名無しと巫女
向かってくる魔物に剣を振り下ろす。こちらの腹を貫こうと、頭を潰してこようと関係ない。ただ剣を振い、魔物を倒す。
迷宮から帰る時は返り血なのか自分の血なのかもわからないほど血と肉片に塗れて入口に戻り、身体を清めて家へと帰る。
英雄と呼ばれていた頃が懐かしい。しかし、自分はあくまでも英雄の居たパーティーのメンバーというだけだった。強者ではあるが、最強とされた勇者や賢者、聖女ほどの強さはない。だからこうしていつもボロボロになりながら戦い、その度に迷宮の入り口にある窓口でお叱りを受ける。
それに、ここは自分が英雄であった世界ではないし、英雄であったことを知る者など居ない。
家は元いた世界よりもかなり大きくなり、日本庭園の様な作りの屋敷に居候させてもらっている。
「……ただいま戻りました」
カラカラと音のなる戸を開き、屋敷に入る。
そこそこの広さを持つ屋敷ではあるはずが、使用人は一人もいない。そもそも、屋敷も最早形だけのモノ。この世界で指折りの権力者だから所有しているだけで、屋敷の主は基本屋敷内には居ない。
しかし、この屋敷に居ないとは言っても、常に敷地内には常に居る。
屋敷の門前からも見える巨大な木。神木とも呼ばれるその木の下でいつもの様に昼寝をしていることだろう。
神木の下へ行くと、陽光を反射させる白銀色の毛玉が見える。
自分の尾を敷き布団の様に扱いながら眠るその人は、自分以外の気配を察知してか身体を起こし、まだ眠そうな眼をこすりながらこちらを見た。
「…………ん? 随分と早いかえり。……御還り申す」
「おはようございます。刻詠様」
「……この場は二人故、白月と」
「そんな不敬なこと出来るわけないでしょう」
白銀の尾で身体を支えながらゆっくりと立ち上がり、寝て着崩れた着物を軽く整えてこちらへ歩み寄る。
彼女の名は白月之時姫。この世界に九つある神木を守る巫女の一人。かなり偉い人物なのだ。
ただの根無草、居候がそんな人物の名前を気軽に読んだとなれば極刑モノ。絞首なり打首なり、その程度で死ねるとは思っていないが、痛くて苦しいことに変わりはないだろう。
「……不敬を気にするのであらば、妾のこの身、姿を直視している時点で極刑は免れないと考え申す」
「今更なんだから名前で呼べと」
「……然り」
寝起きの姿を見たことがある時点で極刑は免れないから、今更名前を呼ぶぐらい気にするな。白月はそう言う。しかし、そう言うわけにもいかない。名前とは神秘、自らの在り方の塊。自らの神秘性を守るために名を明かさない。明かすとしても最低限に抑えるもの。少なくとも、元いた世界はそうだった。それ故に、部外者である自分が名を知り、呼ぶ必要はない。そして、自分の名を知らせることもないだろう。
矮小な人の身では、神秘を守る手段はそのぐらいしかないのだ。自分が無名でいられるほど運が良くなかったとも言えるが、保有する神秘の量で強さは変わる。せめて、何処かしらの神性から加護を得られれば良かったのだが、加護をもらうことも出来なかった。そのため、勇者や聖女、賢者らにも名前を明かすことは出来なかった。
「呼びませんし、呼べませんよ。あなたの大切な名前なんですから」
「……左様か」
大きな狐耳をぺたりと伏せる。どうやら名前を呼んでもらえなくて残念がっている様だ。
少し可哀想だが、名前を呼ぶ気にはならない。
「霜草堂のお団子を買ってきたのですが、一緒にどうですか?」
そう告げる彼は、団子の入った木箱を白月に見せる。箱の蓋には、『霜草堂』の焼き印がされてある。
「良いのか?」
「はい。構いませんよ。緑茶で良かったですよね」
「うむ。緑茶が良い」
彼から茶の誘いを受け、白月は垂れていたはずの耳をピンッと立ててる。機嫌は戻った様だ。
「……されど、良いのか。汝が食べるために買ってきた物を妾が」
「構いませんよ。一人で食べるより、誰かと食べた方が楽しいですから」
彼は食事を必要としない。そして、白月も本来食事は必要ない。二人にとって団子を食べるのも、お茶を飲むのもただの娯楽。寝たりするのもそうだ。ただの娯楽や現実逃避に過ぎない。
娯楽ならば一人よりも二人の方が楽しめる。ただそれだけなのだ。
湯呑みに急須からお茶を淹れて縁側に腰掛け、白月は彼の隣に腰掛ける。ついさっきまで生えていたはずの狐の尾は消えてなくなり、まだ眠り足りないのか欠伸をしながらお茶の入った湯呑みを受け取った。
「……日向は良い。温かくて、また……眠く」
「火傷しますよ。起きてください」
「…………はっ、いかん。……また、眠るところであり申した」
「眠たければ寝ていても良いんですよ。刻詠様の分の団子まで食べたりしませんから」
