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彼女の恋人  作者: 寄賀あける


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3/13

3  目玉、合致する

「妖怪の正体は判ってる。『()(かり)(ばば)』だ」


 本来、毎年決まった日に人家を襲って(みの)や目玉を奪う妖怪なんだよ、と隼人(はやと)が説明する。


「土着の妖怪で、年に一日しか仕事をしないはずなのに紅美那(くみな)さんの家に頻繁に現れるようになったらしい」

人間を(おびや)かすのが妖怪のお仕事ってことだね、隼人。


菩提寺(ぼだいじ)に相談したら、紅美那さんを狙っているのだと住職が言ったそうだ」

それであの洋館に退避させたってわけか。それにしても菩提寺? 紅美那さんのご実家は名家なのかもしれない。


「まぁ、ボクの見解はちょっと違うんだけど、それは後でいいや。ターゲットを見つけられればはっきりする」

そう言うと、隼人は池を見た。それから、

「紅美那さんはここで待ってて。(そう)ちゃんもここで。食事しながら紅美那さんを守って」

それじゃ、行くよ、と立ち上がった。


 行くよ、って、どこに行くんだろう? 隼人は公園から出るつもりはないようだ。この公園のどこかに妖怪が(ひそ)んでいるのだろうか?


 池の(ほとり)に降り、ぐるりと回り込むように行くと子どもたちの歓声が聞こえた。ふれあい動物園に近づいていた。横の丘の向こうからも子どもたちの声と、それに混じって『頑張れ』と大人の声が聞こえる。さっき見た案内図から考えると、きっとアスレチックを楽しむ声だ。


 ふれあい動物園を(のぞ)きながら、僕たちはそぞろ歩いた。さらに進むと規模は小さいが水田(すいでん)が見えて来た。脇道が奥まで続いているが、その先は山になってどん詰まりのはずだ。


「稲?」

隼人が僕に聞く。

「そうだね、稲だね」

「……こっぽっち作っても、茶碗何杯にもならない」


「そうだね、子どもたちに稲作を……」

「あ! カエル!」

僕の説明なんか、隼人、実は聞いちゃいない。カエルを追って、水田の奥のほうに続く道を行く。って……カエルって、どこさ? 僕を見て(さく)がクスリと笑う。

「いっくよぉ~」

と、(みちる)が僕の腕を引っ張る。なるほど、目当てはこの先にいる(・・)ってことか。


 途中で隼人が振り返る。

「ミチル! バンちゃんを(いじ)めるな!」

隼人、少しは僕の事、

「バンちゃんを虐めていいのはボクだけだ!」

考えちゃいなんだね……


 渋々(しぶしぶ)満が僕の腕を離すと、代わりに隼人が僕を捕まえる。フワッとした感触のあと、隼人の腕がしっかり僕の腕に(から)みついてくる。いつも僕はこの『フワッ』に(だま)されるんだ。そう、いつも……


「朔ちゃん、防犯カメラ、大丈夫そう?」

「……問題なし。ここなら死角だ」

「じゃあ、行こう」

サングラスを外すと僕を引っ張って、隼人が山に分け入った。


 隼人の右目は全てを焼き尽くすラーの目(・・・・)で、左は全てを見通すウジャトの目(・・・・・・)だ。ウジャトの目を使って(くだん)の妖怪を探す気だ。隼人の左目が霧のような光を放ち、前方を照らし始める。


 すっかり山に囲まれ、どちらに行けば元の道に戻れるか判らなくなりそうな頃、隼人が足を止めた。


「いた。ウジャトの目を使うまでもなかったね。朔ちゃんにはよく見えてるんじゃ?……バンちゃん、何かあったら退避、よろしく。なんか、大丈夫そうだけど」

なんか大丈夫、って何が大丈夫なんだ? 戸惑う僕とは裏腹に、朔はニヤリと頷いた。


 ちなみに、僕の武器は瞬間移動、と言ってもせいぜい十メートル。だけど割とこれ、役に立つ。水平方向なら障害物があっても問題なく移動できる。跳躍も可能だけど障害物を避けられない。木が乱立する山の中では水平移動のほうが有効だ。ついでに言うが、至近距離で相手の目を覗きこめれば、意のままに操る事も僕には可能だ。


 で、ラーの目しか、これと言って武器にならない隼人は、戦闘能力ゼロと言っても過言じゃない。ちょっとした魔法みたいなことはできるみたいだけど、戦闘の役には立たない。


 ラーの目にしたって全てを焼き尽くしちゃうんじゃ、こんなところで使ったら山火事になる上、自分たちまで黒焦げだ。だからか、隼人がラーの目を使うところを僕でさえ見たことがない。


