣いてたの?”と尋ねた。私は慌てて目元を擦った。だけど湿り気はもう帯びていなかった。きっと、目が赤くなっていたせいだろう。それでも、気づいていたとしてもこいつのことだから気にかけてなんてくれないだろうと思った。


「…ちょっとね」


ライオビットは首を傾げた。理由を聞きたがっているようだ。


私は迷った。本当はどうして泣いているのか、全部教えてしまいたい。だけど私は、彼に慰めてもらえる、甘えさせてもらえることを期待してしまっている。浩二のことをダシにして悲劇のヒロインぶって、ライオビットに近づこうとしているのだ。


嫌だ。これ以上卑しい女にはなれない。


「私のこと好きだって言う男を振ったの。私って罪な女だな~と思ったら、泣けてきちゃった」


嫌みたっぷりに吐き捨てると、ライオビットは両腕を擦り震え出した。「こいつ寒いわー」と言いたいのが丸わかりだ。ピキッと額に血管が浮き出た私は、やつの華奢な腰に擽り攻撃をしかけてやった。


「そんなに寒いなら私が暖めてあげるわよ!ほらほら声出せ!」


ライオビットは私の手から逃れようと身を捩るが、力が抜けてしまっているのかろくに抵抗できないでいた。それでも必死に笑い声を堪えようとする姿に加虐心を刺激され、自分が泣いていたことも忘れて私はライオビットをいじめぬいた。




香椎はドSだ。確信した。泣き腫らした目でよゐこ堂に訪れたと思ったら、俺にあんなプレイを強要してくるなんて。そしてどうやら俺の弱点は、腰だったようだ。もう擽ったさ通り越して変な気分になっちゃった。出してはいけない声を出すところだった。


店長が戻ってくるとケロッと表情を変えて紅茶を啜っていたし、全く女心というのはわからんものだ。


「勉ちゃん聞いてよ!浩二が真志に、正式に振られたんだって!」


「あ?誰コウジって」


「二組の川畑浩二だよ。そいつも真志に告ってたんだけどさ~昨日振られたみたい」


川畑浩二…ああ、あのサッカー部のイケメンか。合同体育でよく女子がキャーキャー喚いてたな。俺と丸山くんは隅っこでずっと舌打ちしてたけど。


「よかったじゃん。ライバル減って」


昨日香椎が言ってたことは間違いじゃなかったんだな。ていうか何で自分で男振っといて泣くの?モテる女の気持ちは更にわからない。


「よかったけどさぁ。あいつ諦めねーとか言ってんだよね。しつこい男は嫌われるのにね~」


「宮内君に言われたくないと思うよ」


「えー俺そんなしつこい!?」


お前がしつこくなかったら、しつこさの許容範囲が広がってしまうだろうよ。ストーカーが大手を振って街を歩ける世の中になるぞ。


「ていうか勉ちゃんだって真志のこと好きなくせに~」


「だから好きじゃないって。いつまで勘違いしてんの」


「嘘だね、俺知ってんだから!毎朝丸山くんの席から、じっとキモい視線で真志のこと見てんの!」


「それは…」


それは未だに俺の席を占領する馬鹿女がいて、近くの席に香椎が腰かけていて、あいつと目が合ったらまたあの時みたいに女を退かしてくれるんじゃないかと思っているからであって。強く念を送っているせいで恐ろしい目付きになっているのは百も承知だが。


「俺の机、いつもお前の女友達に座られてるだろ。それを見てたんだよ」


「ああ、裕子のこと?あそこちょうど仲良い女子で固まってるとこだもんな~。よし、俺が先生に直談判して席替えさしてもらうよ!」


「ほ、ほんと?」


そんなことができるんだとしたら、グッジョブすぎるぞ宮内君。これでようやっとこいつと離れることができるし、俺の席に女子が群がることもなくなる。


「おうよ、任せとけ!」


「ああ、任せた」


俺は宮内とがっちり握手を交わした。このときばかりは、宮内が救世主のように思えた。そう、実際に席替えが行われるまでは。


俺はすぐに思い出したのだ。今までこいつが、俺に悪いものばかりもたらしていたということを。


「よろしくね、音無君」


俺は窓際の、一番後ろの席を期待していた。そして担任から指定されたのはドンピシャで理想の席だった。名簿順で呼ばれるため、俺は一人でわくわくしながら自分の周りの席が固められていくのを待った。丸山くんが近くに来てくれたらいいなぁなんて思いながら。


