❖本意の見えない男
良いのか?
コイツで・・・。
――奏 玲叔。
この名前を知らない官吏は、間抜けで使えない若い官吏か、怠惰で、私腹を肥やす事にしか興味のない、愚かで、名前だけの貴族官吏くらいだろう。
彼は今でこそ存在感は薄いが、僅か12歳でこの雹国の科挙に状元で合格した神童であり、現皇帝の腹違いの妹を貰い受けた男で、結婚したのは彼が14の頃で、一方の、当時は皇女だった現帝の妹は、まだたったの4歳だった。
「おや?これはこれは麗戸部尚書ではありませんか。」
噂をすればなんとやら。
目の前には、いつの間にか、相変わらずニコニコ顔の男、――玲叔がいた。
彼は誰にも媚びずに、ただただ平穏を愛し、いつも微笑みを浮かべている。
表向きは。
「今日も良い天気ですねぇ~。」
「曇りですが・・・?」
怪訝な自分の返事に、そうですかぁ~?と、のほほんと空を見上げる彼は、手に何やら包みを持っていた。
「でもいいじゃないですか。これなら明日にでも雨が降りそうで。今年は日照りもなさそうで一安心ですよねぇ~。」
その言葉に、ハッとさせられる。
確かに今年は日照りになりそうもなければ、害虫による農被害もまだ聞いていない。
(何処まで、見抜いている・・・?)
次期宰相と呼ばれている自分より、遥かに広い視野を持っている男。
「貴方は・・・、」
「あぁ、すみません。お忙しい所を呼び止めてしまって。私はこれで。」
引き留め、以前からの疑問を問い質そうと思えば、あくまでも、自然に言葉尻を切られ、春風のようにふんわりと笑み、脚を少し引きずり、何処かへと去っていく。
彼は良くお人好し、善人、出世から外れた役人だと、よく影口を叩かれてはいるが、真実、そうであれば、彼はここにはいないだろう。
「逃げられたか・・・」
「そりゃあ逃げるだろう。奴は貴族や俺達皇家が嫌いだからな。いや、憎んでいると言った方が正しいか。」
「・・・っ、」
一人だと思い、完全に気を抜いていたところに、突如として自分の言葉に返ってきた応えに、肩が揺れた。
こんな事をするのは、あの人しかいない・・・。
「陛下、私の心臓を止めるつもりですか?」
振りかえり、ぎろりと睨めば、唯一の主君と定めた主が、小さな童女(それでも立派な貴妃)を抱きかかえ、ニヤニヤしていた。
「奴を知りたければ、奴の家族に近付く事だ。なぁ、鈴霙?」
「・・・。」
皇帝に抱きかかえられたまま、コクリと頷く幼き妃は、そして何を思ったか、突然華の様に微笑んだ。
この時の自分は、この皇帝と、あの男の繋がりを知らなかった。
全てを知ったのは、狂うような恋に落ちてからだった。
しまった、名前を出し忘れた!!