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名もなき者と刻詠の巫女  作者: メめ
7/7

名無しと巫女の契り





 より寒くなった季節。


「んく。……んっ、ぁっ」

「あまり変な声を出さないでもらえますか」

「あっ。そうは、申すが。あまりに、心地良い故。あん」


 彼は耳かきをしていた。

 最近耳が痒いと言う白月を横に寝かせ、耳かき棒で狐耳の中をかく。

 別にいかがわしい事はしていない。していないはずなのに妙な気分になる。


「すみませんが、集中できないのでやめてください。人族の耳かきは何度と経験したことがありますが、狐族の耳かきは初めてですので」

「ああん。とは、申すが。んっ! ああ、心地良く」


 変なことをして怪我などさせたくはない。しかし、こんなに精神を乱されたままやるのも危険だ。せめて声を我慢してもらえればまだ集中できるのかもしれないが、白月も堪えてはいる様で、小さく声を漏らすのだ。

 だが、それが余計に扇情的になってしまい。彼は頭を抱えたくなった。


「……両耳終わりましたよ」

「ああ。ありがとうございまする」


 彼は心の中で自分を褒めた。

 出会って一年と少しになるが、最近は白月の無防備が過ぎる。


 狐族と違い、人族は短命だ。元いた世界の平均寿命は長くても六十年。この世界だと長いと百は生きるらしいが、種が短命であれば短命であるほど性的な欲求は強くなりやすくなる。

 彼も人族であるため、二百年は生きる狐族よりも性欲は強い。狐族は年に一度あるかないかの強い発情期以外に発情する事は基本ない。しかし、人族はいつでも発情できてしまう。そのため、情欲を煽られればその気になってしまう。なんだがんだ長く生きているため耐えれるし、それを隠して接することもできる。


 ただ、行き場のない欲は鍛錬や迷宮に出た魔物を八つ当たり気味に倒して発散する。

 しかし、つい数週前。発散のために迷宮に行っていれば帝国貴族がやってきて白月に危害を及ぼそうとしていた。

 それから彼が町へ降りたりする頻度は減った。迷宮の管理をしている迷宮管理協会からの依頼がない限りは迷宮に行くこともなくなった。


 過保護になるのは良くないことだと自覚しているが、普段が無防備すぎて彼はとても心配している。


「……して、次は汝の番故」

「え?」

「? 妾ばかりしてもらうのも申し訳なく。故に、妾が汝の耳を掻こうと」

「……今ですか?」


 今の彼にそんな心的余裕はない。

 別に性欲主体で白月を見ているわけではない。ただ、欲が溜まるのと発散が間に合っていないだけで普段であれば耳かきをされるぐらい特に何もない。

 しかし、今はダメだ。超えては行けない一線を超えてしまいそうで。耐えられたとしても、発散のために迷宮に行くことになる。そうなるといつもより長く帰らないことになるだろう。その間にあの者が来たらと考えると不安で仕方がない。