俺のすぐ後に香椎が呼ばれた。何と香椎は俺の隣の席となった。めちゃくちゃ気まずい。一応挨拶されたので吃りながらも返事したが、心臓はバクバクだった。


だって、よくよく考えたら俺と香椎の関係はとても気持ちの悪いものじゃないか?「音無勉」としての俺は香椎のことを何も知らない。しかし「ライオビット」としての俺は香椎のことを知っている。暴力的なことも、お菓子作りが壊滅的に下手なことも、子供好きなことも。


ずっと相談に乗ってくれていた優しいお巡りさんが、実は自分をストーカーしていた張本人だったみたいな。…ちょっと違うな。もっといい例えないか。


あれこれ考えていたら、順番はもう丸山くんまで来ていた。彼は俺の斜め前の席、香椎の前に指定された。


「おー友よ!よくぞ来てくれた」


丸山くんに握手を求めると華麗にスルーされた。何事もなかったように読書を始める丸山くんの、さらっさらのおかっぱ頭を俺は掻き乱した。


「っにすんだ馬鹿!」


「ちょっとひどいんじゃないの!?せっかく俺たち近づけたのに、もっと喜びを分かち合おうよ!」


「俺は嬉しくねぇ!」


「イチャイチャしてるとこ悪いんだけどぉ、通してくんない?」


揉み合う俺たちの間に割って入ってきたのは宮内だった。思わず目が点になる俺と丸山くん。宮内はどっかりと俺の前の席に腰を下ろし、キラキラした笑顔で振り返った。


「真志~!やっと俺ら授業中でも話せるようになったね!」


「話さないから。ちゃんと前向いて」


「何でだよ!?」


俺は思わず立ち上がり叫んだ。だっておかしいだろ。何でまたこいつが前の席にいるんだよ。香椎だって隣の席に来ちゃうし、これじゃ俺の悩み何一つ解決しねーじゃねーか。


「やっほー勉ちゃん。また前後ろになれたね。これからも俺に勉強教えてね!」


「ふざけんなよ…何でお前にとって都合のいい席になってやがるんだよ」


「んー…俺の力量?」


宮内はそう言うと、独身三十路の我がクラス担任、桃井花子にウインクした。桃井はあからさまに顔を赤らめ逆三角形の眼鏡を押し上げた。


あの女…普段はツンツンしてるくせに何メス豚の顔してやがるんだ。完全に処女を拗らせてる。てか好きな人いるくせに担任にモーションかけんなよ宮内も…。


「勉ちゃんの希望も汲んであげたじゃない。窓際の席だし、丸山くんとも近いし」


「いやでも…」


俺は横目で香椎を見た。俺の視線に気づいた香椎は、不思議そうな顔でこちらを見返した。


「あ、もしかして勉ちゃん、あのこと気にしてる?」


「あのこと?」


「ほら、席替えする前、裕子が勉ちゃんの机に座ってたじゃない。あれが嫌なんだってさ」


確かに気にしていることはそれなのだが、そんなにはっきりでかい声で言ってほしくなかった。万が一本人の耳に入ったらどうすんだ。ともかくそうだよ、香椎が隣だったら俺の席はまた女子に陣取られてしまうかもしれない。


宮内の話を聞き、香椎は思い出したように手を叩き頷いた。


「ああ、そうだったよね。ごめんね音無君。私から裕子たちのところに行くようにするから、大丈夫よ」


「あ…うん。すんません…」


香椎の気遣いで俺の杞憂は解決したが、同時に己の情けなさが改めて身に染みた。自分からは怖くて言えずに、女の子に頼るなんて。仕方ないじゃないか。一軍女子の、あの氷のような眼差しは恐ろしいんだ。まるで俺たち地味男をゴミ扱いしてるような、あの眼差し。


香椎の親切心が泣けるぜ。俺が今ライオビットの中の人だったら、思わず頭を撫で撫でしてあげてただろう。

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