5 記憶、味わわれる
「あれ? 夏には避暑地? まぁ、いいや。高尾なら近くていい」
先に紅実那さんを送ってから高尾に行こうと話が決まり、車に乗り込んだ。帰りは紅実那さんの隣に満が座り、僕が二列目の奥、その隣に隼人、朔が助手席だ。
この席割りは正解だった。満が上手に話を盛り上げ、隼人にも話を振り、紅実那さんを笑わせることにも成功している。全員が押し黙っていた行きとはえらい違いだ。
片倉に寄る事を考慮して、帰りは真っ直ぐ国道を行く。ところどころ渋滞していたが、それでも一時間半もかからず片倉に到着した。
紅実那さんの洋館の前まで行こうと奏さんが国道を右折しようとすると、
「あー、そこのコンビニの駐車場で待ってて」
と隼人が言う。
「家を見られるのが恥ずかしいって、紅実那さんが言っている」
って、そんな事、いつの間に紅実那さんと話したんだ?
奏さんは『そうか』と言っただけで、車をコンビニの駐車場に入れた。満が降りて紅実那さんが降り、紅実那さんがみんなに会釈する。
「紅実那ちゃん、まぁったねー」
満の明るい声に送られて、隼人と紅実那さんは坂を上って行った。
どうせなら家の前まで、車で送ってあげるもんだろ? 釈然としないまま、僕は二人の後姿をなんとなく眺めていた。
満が、
「せっかくだからコンビに行ってくる。駐車場、借りるだけじゃ悪いもんね」
と言い、
「満、俺、肉まん」
と、朔がリクエストする。
「俺にはコーヒー、ブラックで」
奏さんが便乗すると、
「バンちゃんは? なにかいる?」
満が僕に訊く。ところが朔がチャチャを入れる。
「バンは、あんまぁーいコーヒー」
「うんにゃ、それは隼人だって――んじゃ行ってくるにゃ」
と、満、結局、僕の希望を聞かずに行ってしまった。でも、なんで語尾が『にゃ』なんだ? 満、おまえ、人狼だろ? オオカミだろ? つまり犬、どうせなら『ワン』って言ったら?
満が買ってきたのは缶コーヒーがブラック三本に微糖一本、コーヒー牛乳が一パック。それに肉まん三個にあんまんが二個。さっそくそれぞれに満が配る。
「はい、奏さん、ブラック。朔もブラックに肉まん。バンちゃんはブラックにあんまんね」
「あ……どうせなら肉まんが――」
「残念でした、肉まんは隼人。なんでボクには肉まんないんだよぉ、って言いだしたら面倒でしょ」
肉まんを齧りながら朔がクスリと笑う。朔は紅実那さんの退場で、二列目のシートに移った。
「隼人にはコーヒー牛乳と、肉まん、あんまん。バンちゃん、わがまま言わない。肉まんは三個しかなかったんだから」
誰が一番わがままなのか、一度考え直したほうがいいと思う。いつも思う……
車であんまんを食べながら待っていると、食べ終わる前に隼人が帰ってきた。でも、なんだか様子が可怪しい。黙って乗り込み、僕の横に座った。そしてそのまま黙っている。
「隼人ぉ、肉まんあるよ」
満が肉まんを差し出すと、ウンと頷いて受け取ったがそのまままた黙り込む。大好きな肉まんを前に『ピヨッ』の一声が聞こえない。
「隼人ぉ、コーヒー牛乳もあるよ」
これも同じ反応だ。右手に肉まん、左手にコーヒー牛乳を持ったまま動かない。
「あんまんも、あるよ?」
今度は自分の両手を見て、僕を見る。
「バンちゃん食べてるの、あんまんだよね?」
「うん……」
「んじゃ、これあげる」
と、肉まんを僕に渡し、空いた右手で満からあんまんを受け取る。
「今日はあんまんの気分だった?」
「……うん」
「コーヒー牛乳、ストロー、挿してあげようか?」
「……いや、バンちゃんやって」
と、今度はコーヒー牛乳を僕に渡そうとする。
僕の手も食べかけのあんまんと、隼人がくれた肉まんでいっぱいで、満が横からコーヒー牛乳を受け取るが、隼人に気づく様子はない。
