第23話
「これはまずいね……」
「ええ。一目でわかりますね」
部屋の中は燃えさかっていた。
ニルマたちのいる部屋の中央部分はまだましだが、ここまで燃え広がるのも時間の問題だろう。
「このままじゃ服が燃えて、セシリアに怒られる」
「そんなことですか!?」
「ザマーの服は、耐熱だから大丈夫だけどさ。教会から借りてる服はただの布だしね」
ただでさえ経営状況が厳しい教会から借りている服を燃やしてしまうわけにはいかなかった。
「強化とかできないんですか?」
「この時代の服だと耐えられないかな」
ニルマは気を通すことで生物や物質を強化することができる。
だが、それには対象となる物に、ニルマの気に耐えられるだけの十分な耐久力が必要だった。
現状で耐えられる物は、ニルマが着ていたパジャマとザマーの服ぐらいのものだろう。
とにかく至急行動に移る必要がある。
ニルマは、肩を使った体当たりで庭に面する壁をぶち抜き、外へと飛び出した。
その勢いのまま地面を転がり、燃えかけていた神官服を消火する。
ザマーも遅れて飛び出してきた。
「ちょっと! これどうなってるの!?」
戻ってきたレオノーラも庭に出てきて血相を変えていた。
「不可抗力だから! いきなり変なのが襲ってきて逃げ出しただけだから、私は悪くないと思う!」
「そうですか? 遠因はニルマ様にある気がするんですが」
「とりあえず、レオノーラで消火できる?」
「え、ええ。水の魔法でどうにかなると思うけど」
壁にあいた穴から炎の精霊が出てきた。
火元が移動したのだから、これ以上火勢が強まることはないはずだ。
「ルビー様!? いったい何が!?」
『レオノーラ。こやつはなんだ? 何故このような慮外物を招き入れた?』
やはり、この精霊とレオノーラの一族は関係があるようだった。
「あなた! いったいなにをしでかしたの!」
「えーと……そこら辺の精霊捕まえて無理矢理魔法を使わせたら、親玉が出てきた」
「なにをしてくれてるの!?」
レオノーラの声が上ずっていた。
「これ、倒しちゃうのまずいよね?」
「ば、馬鹿! なんて失礼なことを言うの!」
おそらくは、レオノーラが駆使する魔法に関連する精霊だろう。
消滅させてしまえば、レオノーラに多大な迷惑をかけてしまう。
「謝るから許してくれない?」
『ほう? 貴様は眷属が愚弄されてそれで許すというのか?』
「うーん。実害がなかったら許すかなぁ」
だが、その言葉がさらなる逆鱗に触れたのか、ルビーという名の精霊はより火勢を強めた。
十分に距離を取っているというのに、焼け付くような熱波が吹き寄せてくるのだ。
「どうするんですか?」
「こればっかりはねぇ。私が悪いよね、やっぱ」
「自覚がなかったらどうしようかと思いましたよ」
「だから戦わずにどうにかする方向で考えてみよう」
戦いにおいて、強さをひけらかすのは下策だ。
どれほど強いのかなど、隠したほうがいいに決まっている。静かに疾く、気づかれる前に攻撃が完了するのが理想なのだ。
強く見えるというのは相手を警戒させるだけであり、戦闘においては無駄でしかない。
だが、ニルマはあえてその無駄を、修行の過程でそぎ落としたものを見せつけることにした。
内に秘めた気を解放する。練り上げ、撓めて、凝縮しておくべきものをあえて発散し、垂れ流したのだ。
大気が震え、空間がねじ曲がり、景色が歪む。
ニルマを中心に気の波が生じ、一瞬にして伝播した。
隣にいたザマーが、綺麗に刈り込まれた植え込みが、贅を尽くした巨大な噴水が吹っ飛んでいく。上空を漂っていた雲は一瞬にして霧散した。
『な……』
精霊が言葉をなくす。
ニルマはその状態のまま、精霊へと近づいていった。
一歩ごとに大地が砕け、悲鳴を上げる。吹き荒れる気の嵐が精霊の姿を歪め、その存在を朧にする。
ニルマが迫っていくと、精霊が後ずさっていった。
このまま逃がすという手もあるが、それでは何の解決にもなっていないだろう。
なので、ニルマは吹き荒れるがままになっていた気の乱流に少しばかりの指向性を持たせた。精霊とニルマを囲むようにしたのだ。
精霊の目前に辿りついたとき、精霊はおびえの混じった顔を見せていた。実力差は十分に理解できたのだろう。
「ごめんなさい! もう手下の子をいじめないから許してね!」
ニルマは大声で精霊に謝罪した。
もちろんこんなもの、まともな謝罪ではない。ただの脅迫でしかないだろう。だが、戦って消滅させてしまうよりはよほどましだろうと思ったのだ。
『あ、はい』
ニルマの勢いに呑まれたのか、精霊はあっさりと首を縦に振った。
「よし! 許された!」
ニルマは力を抑えこんだ。
嘘のように吹き荒れていた風が止み、巻き上げられていた植え込みや、砕けた噴水がどさどさと落ちてきた。
「やり方が卑怯ですよね! なんですかこれ!?」
吹っ飛んでいたザマーが駆け寄りながら、非難してきた。
「精霊さんに手を引いてもらうのが一番穏当な解決でしょうが!」
「人の家、むちゃくちゃにしといてその言い草はなんなんですか!」
「えー? 最初に家を燃やし始めたのは、精霊じゃん」
その燃えかけていた家は、レオノーラがいつの間にか消火していた。




