第2話 地下零階
――ギィ……ン。
金属が軋むような音と共に、扉がゆっくりと左右に開いた。
外から流れ込んできたのは、ひやりとした空気。
冷たい、というよりも、温度が無い空気だった。
まるで、ここには“時間”が存在しないかのような――そんな感覚。
目を凝らしても、すぐには周囲が見えない。
蛍光灯の光は、エレベーターの外に一歩でも出れば途切れてしまう。
代わりに、奥の方でぽつぽつと灯る裸電球が、暗闇に沈む空間をかろうじて形作っていた。
コンクリートの床はひび割れ、そこから染み出すように黒い水が溜まっている。
空間全体に漂うのは、湿った土と鉄の匂い。
足元の水溜まりに、自分の顔が映った――
……はずなのに、その顔が、こちらを見返していないことに気づく。
「……」
反射的に後ずさる。
足音が、カツン、と壁に跳ね返り、妙に大きく響く。
次の瞬間――どこか遠くで「カタン」と金属の落ちる音がした。
見渡す限り、無人の廊下が続いている。
天井の低さと、壁の近さが、まるで棺の中に閉じ込められているような圧迫感を与えてくる。
エレベーターの扉が、ゆっくりと閉まり始めた。
慌てて戻ろうとするが、なぜか足が動かない。
背筋をなぞるような冷たい感覚が、首筋から肩へと這い上がってくる。
――そのとき。
廊下の奥、暗闇の中に、人影が立っていた。
背は高くない。
ただ、輪郭が、はっきりしない。
顔も服も分からないのに、「こちらを見ている」と確信できた。
心臓が高鳴る。
気づけば、影は一歩、また一歩と近づいてくる。
音はしない。
にもかかわらず、距離だけが縮まっていく。
扉は完全に閉まり、エレベーターの灯りは消えた。
暗闇の中で、自分の吐息と心臓の音だけが耳に響く。
そして――目の前まで来た“それ”が、ゆっくりと口を開いた。
何かを囁いた瞬間、意識が闇に沈んだ。
(つづく)