俺とお前
人間は真に理解することもできなければ、真に理解されることも無い。理解しているつもりでも、本当は最も遠く離れていることがある。自分のことも真に理解することのできない私は、他人に理解されるはずがない。“理解”とは、何であろうか。貴方には解る?
お前は俺にそう聞いた。俺は何も答えなかった。俺にも解らなかったからだ。でも、お前は俺に質問した。俺にお前は何を求めているんだ?お前は、真に理解されることが無いとかいいながらも、俺に理解されたがっていたんだろうな。できるはずがないだろ?
お前はわかっていながらも、“理解”という、期待を心の隅に留めていたんだろう?バカな奴だな。お前は。そんなもの、さっさと捨ててしまえばいいのに。ましてや俺にそれを求めるなんざ…。お前はいつも俺に付きまとっていた。鬱陶しくなるぐらい。お前はいつも俺に付きまとうたびに、質問してきた。“愛”だの“真実”、“心”だの。
そんなこと、俺に聞いて、どうしたかったんだ?もちろん、俺は何も答えなかった。お前もそれはわかっていたはずだ。お前はいつも一人で話してたな。うるさいぐらいに。聞くなら、他の奴に聞け。とも思っていたが、俺は別にお前を拒もうとは思わなかった。お前も俺にしか、話さなかった。
お前は人形が好きだった。言葉も喋らなければ、表情も変わることが無い人形を。お前は人形と俺を重ねていたのか?全く…。俺はちゃんと言葉だって言おうと思えば言える。表情だって、変えようと思えば変えられる。全く。いい迷惑だ。お前は本当に、俺に何をしてほしかったんだ?
俺に何を期待してた?お前は、何度か俺に言った。『その人が死んだ後に、ある人はその人のことが解る時もあるかも。』ってな。何が言いたい?少なからず、“死んだ”ということは理解できる。っとも言ってたな。そんなかんじでお前は俺に4年間も付きまとってた。たぶんあの日がくるまでは、それは変わらなかっただろう。 そして、あの日、お前は俺の目の前で派手に死んだ。トラックに跳ねられて。お前、かなりブッとんでたな。お前は一瞬にして、死にかけになったな。俺はそんなお前と目が合った。お前は少しニヤつきながら俺に向かって口だけ動かしたよな。何て言いたかったんだ?ニヤつく暇があったら、お前の腹からとび出た、内臓に気をつかえ。
それから数秒のうちに、お前は死んだ。あっけないな。あの一撃じゃあ、まあ、しょうがないな。
その後、お前は霊安室に運ばれたよな。お前の家族、大泣きしてたな。それと同時に俺の顔を見て、驚いた顔してた。お前、俺に付きまとってたこと、家族に言ってなかったんだろう?まあ、お前がわざわざ言う性格だとは思ってはいないが。気まずかったから、その場から一時退散したけどな。俺も自分でわけがわからなかったな。何でわざわざお前の死に顔見に、足を運んだのかが。その後は、お前の家族が帰った後に、お前の死に顔見させてもらったけどな。全く、お前の親、5時間もお前の死体からしがみついて離れなかったぞ。まあ、そんなことは別にどうでもいい。俺はただ、お前の死骸を見て、お前が俺に言った言葉を理解しようと思っただけだから。俺は別にお前の“死”に対して何とも思っていない。だってそうだろう?いつ何時、何が起こるかはわからないし、いつ、どこで、どうやって死ぬのかもわからないだろう?だから俺は毎日、覚悟して生きている。明日には、俺がこの世にいないかもしれないことを。そしていつ何時、襲いかかる不幸も。他のことも含め、俺は覚悟している。お前もそうだろう?お前、ニヤついてたもんな。お前の死骸は冷たかった。言葉を発することもなければ、表情すらかえることのできないお前の死骸は、まるで人形みたいだった。 俺は理解しようとした。『“死んだ”ということは理解できる。』というお前のその言葉を。
