星読みの巫女
ヤマノ国には王家とは別に建国当初から続く一族が存在していた。
その一族は国の根幹に関わるあることを司っていると言われている。司っていると言われているが、詳細は良くわかっていない。
一族が踏襲しているはずの爵位/家系(分家を含めての人数)/何を行っているのか……何もわかっていない。だが、確実にソレは存在しているのだ。
ここはヤマノ国の最高学府である。ヤマノ国立学園ホール。
今日は学園の卒業式。式も終わり、恒例のダンスパーティーがはじまろうとした正にその時、それはおこった。
「ネフィー」
ホール会場に響く怒気を孕んだ声。
突然の声に静まりかえる会場。数秒の間をあけ、周囲の視線が声の主に集まる。
そこには豪奢な礼服を着た黒髪の美青年が一人。彼はヤマノ国の第三王子。ヤーシン王子だ。
そして、彼の隣にはヤマノ国の筆頭公爵家令嬢。ミナーシャ·クローグロが寄り添っていた。
『…………』
ヤーシン王子とミナーシャの二人を見つめる視線は大きく分けて二つ存在していた。
一つは卒業生が送る好意的な視線とこれからはじまるであろうことへの期待。そしてもう一つは卒業生の親族からの戸惑いの視線だ。
「ネフィーお前との婚約を破棄する!」
ヤーシン王子がネフィーに宣言した。彼の声がホールにはっきりと響きわたった。
ミナーシャがヤーシン王子の言葉に頷き、冷たい視線をネフィーに向ける。
「貴様は私の婚約者という立場を利用してわがままにふるまい……そして、やりたい放題。
あろうことか我が国の筆頭公爵家の令嬢に対して陰惨ないじめを行っていた。そんな卑しいお前を我が妃にむかえる事等出来ぬ!」
自信満々にヤーシン王子は叫ぶとミナーシャを抱き寄せ、
「よって私は、血筋。容姿。教養に優れたミナーシャを妃とするっ!」
ヤーシン王子の言葉にクラスメイト達が拍手する。盛上る面々にヤーシン王子とミナーシャは満足そうに頷く。
そんな一連のやり取りを冷たい目で見つめるネフィー。
拍手が収まるのを待ってから彼女はゆっくりと口を開いた。
「婚約破棄承りましたわ」
「っ!」
ネフィーの台詞に目を丸くするヤーシン王子。ネフィーが泣き叫ぶか惨めにすがり付くと想像していたヤーシン王子は予想と異なる彼女の姿に驚き戸惑ったのだ。
1歩だけ前に進みネフィーは首を傾げて問う。
「1つだけ教えて頂いてよろしいでしょうか?」
「何だ?」
ヤーシン王子は憮然とした顔でネフィーに言葉を促した。
「陰惨ないじめをミナーシャ様にしていたとのことですが具体的にどのような事を?
私には全く心当たりが無いのですが……」
「いじめを……反省するようなら手心を……」
「ですからどのような事をしたのか具体的に教えてください!」
ヤーシン王子の言葉を遮りネフィーは言葉を繰り返す。王子としてこれまでに言葉を遮られる事など無かった彼はそのプライドから激昂した。
「きっ……貴様!
この期におよんでまだシラをきるか。いいだろう情けなどかけぬ。後悔するがいい!」
ヤーシン王子は言葉を区切るとホールを見渡し、ホール内の視線が自分達に集まっている事を確認してから声高らかに宣言した。ネフィーのしたいじめについてを……
「貴様は公爵令嬢のミナーシャを学園の中庭に呼び出し、庭園の池に突き落とした。
そして極めつけは今日だ。ミナーシャのパーティードレスを引き裂き彼女を卒業パーティーに参加できない様にと悪知恵を働かせた様だが残念だったな。こんなこともあろうかと俺様がたまたまドレスを用意していた」
「わたくしを嫌っていたとしてもここまでするなんて本当に最低ですわ」
たまたま用意されていたと言うヤーシン王子の色で統一されたドレスを着たミナーシャがネフィーに言う。
ちなみに婚約者であるはずのネフィーは自前で用意したドレスを着ている。王家からドレス等の予算はパーティーの度に出ているはずなのだが、ネフィーは1度もヤーシン王子からドレスを贈られた事はないのだった。
そして、毎回何故かミナーシャの用意したドレスが何者かにダメにされヤーシン王子がたまたまミナーシャサイズのドレスを持っていて彼女をフォローしているのだ。
「全て私ではありません!」
きっぱりと言い切るネフィー。
そんな彼女の言動にヤーシン王子は怒りで顔を赤くして口を開いた。
「まだ言うか!