「…………ダメ、か?」


 上目遣いで彼を見上げる彼女の目は、悲しげで。


「………………………………わかりました。いいですよ」

「左様か。では、妾の太ももに頭を」


 折れた。そもそも寂しそうな白月の姿に弱い彼が勝てることなどそうない。


 少し恥ずかしそうに彼を自分の太ももに誘う。しかし、


「……以前、太ももだと見えないと行っていませんでしたっけ」

「…………大事ない故」

「……」


 彼は気づいた。結構大事なことに気がついた。

 潤んだ目に少しずつ上気した頬。いつもの爽やかな匂いとは違い、蕩けるような甘い匂い。


「…………すみません。急用があるのを思い出しましたので、少し行ってきます。時間がかかると思いますので――」

「……行くのか」

「………………すみません。こればかりは少し外せず」

「…………あい」

「可能な限り早く戻りますのでお待ちください」


 とても悲しげに彼を引き止めようとするが、彼も心を鬼にして彼女から離れる。


 今一緒にいるのは良くない。止める者がいなくなってしまうから。


 彼は片時の話さぬ刀を腰に差し、外へ出た。

 行く場所など特にはない。それに、何かあっても心配なので屋敷の近くかつ長く時間を過ごす事のできる場所。そこを考えるなら、行く場所など一つ。


 ――――。

「……本当に、声は抑えてほしいのですがね」


 長い石畳みの階段を降りる時に不意に聞こえた声に彼は溜め息をついた。















 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――













「それで、おめおめと逃げてきたと」

「……情けない話ですがね」

「全くだな」


 甘味処『霜草堂』。

 いつだって幾人か客がいる場所であるが、今日は客足が少ないようで彼は暇を持て余した霜草堂の店主、アキタツと客席で話をしていた。


「お前さんも男なら、思い切って抱けばいいモノを」

「……それができれば苦労しませんよ」

「出来ねえから要らん苦労をしてるんだろ」

「とーちゃんも無茶言わないであげなよ。剣士さんは剣士さんで悩んでるんだから」


 霜草堂の看板娘、アキサメが二人にお茶を淹れてアキタツを嗜める。しかし、それで確かめられる人物ではない。


「若いんだから無茶はやってなんぼだろう。しかもお前さん人族だろ? 短え歳月しか生きられねえんだから、思い切りが良くないと辛いだけだぞ」

「あははは……」


 アキタツは彼が死なずの身であることを知らない。故に、寿命など無いものと同然である。望む限りは永遠に白月と共にいられるだろう。


「お前さんも刻詠様を愛してて、刻詠様もお前さんを愛してる。別にいいじゃねえか。身体重ねちまえよ。気分は楽になるんじゃねえのか。それともあれか? お前さん、その歳、その也で女を知らんのか。初心なのか?」

「そんなことはないんですがね……。まあ、あの時はあの時で事情ありきでしたから」


 経験人数。女を抱いたことはある。それも両手に収まらないほど。

 しかし、彼が女好きだからと言うわけではなく。人助けの延長で売春をしていただけで、好きで抱いていたわけではない。あとは、精神の安定のため。精神の摩耗を抑える手段として売春していただけ。元々さほど女体に興味のカケラもなかったし、特定の誰かを異性として愛したこともない。

 英雄を好む者に言い寄られることはあったが、誰も彼の特別になることはなかったし、しなかった。


 一番男女の仲に近かったのは聖女ぐらいだろう。しかし、その聖女ですら彼と手を繋いだぐらいが関の山。しかも、必要だったから繋いだだけ。優しく慈悲深すぎて反りが合わないこともあったが、それも遠き戻らぬ過去の話。


