第6話 帰る場所
肩を掴む手は、氷のように冷たかった。
振り返ると、そこに立っていたのは――管理人だった。
古びた作業着、皺だらけの顔、濁った目。
口はきゅっと結ばれ、何も言わない。
「……管理人さん……ここ、何なんですか……?」
声が震える。
返事の代わりに、管理人はゆっくりと顎をしゃくった。
振り向くと、そこにはエレベーターがあった。
さっきまで壁しかなかった場所に。
B0のランプが灯っている。
管理人は、何も言わずに俺を中へ押し込んだ。
扉が閉まる瞬間、あの“もう一人”が廊下の奥からこちらを見ているのが見えた。
口が何かを動かしていたが、音は聞こえない。
――ガタン。
エレベーターが動き出す。
数秒後、扉が開いた。
そこは、俺の部屋の前だった。
玄関マット、郵便受け、昨日までと同じ光景。
ただ一つ違うのは――ドアの表札に、俺の名前ではなく、見知らぬ名前が貼られていること。
「……」
胸の奥が冷たくなる。
ポケットの中の鍵を握りしめる。
見覚えのない形の鍵だった。
ふと後ろを見る。
エレベーターの扉はもう無い。
代わりに、そこはただの白い壁になっていた。
部屋に入るべきか、逃げるべきか。
耳元で、あの囁き声が聞こえた。
「……おかえり」
(了)