「……しかし妾は、汝と共に食したい故。……ダメか?」
彼は首を横に振り、串団子を白月に手渡した。
白月はまじまじとその団子を見て、感謝を告げて食べた。
「うむ、霜草堂の焼き醤油は変わらぬ味」
「そうなんですか?」
「然り。……百と数年続く店故、多少の変化は有ろうモノ。しかし、大きく変わらず作り方も味も昔のまま。…………嗚呼、まだ残ってくれていたか」
白月は長く生きる存在。人間である彼よりもはるかに長く生きているのだ。長く生きていれば思うことぐらい一つや二つあるんだろう。
とても悲しげで、けれど嬉しそうにそう言葉を漏らす白月を横目に彼は団子を食べた。
「……刻詠様。明日は私も暇ですから、甘味処にでも行きますか」
「……? 何故」
「古き良きと言う言葉がある通り、古くても良いモノ。昔あった良いモノも勿論あります。しかし、時も時代も流れ行くモノ。新たなモノもきっと良いモノかもしれない。そう考えると、少し新しい甘味に興味が湧きませんか」
彼は人間であるが長い時を生きている。神秘を守るために人里から離れたり、面倒ごとを避けるために人を寄せ付けない様なことをしては居たが、ずっと古い世に取り残されるのは良くないと考えていた。
そのため、定期的に人里に降りて新しくなったモノ。新しく出来たモノを見て回ったりしていたのだ。
変化を悲しんだり、変わることを嘆くよりも、新しい楽しみを見つけた方が気持ち的にも良い。
そんなちょっとした気遣いなのだが。
「…………それは、汝が妾とでぇーとがしたいと言うこと?」
「近からず遠からずですね。刻詠様と甘味処に行きたいだけですし」
仲良くなりたいと言う気は特にない。ただ、長く生きる者同士、精神的に健康であるにはこうした方がいいんじゃないかと言う話がしたいだけだ。
「…………左様か。妾とでぇーとしたいと申すか」
白月は少し嬉しそうにそう言うと、彼の方を向き微笑んだ。
「……楽しみができたのであれば、その認識でも構いません。明日の昼頃に町まで降りて甘味処を周りましょうか」
「あい。妾はあまり町へは行かぬ故。案内をお願いし申す」
「はい。お任せください」
迷宮で稼いだ分は滅多に使わないため、貯金額は増えるばかりだ。一人で散財するより、白月と二人で散財した方が楽しめるだろう。
「でぇーとか。…………まだ、町に良く降りた頃はよく誘われたものだ」
「受けなかったんですか?」
「…………皆、妾のことなど見てはおらぬからな」
白月之時姫という存在は、守護者であり、世界的権力者。
世界の土台。神そのものとされる神木を守り、育てるのが巫女の勤め。
白月之時姫という存在を誰も一人の女性として見ることはない。見たとしても身体目当てか、胎目当てだろう。巫女と子をもうけたとなれば、自分にもその恩恵がくるのかもしれない。神木より加護を賜り、力を得られるかもしれない。
そのため、白月は何度も異性に襲われては返り討ちにしてきている。
そんな過去がある中、何故彼に目を向けて執着を示すのかは彼にもわからない。
「……されど、汝は常に妾を見ている。故に、妾は汝と共に居るのは気が楽。同胞たちと共に居るような気になってしまう」
「左様ですか」
白月は団子を食べながら遠くの空を眺め……彼に頭を預けた。
「……刻詠様?」
「…………zzzz」
「……ああ、寝てしまわれましたか」
白月之時姫が守る神木は『時の神木』。時間を司る神木であり、その巫女である白月は未来や過去を見ることができる。しかし、その未来や過去は夢として見ることが多く、白月は気を病ませることが多い。見知らぬ誰かの過去を見ることもあれば、未来を見ることもある。この世界の未来を見ることもあれば、自分の未来を見ることもある。
夢で見ることが多いからか。それとも、白月之時姫という者がよく寝る者であるからかはわからないが、それらは全て夢で観測される。
夢見が悪くてうなされることもあれば、変えられない未来を見て嘆くこともある。
そんな、精神的に辛そうな白月をこの世界にやってきた時から見ている彼にも思うところがあるのだろう。
白月の白銀色の長い髪を優しく撫で、まだ手に持っていた串団子をそっと取り、木箱の中にしまう。
「……日差しが暖かいですね。彼の大御神の恵でしょうか」
答える者はいない。しかし、彼は白月の髪を撫でて小さく微笑んだ。
「おやすみなさい。刻詠様。良い夢が見られます様に」
彼は、そう言って頭を撫でていた。
暖かな陽光が沈み、夜が来るまで。彼は肩に預けられた頭を太ももに移動させ、通りの良い美しい髪を撫でて過ごした。
なろうは初投稿の作者です。
楽しんでいただける作品でしたら幸に思います。




