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名もなき者と刻詠の巫女  作者: メめ
2/6

甘味処へ行く名無しと巫女




 町へ降りれば賑やかだったのが嘘だった様に静まり返る。

 町行く人々の目は、通りを歩く二つの人影に向けられており、その目は好奇かそれとも畏怖か。

 片や町人服に身を包む異郷の剣士。片や日傘をさしながら眠そうに歩く青い着物を来た美女。美女に関しては胸元がはだけで豊満な胸と谷間。白く滑らかな肩が見えている。


 軟派を仕掛けるほど無知で不敬な者がいないわけではない。しかし、それを許すほど異郷の剣士は甘くない。声をかけようとする素振りを見せると虚ながらも鋭さの衰えない視線が軟派者を襲い、それでもダメなら気迫のみで斬り伏せられる。


 眠気でうつらうつらと船を漕ぎながらも歩き続ける美女、白月は歩きながら目を覚まし、あくびをして目を擦る。


「…………嗚呼、寝てし申した」

「おや、寝ていたんですか。歩きながら寝るとは、器用なことをしますね」

「…………長く……生きておる故。……体質上、な」


 まだ眠たいのか、その言葉には覇気がない。元々覇気など出さない人物ではあるが、威厳がどうのこうの言う者もいる。彼的には頑張って起きて欲しいところだ。


「眠気がひどいのであれば私がおぶっていきましょうか?」

「…………不要。……汝の世話にばかりなるのは、悪い故」

「左様ですか。甘味処までもうひと頑張りですよ」

「………………あい」


 起きているかも怪しい返事だ。

 白月の身体がふらつき、前のめりに倒れ込むのを片腕で受け止めた。


「……結構限界そうですね」

「……………………すまぬ。…………汝の胸を、借りたいと……」

「わかりました。では、失礼しますね」


 屈んで白月の肩と膝裏に腕を回し、そのまま抱き抱える。

 落とさない様、抱き寄せ。意識が落ちて力が抜けたのかゆらゆらと揺れる安定しない首をなんとか自分の肩に乗せて歩き始める。日傘は白月が既にしまってある様なので手荷物は増えなくてすみそうだ。


「…………あたたか……Zzzz」

「到着したら起こしますので、そのまま大人しく寝ていてください」


 返事はない。夢の中へと旅立った様だ。この様子だと、到着しても起きるか怪しい。


「あっ、刻詠さまだ!」

「刻詠さままた寝てるー」

「異郷の兄ちゃんが刻詠さま抱っこしてるぞー」

「異郷の兄ちゃん、あそぼー」


 町の子供らは元気なことで、彼のことを怖がらない。なんなら、遊んで欲しいとせがんでくる。白月に対してもそうだ。話を聞かせて欲しい。遊んで欲しいと屋敷までやってくるのだ。大体は町の大人に止められてしまい、会うことはあまりできていない。しかし、町に降りているときは別で止めてくる大人を振り切って遊びに誘ってくる。


 元々子供のことが苦手でも嫌いでもない彼は、遊び相手をすることもある。しかし、今は白月を抱き抱えており、しかも寝ている。今は子供らの相手をすることはできない。


「すみませんね。刻詠様は今寝ていまして、私も刻詠様を抱き抱えているので今は遊べないんです」

「えー、そんなぁ」

「遊んで欲しかったのに」


 不満たらたらな子供達の不満を解決しようと、彼は頭を働かせた。そこで閃いたのは、子供を甘味で釣ると言うものだ。何処の世でも子供は甘味が好きだ。今彼や白月と遊ぼうとやってきた子供も例外ではない。


