第29話
神殿はネルズファーの信者が作り上げたものであり、ネルズファーにも制御が出来るようになっている。
今の時代の人間からすれば不思議にも思えるようだが、五千年前には神は実体を伴うものだったし、信仰の対象として信者たちの目の前にいたのだ。
なので、ネルズファーを祀る神殿内を、信仰対象であるネルズファーが自由に動き回れるのは当然のことだった。
「で、ポータルはどこ?」
神殿は五層からなっていた。
全高は百メートルで各階層の天井高が二十メートルだ。昇降装置のようなものはなく、各階は階段で繋がっている。
ニルマたちは四層から三層への階段を下りていた。
ポータルに向かっているのは、ニルマ。ザマー。ネルズファー。ネルズファーと一緒にいた少女、カリンの四名だ。
アレンたちは街に帰らせた。
今は負けたショックで大人しくしているネルズファーだが、魔神は魔神だ。裏切る可能性はあるし、また戦いになれば近くにいては巻き込まれるかもしれないとニルマは考えていた。
「最下層だ」
答えるネルズファーは真っ黒な犬のような姿になっていた。
光をすべて飲み込むような真の暗黒が、犬のような形状を取っているのだ。
残った体を再構築し、化身の一つとして顕現したのがこの姿だった。
「てかさ、等級外冒険者が襲われてたのってあんたのせいなの?」
ニルマは疑問に思っていたことを聞いた。
ネルズファーが復活するために贄を必要としたのはわかった。
だが、それにはポータルから出現したワーカーやソルジャーで足りていたはずで、わざわざ弱い冒険者を襲う意味がないと思ったのだ。
「それはカリンだな。俺と契約し供物をささげることになったんだが、それはカリンが自らの手を汚さないと意味がないわけでだな」
「……弱いやつじゃないと勝てなかった」
自分に振られた話と思ったのか、カリンがぼそりと言った。
その手には、一振りの剣が握られている。神像を見ればわかるように、ネルズファーは様々な武具を扱う魔神だ。その武具の一つを貸し与えたのだろう。
「こんな小さな子になにさせてんの?」
ニルマが怒りを露わにすると、途端にネルズファーの体があやふやになった。
恐怖で形態の維持に支障が出たのだ。
「む、昔からそんな感じの契約でやってんだよ!」
「……ネルを怒らないであげて……ネルはご飯をくれたし……」
「大丈夫? こんなやつのこと気にしなくてもいいんだよ?」
「ただの言い訳だけどよ! 契約者に死なれると困るのはこっちなんだ! 死なないようにしてたに決まってるだろ!」
「どうせそれも、完全復活するまでのことだったんでしょ?」
「……いや……その……だからって、わざわざ殺そうとか思ってたわけじゃなくて……」
「まあ、それはいいとして。あんた、私との契約はどうなったの?」
ニルマたち聖女は悪魔や魔神を調伏して支配下におく。
これは、一般的には完全に消滅させることのできないそれらを契約で縛り、これ以上の悪事をさせないためだった。
「へ? 更新しなかったじゃねーか? 俺が自由になるのは当たり前だろ?」
「……更新?」
「忘れてたのかよ……」
「ニルマ様……」
ザマーとネルズファーは、残念なものを見るような視線をニルマに向けた。
「契約期間は三千年だったか。主が死んだとしても縛られ続けるひでえ契約だったよ。契約が切れて、ようやく呼び出されたと思ったら、またお前が……おかしいだろ……なんで人間が何千年も生きてんだよ……」
「……え? ってことは、他の悪魔やら魔神やらの契約も失効してるってこと!?」
「ニルマ様? まさか同じような契約が他にも!?」
「いや……聖導経典が失効前に警告してくれるはずで……」
「なんでそんな大切な物を海に沈めてんだよ!」
「とりあえず契約期間を長めにしとけばいいかと思ってたんだけど、ちょっと寝過ぎたかなー」
「とにかく聖導経典の回収優先度は上がりましたよ。回収して、契約更新して回らないと!」
「俺が言うのもなんだが、適当すぎるだろ……お前、その経典ないと、悪魔と契約できねーよな?」
「もう、いっそのこと契約とか言ってないで、完全消滅させるのが手っ取り早いんじゃ?」
他の聖女のことは知らないがニルマにはできる。
勁で魂核を打ち抜けばいいのだ。実際、何体もの神や魔神や悪魔がニルマの拳で消滅している。
ニルマがわざわざ悪魔などと契約をしていたのは、他の聖女と足並みをそろえるためだった。
「大人しく契約してやるから、さっさと経典をもってきてくれないですかね?」
聖女と悪魔の契約は不平等で一方的なものだ。それを成し得るには複雑な儀礼が必要であり、聖導経典の補助は必要不可欠だった。
そんな話をしながら歩き、ニルマたちは一層への階段の前までやってきた。
ネルズファーが階段の入り口を開けたので、ニルマは中をのぞき込んだ。
「これは……」
ニルマはげんなりとした気分になった。
そこにはみっしりとワーカーがつまっていたのだ。
「あんた、こいつら食ってたんじゃないの?」
「ああ。だが必要な分は食って復活できたからな。それ以上食う必要はなかった。だから閉めといたんだが」
「ふむ。ここはザマーブーメランの出番か」
「……ええと、わざわざこんなことを聞くのもなんですし、その技名を認めたわけではないんですが、さっきはザマーミサイルとか言ってませんでしたっけ? ブーメランとか言われても投げられて突っ込むだけでしょ?」
「飛んでいって戻って来たらブーメランじゃない?」
「歩いて戻ってくるって斬新な解釈のブーメランですね!?」
「この程度なんてこたねぇだろ」
そう言ってネルズファーが階下へと突っ込んだ。
黒い塊が一直線に移動し、ワーカーどもが瞬く間に消滅する。
階段にいたワーカーをネルズファーが食ったのだ。
「……よくあんなのに勝てますね……」
「くっ! ザマーブーメランの出番が!」
「本気だったんですか……」
辿り着きさえすれば、ポータルの破壊と、コアの回収は簡単だった。