ストローを挿したコーヒー牛乳を満が隼人の手に持たせているとき、奏さんが
「隼人、さっさとあんまん食えや。食ったら、頬撫ぜに会いに行くぞ」
と言った。ここで隼人、やっと我に返る。
「あっ! なんでバンちゃん、肉まん持ってんだよ? 僕はあんまんだけだってのに!」
「!!! これは、隼人が持っててって言うから持ってるだけじゃん。両手、塞がってるだろ?」
「おぉお! コーヒー牛乳! バンちゃん、気が利くねぇ」
「隼人! 買ってきたのはあたし! ミチルだからね!」
「そっか、ミチル、今日も可愛いね」
二列目のシートで、朔がクスリと笑った。
そこから目的地まで渋滞していなければ、十五分程度だ。隼人はあんまんを『甘い甘い』と大喜びで食べ、コーヒー牛乳を飲みほした。そして『ピーピー』言いながら肉まんを食べ始める。
朔が
「黙って食えないのか」
と苦情を言うが『まぁまぁ』と奏さんが宥めた。
隼人が食べ終わるのを待って、コンビニをあとにする。
すぐに片倉の交差点だ。ここで北野街道に進路を変える。案の定、すでに隼人は僕の背中に顔を突っ込んで眠っている。
「ねぇねぇ、奏さん。頬撫ぜってどんな妖怪なのぉ?」
満が奏さんに訊いている。そうか、動志温泉界隈で頬撫ぜが取り沙汰されたとき、隼人と一緒に頬撫ぜと話を付けに行ったのは僕と奏さんだった。人狼兄弟はお気楽に、温泉で遊びながら待っていた。
「どんなって……そのまんまだな」
「東西南北どっち?」
「頬を撫でるだけの妖怪だよ。高尾山の南の麓付近にいるはずだ」
「安墨野に移るって、さっき言ってたよね」
「あぁ、アイツ、わりと広範囲に出没するからな」
「頬を撫でられるとどうなるん?」
「びっくりする」
「それだけ?」
「うん、それだけ。あとはまあ、気持ち悪いかな」
「なんだ、ただの愉快犯だね」
「愉快犯……なんでも、撫でると相手の記憶が読めるらしくって、それがヤツにとっては旨く感じるらしいな。ご馳走って言ってた」
「そっか、グルメな愉快犯なんだね。なっとく!」
二人の会話が微妙にずれていると思うのは僕だけだろうか? なんだか頭痛がしそうだ。
北野街道から町田街道を掠め、トンネルをくぐって高尾山インターチェンジをすり抜け、頬撫ぜの住む地帯に入る。高尾山のふもとになるが、頬撫ぜの領地内なら天狗も僕たちの侵入を拒めない。
一度やり合ってから、天狗は隼人を嫌っている。隼人はそんなこと、全く気にしていない。それどころか、嫌われていることにも気づいちゃいない。
道の舗装が終わったところで奏さんが車を停める。そこから先は砂利道が続いていて、行こうと思えば行けるけどUターンできる場所があるか判らない。ここで車を降りる方がいいと、奏さんは判断した。
「隼人、着いたぞ。俺も行くか?」
「いや、いい。バンちゃんと行く」
奏さんにそう答え、隼人が車から降りる。
「ミチルも一緒に行こうか?」
僕が降りた後、満が隼人に訊くが隼人は答えなかった。不貞腐れて満が車のドアを閉めた。
砂利道を行くと道幅はどんどん狭くなり、山はどんどん深くなる。
「あそこだね」
僕の腕にしがみ付くようにして歩いていた隼人がそう呟くころには、空はわずかに木立の間から覗いているだけだった。
見ると人が一人通れる程度の脇道があった。入り口の両側に御幣が立てられている。御幣というのは、細く折った紙をギザギザに折りたたんだものだ。神社とかでよく見るアレね。
「バンちゃん、先に行って」
先に立って脇道を行く。隼人が僕の左手を握っているから歩きづらいけど、文句を言うと怒られるから黙っていた。
暫く行くと、少し開けた場所にでた。祠がある。すぐに青白い手が現れて、僕の頬を撫で始めた。