「なら、何をそんなに戸惑う。食い方も知ってるんだ。据え膳食わなば男の恥ってやつだろ」

「……私は見送るだけの人間ですから。私の隣でなくても刻詠様が笑っていてくれるなら私はいいんですよ」

「……ああ、お可哀想に。刻詠様が可哀想だ」


 アキタツが嘆息する。筋金入りの男。しかも入っている筋金が特別頑強で折れる気配が全くない。


「面倒な男を愛しちまったもんだよな。刻詠様も」

「本当ですよね……」

「自覚があるなら尚更だよ。はあ」


 彼も自覚はあるらしい。あるらしいが変わる気もない様子。

 そんな彼の様子を見て、何かが閃いたのかアキタツが例え話を始めた。


「よし、想像してみろ。刻詠様が女好きの遊び人を愛してしまった」

「はい」

「そして、そいつは刻詠様と言う者がありながら女遊びをやめやしない。でも、それでもいいと刻詠様は笑うんだ。それでも、愛している人と一緒にいられるからそれでいいと」

「……」


 彼の眉がわずかに動き、身体から僅かに殺気が漏れる。

 それを見て、アキタツはニヤリと笑う。


「嫌だろう。気持ち悪いだろう。斬り殺したくなるほどに」

「……否定はしません」

「ああ、させてやらねえよ。お前さんのそれは独占欲だ」

「……」

「自分じゃなくても良いって言っているが、そいつは嘘じゃない。しかし、本気でもない。自分の隣にいてほしいし、自分が幸せにしたい。違うか?」

「……はい」

「おう。なら、刻詠様がどっか行っちまう前に自分のものにしてこい。それ以上は、ただの甘えだぜ。ほら、さっさと団子食って帰れ。土産もやるし、お代は次でいいからよ」


 アキタツはお茶を飲み干して厨房の方へ戻っていく。

 残された彼は、残った団子を食べてお茶を飲み。アキサメから渡された団子を持って屋敷に戻った。








 屋敷まで戻る途中。具体的には、屋敷前の階段を登っているとき、不思議な感覚が過ぎた瞬間。屋敷の目の前に彼は立っていた。


「……のう。愛しき者」

「…………刻詠「白月と」。……刻詠様。どうされました?」

「……」


 彼は白月に背から抱きつかれ――また景色は変わり、屋敷の寝室前にまで来ている。


「……嗚呼、許せ。許し申せ。妾は焦ったく。もう、堪忍出来ぬ」


 白月から十二の尾が現れ、彼をそのまま押し倒す。

 白月の顔は赤く、息も荒い。あの甘い匂いもむせ返るほど部屋に充満している。


「刻詠様「嫌っても構わない。妾の元を離れても構わない」」

「それでも妾は、汝が。刃桜(はざくら)が欲しい!」


 刃桜。

 姓は落日(らくじつ)、名は刃桜(はざくら)。誰にも語らず、誰にも。彼の母親しか知らない彼の名前。


「過ちでもいい。汝に嫌われようと構わない。一度でいい。汝と重なり合いたい」


 上をとる彼女の表情はよく見えないが、彼の顔に雫が垂れる。


 白月は泣いていた。彼がひた隠しにしていた名前を呼んだ。彼が拒んでいるのに彼を襲っている。嫌われてもいい。ただ一度の過ちだとしても、白月のこの腹の疼きを彼で埋めたい。

 彼の顔を見られない。きっと、悲しい顔をしているだろうから。


「……刻、……白月。泣かないでください」

「……刃桜」


 彼が白月に手を伸ばす。初めて彼女の名前を呼んだ。呼ばないと決めていたのに、呼んでしまった。

 元よりもう戻れるとは思っていないが、戻れないところまで来てしまった。


「私が悪いんです。あなたを待たせていた私が悪い」


 白月の肩に手を置き、体を起こす。逃げるためじゃない。ただ受け入れるために。


「……白月。私は見送ることしかできない不孝者ですが、伴にいてください。あなたの命が潰えるその日まで」

「……後悔はしない。のか」

「ええ。……後悔は、しないように生きていますので。これまでの人生で悔いたことは両手で数えられるほどしかありませんから」


 白月と彼の影が重なった。

 薄暗い部屋で溶け合い、獣が鳴くまで、そんなに時間はかからなかった。









「外は冷えてき申した。……汝は、寒くはないか?」

「ええ、白月の体は暖かいので」


 数刻が過ぎた頃。二人は汗を流すために裏にある温泉に入っていた。

 薄暗くてお互いに良くは見えなかったが、刃桜の首や肩。胸にはいくつも歯形がついており、その中でも首には赤くなるほど食い込んだであろう強く噛んだ痕がある。

 白月にも胸や肩、首、脚に鬱血の痕があり。刃桜同様に首に強く噛み付いた痕が残っている。


「……怒り申さぬのか」

「なにを」

「……妾が汝の名を呼んだことを」

「……はい。怒りませんよ」


 伝えるつもりはなかったが、白月はいずれ彼の名前を知ると言うことを薄々と知っていたから。

 彼女はあらゆる物の過去や未来を見る。人であろうと、物であろうと時間というものは、どんなものにも存在するのもであるから。いずれは彼の過去や未来を見てしまうこともあるだろう。そんな事故に対して怒るほど器量は狭くない。


「ああ、でも。外では「ダメか?」……まあ、いいですよ」


 あきらめた。もう、いいやと。別に力が抜けるような感覚もないし、彼の持つ神秘は失われていない。ならば、名前ぐらい誰かの前で呼ばれるのも良いか、と。


「……は、刃桜」

「なんですか、白月」

「……呼びたいだけ故。汝に名付けた者は良い感覚を持っている」

「そうですね。私の自慢ですから」


 名は体を表す。

 彼の持つ神秘(名前)は、花血の一族の特異能力である花血に由来する。

 花血の一族は、神秘を纏い。傷から流れ出た血を花の花弁に変えると言う力を持つ。花弁の形状は人それぞれで、彼は桜の花弁に姿を変える。それが名前起因なのか、生まれつきなのかはわからない。しかし、刃桜は、自分の名前を気に入っている。だから、彼の自慢なのだ。


「……白月」

「……ん?」

「…………愛しています。あなたを見送った後の世でも」

「あい。……妾も、愛し申す。妾の身(世界)が朽ちて果てるその日まで」


 白月を後ろから抱きしめて、彼女は彼の腕を握った。













「…………はっ。………………夢で申したか」


 白月は目覚め、あくびをする。

 おそらくいつか来る未来の形。


「……ああ、そうか。妾もいずれ……彼の人の名を。……嗚呼、疼きが治らぬ。……妾も、刃桜が欲しいと申すのに」


 刃桜はまだ帰ってこない。あの夢が正しいなら、もう時期に帰ってくる。


 ――コツ、コツ、コツ。


 石畳を歩く彼の足音。彼の匂いが近づいてくる。


 迎えに行かなければ。想いを伝えなければ。


 彼女は、【時の権能】をあやつり、時を飛ばしながら彼を迎えに行った。愛する人と一つになるために。

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