巫女の集会に付き添う名無し
白い石造りの大きな神殿。
神殿の中では、白月之時姫。改め、《悠久》の刻詠を含めた九人の巫女たちが近況報告会を行なっている。つい一年程前には人族と戦争をしていたためか、以前までは数年に一度。早くても半年に一度と不定期だったのだが戦争後には人族をどうするべきかと言う議題で一月に一度行われている。
しかし、実際のところは議題とは別で全員でぐだぐだおしゃべりをしているだけだったりするらしい。
「……」
「……」
彼は一応護衛、付き人と言うことで神殿の中に入って集会が終わるまで待機している。
しかし、それはどの巫女たちの付き人も同じ。待機場所で彼は数少ない人族。そして人族は嫌われている。それもあって待機場所での視線が厳しい。
「……あのー」
「なんでしょうか」
「どなたのお付きでしょうか」
気弱そうな黒いローブに身を包んだ人族の少女が彼に声をかける。現状、人族は彼と黒いローブの少女の二人だけで、残りは竜族、潮族、翼族、土族、天族、魔族、霊族が数人、最低三人ずつは居る。
「私は刻詠様の付き添いです。御者の様なものですがね」
彼がやっているのは、基本的に眠っている白月を抱き抱えて移動する。それだけだ。
そもそも、白月は《悠久》の名の通り巫女の中では最古参の一人。そして、世界的に見ても上澄も上澄の実力者。普通に護衛よりも強い。そして、彼女の治る町、九重には彼女よりも強い狐族は存在しない。彼女に敵対したら最後、道術による災禍を一身に受け国ごと滅ぶ。そう言わしめるほどの強者。
そんな彼女が護衛代わりに連れてくる彼は一体どれほどの強者なのだろうか。
そんな好奇心的なものもあるのだろうが、同族がいれば声もかけたくなるのだろう。
「初めまして。わたしはクロージャって言います。あなたは」
「こちらこそ初めまして。私は諸事情により名乗る名を持ち合わせていませんので、好きな様にお呼びください」
名乗る名前が無いと聞くと、黒いローブの少女。クロージャは気まずそうにしている。
この世界に於ける名無し。名を持たない者は九割が戦争孤児。或いは奴隷産まれの人間。どの種族よりも頻繁に戦争をしている人族はどの種族よりも名無しの者が多い。しかし、そんな者達でも自ら名を名乗る様になる。
それなのに名前を持たない。名を名乗れない者は現在も奴隷であるか、或いは名を名乗れないほど悪名が広まってしまった者なのかのどちらかだ。
「た、大変なんですねー」
「? …………まあ、そうですね。しかし、私も長いこと名無しですから。今更大変だと言う感覚はありませんが」
彼は生きてきた中で名前を名乗った事は一度もないし、これから先も名乗るつもりはない。彼の名は彼自身と彼の母しか知らない。神秘の流出を防ぐために偽名を使っていた時もあったが、勇者たちと行動を共にする様になってからは偽名を名乗ることも面倒になってやめた。
そんなわけで、彼は名無しであることが普通の彼は、九重町でも適当に呼ばせている。大体は〝異郷の剣士〟と呼ばれている。ただ、迷宮の窓口にいる者には〝剣鬼〟と呼ばれている。
「ですので、好きに呼んでください」
「は、はい。では……ナナシさんとお呼びしてもいいでしょうか」
「構いませんよ」
言葉は柔らかい筈なのに、表情が全く動かないせいで感情が壊死してしまう程の過酷な過去を持っているのではないかと深読みし始めたクロージャは困惑し、そんな少女を見て彼は首をかしげる。
彼がこの世界に来たのはほんの一年前のこと。そして、人族の国へは行ったことがない為、人族の常識なんぞ知る由も無く。彼はつい最近になって狐族や少々関わりのある霊族社会の常識をなんとか憶えたぐらいだ。
「…………本当に、苦労なさってきたんですね」
「……まあ、はい。そうですね」
憐れむ様な目を向けるクロージャに終始困惑しながら彼は二人で話をしていた。
「?」
「……どうしました」
「……いえ、なんでもありません。ただ、覗き見られているような気がしただけです」
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所変わって九霊神殿の奥。
そこには九曜の巫女らが集い、円卓を囲んで甘味を食べたり、ただ仲良く話をしているだけの場所。真面目に話をしていることもあれば、ただ他愛もなく話している時もある。
大体は他愛もなく話をしているだけなのだが、今回は空気が違う。
いつもは皆思い思いの話題を話し、雑談していたりするだけの巫女たちの視線が一人の人族と、寝息を立てながら寝ている巫女に注がれている。覗き見たのがバレて遠見の魔術は切られているが、印象に残る薄墨色の髪と虚な深紅の眼は、確かに覗き見を知り、何かしらの方法で術を切り裂いた。
そんな人物を連れてきた時の巫女、刻詠に向けられている。しかし、刻詠はいつもの様に寝ていて話が聞けない。
「刻詠、起きなさい。我は兎も角、他の巫女たちは説明を求めている」
「…………んむぅ……Zzz」
「刻詠!」
「……? 申し訳ない。また、眠ってし申した」
空色の髪をした霊族の女性。夢の神木を守る巫女、《夢現》の夜紡に起こされて眠たそうにあくびをする刻詠。
軽く身体を伸ばしてふぅっと一息をつき、
「……して、何故汝らは妾に視線を向けるのか」
寝ていて話を碌に聞いていない刻詠は、巫女たちから視線を集めているのか疑問な様子。そんな刻詠に、付き合いの長い夜紡は呆れ気味に説明する。
