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第2話:海佳

背中に突き刺さる無数の視線も気にせずに、私は体育館の右前方にある控室へ駆け出し、スライド式の扉をバンと押し開けた。


次のバンドのメンバーがすました顔で準備をしている薄暗がりの小部屋の中、隅っこの方で、自然に剥がれた塗装が年代を感じさせる、恐らくヴィンテージ物のジャズマスターをしょんぼりとした面持ちでケースに仕舞う彼女の姿があった。


さっきまでの情熱を微塵も感じられないほどに意気消沈しているようだった彼女を含め、その場にいた全員が私を刮目した。


「さっきの演奏、あなただよね?」


黒髪の女子は目を丸くして、右に、左にと視線を向けた後、小さく頷いた。


「いきなりで申し訳ないんだけどさ…」


「私を…あなたのバンドに入れてほしい…!」


「…え?えぇぇぇ!?」


突然の出来事に気が動転してしまったのだろうか、彼女は開いた口元を手で隠すこともせずに、悲鳴にも似た、小さな叫び声をあげた。


その場にいた他の人たちも同様に驚いているようだったが、彼らがかけてきた言葉は決してポジティブなものではなかった。


「その子、軽音部でもずっとぼっちで活動してる子だよ?今日はブラバの二人がサポートに入ってくれたけどさ。もっと人気あるところい入った方がいいよ」


「いつも陰でこそこそしてるだけなのに、本番になったらやけに張りきっちゃってるしねー。ヘタクソな二人に見せつけて、自己満したかったんでしょ」


何だこいつら。


「自己満ですましてるのは、人のプレイを妬んで僻んで学ぼうともしない、あんたたちの方じゃない?」


まずい、さすがに言い過ぎた…


それに、私も人のこと言えないし。


「何お前、喧嘩売ってんの?悪いけどあたしら、この子以上の実力者4人揃ってるんですけど。素人は黙って大人しくしてろよ」


いつもだったら泣き出してしまいそうな場面だった。でも、今は違う。


彼女の音を再び、それも間近で聴くことができるのなら、なんだってできる気がしていた。


「ふん、口では何とでも言えるとかなんとかってね」


今度は控えめな煽りを入れた後、相手の返しが来るよりも先に、黒髪の子の冷たく、華奢な白い手を引いて、外に繋がる裏口の扉へと駆けだした。


「もう、こんなところさっさと抜けだそ?ほらほら!」


「は、はい…」


私は有無を言わせず、夕暮れの空の下へと飛び出した。


   *   *   *


「ハァ、ハァ…ここまで来れば大丈夫でしょ」


誰かに追われているわけでもないのに、気づけば私たちは、夕陽で大きな日陰ができた校舎裏に逃げ込んでいた。


大した距離は走っていないのに、額に汗が伝う。私が疲労感を隠しきれない一方で、黒髪の子は重いギターを背負って一緒に走っていたのだが息切れもしておらず、だいぶ余裕そうだった。


そんな私を見かねたように、彼女が自分から口を開いた。


「あのぉ…ほんとに私とバンドを…?」


今にも消えてしまいそうな儚い声の主が、さっきまであんなに熱唱していたという事実が信じられない。


手の甲で額の汗をぬぐい、少し髪を整えた後、私も言葉を返した。


「うん。だって、あんなギタープレイ魅せられたら、誰だって一緒にやりたくなっちゃうよ。それに、文化祭で誰も知らないような曲やって轟音掻き鳴らすとか、最っ高にロックじゃん?」


「あ、ありがとうございます…」


その後、"選曲はもうちょっと空気を読んだ方が良かったと思うけど"と付け足そうとしたが、彼女の暗かった表情にささやかな笑みが浮かんだものだから、言いとどまった。


そんな、良く言えばロックな、悪く言えば空気の読めない彼女について、もっと知りたくなってきた。


「あっ、いきなり連れ出しちゃってごめんね。私、木下奏華きのしたかなは。1年A組。よろしくね」


「私は…射守矢海佳いもりやうみかです。1年C組です」


彼女も同学年でほっとした。もし先輩だったら、かなり無礼な振る舞いをしていたと思うから。


「1年生なの!?めっちゃ演奏うまかったよ。本当に。文化祭で収まっているにはもったいないくらいだよ。ライブハウスハコとかでも演奏してるの?」


「いえ…マm、お母さんに、危ないからやめなさいって言われてるから…」


まあ、確かに。こんなにもふわふわした雰囲気を漂わせている彼女がハコなんかに行ったら、変な奴に絡まれてもおかしくないし、男と組んだら絶対にめんどくさいことになると私も感じていた。


「なるほどね。うーん、女の子だけでバンド組めば許してもらえるかな?」


「どうでしょう…強そうな子がいたら、認めてくれるかもしれないですけど…」


そう言って彼女は、私の木の枝ボディをじっと見つめてきた。筋力や体力はおろか、身長も射守矢さんより10cmほど負けている私を見て、強そうだと感じるわけなかっただろう。


「私、全校生徒の中でも最弱の自信あるから、ちょっと力になれそうにないや…で、でもね!ちょっと心あたりがあるんだよ」


まだバンドを組むと完全に決まったわけではないのに、私はそのつもりで次から次へと計画を練り始めていた。


「心あたり…?」


「そう。私の友だち…の友だちで、優雨希っていう子で…」


その名前を聞いた途端に、射守矢さんの表情が、恐怖に怯える小動物のようにこわばった。


まあ、悪名だけ先行しているから、怖がってしまうのも無理ないか。


「優雨希さんって…あの?」


「そう。あの優雨希」


美乃梨の親友で、他校のチンピラを単独で50人抜きしたという、あの不良女子のことだ。


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