スペルという名
「実体が無い?」
推定まともだった女性が唐突におかしなことを口走った。もしかして精神年齢が14歳位まで退行しちゃう病気の、ちょっとあれな人だろうか。
話が合うかもしれない。
「あなたは実体が無いものと言うと、何を思い浮かべる?」
「そりゃあ・・・。・・・。思考とか、魂とか。」
「そう。そういった物たちが集まってできたのが、この世界、という見方が今は主流ね。」
「主流?」
「だって、ここにいる人たちは皆、突然地球から消えてここに現れるのだから。そして、ここの住人たちがここにくる前にしていた事には、共通点がある。」
なるほど、つまり・・・
「妄想?」
「そういうこと。」
「と、言うことは・・・」
「ことは?」
「脳神経外科行きます?」
「何でよ!?」
ゴミでも見るような目で見られた。割と順当な提案のつもりだったんだけど。
「はぁ。何でこんな名前も知らないおかしなやつの挑発乗ってんだか。」
「じゃあ名乗りましょうか?僕はあや・・・じゃなくて、スペルです。」
「え、日本人じゃなかったの?」
「イポーニッツは信用しないんだ。」
「がっつり日本の作品こすってる!え、初対面だよね?なんでそんな不遜なの?」
「まあ、色々ありまして・・・。深くは聞かないでください。」
「・・・あっそ。じゃあスペル君。私の隠れ家に案内しようか。」
「あ、いえ結構です・・・」
怪しい女に家に招かれる・・・。嫌な予感。
「魔物にやられて秒で死ぬよ?」
「お邪魔させていただきます」
「それでよろしい。」
何も分からずバケモノにやられる位ならまだ顔を知ってるやつにやられた方が不快感は少ない気がする。
「ところで貴女こそどちら様?」
僕の質問を聞いた途端、女性の表情にわずか翳りが見えた気がした。
「私は・・・。師匠と呼びなさい。名前は教えてあげない。」
「えー不公平。」
「黙れ弟子の分際で。ほらついて来い。」
「はーい。」
(別れが、辛くなるから。)
何か師匠が呟いたがして、僕は振り返った。
「何か言いました?」
「・・・いいえ?さ、行きましょ。」
美しい黒髪が、ほの蒼い風に靡いた。




