第31話
侵略者についてわかっていることはそう多くない。
人のいない閉鎖空間にポータルを作り、そこからやってくること。
閉鎖空間を改造して拠点とし、勢力を増強していくこと。
侵略者は時間とともにこの世界の環境に適応してより強くなっていくこと。
勢力が一定の規模に達すれば侵略を開始し、規模に応じた範囲の人類を根絶やしにすること。
一定の範囲を侵略後は、それ以上規模を拡大することはなく、そこから周囲へさらに侵略の手を伸ばすことはないこと。
大まかにわかっているのはそれぐらいだ。
冒険者たちが直接戦うことになるワーカーやソルジャーについては多少研究が進んではいるものの、多くは謎につつまれている。
豚の頭をした怪人をオーク。犬の頭をした怪人をコボルトなどと呼んではいるが、それらが元々この世界にいたわけではない。
見た目から、おとぎ話にでてくるようなモンスターになぞらえて呼称しているにすぎなかった。
なので、人類は侵略者の目的や文化や生態といったものをまるで知らない。
当然、たまにしかあらわれず、これまでは倒すことができなかったエルフについてもなにもわかってはいなかった。
その死体を持ち帰ることで何がおきるのかなど、誰も知らなかったのだ。
*****
ドーズの街の中心部にある地下遺跡。
そこにはポータルがあり、ダンジョンと化している。
街の中に活きたダンジョンがあるなど危険極まりないが、ここは地下二階までしかない小規模なダンジョンであり、対策が取られているので問題ないとされていた。
ポータルのある広間には、休憩所や解体所といった施設が人間の手によって構築されていて、ここで定期的に湧いてくるワーカーを倒す作業が行われていた。
異世界からの侵略者がやってくるポータルを温存し、資源とする。
愚かしい行為にも思えるが、侵略者には出現法則がある。
ワーカーが一定数に達し、周辺の環境改善が完了するまで、戦闘員であるソルジャーは出現しないのだ。
なので、ワーカーを倒し続けていれば、侵略は進まない。
ポータルは、無尽蔵にエネルギーを算出する資源の供給元となるのだった。
「よし! これが終わったら、俺たちは休憩に入るぞ!」
白い繭のようなポータルを、長柄の武器を持った作業員たちが取り囲んでいた。
ポータルから侵略者が出現するのだが、どの部分からかはわからない。なので、全方位を見張る必要があるのだ。
この作業風景からわかるように、ワーカーの討伐は人力で行われていた。
何度か罠などで自動的に倒そうと試みられたことはあったが、あまりうまくはいかなかったのだ。
殺すだけならどうにでもなるが、生体炉を傷つけないようにしようとすると、難しかったのだ。
ワーカーには個体差があり、大きさはまちまちだ。それらに対応できる罠も作れなくはないのだろうが、構造は複雑になり、運用は煩雑になる。
そんな面倒なことをするよりは、人の手で行った方が安くつくし、手っ取り早い。
人の命が安いこの時代ならではの考え方だったが、こんなやり方でもそれなりにうまく回っていた。
一時間ごとに現れるワーカーの足を、長柄の武器で全て切り落とし、動きを封じてからとどめを刺す。
解体場に運んでいき、生体炉を取り出す。
肉は食べることが出来るし、分泌液は接着剤や建材として利用することもできた。
慣れればどうということのない作業であり、初期の頃にこそ不幸な事故もあったが、今ではそつなくこなせるルーチンワークと化していた。
だが、そんな日常的な作業場に異変が起きた。
作業員たちは、これまでに見たことのないものが出てくるのを目の当たりにしたのだ。
「なんだ、これ……監督! どうすりゃいいんだ!」
それは、白い手だった。
それだけで全身の美しさを想起させるようなたおやかな手が、繭から出てきたのだ。
「人型か? ありえねーだろ……ワーカーがたまらなきゃ、ソルジャーは出てこねぇはずだ……」
作業員の問いかけに、現場監督は呆然と答えた。
人のような姿をした侵略者がいることは知っている。
だが、それが出てくるのは侵攻度が上がってからだ。
侵攻度を限りなく零に近づけているここにそんなものが出てくるはずがなかった。
もちろん、異世界からの侵略者が何を考えているのかなどわかったものではない。
だが、これまでは全てが法則通りであり、それに対応していれば何の問題もなかったのだ。
「お前らは下がれ! じじいどもにやらせる!」
ワーカーを倒す作業をしているのは等級外の冒険者や、それほど強くはない冒険者たちであり、イレギュラーな事態に対応することはできない。
現場監督はすぐに気を取り直し、戦える者たちを呼ぶことにした。
万が一のことを想定し、それなりの実力者を待機させているのだ。
「んだよ。茶飲んで、カードでもしながらぼんやり座ってるだけでいいって話じゃねぇのか?」
現場監督の要請に応じ、休憩所から槍を持った男たちが出てきた。
若いとはとても言えない、引退した冒険者たちだった。
彼らは十分な功績を残した者たちであり、冒険の義務がなくなった者たちだったが、小遣い稼ぎのためにここに詰めていたのだ。
「こーゆー時のためにベテランのあんたたちを雇ってるんでしょうが!」
「ベテランねえ。さっきはじじいって言ってたのによ」
文句を言いながらも男たちは、ポータルに近づいた。
「これ、今のうちに攻撃しちまえばいいんじゃね?」
「え? ああ、そうですね」
ワーカーは全身が現れてから攻撃する。
そんな作業を延々と繰り返していたため、出現途中に攻撃する発想が現場監督にはなかったのだが、言われてみれば出てくるのを待っている必要は無かった。
「じゃあやっちゃってください!」
ここは現場監督の裁量で進めていい場面だと判断し、命じる。
男たちは、更に近づき槍を構えた。
ポータルから突き出た白い手が輝く。
男たちが、倒れた。
「は?」
現場監督はあっけにとられた。
近づいていった十人の男たちが一斉に倒れたのだ。
何が起こったのかはよくわからないが、男たちが死んだことだけは理解できた。
全員の頭がなくなっている。これで生きていられるわけがない。
白い手がさらに伸び、全身が現れていく。
それは、薄緑の衣をまとっていた。
女のような顔をしているが、体型からすると男なのだろう。
エルフ。
ダンジョンに時折現れるとされる美しき化け物。
その存在は謎だったが、これでひとつわかったことがある。
エルフはやはり、ポータルから現れる侵略者なのだ。
だが、そんな情報を現場監督は外部に伝えることは出来なかった。
逃げようと考えた時には、もうエルフが目の前に立っていたのだ。
「いおうおあおおあ」
エルフが何かを言うが、まるで意味がわからない。
その手にはいつのまにか、葉のついた枝があった。
「な、なんなんだよ! 何が――ぎゃあぁ!」
無造作に突き出された枝が右目に刺さり、現場監督は痛みにくずれ落ちた。
慌てて抜こうとするも、それは根でもはっているかのようにびくともしない。
握った枝は脈動していて、それが大きくなっているのだと感覚的にわかった。
枝葉が広がっていき、視界が緑に覆われる。
だが、それとともに強烈な痛みは収まっていった。
それが、現場監督には恐ろしかった。
まるで、痛みを感じる部分がなくなっていくように感じられたのだ。
何かが目の奥から伸びて、頭の中をまさぐっている。
何かがずるりと引きずり出されているような感覚に現場監督は吐き気を覚えたが、すでに身体の自由はなく、嘔吐くこともできなくなっていた。
「えるふ……? ぼうけんしゃ……」
そう、エルフが言った。
現場監督は、今引きずり出されているのが、自分の記憶や経験といったものだと悟った。




