第12話
勢いよく突っ込んでいった鮫、ネルズファーが魚人間どもを食い散らかしていた。
どちらも水中に適応した姿だが実力は圧倒的にネルズファーが上で、魚人間は一方的に食われているだけだ。
「これ、行け! って一言で済んだ話ですよね? 蹴る必要ありました?」
「偉そうに命令して手下を扱き使うって、ひどい奴みたいじゃない?」
「蹴り飛ばす方がよっぽどひどいですけどね!」
ネルズファーは海中を縦横無尽に動き回り、手当たり次第に魚人間を食い殺す。
このまま魚人間は全滅するかと思いきや、魚人間は次々に湧いてでた。
ネルズファーはただ泳いで噛み殺しているだけなので、あまりに敵が多くなると全てを食い尽くせない。
そうなると、ネルズファーの隙をついてやってくる魚人間があらわれはじめた。
「これ、逃がしちゃうとまずそうですけど」
「こいつらが侵略者なんだよね、多分」
オーバーフロー。
ダンジョンからソルジャーがあふれ出てくる末期状態のことだ。
外に出たソルジャーどもは、ダンジョン周囲の生き物を殲滅し一定範囲を支配するとニルマは聞いていた。
ならば、一匹たりとも海上へ出すわけにはいかない。
魚人間は、ニルマの方へとやってきた。
ネルズファーには敵わないと戦闘を回避したが、海中に漂う女を見逃す気はないらしい。
ニルマはできるだけ魚人間どもを引きつけることにした。
最初の一匹を軽くあしらってしまえば、散り散りになって逃げるかもしれない。
それは面倒だ。
できるなら、一撃で片を付けたい。
ニルマは、魚人間の銛が届く距離まで待ち続けた。
先頭の魚人間が勢いよく銛を繰り出す。
ニルマはそれを半回転して避けた。
その勢いのまま、体を開くように両掌を左右へと打ち出す。
ニルマの右掌が魚人間を捉え、同時に巨大な渦が発生した。
ニルマの気を含んだ螺旋は、やってきた魚人間とザマーを攪拌しながら海の底へと突き進んでいく。
その巨大な渦は、魚人間の大半を巻き込んで海底へと叩き付けた。
「ちょっとは隣にいる僕のことも考えろよ!」
海底から魔力通信によるザマーの声が聞こえてきた。
「大丈夫なことわかってるんだから、いちいち気にしないでしょ」
「してくださいよ! 高速回転させられる側の気持ちわかんないんですかね!?」
「そっちで待ってて。下りるから」
魚人間の出所を探る必要がある。
ニルマは海底まで潜りはじめた。
「あらかた食い尽くしたぜ」
ネルズファーが隣にやってきた。
「ありがと」
「俺の遺跡に出てきやがったやつらとは味が違うな」
「ワーカー食べてたんだっけ? こいつらは魚っぽい感じ?」
「微妙なとこだな。鳥っぽくも思えたが」
「参考になんないなー。あ、食べたいわけじゃないけどね」
ネルズファーの背びれに掴まり、海底まで運ばせる。
そこは、数々の建物が倒れている廃墟だった。
「多分、あそこですね」
先に海底にきていたザマーが建物の一つを指さす。
ほとんどが倒れている建物の中にあって、それはまっすぐに突き立っていた。
窓がないので階数はわからないが、高さは百メートルほどだろう。
海底に近い場所に開口部があるので、そこから魚人間は出てきたらしい。
開口部からは灯りが漏れていた。おそらく五千年前の建物だが、この海の底でいまだに稼働しているようだ。
「じゃあ行きますか」
ネルズファーに運ばせ、建物に入る。
途端に水がなくなり、ニルマたちは落下した。
ニルマは着地できたが、ザマーは無様な格好で床に倒れ込んでいる。
鮫のネルズファーはピチピチと跳ねていた。
「空気あるね、どういう仕組み?」
たまたま空気が溜まっているという様子ではない。
新鮮な空気が循環しているようだった。
人工的な空間で、四角い広間になっている。
そこかしこに照明がついており、全体を緩やかに照らしている。
エントランスのような場所なのだろう。ワーカーが改造している様子はなかった。
「びっくりしましたよ……」
ザマーが立ち上がる。ネルズファーは子犬の姿に変化していた。
「ここがダンジョンだとしたら、どっかにポータルがあるんだろうけど……どこかな?」
「ニルマ様、すっかり聖導経典のこと後回しになってますよね。仕方ないってのはわかりますけど」
どこか納得できないという様子のザマーだが、この状況においてはこのダンジョンを攻略するのが急務だろう。
「ま、ここにないのはほぼ確実ってのはわかっただけでもいいじゃない」
ニルマは聖導経典の気配をまったく感じていなかった。
「思うんですけどね。もうすでに誰かが取得していて、どこかにしまいこんでいる……なんてことも可能性としてはあるんですよね?」
「そうなると本当にどうしようもなくない? とりあえずは、ここをどうにかしてから考えよう!」
奥に通路があるので、ニルマたちはまずそちらに向かうことにした。
通路はまっすぐに続いていて、しばらくいくと右に折れている。
通路の左右にはところどころにドアがあった。
ニルマはドアを開けて中をのぞいてみた。
デスクが並んでいた。用途はわからないが、大勢の人が集まる場所だろう。
いつからこの建物が存在しているのかはわからないが、荒れている様子はない。
どんなものかと様子を見てみただけのことで、全ての部屋を確認するつもりはなかった。
ニルマは何かがいないかと気配を探った。
上層部にたくさんのなにかが蠢いているような気配を感じた。それとこの通路の先にも生き物らしき気配がある。
ニルマは、手近なところにいる何かを確認するために歩き始めた。
しばらく行き、角を曲がる。
「おや? こんなところにまでこれる冒険者が僕以外にもいるとは思わなかったよ」
そこにいたのは、黒いコートを纏った子供のように見える人物だった。
幼い顔立ちは整っていて、髪は肩のあたりまで伸びている。
声からも顔立ちからも髪型からも性別はわからなかった。
その足下には、人間らしきもの達が五人倒れている。彼らには文字の書かれた帯のようなものが巻き付けられ、全身を拘束されていた。
彼らから伸びた帯の一部を、黒いコートの人物がまとめて握ってる。拘束されている者たちは動けそうにはないから、引きずって動かしているのだろう。
「なに、あんた?」
どのような事情があるのかはわからないが、不愉快な光景だ。
ニルマは不満げに眉をひそめた。