残念だったな、お前。俺には理解できなかった。俺の脳がお前を知っている。“死んだ”ということを理解してほしかったら、勝手に人の脳みそに記憶残したままお陀仏しないことだな。どうしてこれが“死”なのかも理解できてないしな。お前は俺にとってのなんだったんだろうな。ただ、単純に体が動かなくなることが“死”であるというのであれば、お前と俺は本当に遠く離れてしまったことになるのだろうか。俺は………。お前にとってのなんだったんだ?2部――――――――――――――――――――俺は孤独だった。俺は昔から俺の心の中にそれが存在していた。ものごころついた時から。
俺には、2歳年下の弟がいた。しかし、弟とはいっても、血は繋がっていないが。俺の弟は近所でも評判の秀才だった。弟は、幼稚園の頃から、非常に頭の回転がはやく、社交的だった。挨拶はもちろん、ガキの頃からこまっしゃくれていた所があった。弟の成績は小学生の時も、中学の時も、高校の時も常にトップだった。親はそんな弟を溺愛していた。それとは逆に俺は全く期待されていなかった。それもそのはず。俺は弟のように毎回トップなんてとれやしない。そもそもトップなんてとったことがない。せいぜい全体の科目の合計順位は13位ぐらいだ。
おまけに弟は、運動神経も優れていた。弟は、中学のとき所属していたバスケットクラブの全国大会でキャプテンだったし、優勝した。皆が言うには、弟のその試合の時の働きぶりは凄かったという。スリーポイントをきめまくり、ダンクを連発していたらしい。それは、弟が高校になってからも変わらなかった。
スリーポイントにダンク……。俺にはできない。
そう、俺には、弟にくらべて全くといって良いほど、取り柄が無い。他の才能でも、全て弟に劣る。そんな俺が期待される筈も無い。そもそも、一応俺の両親となっている両親とは血が繋がっていないのだから。俺の本当の母親は今、俺の母親となっている女の妹だ。俺の本当の母親は俺が5歳ぐらいの時自殺した。俺の本当の父親が浮気していたらしい。結局、俺の父親は浮気相手を選んだ。俺の母親はそれを苦にして死んだ。
メンタルが弱いな。他人だしな。結局、夫婦なんてのは。
まあ、俺の本当の両親のことは俺はよく知らない。そんなかんじで俺は俺の母親の姉のところに連れてこられることになった。どうやら、姉と妹関係もよくなかったことを俺が中学の時、知った。夜にぶつぶつと俺の本当の母親の悪口を話しているのを聞いた。
まあ、鼻から俺が好かれるわけが無いわけだ。でも、正直俺にとってはそんなこと、どうでも良い。ただ俺は俺の中にある何か黒いもやに気をとられていた。それは――…“孤独”か。 俺は小・中・高と根暗だったかもしれない。友達もなく、なんの目標もなく、ただ生きているだけだった。どうしてみんな意味もなく笑っているのか不思議だった。ただ、俺は息をしていた。
俺は思う。俺が孤独を感じるようになったのは別にこの環境だったからではない。ただ、俺を真っ直ぐに見つめてくれる人物がいなかったからなのだと思う。そうしていつしか、俺は理解されることをあきらめた。そんな俺は大学1年の時、限界らしきものがやってきた。俺の中にある何か、黒いもやが俺の中をじわじわと支配しはじめていた。―苦しい。なんだ?この感覚は。
俺は死ぬことにした。そう、俺は死ぬ。
俺は大学1年生のある冬の夜、ロープを持って、誰も人が通りそうにも無い場所を探していた。もちろん、ロープは首を吊るためのものだ。家で首を吊るのでもよかったのだが、自分の醜い死体を義理の両親に見られるのが嫌だったので、やめた。
しばらくして俺は人が通りそうにも無い所にたっている、一本の大きな木をみつけた。俺はここで死ぬことに決めた。
俺はしばらくその大きな木を見つめていた。そう、ここで、俺はおさらばするのだ。この世から。