「今から甘味処に行くので、あなたたちも一緒にどうですか」

「いいの!」

「兄ちゃん太っ腹ー」

「わたがし食べたい!」

「おいもー」

「はい、構いませんよ。ですが、ちゃんと学問にも励んでくださいね」

「はーい」

「おべんきょうきらーい」

「ちゃんと出来ていれば、また甘味をご馳走しますからね」

「おべんきょうがんばるー」


 子供は単純でいい。


「では、行きましょうか。逸れないよう、みんなで手を繋いでください」

「兄ちゃんの手がないよ?」

「では、私の服の裾を掴んでいてください」

「はーい」


 子供らは元気に返事をして彼についていく。親たちは遠くから心配そうに見ているだけで、何かをしようと言う素振りはない。


 そもそも、この町の大人たち。狐族の町であるこの場所にいる人族と言うだけで大人たちはあまり良い気分ではない。

 この世界の人族は侵略的で定期的に人族以外の種族に戦争をふっかけ、奴隷にしたり、略奪を繰り返す悪辣な種族として通っている。他種族に友好的な人族の国も有るにはあるが、片手で数えられる程度だ。中立面をしているが、差別は当たり前と言う国もあるので、基本的に人族は人族以外に嫌われている。

 なので、彼も例に漏れず基本的に良い顔はされない。


 それもあってか、無邪気に遊びにやってくる子供らや普通に会話のできる一部の狐族とはそこそこ関わりもある。


 子供らと話をしながら歩くこと三分ほどすると、大きな木彫りの看板が立てかけられた店に到着する。

 登りが二つ経っており、その登りにはこう書かれている。《現在、西国ノ茶菓子取扱中》、《巫女様御用達ノ霜草堂》。


「ついたー!」

「霜草どー」

「西のお菓子あるー」

「おじちゃーん、わたあめー」

「コラ! 走って入らない!」


 到着した途端に子供らは店の中に入って行く。それを、霜草堂の看板娘に叱られて少し大人しくなって入って行く。


「あ、こんにちは。剣士さん。今日は──」


 栗色の毛並みの狐族の少女は彼の抱き抱えている白月を見て目を丸くする。


「とーちゃーん! 剣士さんが巫女様誘拐してるー!」

「誤解です。誘拐してません」


 白月を誘拐したら最後。彼は血祭りに上がることだろう。人族以外の種族は基本的に信心深い。宗教のトップを誘拐するんだ。狐族総出で彼を血眼で追いかけて袋叩きにするだろう。

