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名もなき者と刻詠の巫女  作者: メめ
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名無しと巫女と偉い人





 今日も今日とても狐族の町、九重町は活気がある。

 白月の住む屋敷は、九重町を見下ろせる丘の上にあるが、その賑やかな人の声は丘の上にもよく聞こえる。


 気温は日に日に下がり、寒い季節になってきた。


 しかし、白月の昼寝場所が変わることはない。

 彼が屋敷に居ない時はいつもの様に神木の下で、自らの尾を布団の様に扱いながら眠っている。


「……んん……Zzz。ああ、そう…………くすぐったく……Zzzz」


 陽光に照らされながら寝る彼女がどんな夢を見ているのかはわからないが、どこか幸せそうな寝言を言いながら眠り続ける。


「……ん。ん?」


 しかし、そんな幸せな夢は終わってしまった様だ。

 予定のない突然の来客。彼女にとっては知っている気配ではあるがなれない気配。そのためか本能的に起きてしまった。


「おお、何度見ても麗しい。やはり、オレの妻に相応しい女だ」

「……くあぁ。………………人族の方、何用であり申す」

「妻に迎え入れる女の様子を見にきて何が悪い」


 燃える様な赤い頭髪に、爛々とする金色の眼の男。

 さも当然と言う様な傲慢な態度で屋敷の庭に入り込み、彼女の前に立つ彼の装いは煌びやかであり、身分の高い者であることが伺える。


「…………汝の妻になろう日はあらず。……帰りたもうれ。西の高貴なる者」

「悲しいなぁ。オレの名前を呼ばないとは」

「…………覚えておらぬ故。……汝ら人族は妾の生の一割も生きれぬほどの短命。汝に貸しはあるやもしれぬが、借りはなし。覚える必要もあらず」

「そんなことはない。なんにせ、オレが兵を持たないこの町に兵を向けない。向けさせていない。それがこの町に住むお前たち狐族に対する最大の貸しだ。まあ、女はどれだけ生きても知能が男よりも劣る。そうなこともわからないほどにな」


 男は大袈裟にそう言う。

 事実、この町には自警組織や兵は居ない。単純に必要がないからではあるが、内情を知らない者からすれば自己防衛手段を持たない場所。

 しかもどの種族も欲する神木のある場所だ。幾度も戦争をふっかけられ、その度に撃退しているが、人族は短命なせいか長い歴史の中でどれだけ返り討ちにあっても攻め入ろうとしてくる。


 この男が言うには、この町に兵を向けようとする輩を自分が追い払っているんだから感謝されて当然だと主張している。


「いい加減折れろよ。お前にはオレが必要なんだ」

「…………何度でも申し上げよう。必要ない。早う去ね」

「魔力を持たない下等種族の癖に、人族に逆らうのか?」

「嗚呼、嘆かわしく思い申す。そのような種族に攻め入れず、幾度も返り討ちに会うとは、何とか弱き種か」

「テメェ、クソ女!」


 男が拳を振り上げる。手には人族しか持てない魔力という超常的な力を込め、白月に向かい振り下ろす。

 しかし、当たることは叶わなかった。


「帰ってきてみれば、これはまあ珍しいお客様なことで」


 彼が帰ってきたから。

 凛としていて、とても冷えた声音が男の耳に入る。

 夥しい量の冷や汗が流れ、ピクリとも動けない。ただ全身に刃を当てられている様な。

 身動ぎ一つで全身に刃が突き刺さる。身動ぎ一つで己の首など庇う間も無く跳ね飛ばされる。そんな濃密な死の気配。


 男が恐る恐る視線を向ければ、まだ声の主とは距離があるはずなのに全身が竦み動けない。

 男には門前で待機させていた腕利きの護衛達が居たはずだ。何故護衛は彼を止めていないのか。まさか、護衛達を一人で倒したというのか。


 男は嫌な汗を流しながらもそう思考する。


 しかし、白月と彼はそんな男の思考を気にすることなどなかった。


「ああ、おかえり申した。お疲れ申した」

「はい。ただいま帰りました、刻詠様」


 白月が帰ってきた彼に駆け寄りその手を握る。すると、男に向けられた殺気は初めからなかった様に消え去り、男は膝から崩れ落た。整わない呼吸を整える。心臓がうるさいほど脈撃ち、その脈が自分はまだ生きているのだと男に実感させる。