「やはり話は聞いていなかったか。お前が寝ている間に、お前が人族を連れてきたから何事かと話をしていてな」
「……ああ、理解し申した」
刻詠が連れてきたが、どうも従者とは思えない。なので同じ人族の従者を持つ黒髪に目隠し、そして身体中に鎖を巻きつけた人族の巫女。界の神木の巫女、《無境》の天牢の付き人に接触を図る様指示を出した所、曖昧な答えしか聞けない。名前の無い刻詠の連れてきた自称御者。
しかし、その腰に差している刀は使い込まれ、手入れのされているモノ。宝物や美品、骨董品の収集を趣味とする紺色の長い髪を持つ潮族の巫女。水の神木の巫女、《絶海》の碧澪が上物であると見て、位の高い戦人なのではないかと言うとさらに拗れる。
結局本人か、刻詠に聞くしかない。
しかし、若手の巫女たちは天牢以外の人族をあまりよく思っていない。そのため、人族と直接話すよりも刻詠に聞こうと言うことで彼女は起こされた。
別に怒る様なことでもないし、不思議なのもよくわかるので刻詠は少し考える。
「……彼の人は、妾の。……妾の……」
「……お前が言い淀むとは珍しいな。他者に言えない関係なのか?」
「……否、……そのようなことはない。……されど、彼の人と妾の係わり合いは言葉とし難いもの故」
彼と刻詠の関係。一言で言い表すならば、彼はただの居候。本来どこにも根を張らず、各地を彷徨う根無し草。
そんな彼を自分の我儘でとどめ続けているだけ。彼は優しいから、何処へも行かないでほしいと願ったから自分の元にいるだけ。刻詠はそう認識している。
「なるほど。刻詠に聞くよりも、従者の方に聞いた方が良さそうだな」
「……」
夜紡もお手上げ。刻詠は言葉に迷って説明できない。
「しかし、個人の従者についてのもの。気になる者のみ、自分で聞きに行きなさい」
しかし、個人の従者の話。興味があるなら自分で従者に聞きに行く様言うとその場は静かになった。
巫女の集会が終わり、皆が帰り始めた頃。
円卓のある部屋には、刻詠と夜紡の二人が隅の方で話をしている。
「……まさか、お前に想い人が出来る日が来ようとはな」
「…………妾も、そう思い申す。……永く、生きていると不可思議な巡り合わせもあるモノ也」
「全くだ。……なあ、白月。相手は人族。我らとは生きる歳月が違う。悪いことは言わない。お前ではただ、あの者が寝ているお前と共にあるだけになるだろう。特に何かするわけでもなく何も残らず、お前は愛する者を見送ることとなる」
「……」
刻詠は答えない。彼は死なずの身。彼の気持ちが変わらなければ。変わらぬ間は共に居てくれるだろう。
しかし、人の精神はその様にできていない。精神は磨耗し、やがて感情を持たぬ植物のような屍となる。そうならない様、人は変わるものを求めて刻詠の元を去る。変化を求めて遠くへ行ってしまう。
それを考えられないほど、刻詠の思考は盲目となっていない。考えるからこそ本人も苦しんでいる。
「…………それでも、妾は彼の人を。……彼の人を愛してし申した。独欲に駆られることも増えた。ただ、触れていたいと思うことも増えた。……彼の人の過去を見て、あの存在の輝きを見た」
刻詠は夢を通じてあらゆる過去と未来を見る。
その夢を通じて彼の過去を拝覧し、常に誰かを見送ることしか出来ず。それでも、幾千もの屍を積み上げて星を掴もうと足掻く、とても真っ直ぐで、何者にも汚されない強い意志の化身を見た。
人という種を一人で越え、守り見送る彼の生き様を見た。
「…………それほどまでの輝きを見たのか」
「……あい。……誰も、彼の人と共にあれないのなら。世界が〝永遠を生きよ〟と望んだ妾が、彼の人の隣を独占したい」
存在の持つ輝きに触れて彼を本気で愛する彼女は、恋する乙女の様な顔で微笑んだ。
「そうか。であれば我から何か言うこともない」
夜紡は肩をすくめる。遠い過去、夜紡も伴侶と共になる前は刻詠に話をしたものだ。それが今は逆転し、刻詠が夜紡に話をする立場となるとは。
「しかしまあ、自らにかかる火の粉はきちんと払いなさい。お前の美貌を狙うものは五万といるのだから。永く生きる人族だとしても、精神の磨耗を早めるのは得策ではないだろう」
「あい。わかり申しておりますとも」
刻詠には見えた未来からの確信がある。
たとえどんな相手が刻詠を奪いに来ようとも、彼は舞い散る桜の花弁の中で全てから刻詠を守るであろう、と。
「会いに行ってやれ。待たせているんだろう」
「あい。……夜紡、短い別れ。汝の輪廻の後に、また会おう」
「ああ、我が不在の間は任せた」
「あい」
刻詠は夜紡と別れ、お付き、護衛たちのいる部屋へと向かう。
部屋の戸を開けると、そこには静かに佇み彼女が来るの待っていた彼がいる。
「終わり申した。帰路に着こう」
「ええ、帰りましょうか。眠たくなれば私が抱き抱えますので、遠慮せず言ってください」
「わかり申した。では、行こうか」
彼が差し出してきた手を取る。血色が少し悪く、少し冷えているが大きく、傷だらけで皮が厚く硬くなった彼の手が、刻詠。白月は好きだ。
「珍しいですね。手を繋ぐなんて」
「……此度は、そのような気分故。……嫌、か?」
「いえ、構いませんとも。刻詠様の温かい手は、私も好きですから」
人里より隔絶された場所である九霊殿から去り、最寄りの里の馬車乗り場から馬車を乗り継いで九重町へと帰る。
その帰路、白月の寝る横には優しそうな目付きで頭を撫でる彼の姿があったとか。