 現に近くにいる狐族の全員の視線は彼に向けられている。人によっては既に道術を発動させる準備をしている


「まあ、冗談ですよ。いらっしゃいませ、剣士さん。巫女様が一緒と言うことは、食べて行くんですか?」

「はい。そのつもりです。子供たちも一緒なのですが、大丈夫ですか?」

「わかりましたー。では、準備しますね。とーちゃーん」


 栗毛の狐族の娘が店内に入って行き、彼も白月を抱えたまま連れて入る。


 ============================================

 甘味処『霜草堂』

 その歴史は長く、三百年ほど続く老舗。

 狐族の町、九重町(ここのえまち)の名物店。

 店内は広く、奥へ行くと卓と椅子がいくつも設置されており、店内で甘味を食べられる様になっている。店主が仕入れた世界各地の甘味が食べられる。

 1番人気は焼き団子。

 ============================================


 彼が霜草堂で甘味を食べる時は決まってさらに奥にある個室か、店裏にある長椅子に座って団子を食べている。しかし、白月と子供らが一緒なのであれば個室では狭いだろう。

 霜草堂の店主がせっせと卓を一箇所に集めて椅子を置いている。それを子供らも手伝っている様で一人掛けの椅子をそれぞれ持って運んでいる。


「…………ん……、ん?」


 腕の中にいる白月が身じろぎ、薄藤色の瞳を隠していた瞼がゆっくりと開いた。


「おはようございます。到着しましたよ」

「…………あい。……着き申したか」

「はい。道中、子供たちと出会いまして。今日は、子供たちも一緒になってしまいしたが」

「良い。……汝と二人きりでないの些か残念で。されど、子らと戯れ、共に遊ぶのも妾の役目。それ故、気にすることはあらず。……妾は、大事ない故」

「そうですか」


 白月は寝ている時は腹の上に乗せていた手を彼の首に回し、身体をさらに密着させて彼の首元に顔を擦り付ける。


「? 降りないのですか?」

「…………暫しの間。ほんの数刻で良い。妾を腕にいだいてほしい」

「数刻も抱えていると日が暮れますし腕が痺れてしまいますから、降りてもらえると助かります」

「……………………わかり申した」


 納得していない。不満であると言いたげながらも白月はおとなしく彼の腕から降りて着物を正す。子供らの前だからか、両頬をパチンと叩きて気合いを入れて眠気を飛ばす。

 ……しかし。


「……ふあぁ」

「まだ寝たりませんか」

「……」


 どうやらまだ寝足りないらしい。この世界に迷い込んだ彼を白月が自分の屋敷に置く様になってから、白月は年の半分を寝て過ごしたりすることは無くなった。一日のうち数時間は起きている様になった。

 千年以上続けていた生活習慣は中々慣れず、常に寝足りないらしい。


「……子供たちの相手が終わるまで持ちそうですか?」

「……………………頑張り申す」


 ダメそうならダメそうで白月を個室で寝かせて彼が子供らの相手はするだろう。


「刻詠さま?」

「どうされ申した。クロウ」

「刻詠さま、あそぼ」

「刻詠さま起きたの?」

「おはよう、刻詠さま」

「ふふ、わかり申した。されど、此処は甘味処。食してからでも遅くはならず。甘味を食してからにしよう」

「「「「はーい」」」」


 子供らと椅子に座り、彼と白月が真ん中の対面に座り、その横に子供が座る。


「アキサメ。誂えを頼み申す」

「はーい。何をお食べに?」

「あたし、りんご飴」

「わたがし!」

「イチゴのやつ!」

「芋よーかん!」

「わかったよ。刻詠様と剣士さんは?」

「妾は大福を所望す」

「私は干し柿をお願いします」

「かしこまりました。持ってきますので少々お待ちを」


 栗毛の狐族の娘。アキサメが足早に店裏へ戻っていく。

 子供らは自分に運ばれてくる菓子に胸を躍らせ、彼はそんな子供らを見て小さく微笑んでいた。







 甘味を食べ終え、屋敷で子供らと遊んだ後。親が迎えに来て、子らが各々の家へ帰っていく。

 彼と白月は二人で子供らを門まで送り、子らが去って見えなくなるまで手を振って見送った。


「……汝は……」

「? どうかしましたか?」

「……大事ない故」


「大事ない」口では気にするなと言うが、白月は少し機嫌が良くない。白月はそっぽを向いた。しかし、彼に効果はあまりない様だ。


「今度、また来ましょうか。今度は、二人で」

「…………大事ない。…………されど、汝が妾と如何にしても行きたいと申すのなら。……妾も、考え申す」

「ええ。私は刻詠様とご一緒したいので、また甘味処へ一緒に行ってはくれませんか?」

「…………考え申す。妾はそう言い申した。此度は返事をせぬ」

「そうですか。良い返事を待っています。中に戻りましょう。この時期の夜は冷えますから」

「……是。……冷えるならば、妾と寝申すか?」


 白月が自分の尾を出して彼の体に擦り付ける。ふわふわとした毛並みのいい尻尾はさぞかし暖かいことだろう。しかし、


「…………とても。とても魅力的な提案ですが、私は布団で事足りますから」

「……妾の尾では役不足と申すのか」

「いいえ、そう言うわけでは」


 不満そうな白月がズイッと彼に詰め寄り、二つの尾で彼の体を撫でる。あまり慣れない感覚に彼はしどろもどろになりながらもなんとか逃れようとするが、白月は逃さない。


「…………今宵は冷えると申すのならば、妾も冷えぬ様。汝で暖を取り申そう」

「……刻詠様は婚前の身なのですから、異性と夜を共にするのはあまり良くないことかと」

「……汝は、妾と共に夜を明かすのは嫌と申すか」


 彼の服の裾を掴み、上目遣いで彼の目を見る。


 少しの沈黙ののち、彼と白月は屋敷に戻った。



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