そもそもたかが下級貴族の令嬢である貴様が第三王子である俺様の妃などと……間違っている!」
「そうですわ。ヤーシン王子にふさわしいのはわたくしの様な高貴な血筋こそふさわしくてよ」
ヤーシン王子の言葉にミナーシャが頷く。その顔に愉悦の笑みを浮かべて……
「私の話を否定しかせぬ貴様にはもうがまんならぬ。一族郎党……我が国から追放とする!」
「証拠も無く王国の貴族家を追放とは横暴ではなくて?」
ネフィーの言葉にヤーシン王子は、
「貴様の今日の蛮行は王族である俺様と側近達が目撃している。これ程しっかりした証拠はないだろう!」
ニヤニヤと笑いながら言った。
ネフィーはヤーシン王子の言葉に反論するために口を開き、
「ヤーシン王子と貴方達では今回の問題の当事者で……」
「あのぅ」
ネフィーの反論を遮り、申し訳なさそうな声がホールに響く。
周囲の視線が辺りを彷徨い……やがて1人の人物に集まる。彼はこの学園の学園長であった。
「ミナーシャ嬢のドレスが保管されておった部屋には昨日から記録魔道装置が設置されておりますじゃ。今日の出来事であれば記録……」
「アーヴィ学園長。そんなものを確認する必要など無い。それともアーヴィ学園長は俺様達が嘘をついていると言うか?」
アーヴィ学園長の言葉を遮りヤーシン王子が叫ぶ様に言った。
「とんでもごさいません」
「ならば……」
「ですが、ヤーシン殿下。
此度の記録魔道装置が設置されたのは星読みの巫女様の予言によって急遽設置されましたのじゃ」
『っ!』
アーヴィ学園長の言葉に顔をひきつらせるヤーシン王子達。目に見えて動揺していた。
星読みの巫女は国の根幹に関わる事を予言すると言われている。正体不明の人物であり、一族であった。
巫女の予言は王の言葉の重さと同等の重みを持つ。つまりヤーシン王子達の主張よりも予言の内容が優先されるのだ。つまり記録魔道装置の内容が確認されることとなる。
「ヤーシン殿下達とミナーシャさんの自作自演かよ」
記録魔道装置に記録された映像を見て誰かが言った。
この事件がきっかけとなり、ヤーシン王子達とミナーシャの名声は地に落ちるどころか潜り込みマントルに到達してしまった。なんと彼等は王族及び貴族籍を剥奪されて貧民に落とされたのだ。これが星読みの巫女の予言にそっぽを向かれてしまったものの末路である。
対してネフィーは、予言に護られた人物と言う事で一躍注目の令嬢となった。普通であれば学園卒業時に婚約破棄された行き遅れ傷物令嬢であり、結婚は絶望的であったはずが、一連の流れから高位貴族からの婚約希望が後を立たず……
そんな彼女を射止めた人物はヤマノ国の東に広大な領地を持つヤシマ辺境伯家次男であった。彼は辺境伯領の守護者と呼ばれる辺境伯軍騎士団団長を拝命していた。
数年後、ヤシマ辺境伯領と隣接する帝国が軍事侵攻を仕掛けてきた。それは完全な奇襲であった。
ヤマノ国は迎え撃つ準備が全くとれておらず、帝国軍3万をヤシマ辺境伯軍1300のみで援軍到着まで持ちこたえなければならない状況に追い込まれてしまった。援軍到着まで早くて10日。絶望的な戦線であった。
戦端が開かれた。
緒戦で奇跡が起こった。
ヤシマ辺境伯軍800が砦から1キロ先に進軍。迎え撃つ構えをとったのだ。敷かれた陣にはヤシマ騎士団の団旗が風に揺られていた。
団旗の存在は本陣を意味する。ヤシマ辺境伯軍の中枢がソコにあるのだ。
つまりここを叩き潰せば無人の野を行くが如くヤシマ辺境伯領を蹂躙出来る。うまく事を運べばヤマノ国の王都に王手をかける事さえ夢ではない。
先行部隊5000を指揮する指揮官は大きな手柄をあげるチャンスに目が眩み、麾下の兵を前進攻撃を開始した。
兵力差からヤシマ辺境伯軍の陣が軋み始め、先行部隊の指揮官である彼は勝利を確信して予備兵も投入。
「敵陣を囲め!
ガウ団長を逃がすなよ!」
叫ぶ指揮官。
ちなみにガウ団長とはヤシマ騎士団団長。ネフィーの旦那である。
「なんだ?」
不意に眉を潜めつぶやく指揮官。
突如攻略中の陣から煙が上がったのだ。のろしである。
数秒後……
「てっ敵襲!」
その言葉に帝国先行部隊本陣に動揺がはしる。先程、全予備戦力を前進させてしまったばかりで本陣には本陣警護の兵250しかないのだ。
「馬鹿な……」
呆然と口走る指揮官。彼の思考が停止していても事態は動き続けていく。
「背後より騎兵がおよそ50……
きっ来ますっ!」
直後、辺りに響く衝撃音。
約50騎の騎兵が250人の警護兵を蹂躙していく。勝利を確信していたところに少数ではあるが騎兵の突撃に警護兵の士気が激減。一気に浮き足立つ。
「まっまずい……」
あちこちから聞こえる悲鳴を耳にしながら指揮官は呆然とつぶやいた。
対応できず時間だけが過ぎていく。敵騎兵が警護兵を蹴散らしながら破竹の勢いで近付いてくる。彼の目に敵騎兵の先頭で猛威を奮う騎士の姿をとらえ、驚愕する。
「馬鹿な……な、何故ここに?」
攻撃中のヤシマ辺境伯軍の本陣に居るはずのガウ団長その人であった。
「ヒッ!」
ガウ団長の圧力に指揮官はパニックをおこしてまだ戦闘に参加していない供回り30人を引き連れて本陣から逃亡した。
指揮官である大将の逃亡の報せは戦場全体へと伝わり、帝国先行部隊の士気を低下させてやがて軍を壊滅させることとなる。この状況を打開させるだけの人物は居なかった。
ヤシマ辺境伯軍は大量の捕虜をえた。
「とんだ失態だ!」
戦線から距離をとり、帝国先行部隊指揮官は青い顔で叫ぶ様に言った。
彼等の目の前には小さな森。森に逃げ込めばヤシマ辺境伯軍の追っては完全に振り切ることができる。
指揮官達が森を目の前にひと息つこうとした正にその時、
ヒュンッ!
