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変な好きな人  作者: 相澤
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許すこと

ライオビットから貰った薔薇を一本一本手に取り眺める。笑みと涙が同時に溢れた。


彼に大好きと言ってもらえた瞬間、今まで生きてきて一番幸福を感じた。好きな人と思いが通じ合うのは、こんなにも胸が熱くなるものだと知った。


苦しさと切なさも勿論ある。これで私たちはもう、お伽噺のような恋に終止符を打ったのだ。そんな気がした。ライオビットから想いを告げられるということは、物語の最終ページを迎えたということだ。きっと、そうだ。


でも何だか、穏やかで爽やかな気分でいれている。この枯れない薔薇の花束が、じんわりと心に光を灯してくれる。


「大好きよ」


ライオビット。あなたが私を好きになってくれたことで、私はちょっとだけ自分に自信が持てた気がするよ。




「バイト、辞めようと思ってます」


俺がそう言うと、店長は口許にだけ笑みを浮かべながら少しだけ何かを考えるような素振りを見せた。


そしてパッと俺を見ると同時に、「勉強が忙しくなる時期だもんね」と言って寂しそうに笑った。


「実はね、店を畳もうと思ってるんだ」


「えっ」


予想もしなかった店長の言葉に、俺は自分から「辞める」と言っときながら絶句してしまった。寧ろ店長は、俺からその言葉を待っていたのだろうか。


「僕ら夫婦もいい歳になってきただろう?そろそろ、二人でゆっくりしていってもいい時期じゃないかってね。子供たちや真志ちゃんのことを思うと、とても名残惜しいんだけどね」


チビたちと香椎とここで過ごした日々のことが、頭の中で映画のように再生された。大変だったけど、色んなことがあったけど楽しかった。香椎への恋心を自覚してからは心臓がちぎれそうなくらい苦しかったけど、間違いなくよゐこ堂での日々はスカスカだった俺に色を与えてくれた。


「ライオビット卒業と同時に、このよゐこ堂も幕を下ろすことにするよ」


朗らかに笑う店長のガサガサになった手を見て、本人は言わないがきっと体力の限界もあるのだろうなと思った。


疲れも見せずいつもニコニコしていた店長だったから、この人なら死ぬまで仕事しそうだと根拠もなく勝手に思っていた。今思えば、もっとこの人のために真面目に働けばよかったなと思う。




よゐこ堂の閉店セールでは、常連さんの惜しむ声が跡を絶たなかった。泣きながらライオビットに抱きついて離れない子もいた。


最後だって言うのにライオビットはやっぱり子供たちを軽くいなし、いつもと変わらず黙々と仕事をしていた。


「真志ちゃん、来てくれてありがとう。君はよゐこ堂にとってかけがえのないお客さんだよ」


「ふふ、こちらこそありがとう店長さん。私の歴史はよゐこ堂ありきですから!」


閉店すると聞いたときは、勿論悲しかったし自分の一部を取られてしまったかのように心にぽっかりと穴が空いた。


それでも、最後は「寂しい」とは絶対言わずに感謝だけを口にしようと決めた。ここでの日々は私の青春だ。いとおしくてたまらないものばかりをくれた、神様のような存在だから。


「閉店しても、うちに遊びにおいで。またケーキごちそうするから」


「勿論!…あ、私そろそろ帰るね。明日の課題が残ってるんだった」


「ライオビットに、挨拶してかなくていいかい?」


「うん」


多分、あいつと喋ってしまったら想いが溢れ出てしまう。それだけは避けたかった。私たちの夢物語は終わった。ライオビットの告白を、意味のないものには絶対したくなかった。


「…ふぅ」


店を出て小さく息を吐く。心臓がドキドキしている。もうこの感情とも、完全にお別れだ。寂しくてたまらないけれど、あいつの顔を思い浮かべるとやっぱり笑みしか溢れてこなかった。




もうライオビットになることもなくなった今、俺と香椎の今までの時間は完全に幻になったかのように思える。学校では挨拶を交わす程度になり、よゐこ堂でのことも、偽りの交際をしていたことも、全てが泡となって消えていった。日比谷達の嫌がらせも落ち着いてきている。


結局俺は終ぞ本当のことを明かさなかった。卑怯だと思う。だけど、これがお互いにとって一番の選択肢だった。お互い傷つかないための、唯一の道だ。


香椎に、ライオビットと一緒に過ごした日々を後悔してほしくない。


「ねー勉ちゃん聞いてよぉ!!なんか最近真志と浩二が仲良さそうなの!!やばくね!!?」


「ふーん。そりゃやばいなぁ」


黙々と一限目の授業の復習をしていると、宮内の情けない声が鼓膜を揺さぶった。興味のない振りを装い適当に返事をすると、そこから宮内の言葉は止んだ。妙に思い顔を上げると、ゾッとするほどの無表情がそこにあった。


「な…何だよ」


「お前さ…今真志のことどう思ってんの?」


「どうって…普通にクラスメイト」


宮内はピクリと眉毛を動かすと、いきなり俺の胸ぐらを鷲掴みした。


「俺のこと怒らせてぇのかよ。いつまで格好つけてるつもりだ」


「何の話だよ!お前は…俺にどうして欲しいんだよ!そもそも、関係ないだろ…」


俺がそう言うと宮内の手の力が緩んだ。その隙に宮内の手を振り払い、皺になった部分を乱暴に擦った。


「ごめん…お前には悪いと思ってる。でも、もう終わったんだ。なかったことにしたいんだよ…」


宮内のためを思う余裕なんてない。俺の気持ちなんてどうでもいいんだ。蓋をしておけばどうにでもなる。時間が経つにつれ忘れられる。


「音無…お前、何にもわかってねぇな」


「え…?」


宮内は言葉の真意は明かさず、一つ舌打ちして前を向いた。友人と話を終えた香椎が席に戻る。一目散に香椎に絡む宮内はおらず、柄にもなく机に教科書を並べる寡黙な男がそこにいた。




「いやー、しっかし詩子の切り替えの速さには驚くよな。俺が付き合おうって言ったらすぐオッケーしたんだから」


「浩二あんた…ゲスさが隠れきれてないわよ」


「隠してねーもん」


悪戯っぽく舌を出す浩二に呆れたため息をつく。詩子はあんなに光のことしか頭になかったくせに、今はどういうわけか浩二と付き合っている。


だけどそのお陰で私への嫌がらせがなくなった。もしかして私のために?なんて考えたけど、ゲームを楽しんでいるような彼にそれはないか、と思った。


「いいんだよ、高校生のうちはこれくらい適当で」


「…そういうもの?」


「そう。他人のクソみたいな部分も許して、自分のクソみたいな部分も楽しんだ方がきっと得だ。詩子と付き合うことで、楽しいことが生まれるかもしれない」


言っていることはめちゃくちゃで心がないように思えるけれど、浩二の表情は今まで見たこともないほど生き生きとしていた。


他人を許して、今の自分を楽しむ。簡単そうですごく難しいこと。だけどそれができた先には、見えなかったものが見えてくるのかもしれない。


「だから真志もさ。この先何かあったとしても、簡単に“裏切られた”と思わない方がいいよ。そこで全部を拒絶したら絶対後悔する」


何かを暗示しているような浩二の言葉に、私は何の反応も返せなかった。胸がざわざわと、嫌な感覚がする。しかしそれは確かに顔を出そうとしていた。

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