 白月の手を握り返しながら彼は男に目を向けた。


「それで、あなたはどちら様でしょうか。人族ですし町の者でないのはわかるのですが」

「オレを、はあ。知らないのか」

「はい。私はこの近辺。狐族の町以外には疎いので人族の住む国のことは知らないんですよ」


 彼は基本的に狐族の町から出ない。そのため人族の常識や、世界の地理についてはてんで知らない。何処にどの国があり、何処にどの種族が住んでいるのか。それすらもわからない。

 呼吸を整え終え、衣服を正して男は彼を睨みつける。


「よく聞け、下民。オレはガルシア帝国のブレルス伯爵家次期当主、グラール・ブレルスだ」

「へえ、その様な肩書きが」

「下民風情がオレの前に立てるなど滅多にないことだ。光栄に思うがいい」


 先ほど膝から崩れ落ちたことをなかった物とする様な傲慢な態度で彼を見下す。

 実際、彼はもとより平民。特別気にすることもない。


「そうですか。それで? 何用ですか?」

「何故貴族であるオレがお前の質問に答えなければならない。しかし、答えろ。門の前に護衛がいただろう。どうした」

「? ああ、あの戦士の方々ですか。通行の邪魔でしたので眠っていただきました」


 歴戦の戦士であるはずの護衛数人を一人で倒したと言う。

 男は不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちをする。


「チッ。役立たずどもめ。まあ、いい。下民、失せろ。お前に用はない」

「そうは言いますが、あの様に刻詠様に殴り掛かろうとする輩を、刻詠様と二人にすると思いますか」


 腰に差す刀の柄に手をかける。


「お引き取り願えますか? 権力者を斬ると面倒です。あなたが振るおうとした暴力も未遂です。腹立たしくはありますが、穏便に行きましょう」

「何故下民のお前の「死にたくなければ帰れと言っているのがわかりませんか?」」


 彼は怒っている。

 何があったのかはわからないが、白月に対して暴力を振るおうと言うのはいただけない。


「……お引き取りください。断れば斬ります」

「良いのか。帝国を敵に回すことになるぞ」

「構いませんよ。何年かけてでも殺し尽くすまでです。それに、死の偽装など容易い物。弱かったから死んだ。それだけでしょう?」


 やろうと思えばできる。面倒だからやらないだけで。


「まあ、戦争うんぬんは国にとってあなたが国を動かすほどの要人であれば。ですがね」

「チッ。刻詠、また来るよ。今度は花嫁衣装を持ってな」


 そう捨て台詞を吐いてグラールは、屋敷から出ると彼に負かされた護衛達を蹴り起こして九重町から出て行った。

 彼はその様子を町の外へ出るまで隠れて見送り、町の外で待っている馬車に乗って居なくなるのを見届けた。





 特に問題は起こさずに帰ってくれたことに安堵し、彼のは屋敷に残る白月の元へと戻る。



 屋敷にいる白月は神木の前に立ち、神木を眺めていた。しかし、彼の戻ってくる足音を大きな狐耳が察知して、庭の入り口の方を向く。


「助かり申した。心遣い感謝し申す」

「構いませんよ。それよりお怪我はありませんか? 何か乱暴なことをされたりしませんでしたか?」


 彼は白月の肩を掴んで詰め寄る。

 その顔は鬼気迫っており、普段の落ち着いた彼からは離れており、いくら夢で見て知っているとは言え彼女は気圧される。


「あ、あい。される前に汝が助けをくれた故。何もされておらず」


 何もされて居ないと知り、安心したのか白月に強く抱きついた。

 基本的に彼から積極的に触れてくることはない。しかし、今の彼はいつもとは違い。彼女を強く抱きしめ、彼女のもつ匂いや温度と言った存在を確かめて居た。

 

「良かった。本当に、何もなくていなくて良かった」

「……ああ、何もされていない故。心を休め申せ」


 白月がそっと抱き返すと、彼はより強く抱きしめる。


 彼は、守るために戦い続けたが、間に合わないことも多かった。守るモノが多すぎて取り零すことも多かった。興味もない人々を助けた間に、本当に守りたかったモノには間に合わず失うことなど何度も経験している。


「妾は何処にも行かない。何処にも行けない故。安心されよ」

「……はい。でも、……まだもう少しだけ、このままでいさせてください」

「是。ああ、良いよ」


 それから数分ほど、彼が落ち着くまで白月はあやす様に彼の頭を撫でながら抱き着いていた。



 

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