1本の矢が地面に突き刺さった。
『なっ!』
森の中から完全武装の兵士が驚き硬直する帝国の指揮官達を取り囲む。その数150程。
「お待ちしておりましたわ」
「女……まさか……」
言って帝国先行部隊の指揮官達を包囲する兵の間から1人の人物が姿を現した。ネフィーだ。
「参謀ネフィーか……」
「ふふふ。皆様……投降してくださいな」
ネフィーの言葉を聞きながら頭をフル回転させる指揮官。
軍は壊滅してしまったが、ここでこの女を捕えれば……
失態も帳消しどころか……クックククッ!
「この状況で、1人前に出てくるとはツメが甘い。おまえらコイツを捕えよ!」
号令と同時にネフィーに向かい走り出す一同。
「捕えっ……」
ネフィーに向かい手を伸ばした次の瞬間、彼女の左右から影が躍り出る。
ザッ。
シュッ!
「ギァッ!」
「グッ!」
悲鳴と血飛沫が舞う。
「ネフィー様には指1本触れさせません!」
全身黒ずくめの軽装鎧を着た2人の女がネフィーの前に立ち宣言する。
ネフィーはニコリと微笑み、
「最後通告です。投降なさい」
「……っくぅ」
周囲を見渡し、逃げ道は無いと悟り彼等は項垂れたのだった。
「ネフィー無事か!」
ネフィーを呼ぶ声に彼女は戦後処理を進める手を休め、顔を声の聞こえた方に向ける。そこには巨大な軍馬をはしらせるガウ団長の姿。不安そうな表情を浮かべていた。
「ケガは無いか?」
ガウは馬から飛び下り、ネフィーに駆け寄り、ケガの有無を問い、全身を確認する。そんな彼の様子にネフィーは苦笑すると。
「大丈夫よ。あなた」
私の言葉にホッと息を吐くガウ。
緒戦を奇跡的な勝利を収め、戦後処理を終えたネフィー達は砦へと帰還した。
「お疲れ様」
砦の門前でガウ団長によく似た青年がネフィーとガウ団長に言った。
ガウ団長はネフィーを抱き寄せ、青年に笑みを向ける。
「うちの参謀は優秀だからな。それに美人だ」
のろけるガウに彼は苦笑すると、
「敵の裏をつくのは本当に上手いよな」
「戦術を組み立てる上での基本ですわ」
「まあな。まさか私を弟の替え玉に本陣におくとは……敵さんも思わんだろうな」
彼ことガウ団長の双子の兄。ヤシマ辺境伯が笑う。
一騎当千と謳われるガウ団長が簡易的な防陣に少数の兵力でこもっているとなればここで多少無理をしても囲んで討ち取るか捕えたいと思うだろう。ネフィーはその心理をついたのだ。
自分達は安全な場所で戦いが終わるのを待つだけと思っていた所に猛将が突撃してくるのを見て気持ちを持ち直すのは難しいだろう。
「謀られたのか……」
会話を耳にした帝国先行部隊指揮官は、自分が手の平のうえで踊らされた事を知り、がくりと項垂れた。
「しかし、ネフィーにここまで軍才が有るとは驚きだよ」
ヤシマ辺境伯がしみじみとつぶやいた。
兄の言葉にガウ団長は胸を張り、
「俺の妻は天才だからな」
「確かに」
笑い合う2人。
ネフィーはガウ団長と結婚後、彼の書斎を訪れた際に兵法書を見付け、手に取り、戦争するうえでの心理戦や騙し合いの奥深さに嵌まり込み気付けばヤシマ辺境伯領内でトップクラスの参謀へと成長していた。興味を持って半年。経験は浅いが末恐ろしい才能である。
「しかし、星読みの巫女様の予言が無ければネフィーの才能は地に埋もれていたか……
最悪、敵として対峙していたかと思うと今頃はどうなっていたことか。考えたくも無いものだな」
捕虜達を眺めつつ、『この沢山の奇貨をどうしましょうかね。ふふふ。』とつぶやき笑うネフィーを見つめヤシマ辺境伯は言った。