 危険が予測できる時、隼人は必ず僕を(そば)に置く。逃走経路を確保するためだ。逃げるが勝ちと言うだろう、と笑う。


「朔ちゃん、行けそう?」

隼人が問えば

「フン、楽勝だな。どうする? ヤるか? 捕らえるか?」

と、朔が答える。


「生け捕りで……」

「なら、満、行け」

朔に命じられた満がキョトンとする。


 人狼の朔は頼もしい戦闘員だ。人形(ひとなり)のままでも『人並み以上』以上(・・)の腕力と脚力だし、狼に化身(けしん)すれば並みの狼なんか足元(あしもと)に及ばない……大口真神(おおぐちのまがみ)の血を引いている。いわば神さまの子孫だ。並みのはずがない。


「行けって、どこによぉ?」

弟の満は朔に比べれば戦闘能力が低い。僕にさえ喧嘩じゃ勝てない。だけど神通力(じんつうりき)が使える。満の鳴き声は視覚・聴覚を狂わせることができ、戦わずして相手を降伏させるのも不可能じゃない。難点は、味方にさえも作用してしまうこと。


 チッっと舌打ちして、朔が満に何か(ささや)く。満が目をギョロギョロさせ『あぁ』と頷く。

「あれね、あの妖怪ね。判った、任せて」


 ん? あの妖怪? あの……?


 僕の様子に隼人がクスリと笑う。

「この山、妖怪(とりで)みたいだ」

「妖怪砦?」

「ここから見えるだけでも五体の妖怪がいる。ここに来るまでには何体いたかな。数えてないや。バンちゃんには見えないかもね」


「えぇえぇえ? 襲ってこないのか?」

「バンちゃんだけなら襲ってくるかもだけど、ボクや人狼を襲う気はないみたい。ほら、ボクや人狼兄弟は『神』だから。ヤツら、神には弱いみたい。ひれ伏してるよ。ウジャトの目が放つ光が怖いのかもね」


……フン、どうせ僕はただの『お化け』だよ。


 満が木立に入り込み、下草がこんもりと茂った場所で足を止める。少し(かが)んでその(やぶ)に向かってそっと話しかけている。


「ミチル、こっちに来て姿を現せって伝えて」

僕の横で隼人が声を掛ける。隼人の目からはもう光が出ていない。


 すると、すぐそこに圧を感じる。そこだけ空気が重くなった感じだ。見ているとどんどん重くなって、やがて小柄なお(ばあ)さんが這いつくばって、地面に頭を(こす)りつけているのが見えた。


 ()せっぽちで、薄っぺらな浴衣(ゆかた)を着ているがボロボロだ。異臭がしないのが不思議なくらいだ。


(おお)せのままに姿を現してござ(そうろう)。異国の神がなんの御用で御座(ござ)りましょう」

しわがれた声が聞こえる。


「この山の向こうの民家に何用(なによう)か?」

婆さんの言葉使いに、隼人、つい釣られちゃってる。朔が笑いを()み殺した。


「あの屋敷には我が身と同じ(あやかし)の気配あり。それに()かれて訪ねるも、消えた気配に(くや)しゅうて」


「……その(あやかし)に何用ぞ?」

(われ)のような小妖怪、現世(うつしよ)いと(・・)も生き(づら)く。我らが住まうこの山も、人間(ひと)の手により(せば)められ、そこに他の山、消え失せて、(こぞ)って()み付く小妖怪、もはや身を伸ばし、眠る余裕もない始末」


――妖怪って山に住んでいるものなんだ? そして体を横にして眠るんだ……


「かの(あやかし)は人に添い、人に守られあの屋敷()に棲まう。どのような芸当を(もち)いたるものか、知りたくなるのも、また道理(どうり)


「ふーーーん、それで夜な夜なあの家の門を(たた)いたんだ?」

隼人、口調が元に戻った。きっと面倒くさくなったんだ。


「さようで!」

お婆ちゃんが急に顔をあげ、隼人を見た。


 うひゃあ、一つ目じゃん。通常ならふたつ並んでいるのがくっついたかって程、大きな目が物欲しそうにギョロリと僕を見る。


 隼人が三つ目入道の奏さんを連れてこない理由はこれか。婆さんに、奏さんの三個目の目を欲しがられると厄介(やっかい)だ。変に数があうから余計にね。

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