俺は自然と自分の目から涙を流しているのに気がついた。不思議だ。俺は泣いている。
―俺は死ぬ。俺は木の太い枝にロープを輪にしてかけた。もう、準備はできている。あとはロープに首をかけるだけだった。
俺は、すぐにロープを掴むと自分の首を輪の中にいれようとした。その時、俺はあるものと目があった。
「!!!!!!!……。」
俺は一瞬、心臓が驚きでとまりかけた。その時は、このまま、とまってくれたら。と、考える思考は俺にはなかった。
俺は最初、その目が合ったあるものが“人間の女の死体”に見えてしまったのだ。それは、冬の冷たい道路に横たわりながら目を見開いてこっちを凝視している。
「………………。」
よく見ると、それは大きさがちゃんとした人間の大きさの人形にもみえた。
―ラブドール……。嗚呼びっくりした。たぶん、このラブドールの持ち主はラブドールをちゃんとしたゴミ捨て場に捨てるのに抵抗があったから、この人気のない場所に捨てたんだろう。はあ、びっくりさせやがって。相変わらず、人形は黒い大きな目でこっちをじっと見つめている。俺はだんだん何か嫌な気分になってきた。人形とはいえ、自分の“死”の瞬間を凝視されるのは、なんだか俺がこの人形の見せ物になっているみたいで気分がよくなかった。
「…………(くそっ)。」
俺は渋々人形の顔の向きをあっちに向かせようと人形に近づいていった。その人形は俺が人形に近づくまでの間、ずっと俺と目が合ったままだった。
「?」
俺は不思議な気持ちと、薄気味悪くなった。が、とりあえず、俺は人形の顔の向きをかえようと手を伸ばした。
「何か?」
小さな暗い声が聞こえた。 「は?」
人形が喋った。いや、俺が今までずっと人形だと思って
いた、それは人間だったのだ。俺は自分の思いもしなかった事態に間抜けな声を出していた。
「……………。」
俺はその後の反応に困ってしまった。せっかく“死ぬ”覚悟を決めてこの世からおさらばできると思ったのに…。しかも、この女、いつからそこにいた?何故俺は気がつかなかったのだろう。
ああ…。もしかしたら、最初から全部見ていたのかもな。しかし、そんなことは関係ない。別のところに場所を移して死んでしまえばいいだけの話だ。時間を無駄にしてしまった。あと、自分の“死”に対する覚悟も。
俺が下を向いて黙りこんでどこに行って死ぬかを考えていると、女が話しかけてきた。
「死んじゃうの?」
女の静かな声が俺の耳に入ってきた。女の声は、別に俺の自殺をひき止めようとしている声ではなかった。ただ、俺に疑問を投げかけている声だ。「……………。」
俺は何も答えなかった。答えたからといって別に俺の考えが変わるわけでもなければ、この女に答える必要は無いと思ったからだ。 俺が何も答えないでいると、女は俺の顔を覗きこんできた。女と目が合った。女の目は真っ黒で、何も見えていないような目だった。ブラックホールのようだ。そのブラックホールの中に俺のしょぼくれた顔が映しだされている。俺は女の目から目をそらした。見るな。
それでも女は俺の顔を凝視し続けている。
この女は、さっきから何なんだ?俺のこの姿を笑いたいのか?観察したいのか?けなしたいのか?何がしたいんだ?
俺は女を睨み付けた。女はそれでも俺から目をはなさなかった。そのまま、その大きなブラックホールを俺に向けている。
「……………。」
「……………。」
しばらくの沈黙があったあと、女が口を開いた。
「貴方の目はとても綺麗ね。」
静かな声でそう言った。俺はこの女の意図が全く理解できなかった。それがどうした?何が言いたい?
「貴方、孤独なのね。」
女はそう言って少し悲しそうな顔を俺に向けた。
何も俺を知らないお前が俺の何がわかるというのか。「……………。」
俺は何も答えなかった。 女に対する嫌悪感もあったが、俺は別に反発する気持ちにならなかった。